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沿革
明治40年4月10日奥羽本線支線として土崎〜雄物川間(1.8km)が開業
昭和19年4月1日雄物川駅が秋田港駅に改称
昭和46年7月7日秋田臨海鉄道が開業し、同鉄道と接続
昭和61年7月18日秋田博覧会会場への旅客輸送として臨時旅客列車が乗り入れ(昭和61年8月24日まで)
昭和62年4月1日国鉄分割民営化により貨物部門はJR貨物として分離され、秋田港線の第1種鉄道事業者となる
平成29年7月21日JR東日本が第2種鉄道事業許可を取得し、8月3日からクルーズ客専用列車の運行を開始
平成30年4月18日旅客臨時駅の秋田港駅が開業
令和3年3月12日秋田臨海鉄道の運行終了により秋田港線の貨物列車の運行も終了
令和7年11月14日旅客輸送(クルーズ列車)の運行が終了
令和8年7月1日全線廃止

秋田港にある製油所や製錬所からの貨物輸送を担う路線として、奥羽本線の開通間もない明治40年に敷設された歴史の古い路線です。昭和46年に秋田臨海鉄道が開業し、秋田港駅が北線と南線の起点となってからは同鉄道と奥羽本線の連絡線という性格が強くなりましたが、コンテナ車やタンク車など様々な貨車が行き交い、昭和47年に貨物輸送量のピークを迎えました。 しかし、その後は沿線の工場閉鎖やトラック輸送への切り替えなどにより取扱量は徐々に減り、平成20年には北線の運行が終了し、以降は1日3往復の南線のコンテナ列車のみの運行となっていました。 平成29年には、寄港する大型客船の乗客の2次アクセス確保を目的として旅客輸送も開始され、路線復活の兆しもあったのですが、令和3年の秋田臨海鉄道の廃止によって貨物輸送がなくなり、線路を管理するJR貨物は秋田港線の管理終了を表明、秋田県・秋田市も維持費が多額になるとして存続を断念し、119年の歴史に終止符が打たれました。

路線概要

種別:鉄道(貨物)
廃止時営業キロ:1.8km
線路規格:非電化単線 1,067mm
区間:土崎−秋田港

廃線跡

秋田港 あきたこう

秋田臨海鉄道から乗り入れる貨物列車の入れ替え作業のため、多数の側線が広がっていました。

平成30年に旅客用として設置された臨時駅です。
実働は、7年間のわずかな期間のみでした。

◆秋田港線は通称であり、正式には奥羽本線の支線です。

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