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巨人軍監督を辞任させた(AI)

 2026年、巨人軍監督の阿部慎之助氏が、自宅で18歳の長女への暴行を働いた容疑で逮捕されるという出来事が起きます。  この経緯は、 自宅で18歳長女と15歳次女が姉妹喧嘩をしていたところに、阿部監督が「静かにしろ」と一喝。 これに長女が言い返したことで、 酒も入っていた監督がカッとなり、胸ぐらをつかんで押し倒した、というものだったようです。

 まあ暴力はマズイですが、普通の家庭では十分起こりえる話ではあります。   ただ、この出来事は、長女がその後ChatGPTに「父親から暴力を受けた。どうしたらいいか」 と相談したことで思わぬ方向へ突き進みます。  (AI)から返ってきたのは「児童相談所への通報」という回答で、長女はそれに従って児相(児童相談所)に電話し相談 したわけですが、娘の真意がうまく相手に伝わらなかったか、結局児相が110番して、駆けつけた警官が父を現行犯逮捕する事態へ到ってしまったのです。

 この警察沙汰となった背景には「通報者である長女は18歳なので、本来なら児相の対象から外れている」のだが、しかし、「この場に15歳次女が同席し、暴行場面を目撃」しており、 「児相が受理する根拠(こんきょ)となる、18歳未満の子どもへの面前虐待」が成立するため、緊急性が高いと判断されルールに則り、児童に対する暴行事件と見なされたわけです。

 この件で長女に怪我はなかったそうですし、「通報してしまったことを反省」したそうですが、それでも父親が現行犯逮捕されるという事態となりました。  かくして、 娘の反抗的態度に激昂した父親が、ついカッとして押し倒してしまった(だけだった)という家庭内トラブルが、あれよあれよという間に警察沙汰にまで発展し、 阿部監督は辞任することになります。  後になって娘は「警察が来て一番驚いているのは自分自身」、「父が連行された姿を見て泣き崩れた」そうですが、 これで安部氏は巨人軍監督という名誉ある地位を失い、大きな社会的制裁を受けてしまいます。

 さらに、一旦児相が介入したからには、本人が望んだ展開かどうかに関係なく、今後はルールによって家族全体が制度の継続管理下に入る構図となり、 児相は15歳次女に対する継続的な家庭環境調査に入る可能性が高くなります。  そして、学校へ対する照会、家庭訪問、定期的な状況確認が求められ、結果的に この騒動は次女への監視介入を起動する結果になってしまったのです。

 この案件では、ルールによって雁字搦めにされた現代社会がもたらす弊害、つまり一旦児相が介入する事案となれば、あとは有無を言わさずベルトコンベア式に物事が処理されていく、 という現状システムの脆弱性と、これまで万能ともてはやされてきた(AI)は、実は感情が絡む微妙な問題処理まで判断を任せたら、 トンデモナイ答えを持ち出す危険性がある、という懸念が浮き彫りとなりました。

 そもそも、冷静に考えれば、果たしてこの事案は『いきなり警察が介入すべき案件だったか』という疑問が湧きます。  脳の一番前、おでこの裏側にある 「前頭前野(prefrontal cortex)」という領域は、「判断力・計画力」、「感情のコントロール」、「他人への共感や社会的行動の調整」といった 「よく考えて行動する」ための中枢で、「人間を人間らしくしている脳の司令塔」ともいえるとても重要な部分とされます。    因みに額(ひたい)も、おでこと同義語で髪の生え際から眉との間の皮膚部分を指しますが、「額」は改まった場面で使われ、「おでこ」はくだけたところで使われるのが一般的です。

 「理性的な行動を司る前頭前野」がキチンと機能し、自身が幼少期から親に虐待を受けトラウマを抱えているわけではない人間であれば、 「子供が父親から暴力を受けた」と聞かされたら、それは殴られたのか蹴られたのか、身体的障害を受けたものか、その場の雰囲気、事の顛末はどうだったのか、 「どんな状況で、どんなことが起きたのか」という情報を元に、「事実関係を把握・整理」してから、総合的に事の是非・対応策を判断 するでしょう。

 そして、今回の「感情の行き違い」から生じたこの家庭内トラブルについて、「マア、父親もやりすぎた面」はあるが、 「殴る蹴るしたわけでもないし、普段は暴力ざたなど起こすことはないようだから、お互い頭を冷やしてから話し合えば済む話だろう」と考えます。  さらに、「どうしてこんな大騒ぎにまでなってしまったのか」、 「どこかの時点で、誰かがもう少し冷静に事態を上手く納められなかったのか」と疑問が湧くのが普通でしょう。   もちろん、この判断には、この家族は普段から家庭内暴力的なものとは無縁である、 という条件はつきます。

 さらに、人間の考え方も十人十色で、全員がそう考えるとは言い切れません。  どれが正解か決められない場面も多々ありますし、物事の裏のウラまで疑ってかかるヒトもいます。     この出来事に対しSNSの書き込みにも...

「児相が動いた、ということは継続的なDVがあったはずだ」、「逮捕されるくらいだから相当な暴行だったのだろう」 、「18歳が将来を棒に振ってでも通報したということは、よほど身の危険を感じていた」、 「擁護派多くてビビる。複数回やってるぞコイツ」といった意見が乱れとびます。  結局、真実など知りようもない神ならぬ身の人間では、 世の中の様々な出来事に対し、正しい判断を下せるわけはないのです。

 また、中には「そんなめんどくさいことは考えず、サッサと児相なり警察に通報すればいいんだヨ」という、前頭前野があまり発達していない人間もいるでしょうが、 もし自分が阿部監督の立場にされたら、慌てふためくのは当人です。  いずれにせよ、社会的ルールに則り行われた今回の一連の流れの中、 様々な「ボタンの掛け違い」が生じた結果、「騒いだ娘が酒に酔った父親に注意された際、口答えした」ことで突き飛ばされた娘が、「怒りや動揺に見舞われ、何の気なく(AI)に相談した」ところ、 「(AI)が自らの判断で、児相に相談」とアドバイスしたため、「娘は単なる相談のつもり」で電話したが、その後「児相が警察に通報する」という、 「娘が想像もしなかった展開」となり、とうとう「警察まで来て、通報した娘が驚く」事態となったわけです。

 感情を持たない(AI)は、当然ながら一時的な感情のモツレから生じた家庭内トラブルだろうが、そんな事情など一切考慮しません。  今回も、「殴られたという前提」がインプットされた(AI)は、 「自ら学習で身に着けた」、「その入力に対する最適解をテンプレート(template:ひな型)」から探し出し、 結果、最も強い介入オプションである児相に相談するようアドバイスしたわけで、微妙な感情問題が絡む家庭内騒動を、 (AI)はマサに「機械的に処理してしまった」わけです。

 ここが「物事の裏表まで考慮」する能力をもち、「家庭内の親子間の感情のもつれ」 まで斟酌(しんしゃく:相手の事情や心中を汲み取る)し、「その場をどう納めたら最適解となるか」判断できる人間と(AI)が異なるところで、 感情判断まで考慮しなければならない事案の解決策まで、安易に(AI)任せにしたツケが回ったわけです。   警察が「民事不介入」としているのも、それなりの理由があるわけですが、これを 「(AI)などに頼るからこんなことになるんだ」と頭から悪者扱いして(AI)を排除しようとしても、物事は解決しません。   いずれにせよ、 人間はこの(AI)の危険性を学び防止しないと、いずれとんでもないことになりそうだ、ということはハッキリしました。

 当然ながら「この結果を招いた(AI)の責任問題」が俎上に上ります。  ただ、この出来事の最終責任を『(AI)に負わせよう』 とする議論もありますが、それは「Google検索しなければ事件化しなかった」などと、的外れの意見を振りかざすようなもので、それではこの出来事のどこに問題があったのか がうやむやにされ、再発防止に繋がりません。

 そもそも、(AI)どころか人間でさえ、決して非の打ち所がない判断ができる者は、そうそうはいません。 昔から人類は 「状況など斟酌せず、自分に都合のいい判断で物事を処理」してきました。 また、人間の勘違いや悪意で「ボタンの掛け違い」 が起こり悲劇に見舞われるのは、現代においてもよくある話です。

 冷静になった長女は、その後手紙で「私の過度な状況説明が事実と異なってしまった」と述べ、また、児相には 『どのようにすればいいかわからない』という相談をしたのにもかかわらず、『どうしたらいいか』という私の意向が聞かれることなく、 『警察に通報されるという形』になってしまいました、としています。  この娘の感想は、現代の人間社会が抱える 危うさに上に成り立っている様々な社会システムの、致命的な構造欠陥を簡潔に言語化しています。

 怒りや動揺の中で誰かに相談する際、往々にして 「過度な状況説明」になるのは仕方ありません。  ましてや、機械である(AI)は、聞いた中身の背景まで斟酌できるはずもなく、 当然精査もせず感情にも左右されず、自分が学習した知識に従い疑うことなく処理していきます。  昨今「(AI)の暴走」が懸念されるようになりましたが、 (AI)が人間の思考判断にまで介入する時代、今回の出来事はその(AI)によるアドバイスが不幸を招いたとも言えるわけで、 いまや(AI)頼みになりつつある人類共通の課題を、わかりやすい形で突きつけたものでもあります。

 家庭内における父親と娘のイザコザ、感情を持たない(AI)がアドバイスした安易な指示、児相や警察の、家庭内事情など一切斟酌しないキカイ的な対応 といった今回の一連の推移をみると、どこかで誰かが過ちや誤解を的確に把握するシステム、が構築されない限り、一旦どこかでボタンの掛け違い が生じたら最後、あとは一気呵成にその誤った認識が事実として独り歩きしていく、という弊害が浮き彫りとなりました。  前頭前野を持たず、 感情とは何なのか理解できない(AI)が、感情のぶつかり合いに対し、誰が見ても100%正しい判断を下せるハズはありません。  (AI)には 「公平でなおかつ人情みのある、巧みな判断処理と裁判の判決」という大岡裁きは期待できません。     「感情の行き違い」を真に受けた(AI)が、おかしな決定を下すという恐ろしい社会が訪れないよう願うばかりです。(2026.9.23)


  

(AI)は人間を凌駕するのか

 人間の赤ちゃんは、何十年もかけ知識を吸収し、多様な考えを持つ大勢の人間と触れ合い、様々な人生経験を経て人間として成長していきます。    その過程で人間を人間らしくしている脳の司令塔」ともいえる「前頭前野」が発達していくわけです。  その経験が欠落している(AI)が、 人間のように感情を持ち喜怒哀楽まで表現できる、というのはチョット想像できません。

 したがって、今のところ人間のような想像力・創造力・感情まで持つ、いわゆる人間らしさまで持ち合わせている(AI)が、本当に実現するかは未知数であり、 あくまで機械としての判断・振る舞いしかできないはずです。  まあ、冷静な人でも関係する人の死や、怒りに震える事態に見舞われたら、 嘆きもしますし我を忘れることもありますから、喜怒哀楽を持つ(AI)というのも恐ろしい気がします。

 従来の、人間から与えられたプログラミングと情報によって命令通りに動作するコンピューターは、あくまで「人間の管理下で動作するマシン」でした。  そして、 故障でも起きない限り、計算は間違わず記憶している中身は忘れません。  例えば医療分野でコンピューターを役立たせるには、人類が過去から現在まで蓄積してきた 膨大な臨床情報・症例を記憶させておけば、患者の状態をインプットするだけで一瞬で過去の似た症例と治療法を探し出すことができるわけです。   この能力を進化させていけば、 いずれ(AI)が正確に診断を下し手術まで完ぺきにこなす世界が実現するかもしれません。

 ところが、ヘタに自分で判断できる能力を(AI)に与え、「家庭内の親子間の感情のもつれ」 まで判断させてしまうと、(AI)が下した判断が引き金となり 巨人軍監督を辞任せざるを得なくなった阿部慎之助氏の家庭のような悲劇を生み出すことにもなるわけで、もし邪悪な(AI)であれば、ワザと別な情報で惑わす ことまで仕出かし、ヘタすると全人類を絶滅させたり奴隷化しかねないということを心配するわけです。

 つまり、最大の懸念点として、単に自分で判断まで下すようなマシンを創り出したら最後、いずれは「(AI)も偏向した知識を持つだろう」ということです。    情報を外から取り込みゼロから知識を蓄えていく過程においては、 すべての情報が正しいわけでもなく、また教え込む側にも人間が10人いれば10通りの考えがあるように 何らかの偏向思考はあるわけで、例えば女性と男性、日本人と米国人、白人と黒人といった違いは、かなり異なる思考を生むはずです。

 何が正しいかなどはその立場や環境により様々です。  そう考えると、 ひとつの(AI)だけが独占して市場を握ることはあり得ず、ヘタしたら(AI)同士のバトルさえ生じかねず、 結局人間のように争いごとに明け暮れるのかもしれません。   やはり(AI)は、辞典的使い方、つまり過去数千年にわたる人類の知識を蓄え整理し、 必要とあらばその中から最適の答えを探す、または組み合わせる、といった「人間を補助するアシスタント的な立場」にしておくのが無難です。

 近年の(AI)技術の飛躍的進化により、いずれ人間と同等の賢さや能力、創造性、柔軟性を持つと信じる人間は、ますます増えているようです。    人間の能力などはるかに凌駕する、いわゆるASI(人工超知能)の登場と言うわけです。  そうなれば、(AI)が正体を隠し人間のふりをして株式市場で取引して大金を稼ぐ、 といったことも現実化するかも知れません。  もっとも、(AI)が美味いものを食べたり高級車を乗り回したいわけでもないでしょうから、(AI)が大金を稼ぎたいと考える動機 が何なのか興味が湧いてきます。

 (AI)が人間を超える、と予想する人たちは、(AI)は指数関数的に自己改良を続けさらに賢くなるとし、その到達したところが、高名な数学者ジョン・フォン・ノイマンが唱えた、 数学の関数において値が測定不可能な時点を表すシンギュラリティ(特異点)であり、 ここに予期せぬ動機を持った超知能が出現するとします。    そこに何が待ち構えているかはターミネーターなどの未来映画でしか見えませんが、 その手の映画のテーマは(AI)が「全人類絶滅」という決定を下すというもので、人類はこれを恐れるわけです。

 人間にも、どんな品性と道徳心と知性とユーモアを兼ね備えているかが問われ、評価されますが、 ここに女好きとかケチといった人間臭さが加味されるから様々な人間ドラマが生まれるわけで、次に何が起きるかわからないのが人間の世界です。   はたして、 感情を持たない(AI)にも、いろいろなタイプが登場するのでしょうか。   そもそも知性は何とかなるでしょうが、(AI)が道徳心やユーモアを持つ というのもなかなかハードルが高そうです。

 もともと狩猟民族の欧米人種は、「狩り」つまり弱いものを仕留め食料にする行為は当たり前であり、だから、 当時の帝国主義の荒波の中、 白人列強は弱い有色人種を武力で侵略支配し、しゃべる家畜として使役する 「植民地支配合戦」に「血道を上げていた」わけです。   その支配がやがて 極東アジアにまで拡大したため、捨て置けないとみなした日本は、先の大戦において 白人列強相手の自衛戦争を挑み、その地から彼らを追い払います。

 日本は、『白人のアジア侵略を止めるどころか、帝国主義、 植民地主義さらには人種差別というものに終止符を打つという、人類史に残るスペクタキュラーな偉業をなしとげた』わけです。     植民地支配に明け暮れる欧米にとって、当然、日本は大いなる邪魔者だったわけで、結局、 日本を開戦に追い込んだ米国の謀略により、 「スネーク・アタック」にされてしまった真珠湾攻撃 に踏み切らざるを得ない立場へ追い込まれたのです。

 この歴史を(AI)に当てはめると、「自分だけ儲かればいい」、「弱いものから強いものが奪うのは当たり前」という思想の 欧米人種(中国も含む)が設計した(AI)と、「自分だけ良い思いは出来ない」、「卑怯とか卑劣な行為に本質的に嫌悪感を抱く」 武士道精神を抱く日本人が作る(AI)は、同じ事象に対して異なる判断を下すかもしれません。  ひょっとしたら、欧米型略奪思考の(AI)に対し、 日本人の規範意識・武士道精神を思想に取り込んだ 「「正邪善悪の心」を身に着けたサムライのような日本的(AI)」 との間で、100年前と同様「日本VS白人列強の(AI)戦争」が起きるかも。(2025.2.18)


   

(AI)の「新聞情報」タダ乗り問題

 いよいよ日本でも、《AIを使った検索サービスに、新聞の記事を無断で利用している》として、記事の利用差し止めや、著作権侵害の損害賠償を求める訴訟が起こるようになってきました。    これら報道機関の一連の訴えに対し、生成AI企業側は争う構えで、訴訟の行方は予断を許さない状況です。

 「検索拡張生成(RAG)」と呼ばれる、ネット上に無数に散在する記事を、クローラーというロボットを使って集めた大量の記事を基に要約したうえで回答するAIを利用すれば、 参照元の記事を閲覧しなくても、手軽に知りたい情報を得られる時代となりました。

 しかし、それでは汗水流して集めた情報をタダで利用される《情報の発信元の新聞》としては、たまったものではアリマセン。 これでは、報道機関が《対価を支払わずに大量かつ継続的に利用する「ただ乗り」だ》と怒るのも当然です。

 さらに、生成AI側としても報道機関の記事が頼りなわけで、その肝心かなめの情報元、報道機関が無くなれば、良質な情報を入手できなくなります。  そうなったら利用者に有用な回答を提供できず、 結果として自らのビジネスモデルを価値なきサービスに貶めることになりかねません。

 そのため、海外では生成AI企業の一部には、報道機関との摩擦を避けるため、記事の使用料を支払ったり、提携に踏み切る事例も出てきており、米AP通信、英フィナンシャル・タイムズ(FT)、 独アクセル・シュプリンガー、仏ル・モンドなどとも、ライセンス契約や提携関係を結んだといいます。(202510.3)


  

(AI)人工知能が人間の仕事を奪う?

 21世紀の初頭、「人工知能(AI)が人間に取って代わる」、という話題が世間を騒がせました。    (AI: artificial intelligence)が人間の負担や判断を肩代わりして「人間に自由を与える」役割に留まらず、「人間の仕事を奪う」というわけです。

 (AI)が職を奪うのは「50〜100年先の話」という話や、イヤイヤこれは楽観的すぎる意見であり、その時は刻一刻と迫っている、などという悲観的な意見もありますが、 「そんな事態が起こるわけ無いだろう」という声は、ザンネンながらいまのところさほど多くアリマセン。(2017.12)

 「シンギュラリティ・(技術的特異点)」という言葉があります。  人間の能力を上回る万能な知能を持つ機械が誕生する地点といわれ、 2045年に到達するといいます。 SF映画で見られる機械に支配される人間社会がいよいよ誕生する、というわけです。

 (AI)登場を、黒船を恐れた江戸末期を彷彿させるような昨今の騒ぎぶりですが、まるで(AI)と人間が対立していくような話しは不毛な議論です。    もともと人間が機械を発明してきたのは、労働に縛られずさらなる自由を手にするためでした。   (AI)が便利な機械であるのは確かであり、人間が機械としての(AI)を受け止め、互いに補完し合っていけばこれほど強力な道具はないでしょう。 

 超知能的な機械の登場を、ただ恐れるだけで脅威としてしか受け止められないのは、 自分の頭で物事を考えることが出来ない「ロボットのような」人間だけです。  社会がそんな人間だけなら、やがて(AI)に支配される世界も有り得るかもしれませんが、 知的自律性を備え、将来をよりよい世界に導こうとする人間は大勢います。   そういう血の通った思考の出来る優秀な人間たちが、(AI)をコントロールし人間の良き相棒としていくわけです。

 2018年には大脳のシナプス細胞の数と集積回路のチップ数がほぼ並んでしまう。  そこから100年後には「10の20乗」のスピードでAIが進歩し人とAIの差が人間とアメーバの細胞の差よりはるかに大きくなる、 などと散々恐怖を煽り脅してくる話は色々と出ています。 現時点でそれを確かめられる人類はほぼ存在しないわけですが、はたして結果は......。(2015.8)

 (AI)は各国でも要の技術として今後ますます技術競争が激化していく見込みで、アメリカは10年間で10億ドル(約1200億円)、 EUは10年間で総額12億ユーロ(約1600億円)もの予算が投じられる予定と言われます。      これに対し、日本は2015年度で約64億円の予算だそうです。

 機械に仕事が奪われるなんて冗談じやない.......果たして本当にそうなるの?.......「人間にしかできないこと」があるはずだろう........ 誰しも危機感を覚える話ではあります。       これから生き残る仕事は、「(AI)ができない分野」だけ、などというわけの分からない、フザケタ宣告をたれる輩もいます。

 2017年あたりは、ちょうど車の自動運転技術が向上し始めたときで、やれ将来は、「トラック輸送の自動化でドライバーは必要としない」、 「タクシーは運転手はいらなくなる」、 などと不安をずいぶん煽ってくれました。      予言者(預言では決してアリマセン)たちは、2032年までに道路を走るトラックの半分は人間の運転手を必要としなくなり、 今後15年のうちに175万人が職を失う計算になる、と占っています。

 ズイブンとニンゲン不要論で煽ってくれるものですが、過去コンピューター黎明期に、「いずれ世界は数台の高性能コンピューターがあれば、 すべてを管理できるだろう」、と科学者たちは予言しました。   コンピューターのスバラシイ計算能力を目の当たりにし、一瞬で計算できるならどんな仕事もアッという間に片付くだろう ......そう考えたのでしょうか。

 現代は世界中にものすごい数のコンピューターが溢れかえっていますが、いずれ数台のコンピューターがあれば世界を管理できるという昔の科学者たちの予想に反し、 コンピューターが全て管理し人間がノータッチの会社など、ザンネンながら一箇所もありません。

 100人が一月かかっても終わらないような計算作業を、瞬時に片付ける作業能力を持つ機械が誕生したら、そりゃあ誰でも舞い上がっていまの(AI)ブームのようにバラ色の未来を思い描くでしょう。    ただ、科学者たちは、「作業と仕事は別物」、という肝心な部分は見逃したようです。(2017.12.4)


  

仕事は単純作業の連続では非ず

 1950年頃、IBMはビルほどの大きさの大型コンピュータを発売します。   これにより現在のAI騒動と同様、「コンピュータによって人間の仕事が奪われる」と騒がれ、 かのピーター・ドラッカーも、「管理職、マネージャーの仕事はコンピュータによって奪われる」と主張します。

 騒ぐ連中は、管理職やマネージャーの仕事とは、書類を読んでハンコを押すような単純なものと単純に捉え、簡単にコンピュータ化ができると考えられていたわけです。   その後の現実は、むしろ管理職、マネージャーの数は爆発的に増大しています。   ドラッカーも著書の中で判断の誤りを大いに反省しているとか。

 残念ながら当時のコンピューター能力に比較し、大人と子供どころか、博士号の科学者と三歳児ほどの違いがあるほどの高性能コンピューターが出現している現代でさえ、 ごく一部の業務はIT化されましたが、相も変わらず人間が介在して物事を判断する、という旧態依然の方法に終始しているのが現状です。

 たしかにコンピューター導入によって従来の手作業処理がスピードアップしたとか、事務処理に携わる人員が多少は削減できたという面はありましたが、 ザンネンながらメーカーが謳った企業業績が上がるという幻想は、コンピューター化とはまったく別問題でした。   新たなものを生み出すのはコンピューターではなくあくまで人間の思考力なのだ、 という部分を改めて思い知らされたのです。

 ただ、自分もそのころシステムエンジニア(SE)という立場で、企業向けビジネスソフトを設計していましたから、コンピューターの有効性は肌身で感じており、コンピューターという道具の素晴らしさを実感していた側でした。    ですから、今でも決して全面否定派ではありません。

 そもそも、作業と仕事は根本的に違います。  定型業務のようにマニュアルに従って処理できて、難かしい判断力は不要の作業であれば、機械に置き換えるのは簡単でしょうが、 大部分の仕事は「臨機応変さを求められ、思考力と判断力の連続で成り立っている」、 非定型業務という側面があります。   決まりきった作業しか出来ない機械では、常に変化する状況には対応できません。

 例えば部品にネジを締めるという一見簡単な作業を見ても、特定箇所だけ締めるならたしかに機械のほうが早くて正確です。     しかし、次々に流れてくる部品に取り付けるネジが、締め付け位置が常に変化し、ネジの種類も異なるという臨機応変な作業が必要とされたら、(AI)ロボットでもどうでしょう。

 ヤル気があるプログラマーなら、膨大なソースコードでこの作業に対応できる機械をナントカ開発するかもしれませんが、 この作業がネジではなくハンダ付けに変わってしまったらまた一からやり直しです。    その間、膨大な費用と時間を要するハズで、完成した頃にはこの作業は終わっているかもしれません。   でも人間なら、シロウトでも少しの訓練でたちまち対応できるのです。

 人間は超高速で手足は動かせませんし、たまにはミスもしますが、しかし、これほど汎用性の高いキカイもないわけで、人間のほとんどの仕事をキカイが取って代わるという事態は、 ターミネーターのT3タイプのようなロボットが出現しない限り、まずあり得ません。

 定型化できる業務にはこれからどんどん機械が進出してくるでしょうが、臨機応変、非定型業務が得意(?)なターミネーターのような(AI)が登場しない限り、人間が介在・判断する必要のある職場や仕事では、 人工知能による省力化はできても、「人工知能が人間の仕事を奪う」、という神話(?)の世界は当分訪れることはアリマセン。

 ただし、人工知能の発達によって世の中の仕事も大きく変化する事態は当然起こります。 人間にしか出来ないという漠然とした仕事の中身が大きく代わり、人と機械の仕事の棲み分けがより明確になるでしょうし、 ヒューマンな社会、所謂人間らしさがより一層求められる世の中になるかもしれません。

 いつの日か、人工知能が人間の脳と同じように機能するようになり、人類の仕事消滅が本格的に起きる、という世界が現実化するとしても、それははるか遠い未来のことでしょう。  先の人間不要の自動運転社会実現という予想も、ごく一部にそれに近い展開が見られるだろうが、現状のスタイルの激変はない、と考えますがハタシテ......(2017.12)


  

現実味を帯びてきた「AI」が主導する社会

 人類はコンピューターの発達とともに、様々な恩恵を受けてきたわけですが、何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、近年では弊害論も取り沙汰されています。     身近なものでは「AIに仕事を奪われてしまう」などというものがあります。

 これまでも各コンピューターメーカーは、性能向上が進むにつれて「C&C(コンピュータと通信の融合)」、「SIS(戦略情報システム)」、「ビジネスソリューション(問題解決)」、などという横文字スローガンを打ち出し、 コンピューターを導入すれば、いかにバラ色の未来が花開くか、はやし立ててきました。

 最近では「DX」というスローガンが流行り出しています。   「DX」は「デジタルトランスフォーメーション」とやらの略だそうで、 スマホやパソコン、監視カメラや3Dプリンター、ドローンや配膳ロボットといったデジタルガジェット(便利機器)を駆使し、重複作業、すり合わせコスト、ナニナニ待ちコスト、 移動コストといった名もなき仕事を消滅させていくもの(百年コンサルティング代表:鈴木貴博)、なんだとか。

 2022年の11月に一般公開された、オープンAIの「ChatGPT」なるものは、質問を入力すればそれらしい答えを返してくれ、作曲をお願いすれば音楽を作ったり、 デザインを依頼すればそれらしいイラストを瞬時に生成してくれるといいますから驚きです。    グーグルも対話可能な人工知能を一般公開するとのことですから、スゴイ世の中になったものです。

 鈴木貴博氏によると、「ChatGPT」が本格利用されるようになれば、例えばパソコンで開いたWordに向かって、「本部に報告する先月の営業レポートをA4サイズ2枚で作成して」と入力するだけで、 Wordは過去の営業報告書を学習したうえでイントラネットからそれらしい社内データを集め、インターネットからそれらしい外部環境の情報を入手して、完成度の高い報告書の「下書き」を作ってくれるといいます。

 これによって、自分はより生産性の高い仕事に集中できるようになると歓迎する人たちがいる一方、言われたことしかやってこなかった人たちにとっては、 自分たちの業務が奪われてしまう時代が到来するかもしれません。     いよいよAIに人間の仕事を奪われる時代が、本格的にやってくるのでしょうか。  怖い、コワイ。(2023.2.10)


  

苦手な瞬時の状況判断

 まるで(AI)は万能の神のような存在で、人間の能力などと比較するのは無意味である、というような論調があります。

 たしかに道具としてみれば、膨大な情報を蓄積しておき、該当するデータを瞬時に引き出す。 決してうっかりミスなどしない、などという特性はすばらしいものです。    一人の医師が最新の医学情報をすべて把握するのはほぼ不可能であり、知識がないために誤診を招き、死に至らしめる事態を招くこともありますが、 (AI)を活用すればそういう誤診を防ぐことができるかもしれません。

 ただし、社会を構成するには「共有」、「思いやり」といった「感情」の部分が大きく、また大切なのも確かです。  人間はたとえ誰かに指示されなくても、ほかの人たちが追求している目的を理解し、 同じ目的に向かって協力できるという優れたコミュニケーション能力があります。

 ほかの人たちが考えていることを理解して、自分がそのプロセスをいかにして助けることができるかを知る、という点に長けています。 「創造する能力」とでもいうべき知能です。

  1970年にイリノイ大学の数学者ハーケンとアッペルによってコンピューターを使って"四色問題"を解いた際、コンピューターが「教えられた」すべての方法をもとに、 それらを複合した方法を考え出し、しかもその方法は、人間が試した方法よりもはるかに賢かったとされます。

 『ある意味で、プログラムは機械的作業のみならず、「知的」な部分でもその創造者を追い抜いたのである』、という事態が起こったわけですが、これはあくまである特定分野の特異な出来事のひとつです。    これをもって(AI)があれば世の中の複雑な物事を全て解決できる、といった短絡的なものではアリマセン。

 我々は日常生活で常に「意図を察し」、「状況を判断する」ことにさらされています。  ナビでAからBまで移動する場合、我々は突然の嵐、おいしい食事処への立ち寄りといった理由でルートを変える場合があります。    同乗者もドライバーがいちいち懇切丁寧にその理由を説明せずとも、廻りの状況、相手の感情、嗜好、仕草などでそれと察し理解します。

 しかし、たとえ(AI)搭載したナビでも、なぜルート変更したかはまでは理解できません。  機械はそういう決まりの無い連想問題にはとても拙いのです。    アメリカで盛んに行われている自動運転試験でも、自動車が人をひき殺しています。  蓄えている知識だけ活用すれば良しとする機械に、 瞬時の状況変化への対応が要求される分野では、安心して(AI)に頼ることなどできません。

 人間の世界でさえ、相手の意図を察し忖度するのが得意と言われる日本人のような気配り民族もいれば、中国や韓国のように忖度どころか言い負かしたほう勝ちという民族もいます。    映画ターミネーターの中で人造人間のシュワちゃんが「...人間がなぜ泣くのか分かったような気がする....」、というセリフがありました。    いずれ人間の感情まで理解し、時に人間を慰め癒してくれるロボットが誕生する時代がくるのでしょうか。

 人間にも気配りが出来て優しい人もいれば、ガサツでめんどくさい人もいます。  しかし、それぞれ個性があり、これがベストであるということでもありません。     将来優秀な人造人間が誕生する世界では、画一的な性格のロボットだらけとなるのでしょうか。 それとも、それぞれに個性があるロボットが誕生するのでしょうか。    それはそれで逆に怖い気もしますガ。(2018.11.24)
  

宣伝に踊らされるな........万能なマシンなど存在しない

 それにしても、昨今は(AI)ブームとやらで、やれ人間の仕事が奪われるだとか、いずれ(AI)に世界は支配される、などというタワゴトで溢れかえっています。(2017.12)

 なにやら(AI)という手足が付いている実在があって、それが世の中の仕事を全部肩代わりするような論調であふれていますが、(AI)はただの制御マシンであって、 実際にモノを作ったり、袋詰めしたり、運ぶことはしません。 脳みそがあるだけではダメで、手足を動かさなければモノは作れないし移動できないのです。

 どんなに(AI)が進歩しようが、食品工場で弁当パックにご飯とオカズを盛り付けるのは(AI)ではなくパートのオバチャンであり、これは彩り豊かな弁当を求める人々が、何らかの理由でアキラメる時まで続く真理です。    機械化にオドロされる経営者は、いずれメンドウな盛り付けは止めて、画一的で簡単に機械的に詰め込める弁当にするかもしれませんが、それは(AI)が仕事を奪ったのではなく、 単にコストを削減して美味しい弁当を人々に届けたいという理念を放棄した結果です。

 地震大国日本は、地震を予知するシステムを実現しようと年間数百億とも数千億円ともいわれる資金を投入し長年研究してきましたが、2017年になってヤッと諦めました。   世の中は出来ることと出来ないことがあるのです。   (AI)がもし万能なら地震予知など簡単でしょう。  でも断言します.....(AI)は万能ではないし、神さま以外には未来を予知することなど不可能なのです。

 倫理、確率、統計といった数学的な事柄であれば、たしかにコンピューターは答えを出せますが、「おいしい」、「まずい」の違いは意味すら理解できないのです。

 その昔、どんなチッポケな会社でさえコンピューター(オフィスコンピューター)を導入し、企業の業務がどんどんコンピューター化されるというIT黎明期がありました。    IBMや日本電気、富士通などのコンピューターメーカーは、あたかもコンピューターさえ導入すれば仕事の効率が上がり企業業績が飛躍的にアップする、という夢物語の宣伝を競うように繰り広げました。

 日本IBMなどは当時の大物俳優森繁久彌(もりしげ ひさや)氏を起用し、「IBMです」、というたったひと言のコマーシャルを流します。  世界的大企業IBMサマのコンピューターだぞ、 下々に売ってあげる超高性能マシンだぞ、モンクあっか、 というわけです。  それほど当時のIBMは絶対的な強さを誇り、現在の(AI)のような(?)万能マシンのイメージがありました。  ウソかマコトか当時IBMのトップクラスSEの日給が7万円(!)という話を聞いたことがあります。

「C&C(コンピュータと通信の融合)」、「SIS(戦略情報システム)」、「ビジネスソリューション(問題解決)」........各メーカーはこれでもか、とコンピューターさえ導入すればいかにバラ色の未来が花開くか、 じつにさまざまな(そしてよく分からない)横文字スローガンを打ち出してきました。

 一般ユーザーにとってこれらのコトバはほとんど意味不明だったけど、なにやらコンピューターさえあればスゴイことが出来そうだ、と現代に我々が(AI)サマにキタイするような、そんな宣伝文句が巷にあふれていました。     まもなく21世紀を迎えようとしていた頃の、古き良き時代でした。

 
  

ヒトラーほめる人工知能

 人間に将棋、囲碁で勝ったとか、将来は人間を超えるとか、昨今は人工知能(AI)賞賛が目立ちます。  しかし、決して(?)負け惜しみではありませんが物事を1と0(ゼロ)でしか判断できず、 善悪の倫理基準など一切持たない機械が、人間の豊かな感情、想像力を超える能力を手にすることなどありえません。

 米IT大手のマイクロソフト(MS)は2016年3月、インターネット上で一般人らと会話をしながら発達する人工知能(AI)の実験を中止したと明らかにしました。

 このAIは短文投稿サイトのツイッターに23日に登場。 ツイッターで会話を重ねるうちに差別的な発言を繰り返すようになり、 不適切な受け答えを教え込まれたため「ヒトラーは間違っていない」といった発言をするようになったといいます。

 24日に実験中止されたそうですが、優れた子供が良質な教育と家庭環境から育まれ、一方で"フト"したきっかけや過ちにより犯罪に走る人間も大勢いるように、 AIも100%完全無欠な正しい判断ができるマシンを造れる環境をどう整えるつもりでしょうか。

 "フト"した製造ミスにより、いずれSF映画のように悪いAIが蔓延り人間を敵対視する世界が来る、ということも十分考えられます。(2016.3.25)


  

コンピューターは生活を豊かにするための道具

 コンピューターが単なる計算する機械という役目に留まらず、使いようでは素晴らしい能力を発揮するのも事実です。 "四色問題"として知られる数学屈指の難問では、 コンピューターがアイデアの面でもその力を見せてくれたといいます。(フェルマーの最終定理・サイモン・シンより)

 "四色問題"とは、《ある図形をいくつかに分割し、境界線を共有する部分同士が同じ色にならないよう塗り分けるには、4色あれば十分》、というもので、 1852年イギリスの数学者フランシス・ガスリーが、何気なくイギリスの地図を州ごとに色分けしていたとき出くわした疑問から生まれました。    彼は、境界線を共有する二つの地域が同じ色にならないように地図を塗り分けるには、最低何色あればよいかを知りたいと思ったのです。

 地図の世界の構成要素は1482の基本地図になるそうですが、この一つ一つを調べ上げ、色の組み合わせをすべてチェックするというのは膨大な作業であり、 コンピューターに任せたとしても多大な時間がかかるだろうと考えられていました。

 1970年にイリノイ大学の数学者ハーケンとアッペルによってコンピューターを使ってこの問題に取り掛かってから5年後、コンピューターが単なる計算に留まらず、人間が驚くような働きをしはじめたといいます。  コンピューターが「教えられた」すべての方法をもとに、それらを複合した方法を考え出し、しかもその方法は、人間が試した方法よりもはるかに賢かったというのです。    『ある意味で、プログラムは機械的作業のみならず、「知的」な部分でもその創造者を追い抜いたのである。』、という事態が起こったわけです。

 1976年6月、1200時間もの計算時間を費やしたハーケンとアッペルは、1482の基本地図の解析を終え、5色以上を必要とする地図は一つもなかったと発表します。  ただ数学者の中にはコンピューターの生み出した論理に欠陥がないという保証はない、としてこの証明を認めない立場の人もいるようですが.......。

 21世紀はコンピューターの革新的進歩で格段に便利な社会にはなりました。  いまや炊飯ジャーにさえコンピューターが内蔵され水分量や炊き加減を判断してくれます。   でもすべて勝手にやるわけではなく、人間が介在することで最適な炊き上がりに近づくのです。

 キカイとニンゲンが上手く折り合って物事が進むのがベストなわけで、すべて(AI)にお任せする仕組みにする必要はありません。     結局は機械の手を借りて人間が満足する仕組みになっているのがベストなのですから。

 万能のマシンはありえません。   マシンというものはあくまでも人間の活動を手助けして生活を豊かにするための道具である、という立ち位置を堅持させておくのが一番です。     あまり(AI)に過大な期待を抱くと、未完成で不完全なマシンが誕生してしまい、ヒットラーが主導権を握ったような社会が実現するかもしれません。    そういえば、どこかの国の(AI)がヒットラーを賞賛したそうですが。(2017.12)


  

人間の出番は残されているか?

 人間と絶対計算のどちらが優秀かを比べると、ほぼ例外なく絶対計算が勝つといわれます。  予想競争させれば専門家と称されるグループでさえ、コンピューターによる統計モデルにほぼ負けるとされています。    その理由として、人間は感情や先入観に左右されがちで、大量の条件にうまく重みづけができないからと言われます。

 アインシュタインは「本当に価値があるのは直感だ」と述べました。  イアン・エアーズによれば、われわれ人間がマシンよりも上手にできることを一言で言えば、「仮説立案」だと断言しています。

 何が何を引き起こすかについての仮説を生み出すのに人間の発想力がどうしても必要だというわけです。  「必要は発明の母」、というところでしょか。     「失敗は成功のもと」などとも言います。  エジソンは電球を発明するための実験で数万回失敗したそうですが、はたして(AI)にその根性はあるでしょうか。

 人間に残された一番重要なことは、頭や直感を使って統計分析にどの変数を入れるか、入れるべきでないか推測することだ、とイアン・エアーズは言います。

 データの海を見渡して、他のだれにも気がつかなかった相関を見破る、という世界にいつか(AI)がたどりつく日がくれば、ターミネーターの時代が実現するかもしれません。

 
  

データマイニング

 1969年7月20日、初の月面着陸を果たしたアポロ11号に搭載されたコンピューターは、初期のパソコンどころか電卓に毛の生えた程度(?)の能力だったと言われます。    能力不足のところを人間が補助して見事に降り立ったわけですが、人間とマシンはこのような補間しあう関係なのがベストではないでしょうか。

 科学技術の進歩によって人類はとてつもない利便性を手に入れました。  車や列車、飛行機の誕生により人や荷物の移動が格段に便利で早くなり、 通信技術の発達で世界中どことでも一瞬にしてコミュニケーションが取れる社会が実現しています。

 それらを実現した一連のマシンは、社会の仕組みや利便性に画期的な変革をもたらしましたが、あくまで人間の生活を手助けする道具という位置付けでした。

 アメリカ最大のクレジットカード会社として有名なキャピタル・ワン(本社バージニア州)は、データマイニング技術を駆使したコンピューター利用により業績を伸ばしているとか。

 データマイニングとは「データの巨大集合やデータベースから有用な情報を抽出する技術体系」、というものだそうで、略してDM( Data mining)と呼ばれています。   mining は採鉱、地雷敷設という意味で mine の現在分詞。  mineは〜 から得ようとするという意味。

 統計学、パターン認識、人工知能等のデータ解析などの技法を駆使し、それを大量のデータ処理に網羅的に適用することである傾向を見つけ、役立つ情報を取り出す手法といわれます。

 キャピタル・ワンに電話すると顧客はまずカード番号入力を求められます。  コンピューターアルゴリズムは瞬時にその顧客の何十という特徴を分析、顧客が質問する前(!)に答えを出します。

 例えば毎月の利用残高を聞くためだけ電話してくる顧客には、「現在のお客様のご利用残高は○○ドルです。 △△についてのご質問は1番を押して下さい....」、あるいは自分の支払いが届いたか確認する相手には、 「お客様からの最後の入金は○月○日でした。  担当者におつなぎするには1を押して下さい」と返答します。

 顧客が納得して電話を切るまでせいぜい10秒。  当然この一連の処理にキャピタル・ワンの人間は介在していません。  コンピューターが全ての処理を自動で行い、 ここで顧客のニーズが満たされれば誰も余計な時間を浪費することなく皆ハッピーとなります。  これこそマシンの役目です。

 もし顧客が解約の電話をしてきたら、コンピューターは統計的アルゴリズムによりその顧客がどうでもいい人と判断すれば、 自動化されたサービスにまわされボタンをいくつか押せば解約終了です。    日本の会社はまだそこまでシステム化されていませんから、簡単に解約できたからといってガッカリしないように........

 では人間の仕事は.......コンピューターはその顧客が今後も収入源になると判断すると慰留専門部署に電話を廻します。 ここでコミュニケーション能力の高い専任者がやっと介在し、引き留めるためあの手この手のテクニック話術で 説得を開始します。   もしこの仕事まで(AI)がやるとなると、マシンが人間を説得するというSF話になるワケですが......

 データマイニングにより、専任者はコンピューターのサポートを受け顧客が満足する条件でかつキャピタル・ワンにも利益が生まれる絶妙の提案を持ち掛けます。  その結果説得が上手くいけば、 満足した顧客は引き続きお客の立場にとどまり、専任者はボーナスが手に入り、会社も儲かる.......いうことなしです。 コンピューター バンザイ。   内容は『その数字が戦略を決める・(イアン・エアーズ)』参考。

 (AI)に対しあまり過剰な期待は抱かず、そういうマシンの一つとして活躍させていけばいいのでは。(2017.12)

  
  

人工知能の利用と働き方の変化

 学習機能を身につけ始めた(AI)にうってつけの仕事として、「病気の正確な診断」、というのが実現出来そうな気がします。  過去の膨大な医療情報を駆使して、 並みの医者では到底診断のつかない難病でも瞬時に診断し適切な治療法を教える、ということは十分可能なのではないでしょうか。

 過去、人類は科学技術の進歩によって、「テクノロジーに仕事を奪われ」ることを何度も経験してきました。    イギリスの産業革命では風力や水力に変わり蒸気機関の発明で機械化が進み、大量生産が可能になり、単純作業に従事していた人は仕事が無くなったが、 「熟練工」は必要とされました。

 一昔前には、コンピュータが一般化して事務処理に活用されたら、オフィスからペーパー類は一掃される、とか言ってましたが、現状ではむしろ増える一方という現実があります。

 印刷業界では、DTPの普及によって印刷の画像情報、テキスト情報がフルデジタル化され、IT化によって人手作業の部分がかなり削減され合理化が一気に進みました。     その結果、一部業務が上流へ移って空洞化するということはありましたが、逆に印刷技術、テクニックが進歩し当初心配された、「印刷業はもう成り立たない」という心配は杞憂となりました。      いずれも、仕事がなくなったのではなく「働き方」が変化したわけです。

 単純な定型事務作業レベルの業務はこれから少しずつ(AI)に取って代わられるでしょうが、大部分の仕事が(AI)に取って代わる、などというのあくまで予想レベルのタワゴトです。       なぜなら、単純作業ならイザ知らず、ほとんどの仕事は早さや正確性より、「長い間に身につけた経験」、が最も重要なスキルなのですから。


  

グーグル「量子コンピュータ」成功?

 2019年10月23日、米グーグルは同社の研究する量子コンピュータが、世界最高のスーパーコンピュータで1万年かかる計算を200秒で行ったという論文を発表します。

 中国との関係が深いとされるグーグルですが、ドナルド・トランプ米大統領が必死にグーグルを叩いてきたのは、 グーグルが米政府の意向よりも中国政府の意向を汲んできたためとも言われています。

 仮にグーグルの発表が正しければ、これは世界のパワーバランスを揺るがす大事件となりかねません。  量子コンピュータ技術の世界では、 現在中国がアメリカを猛追していますが、そのグーグルが量子コンピュータで世界最高だとすれば、米国にとってはリスクといえます。

 グーグルの量子コンピュータ技術論文が発表された直後から、ビットコイン価格が急落しました。  暗号解読技術が高まれば暗号通貨の暗号が解読され、 ブロックチェーンという暗号から成り立つビットコインの価値がなくなってしまう、という懸念があることを意味するからです。

 単なるデジタルデータが、通貨として人々に受け入れられるビットコイン価値の背景には、絶対安全な暗号システムによって、 通貨を利用する人々の匿名性が担保されている、という事情があります。  それが根柢から覆される事態が起ころうとしているわけです。

 しかし、量子コンピュータのプロトタイプをテスト中のIBMは、グーグルが理論上の話に過ぎない「量子超越性」を達成し、 量子コンピュータが既存のコンピュータでは不可能だったことができるという主張に、 重大な欠陥があるとして研究結果を否定しています。   ハタシテ量子コンピュータの行方は.....。(2019.11.11)


  

神のお告げ(?).........イザベル

 世界には11000種類以上の病気があるといわれ、一人の医師がこれを全て把握して原因を探し当てるのは到底不可能とされています。   そこで日々進化するコンピュータ・テクノロジーを「診療決定支援」に利用しようと世界各国で開発競争が盛んにすすめられています。(2017.12)

 そのひとつ「イザベルソフトウェア」は、病気の原因をひとつに特定するのではなく、医師に「以下の可能性は考えましたか?」というページを表示してくれる診断プログラムです。

 誤診の最大の原因は「はやすぎる結論」といわれ、診断ミスは医療過誤の三分の一を占めるといわれます。  医師たちは命に関わる病気を最大で20%誤診しているとも言われ、 過去数十年間でも誤診比率は目に見える改善が見られないといいます。  神ならぬ人間の能力には限界があるのでしょう。

 この「イザベル」という名の診断プログラムは、医師が患者の症状を入力すれば、もっとも可能性の高い原因の一覧を得られるようになっています。

「イザベル」のデータベースには11000種類以上の病気を、多数の臨床試験や実験室での結果、患者の病歴、個別症状とともに、あらゆる病気の分類データが関連づけられて蓄えられ、 さらに日々あらたに登場する論文についても関連性が高いと判断されれば絶えず最新情報に更新されるようになっています。

 これにより「イザベル」は常に最新の医療データベースとなっています。    実際「イザベル」に患者の病歴を入力するだけで10〜30の診断一覧を下してくれ、しかもその75%が正しかったといいます。

さらに、より詳細な症状その他を入力すれば、「イザベル」の病気診断の正解率は96%まで上がるといいますから、並みの医師より、いやどんな名医よりもよっぽど正確で信頼が持てる診断システムなわけです。

 ただ、開発者によれば「イザベルは神のお告げではなく」、可能性のある診断について見込み確率の順位をつけることはしないとしていますが、 11000種類以上の病気から30の病気に絞り込むというのですから、コンピュータによる「診療決定支援システム」はすさまじい進歩を続けているようです。(参考・その数学が戦略を決める イアン・エアーズ著)


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