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「歴史問題」は「日本の政治家問題」

 当時を生きた山本夏彦氏は、 昭和6年の満州事変から敗戦までの15年真っ暗だったという「戦前まっ暗史観」は、 左翼の言いふらしたウソ だと断定しています。  『満州事変はこれで好景気になると国民は期待し歓迎したのである。 はたして軍需景気で失業者は激減した』、 『真っ暗だったのは昭和19年第一回の空襲からの(わずか)一年だ』と書いています。

 中韓と左翼が、日本を口撃するため持ち出す数々のでっち上げ因縁話は、「歴史問題」などと呼ばれますが、 アジアの指導者たちに自信を与えた日本の功績を知れば、そこにあるのは 《「屈辱の歴史」の怨みを、日本にだけ向けてくる中国問題》と、 《日本統治を、災難という観点でしか見ない韓国問題》です。  そもそも日本は 白人列強による植民地支配の世界を破壊するという「歴史的偉業」 を成し遂げた国です。

 ところが世界史に刻まれるべき先の戦争で日本が果たした功績を、 白人列強のアジア侵略に恐れをなし震えあがり大戦中何もできなかった中韓だけが否定し、 全ての戦争責任を日本に押し付けるのです。  「我々は被害者で日本は加害者」とする 中韓が仕掛ける新たな歴史戦は、「歴史」そのものではなく、 中韓の不満や嫉妬心から生じたものであり、 「歴史問題」なるものは存在せず、ただの「難癖・言いがかり」に過ぎません。    そもそも「日本悪玉論」は 戦後ずいぶん経ってから出てきた話です。

 敗戦国日本を占領統治するため乗り込んできた連合国軍総司令部(GHQ)から見ると、当時の日本人は 「戦争に対する贖罪意識」が希薄としか映りません。     それも当然で、 「植民地支配からの解放」を目指し、 「生き残るための戦い」 に打って出て、白人列強による植民地支配という暗黒の世界史に終止符を打った日本に、 負い目・引け目などなかったのです。

 そこで(GHQ)は戦争は一方的に日本の責任であるという思想を日本人に植え付けるプログラム、いわゆる 「WGIP」により罪悪感を刷り込み、 「反日日本人」を育成します。  さらに日本人に祖国に対する誇りを失わせるため 歪んだ歴史認識を押し付け 「祖国を全否定する反日思想」を徹底的に植え付けます。  マスコミに対しても プレス・コードで厳しい言論統制を行い、 戦前戦中の日本を肯定する主張はすべて封殺され、 中国・韓国を批判する主張は禁止されます。  戦勝国は 「日本だけ悪者にする歪んだ歴史認識」を日本人に押し付けたのです。

 「戦勝国の歴史」を押し付けられた日本に、 ボウフラのように湧いて出たのが戦勝国側のウソ話 にすっかり騙された「反日的日本人」です。  この 勝者側につき祖国を喜んで悪者に仕立てようとする反日勢力は、 インチキ歴史を捏造して 「日本軍は残虐だった」という 日本悪玉説をまき散らし、 敗者日本を散々罵倒し祖国を否定する 「反日病」というウィルス(日本悪者史観)を流行らせます。

 この「反日ウィルス」を感染爆発させていったのが 戦後日本を「侵略国家」に仕立てた最大の黒幕・朝日新聞です。    この新聞はオピニオンリーダーとして戦前・戦中は「日本は戦争すべき」、 「戦争することが正しい」と日本国民を煽り 悲惨な戦争へ駆り立て、戦後も 国民を欺く偏向報道を続ける、 常に日本をおかしな方向に誘導する新聞です。  いうならば朝日新聞はデマゴーグ(扇動家)であり、この 朝日新聞の記事を鵜呑みにし、 「我が国は侵略戦争を犯した犯罪国家」と高らかに宣言したのが 『戦後の反日歴史教育の土壌』から育った作物 ともいえる中韓米には逆らえない日本の政治家です。(2026.5.21)


  

「歴史問題」は愚かな日本の政治家がもたらした

 「デマゴーグ」に操られた大衆がどんな行動をとるかは、 兵庫県知事選でもイヤというほど見せつけられました。    もともと、日本人は権威とか肩書にめっぽう弱く 相手の言い分に逆らえず譲歩してしまい、 その場の「空気」に支配されやすい、 扇動(宣伝活動)に惑わされてしまう民族です。  例えば 「捏造だった慰安婦問題」では 朝日新聞と大学教授がタッグを組み「慰安婦問題」を既成事実化 させたのですから、コロリと騙されてしまったのも当然でした。

 戦後100年になろうかといういまだに、戦勝国の思惑通り、 「日本悪者史観」発生源の左翼勢力は、 「日本は戦争加害者で、中韓はその被害者」という的外れの戦後史観を振りかざし、 独りよがりの悪質な嘘の毒・「反日病」というウィルス をまき散らし、人種差別撤廃を唱えアジア諸国を植民地支配から解放した日本が先の戦争で果たした功績 を闇に葬り日本だけ一方的に悪者にします。

 今の韓国は強固な反日国家へ変貌していますが、 1970年代までは韓国の人たちは皆友好的で、市場に買い物に行くとおまけしてくれ、日本語を話せる韓国人は若い人から羨望の視線を浴びたといいます。  疑うことを知らず、 戦争についての罪悪感を刷り込まれたお人好し日本人には、反日勢力がばら撒いた 「日本悪者史観」(反日病ウィルス)はよく効いたのです。     そこに「反日病」ウィルスに罹患してしまい、 「日本は侵略戦争を起こした軍事国家」、「我が国は戦争犯罪国家」と嬉々として宣言し、 日本を再び敗戦国にしようとする政治家が次々現れます。

 政治家が自国を「侵略国家呼ばわりする」国は日本以外あり得ません。  この一国のリーダーたる矜持(きょうじ・プライドと自制心)など持ち合わせない政治家が 戦後日本を謝罪国家に突き落としたのです。    「歴史問題」があるとすれば、 戦勝国が押し付けたゆがんだ歴史観教育を受けた 愚かな日本人が創り上げた国内問題であり、偏向史観を真に受け日本は戦争を起こした悪い国 と言い張るレベルが低すぎる日本の政治家がもたらしたものです。

 こうして 「日本悪玉論のまやかしの呪縛」にすっかり囚われ、 「日本を永遠の謝罪国家の立場」にしておく 戦後レジーム(体制)が日本社会に形作られました。  それもこれもすべて 日本の政治家がすっかり劣化してしまったからで、 「歴史問題は日本の政治家問題」なのです。(2026.5.21)


  

日本は戦争のけじめをつけ歴史問題は終了している

 日本は、1951年(昭和26年)9月8日、交戦相手だった連合国48カ国の代表とともに、 対日平和条約(サンフランシスコ講和条約)に調印し、 戦争の終結と平和の回復を宣言しました。   この条約は1952年(昭和27年)4月28日に発効し、これで約7年間におよんだ占領が終結し、 日本は主権国家として独立を回復します。

 その後、中国とは1972年の日中共同声明と1978年の日中平和友好条約で、 韓国とは1965年の日韓基本条約で、「日本は過去に置いて戦争を通じた損害を与えた責任を痛感し深く反省する」 という表現には踏み込みましたが、賠償問題も含め、日本は過去の戦争のけじめをつけ 「歴史問題は終了」させています。

 1965年に行われた韓国との日韓基本条約の交渉では、日本側は 『韓国併合条約はまったく正しい手続きを経て締結されたものだし、 諸外国もそれを承認した正規の条約である』、 『その条約によって発生した行為に"賠償金を支払う"ことは、 国際的に許されるわけがない』(渡部昇『かくて昭和史は蘇る』)と、今の軟弱政治家や官僚と違ってまことに筋の通った主張をして 両国間で合意が成立しています。

 いったん正規の条約に調印した以上は 二度と以前のことは問題にしないと互いに合意したと納得 するのが近代国家の常識です。  1972年に日中国交正常化交渉で中国を訪れた田中角栄総理は、 北京で行われた晩さん会の席で 「中国人民に多大の迷惑をかけた」と述べ中国側の顰蹙を買います。  表現が軽すぎるというわけです。  しかし、日本国代表の田中総理とすれば、 この程度の表現が精一杯の発言なのです。

 ところが、もうすでに条約締結で戦争のけじめを付けていたというのに、愚かにも日本政府は1993年に 戦後日本への呪いを創出した「従軍慰安婦に関する河野談話」 と「侵略戦争に関する細川談話」を。   1995年には 「植民地支配と侵略に関する村山談話」で、ありもしない 「過去の侵略と戦争犯罪」を謝罪する談話を発出します。    アメリカは日本が同等以上のパワーを持つことは望まず、中国・韓国も「日本を敗戦国の立場にしておく」ほうが都合がいいのです。  そこに 日本の左翼メディアによる 亡国キャンペーン報道の「空気」に支配され、 安易な謝罪に走る無能政治家たちが次々現れたのです。

 致命的だったのが、「我が国は侵略国家」と明言し自ら亡国の引き金を引いた 「村山談話」です。    驚くべきことに、日本は首相自ら「我々はナチスより悪いことをした犯罪国家」、 「侵略国家日本は、これからも謝罪し続けます」と宣言して、サンフランシスコ講和条約に上乗せし 更なる謝罪を申し出たのです。   日本社会ならいざ知らず、国際社会においては 「謝罪は自らの非を認めた証」です。  この、 中韓に申し出た新たな謝罪談話により、すでに戦後処理を終えていた日本はさらなる補償負担を強いられていくのです。

 あろうことか、「日本は侵略国家」という悪質なプロパガンダ に騙されたバカな政治家が、中韓だけが唱える「日本軍残虐説」を信じ込み、 「有銭無罪 無銭有罪」の国・韓国の我儘に踊らされ、 ありもしない歴史問題に振り回され、先の戦争において アジアの指導者に自信を与えた日本の功績 を闇に葬ったのです。  これで「日本は再び敗戦国」に突き落とされました。     「村山談話」が今の日本を謝罪国家に仕立てたのです。(2026.5.21)


  

的外れの日本批判は放置すべし

 中国と韓国は「歴史を直視せよ」、「日本の戦争責任」などと、全ての戦争責任を日本に押し付ける 極端な反日国家です。  一方、中韓以外の国は皆 「植民地支配からの解放者・日本」に謝意を述べています。   植民地支配の嵐が吹き荒れていた時代、 白人列強のアジア侵略に恐れをなし、震えあがり牛耳られ、 言いなりになっていた中国と韓国だけが、日本を悪者扱いし批判しますが、 中韓こそ「歴史を直視」し日本に感謝すべきで、 大戦中何もできなかった中国と韓国が、 艱難辛苦の末白人列強による植民地支配に終止符を打った日本 を批判する資格などないのです。

 そもそも、条約締結により戦争のけじめはとっくについているのに、その正当な条約をあとになって 「あれは犯罪的条約だ」と言い張られ、 条約破棄されてしまったら、オチオチ条約など結べません。  もし 日本が改めて中国や韓国に賠償を払うという"悪しき先例"を作れば、もう誰もわざわざ条約など結ぼうとはしなくなります。    日本が中国・韓国との戦後処理はとっくに終わっていると主張するのは、国際社会での"筋"は曲げられないという責任感です。

 ところが、「先の戦争は日本が全て悪いという反日史観」を信じ込む日本人の中には、 国家間の原理を弁えない謝罪補償論者・大江健三郎のように、 日中戦争の実態を碌に知りもせず、 「私は日本が中国にしっかりした謝罪と補償を行わないことが、現在および未来の中国の進み行きについて、 日本人としてまともな勧告をなしえない理由だとおもう」、 「シナ(支那)にはしっかりとした謝罪と補償を行え」などと、的外れの日本批判をする者もいます。

 これに対し、谷沢永一氏は、 「大江は国家と国家の間においての場合は、 謝罪などという行為は成り立たないという国際関係の常識をわきまえていない頓珍漢」であり、 『そもそも、国家はそれ自体が一個の独立した絶対価値であって..(略)国家を合法的に弾劾したり裁いたりすることのできる 超絶的な法体系も地球上にありえない』とします。      そのうえで、「紛争を解決する唯一の方法が条約」であり、「条約を結ぶ、あるいは条約を破棄する、 それのみが国家と国家との間における行動様式」とします。

 そして、「...ある国家が相手国になにか快(よ)からぬ遺憾の念を持ったときは、 それを正規の外交交渉の場に持ち込み、どこから見ても無理のない解決へと、事態を理性的に進行させるべき」とし、 とっくの昔に条約を締結し戦争のけじめをつけていたハズなのに、未だに「謝罪せよ」と迫る相手には、 「彼らは近代国家の規則(ルール)をわきまえない没義道(もぎどう・人の道にはずれてむごいこと)な、精神的発展途上人種なのだから、 なにやら雑音がうるさいなあと、窓を閉めて耳に入れなかったらそれで済む。   盛り場で腕がちょっと触れたからといってインネンをつけてくるお兄さんには、 避けて通って知らぬ顔でいればよい」とします。  いまさら中国・韓国が反日をやめる ことはあり得ません。 相手にせず放っておくことです。

 終戦直後、中華民国の総統・蒋介石は、 日本に対して賠償を要求しないと公式に声明しています。  中国は政権の正当性に強くこだわる国ですから、 中華人民共和国(現中国共産党)が中華民国から正当を受け継いだ合法政権であると主張する以上は、明→清→ 中華民国→ 中華人民共和国という系統図に固執しなければならず、 中国共産党は蒋介石と日本の約束を、そのとおりに踏襲しなければ面目が絶たないはずで、それゆえ、 日中平和友好条約においても賠償権は放棄されているのです。

 ただ、日本としては中韓に迷惑をかけたのも事実であり、 戦争賠償を放棄せざるを得なかった中国に対し、 ODA(政府開発援助)という形で総額約3.6兆円、 韓国には「賠償金」ではなく、 「請求権資金」という形で拠出しています。       特に35年間日本が統治した韓国に関しては、 「日韓請求権協定」により、 韓国の国民が日本政府や日本の企業に対して損害賠償などの請求権を持てないと約束させています。(2026.5.21)


  

「本当の歴史」を知らなすぎる日本の政治家

 日本の歴史研究者がこぼすのは、中国や韓国の歴史研究者といっても、 彼らはほとんど実際の歴史を知らずに(知らされずに)参加しているわけで、 共同研究会議などで議論になっても、 彼らは日本に反論する根拠となる史料など持っておらず、最後は『我が国に対する同情はないのか』とキレられる、 という繰り返しで終わるといいます。   「共産主義思想」は始末が悪いのです。

 戦後の日本悪玉説を捏造してきた日本人たちによる、 「デッチあげ日本貶め話」にすっかり騙されている政治家たちも、中国・韓国の歴史研究者と大差ない史観の持ち主ばかりで、当時の世界は 白人による激しい植民地化競争が繰り広げられ、福沢諭吉が 「脱亜論」で憂慮したように、 日本周辺でも激しい植民地化競争が行われ、 中国・朝鮮半島も、数年もたたぬうちに西洋諸国に支配されてしまうのは確実な情勢だったことなど知りません。

 100年近く平和国家のぬるま湯に浸かってきた日本は、 「戦争はしないという現在の平和憲法」を守りさえすれば、日本はいつまでも平和な国でいられると頑なに信じ込む 「平和念仏主義」に支配され、 物事を現実から見ることが出来ない 現実逃避の平和主義者ばかりとなっています。    これでは、先の戦争の真相を知るどころか日本が米国と戦ったことも理解していない 日本人が増えるのも当然です。

 「日本の戦争責任」についても、 あまりにも的外れの誹謗中傷や事実誤認、針小棒大な話が多すぎます。  例えば、 「満州事変」は日中戦争の引き金ではありません。  蒋介石は 日本の満州における権益を認めており、 1933年(昭和8年)5月、日本と国民党政府は、中国と満州との間に非武装中立地帯を設け、日本軍はそのラインを越えて軍事行動しないという、 日本・支那停戦協定・いわゆる「塘沽(とうこ)停戦協定」を結びます。

 この協定により、関東軍は基本的に万里の長城から南に攻め込まないこと。    一方、中華民国軍も、決められたラインから満州国の方向に進軍しないこと。  さらに、 河北省の一部に非武装地域を設けることが取り決められます。  これにより、中華民国としては満州地域が分離した新たな国であることを認め、 満州国を黙認する格好となります。  ただ、日本と蒋介石の関係は 「西安事件」によって一変してしまい、 その後は泥沼の日中戦争へと迷い込んでいきます。

 アメリカの女性東洋学者ヘレン・ミアーズ氏は、 「...当時の日本は決して欲張った拡張政策を取るつもりは無く、 ロシアの南進政策に対抗して朝鮮半島と満州を治め、 イギリスとの話し合いで華北(かほく・中国北部の呼称)に一定の権利を確保するということであり、 その後弱冠の変化はあっても 当時の西欧列強が行なっていたアジア支配の流れ と比較して、決して過度なものではなかった」 としています。

 藤原正彦氏は、『あの戦争は当時の帝国主義の荒波の中、それぞれの時代の最強国、ロシア、アメリカに対し日本が独立自尊を賭けた戦いであり、 弱い者いじめによる国益追求という恥ずべきものでは決してなかった。  米国によって生命線を断ち切られた日本が 生き残るため生死をかけた戦いだった』  その過程で生じた戦争は、 『白人のアジア侵略を止めるどころか、帝国主義、 植民地主義さらには人種差別というものに終止符を打つという、スペクタキュラーな偉業をなしとげた』と述べています。

 日中戦争は日本と中国だけの戦争ではなかったし、 「日中戦争」の中身も大分誤解されています。  太平洋戦争にしても敵将マッカーサーでさえ 「日本が生き残るための戦いだった」 と認めています。  にも拘らず、戦勝国側のウソ話に完全に騙された反日は、節操もなく 《日本を悪者》にしておかないと困る中国と韓国に寄り添い、 日本憎しの呪いで動く呪術人形のように、 嬉々として日本悪玉論を言い立て、「日本は戦争犯罪国家」などと根拠もない作り話を主張します。

 そして、激動の時代、獅子奮迅の働きをした日本を全否定し、 「ハル・ノートは宣戦布告はもちろん、最後通牒からも程遠い」とか、 「ABCD包囲網は日本の侵略戦争を正当化する為のキャッチフレーズ」、 「八紘一宇などと言うのは、 当時の日本が海外進出を正当化するスローガンとして用いた用語だ」などと、見当違いの批判で なんでも日本を「悪者」扱いします。

 過去の出来事を現代の基準で白黒つける愚を犯し、 浅はかな歴史認識を振りかざし日本の国益を危うくしているわけですが、日本の政治家ならば 東京裁判後に言われ出した日本軍残虐説に惑わされてはなりません。     「日清戦争」から「日露戦争」で何が起こったのか。   なぜ、日露戦争に勝利した際日本人と、支那人が手を取り合って喜ぶ姿を見た駐支那独大使グレールが、 「支那の日本化は、白人列強のアジアにおける権益を危うくする恐れがある」と本国に報告したのか、 「辛亥革命」以降始まった日本への反発の背景にあったものや、 太平洋戦争で日本が世界にもたらしたものについて知ってから史観を語るべきです。(2026.5.24)


  

お人好しすぎる日本人の歴史史観

 日本批判で有名な経済学者ジャン=ピエール・レーマンは、「日本と西洋」の中で 「先の戦争で日本を叩きのめしたのは米国だけだった。  英、仏、 オランダは 有色人種の捕虜にされたという屈辱を晴らせなかったし、日本のせいですべての植民地を失って再び欧州の貧しい小国に追い落とされた。   その恨みは深い」と本音を吐露しています。   ルーズベルトの側近ウィリアム・レーヒは 「日本は欧米植民地に縛られてきたアジアの民衆を反白人に変えるだろう」として、 欧州の国々が国家財政の要にしてきた植民地 は、邪魔者日本を潰そうとした米国のせいで無くなったと嘆きます。

 白人列強は、「武力で支配した有色人種から、資本も生産手段も教育機会もすべて奪い、劣等人種とみなし人間扱いせず、 現地人をしゃべる家畜 として奴隷としてこき使って」きました。  ところが、「それまで二百年の長きにわたって有色人種を支配し、 無敵で神のような存在と信じられてきた列強が、実際はそうでない」ことを、 「日本が全人類の面前で証明してしまった」(トインビー)のです。

 世界戦争が終結した時、列強が心配したのが過去の植民地支配における残虐非道行為が槍玉に挙げられたら、謝罪に追われ、莫大な賠償金を要求されることでした。     そこで列強が思いついたのが、自分たちの植民地支配という世界を破壊した憎っくき日本に「戦争責任を全て押し付ける」ことでした。    日本をアジアに侵略戦争を仕掛けた軍国主義国家で残虐な軍隊だったことにすれば、自分達に批判が向くことを回避できると目論んだのです。 これで日本は 「列強の犯罪隠し」のスケープゴート にされます。

 戦勝国の身勝手な史観を押し付けられ牛耳られた日本は、 中国・朝鮮は被害者であり、日本は加害者だから、大人しく黙って謝罪を続けろと躾けられてきました。    その結果、日本が第一次大戦に連合国側として参戦し、 ドイツに勝利しその支配地域を確保したことを 「支那事変(日中戦争)」本は、 《...青島を攻めたとき、日本は「青島を中国に返すため」といっていたのが、勝った後も軍隊を残したことで、日本が中国を侵略しようとしていることが明らかになった》 などとお門違いの批判をします。

 そもそも、主権国家は昔も今も自国に見返りがあるから戦争するのであって、何の見返りも求めず「青島を中国に返すため」、 自国兵士の犠牲を払い、無償で戦う国は世界中どこを探してもありません。  尖閣諸島有事の際、アメリカが米軍兵士の犠牲を厭わず自衛隊と共に戦ってくれる と信じていたら、 国際政治を理解していません。  イギリスとフランスは、ドイツが中国大陸に保有していた権利を日本が受け継ぐ、ことを事前に約束していたのです。  ちなみに日本の 青島攻略戦後のドイツ兵捕虜の扱いは世界から賞賛されています。

 反日は、真実を書いたら「日本だけ悪者説」が成り立たないので、 「日本が悪かった」という結論ありきで、「返してくれなかった」という子供だましの内容にします。  そもそも、 日中戦争も太平洋戦争も中国権益争いに首を突っ込んできた米国の陰謀 が大きな要因なのに、日本人は本当の歴史を知らず、 巷には日本だけ悪者にする偏向本が溢れているのが現状です。

 このように戦後日本は大人しく中韓に謝罪を続けろ 、と躾けられてきました。  中韓の戦後史観は、いかに永遠に日本に反省させ、謝罪させるかという 目的を実現させる手段に他なりません。   このままではいつまで経とうが日本は真の独立国家にはなれません。    日本人はもっともっと真実の歴史を学び、白人や中韓に毅然と反論できる「歴史力」を身に着けるべきです。(2026.5.21)


  

歪んだ歴史認識が戦争を語ることをタブーにした

 そもそも、日本と中国が対立するずっと前、 中国に侵攻していたのは列強であり、中国は白人列強により 「半植民地状態」にされていました。   当時の日本は、強い民族が弱い民族を征服するのが当たり前 という弱肉強食の只中に放り込まれ、生き残るのに必死だったのです。  そこで、「中国に強固な統一政府が誕生すれば、日本と連携して東亜の安定を図れる」という期待を抱き、 民族独立を目指す孫文を支援し、 中国を一刻も早く統一国家として誕生させ、近代国家へ導くことで、 共に手を結び白人列強によるアジア支配に対抗しようとします。

 「辛亥革命」で清朝政府が崩壊し、 「中華民国」が建国されたという中国近代化の流れは、日本の影響を受けた西洋かぶれの中国人留学生から始まったもので、当時の日本は 中国革命の本拠地であり、 「辛亥革命の母体は日本」です。  ところが、日本から散々援助を受け 中国革命を目指していたはずの孫文が、途中で 「連ソ・容共」に宗旨替えしたため、日本は 列強だけに中国利権を独り占めさせるわけにはいかないと積極的に中国へ介入していったという事情が日中戦争の背景にあったのです。

 戦後の日本は戦勝国が日本に押し付けた歪んだ歴史認識により、 日本だけが侵略戦争を行ったという戦後レジームに囚われています。  しかし、 先の戦争は様々な思惑が蠢いており、当時の日本には大勢の「ソ連スパイ」が巣食い、 政府中枢にまで潜り込み日中戦争を拡大させることで、陸軍の戦略を対ソ連戦(北進論)ではなく、 英米と戦わせる方向(南進論)に誘導していたのです。   日本の 中国進攻は正当化できませんが、 そうなった経緯はかなり誤解されているのです。

 日本に敗れた日清戦争こそ、本当の意味で新生中国誕生の始まりなのに、反日はそういう歴史背景に一切触れず、 真偽も定かでないシロモノを盾にして、ひたすら、 いかに日本軍が残虐だったか嘘八百を並べ立てます。    太平洋戦争にしても日本側は長期戦では日本に勝ち目はないのは皆判っており、 米国との戦争は回避しようとしたものの、 「ハル・ノート」のせいで米国との対決を決意せざるを得なかったのです。    その「ハル・ノート」は米国に不都合だったため秘密にされています。

 韓国(当時は朝鮮)にしても、日本が統治する前は絶望的なほど近代化が立ち遅れ「東洋の秘境」とまで呼ばれ、 政治腐敗のひどさと不正が蔓延する 硬直した封建社会であり、セオドア・ルーズベルトが 朝鮮はもはや国家の体をなしていないとして米公館を閉じ、 朝鮮統治を日本に任せた史実があります。  ところが、「日本は韓国を植民地支配した」 という戦勝国側のウソ話 に騙されている政治家は、日本が行ったのは《植民地(Colonize)ではなく、併合( annex)》であり、 欧米列強の植民地支配と異なるという歴史も知りません。

 それなのに『日本は加害者で朝鮮はその被害者』と、日本と韓国の歴史 も碌に知らないくせに一方的な反日歴史観で決めつけるのです。  かくして、 「的外れの朝鮮植民地支配説」は日本人を黙らせるキラーフレーズ と化し、朝鮮近代化に尽力した日本は 「お前たちは朝鮮を植民地支配しただろう」と言われると、申し訳なさそうに俯き一切反論できません。   あまりの偏向史観に支配された日本は、 先の戦争で日本が果たした偉業はすべて歴史の闇に葬られ、 『戦争について語ること自体が一種のタブー』になっているのです。  これでは 「日本は昔、アジアの国々でたいそう悪いことをしたな」と迫られると、 何も言い返せず下を向くことしかできないのも当然です。(2026.5.21)


  

「教科書誤報事件」が巻き起こした凶事

 戦争終結から40年ほど経った1982年(昭和57年)6月26日、《日本軍が中国華北へ進軍した記述》を、『【華北へ侵略】から【華北に進出】 へと書き改めさせられた』と誤って報道された「教科書誤報騒動」 (第一次教科書問題)が勃発。  これを機にそれまで鳴りを潜めていた左翼勢力が蠢き出し、 デッチあげ日本貶め話」が次々生み出されます。

 日本は毎年全国戦没者追悼式で首相が 「戦争の惨禍を繰り返さない」などと、あたかも「戦争の惨禍は日本がもたらした」かのような宣言をするのがお約束となっています。  しかし、 『先の戦争について反省』などという文言は、戦後50年近くもたつ1993年まで、 左巻き以外の日本人が口にすることはありませんでした。     突然『反省』という言葉が出現した時代背景 にはこの「教科書誤報騒動」が関係しています。

 この騒動を拡散させたのが、誤報と知りつつ「ウソ」を「歴史」」 に仕立てていった朝日新聞です。  その「ウソ歴史」の一つが、 日本軍が朝鮮人女性を強制的に慰安婦にしたという 「慰安婦問題」です。  これは 吉田清治という共産主義者が言い出したホラ話ですが、 戦後日本を侵略国家に仕立てた朝日新聞が、 吉田清治のウソ話に飛びつき 「この捏造話を拡大」させます。   「日本軍残虐説」の出所は全て日本人であり 「靖国神社参拝騒動」の仕掛け人も朝日新聞です。

 一方、韓国は突然降って湧いた思いがけない「慰安婦問題」勃発に狂喜します。    中国もこの騒動でデッチ上げられた南京大虐殺事件を手にしたのです。  これらの捏造話は、 裁判とは名ばかりの復讐劇東京裁判に騙され 自虐史観をタップリ刷り込まれていた良心的日本人たちを、「やっぱり日本人は戦争で酷いことをした」 と信じ込ませ、巷には「日本人を騙すトンデモ近現代史本」が溢れます。  かくして、 「誤報だった教科書誤報事件」から始まった「日本叩き騒動」は、 あれよあれよという間に既成事実化され、日本人に「自虐史観」を植え付け、 中韓は「教科書誤報事件」を利用し、 日本を一方的に悪者に仕立てるツールをまんまと手にしたのです。

 日本はもうとっくに 過去の戦争の賠償問題も含め、戦争のけじめをつけていたのに、 日本への反発を噴出させた「教科書誤報事件」をきっかけに、 いまに続く「戦争を巻き起こした犯罪国家」という自虐史観に支配される事態に見舞われたのです。    歴史戦という認識が乏しく、 「先を見通すのが苦手」の外交オンチで、 慰安婦問題の歴史など知らない 当時の軟弱政治家たちは、捏造話をタテに責め立てる中国・韓国の剣幕に、 真偽も確かめず震えあがり「悪うございましたと謝罪」する お粗末すぎる悪手に終始します。

 大戦中何もできなかった中韓は、これを好機とみて 容日から強固な反日へと変身し、いまの 「日本は戦争加害者で、我々はその被害者」とする捻じ曲げた史実を言い張るようになります。  さらに、アメリカを筆頭とする連合国も、戦争責任を全て日本に押し付け 「列強の犯罪隠し」のスケープゴートにしたことで、「日本軍残虐説」が世界中に流布され、いまや 「人道に対する犯罪」 にまで発展しています。  これに追い打ちをかけたのが醜い部分だけをことさら強調する偏向教育 です。

 こうして日本は、教科書誤報事件が巻き起こした「愚かな自虐史観」に騙された挙句、 勝者側が押し付けた偏向史観教育に洗脳され、 「戦前の日本の行いは全て恥べきことで、 戦争は一方的に日本の責任である」という 日本悪玉論のまやかしに完全に支配され、自ら《切り札ならぬ負け札》・ 「日本の戦争責任というカード」を米中韓に差し出したのです。  もう中韓がこのカードを手放すことは未来永劫ありません。    もともと外交には向かない日本人気質のせいで、 日本は戦後レジームの呪縛から抜け出せなくなったのです。

 その後も、教科書誤報事件を利用し 嘘で固めた歴史を振りかざし日本を批判してくる中韓の剣幕に平身低頭し、 中国に媚を売る弱腰すぎる政治家が続々誕生します。  この『戦争のけじめ』についてあまりに無知すぎる左巻き政治家たちのせいで、 日本は永遠の謝罪国家のままでいます。  これでは 戦後処理問題がなかなか解決せず、 日本が敗戦国の立場から抜け出せないのも当然なのです。(2026.5.26)


  

「慰安婦問題」の正体

 「教科書誤報事件」によって、 日本を「永遠の謝罪国家」に陥れた二大捏造話の一つ、 「従軍慰安婦問題」が生み出されます。  しかし、 これは朝日新聞が吉田清治というデマゴーグ(扇動家)のウソ を利用して「日本悪玉説」の証拠に祭り上げ、 朝日新聞が拡散させていった、 全部「ウソ」で固めた捏造話です。

 日本軍が利用した「慰安婦」は、戦争中に 軍人を相手にした公娼 (おおやけに営業を認められた売春婦)を意味しています。 当時は 現地に慰安所が設置され兵士たちが利用する ということが日常的に行われていた時代でした。     慰安婦の実態は、日本人や朝鮮人、 アジア諸国の女性らが公に認められた慰安婦という仕事につき、 日本軍相手に大金を稼いでいただけの話です。  米軍はすでに1944年から 慰安婦の実態について 「捕虜尋問リポート49」で明らかにしています。

 そもそも日本軍の「慰安婦制度」は、1870年代にフランスとドイツから導入した 「認可売春を合法とする公娼制」を基としたもので、1980年代に 日本への反発を噴出させた「教科書誤報事件」が起きるまで、 四十余年間、誰も問題視していなかった話です。 それが「教科書誤報事件」 をきっかけに日中韓の対立構図が惹起され、 その騒動に乗じ旧日本軍の慰安婦制度が突然問題視されたのです。

 「日本軍が強制的に慰安婦にした」などという話は 1982年頃まで影も形も無かった話 であり、それまで誰も日本軍の慰安婦制度を問題視しておらず、以前は 「慰安婦」といえば米軍慰安婦でした。     慰安婦のほとんどは朝鮮人と言う話も嘘で、 日本軍慰安婦被害者にあてはまる者は一人もいないのです。

 それが、「日本軍残虐説」の旗振り役を務めた家永三郎や 吉見義明といった歴史学者が 日本軍が朝鮮人女性を無理やり強制連行して慰安婦にしたという話にでっち上げ、格好の日本叩きネタに仕立てます。   歴史学者からしてインチキ歴史を捏造したわけで、その結果、 四十余年間存在しなかった「慰安婦問題」は 「突然歴史の闇」から引きずり出され、韓国の 政治的道具の切り札と化し、日本軍残虐説の根拠とされていきます。    「慰安婦問題」は謝罪国家・日本を形成したルーツなのです。

 この日本が韓国にプレゼント した日本人を騙した世紀の大嘘・「慰安婦問題」は、戦後日本を叩く最強の切り札として猛威を振るい、 いまだに「戦後レジームのキーストーン(要石)」となり、日本人は「オマエの国は朝鮮人女性を無理やり慰安婦にしただろう」と言われると俯くだけで、 「イヤ、慰安婦は朝鮮人売春業者の商品」であり、 「慰安婦は哀れで無気力な奴隷」などではなかった。  収入は兵士の給与の何十倍にもあたる月平均1500円もあった」と反論できる者は限られます。

 戦場ではどの軍隊でも「強姦」がつきもので、米軍兵士は侵攻先の世界中で略奪と強盗を繰り返し、百万を超す混血児を生み捨てたとされます。      敗戦国日本に乗り込んだ時も、占領開始からわずか10日間で 米軍兵による強姦行為が神奈川県だけでも1,336件が報告されています。     「強姦事件」は米軍兵の十八番なのです。    一方、強姦、略奪はしなかった日本軍は、 唯一混血児を残していない軍隊とされます。   その背景には 「日本軍の慰安婦制度」があったのです。

 メディアで盛んに日本史を解説する河合敦氏は、日本軍の慰安婦制度について『...一説によれば、従軍慰安婦という制度は、日本軍が南京に入ったさい、兵士が女性に乱暴を働く事件が頻発したため、 困った軍中央が、こうした施設を設けて対応したともいわれている(目からウロコの近現代史)』としています。  多数の「〇〇日本史本」を執筆する日本人でさえ、 謝罪国家・日本を生んだ原点・従軍慰安婦の正体や、 「慰安婦強制連行説」は日本人の嘘から始まり 拡散していった史実を知らず、 慰安婦問題の本質を完全に見誤っているのです。(2026.5.26)


  

韓国が仕掛ける「歴史戦」に敗北した政治家

 かくして当初日本軍を悪く言う慰安婦は一人としていなかったのに、 「慰安婦問題」をでっちあげた朝日新聞によって日本はあれよあれよという間に非人道国家 とされたわけですが、ここまで大きな騒動となり、解決がなかなか進まなかった理由の一つが、韓国に巣食う 慰安婦を食い扶持にする反日市民団体組織・ 「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連・この前身は挺対協)の存在です。

 この正義連こそ、慰安婦問題解決の道を妨げてきた元凶であり、 一時慰安婦問題解決に向けて合意していたのを、 「日韓関係を100年後退させた歴史の罪人・文在寅大統領」をそそのかし、 結局、反故にされています。    この団体の代表・尹美香は、一時国会議員まで上り詰めますが、 不正がバレ有罪となっています。  もともと、慰安婦騒動は 北朝鮮が裏で糸を引く反日運動でもあります。

 当初、日本政府は「慰安婦強制連行説」を明確に否定していたのですが、 政治家として全く気概のない宮澤喜一は、 反日市民団体による激しい突き上げに腰が引けてしまい、1992年1月17日、韓国の国会で慰安婦問題に対して次のように謝罪します。

 《....私は、この間、朝鮮半島の方々が我が国の行為により耐え難い苦しみと悲しみを体験されたことについて、ここに改めて、心からの反省の意とお詫びの気持ちを表明いたします。  最近、 いわゆる従軍慰安婦の問題が取り上げられていますが、私は、このようなことは実に心の痛むことであり、誠に申し訳なく思っております》...この首相が発した政府が関与した発言に、 当初日本軍の強制性を裏付ける証拠は何一つ見つかっていないとしていた加藤紘一官房長官も逆らうわけにいかず、 1992年7月、元慰安婦(と自称する韓国人)らに向けて、「改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい」と発表してしまいます。

 さらに1993年8月4日には、河野洋平官房長官が韓国に巣食う利権に群がるハイエナ・反日市民団体・正義連(旧挺対協)による執拗な謝罪要求に根負け し、勝手に「慰安婦の強制連行はあった」と 独断で「強制連行」を認めてしまいます。   河野は、1995年に吉田が「あれは主張を織り交ぜた創作」と捏造を認めた にもかかわらず、2012年8月の朝鮮日報で「私は信念を持って談話を発表した」と開き直り、 末代まで世界史の歴史に残る戦後日本への呪い談話を発出しておきながら、 「強制連行談話」を出した責任を認めません。

 もともと中国の走狗・河野は、 「中国依存家業」で稼ぐ「媚中派」であり、 中国、韓国、北朝鮮には逆らうなとする政治家です。   2018年6月に行われた米朝首脳会談でも、期待された拉致問題の早期解決という日本国民の望みさえ、「拉致問題よりも国交正常化と戦後賠償を優先」 と主張するほどの朝日新聞と同類のバリバリの反日思想の持ち主です。

 かくして、公然の話だった日本軍の「慰安婦制度」は、「慰安婦問題対応」の矢面に立たされたのが、 無能政治家ばかりだったため中韓に一切反論できず「慰安婦強制連行説」を認めてしまい、 韓国に日本叩きの強力な武器をわざわざ献上 する「初動ミス」を犯したのです。    その後も事なかれ主義が蔓延る 日本政府のお粗末すぎる対応で「慰安婦問題」は拡大の一途を辿ります。 この背景には、戦勝国側に都合のいい 「日本を悪者にする偏向戦後史観」 に支配された歴史に無知すぎる政治家の弱腰ぶりがあります。

 さらに「慰安婦問題」を絶好の金儲け手段 と嗅ぎ付けた韓国のハイエナのような反日市民団体が、 韓国政府を巻き込み大騒ぎしたことで、 韓国のゴリ押しに軟弱な日本政治家がビビってしまい、 謝罪一辺倒の国に追い込まれ、 敗戦国の立場から抜け出せなくしたのです。    自分の偏った思想がいかに日本の国益を阻害したかという自覚などない村山富市は、 「日本は韓国を侵略した悪い国であり、韓国はその被害者」、というウソで固めた偏向戦後史観 から一歩も抜け出せず、性懲りもなく1995年7月、アジア女性基金なるものまで創設し、 慰安婦に慰労金まで支給します。

 この世紀の捏造話はあっという間に世界に拡散し、 ユネスコまで巻き込み、ついに1996年1月、国連人権委員会は、 「慰安婦強制連行」と「性奴隷説」を認定した 通称 「クマラスワミ報告」を採択します。  ユネスコはもはや 国際政治のパワーバランスによって簡単に組織が左右されているのが実態なのです。  さらに、 米国の学者世界にも「慰安婦=性奴隷」説 がすっかり定着してしまい、挙句には世界中に「慰安婦像」 建てられるようになっています。  日本は世界でも例のない悪質なプロパガンダ攻撃によって、 歪んだ歴史を押し付けられ、「性奴隷を利用した国」 というレッテルを貼られたのです。(2026.5.24)


 

「慰安婦問題」は全て虚偽と認めた朝日新聞

 2012年11月30日、慰安婦問題を検証し、そのウソを暴いた安倍首相が、 日本記者クラブ主催の党首討論会の席上で、 「朝日新聞は吉田清治と言う詐欺師のような男の話を全国に広めた」 と、名指しで朝日新聞の捏造報道を指摘したことで、 日本を謝罪国家に陥れた捏造話の一つである「慰安婦問題」は、 急展開していきます。

 朝日新聞は当初、「知らなかった」と白を切りますが、 シブシブ吉田証言の自己検証を開始、やっと2014年(平成26年)8月5日、 「慰安婦問題の本質、直視を」と題した社告で 、編集担当・杉浦信行が「吉田清治の記事はみんな嘘でした。 だから取り消します」とし、 9月には、木村伊量(ただかず)社長が記者会見で「事実を旨とする報道であるべきでした。  誤った報道と謝罪が遅れたことに、おわび申し上げます」と、 従軍慰安婦に関する一連の報道は全て虚偽であるとやっと認め、 「強制連行は嘘であり、実際はなかった」と白状します。

 これでとうとう、吉田清治のウソ話に飛びつき、 1982年9月2日の朝刊社会面で初出記事にしてから32年間、朝日新聞が日本国民を散々騙し、世界中に拡散させた「慰安婦問題」は、 朝日新聞がやっと誤報と認めた のです。  これで日本政府はこれまでの誹謗中傷を覆すべく、世界に向け発信していく.....ハズでした。  ところが、日本政府はこの好機を生かして反撃に打って出るどころか、 「プロパガンダ戦」に余りにも無力で、世界に向けた情報発信力が欠落しているため、いまだ何ら解決の目途は立ちません。

 しかも、本来なら自分が拡散させた嘘を訂正すべく、世界に向けて情報発信して誤解を解く努力を行うべき なのに、捏造体質がすっかり染み着いている朝日新聞が誤りを認めたのは 「慰安婦狩りをしたという吉田証言」のみで、あとは 「教科書誤報事件」でも発揮した 「間違ったのは相手で、自分でないから責任はない」 と相手を煙に巻く得意技で乗り切ろうとします。

 また、メディアも朝日新聞による慰安婦問題の虚偽報道を批判するどころか、朝日が怖いのか、同病相哀れむのか、ほとんど報道しません。 そのため、 大部分の日本人は、いまだに騙されたままです。  それどころか、朝日新聞は「日本人を騙す捏造記事をタレ流し、貶めた責任」 を反省する素振りなど一切なく、今度は執拗に「河野談話」を利用して、 姑息な論点のすり替えをして、 「日本は性奴隷を作った国」と言い出し、 性懲りもなく新たな悪意に満ちたウソ話しを持ち出し、日本叩きを止めません。  やはり 朝日新聞は全く反省していないのです。

 「反日病」を「感染爆発」させた大本(おおもと)朝日新聞は、 もはや報道機関ではなく 日本憎しに凝り固まったアジテーター(大衆を扇動する人・扇動者)なのです。    「日本の内弁慶的リーダー」たちは、 こんな客観性を失った嫌日媚中韓一辺倒の偏向報道 を続ける朝日新聞の信奉者であり、無責任と言い逃れがお得意の朝日新聞の狡さに気づきもせず 「日本悪者説が全て正論とされた捏造記事」を有難く拝読しています。   まさに 日本人は報道による歴史捏造の恐ろしさを、 実体験させられているのです。(2026.5.26)


  

「南京事件」の正体

 「教科書誤報事件」以降、1970年代まで話題になっていなかった「南京事件(南京攻略戦)は、 日本軍が中華民国の首都・南京市を占領した際、 敗残兵、捕虜、一般市民など20万人以上の中国人を殺害したと騒がれ、 1980年代の日本の高校の歴史教科書には『南京大虐殺』と血なまぐさい言葉で表記され、 日本軍の残虐性を象徴する話として定着します。

 戦勝国が敗戦国を裁いた裁判とは名ばかりの復讐劇だった東京裁判では、 日本はドイツと違い「共同謀議によって引き起こした戦争」という内容と異なっていたため、 東京裁判を司る戦勝国側は心中ひそかに困っていました。  そこに、 横田喜三郎が 日本の戦争犯罪人は極悪の輩なのだから、思う存分に処罰せよと、 東京裁判は理にかなっているという理論を組み立て、裁判合法化を援護します。

 裁判で戦勝国側は日本を戦争犯罪国家にするため、どんなウソでも構わないと決めており、 日本側の反証は一切受け付けず、反対に中国側が外交を有利にするため一方的に水増しした子供だましの数字を並べ立てた証言を鵜呑みにした判決を下します。   裁判証言にしても、日本を支那と離反させ孤立化させた米国の手先だった宣教師 の伝聞による証言がある程度で、その中身にしても、嘘八百を並べ立てた婦女暴行ただ一件で、 物的証拠など何一つ出ていません。

 にも拘らず、歴史探偵を自任する半藤一利氏は、『...それ以前の昭和23年11月に判決の下った東京裁判で、南京虐殺という思いもよらない 残忍な事実を知らされていたから、この小説に描かれたむごい光景の一つ一つが胸にしみ、 背筋に冷たいものを走らせた』と、『若い読者のための日本近代史』や『生きている兵隊』を読み影響されたと吐露して、コチコチの愛国者ほど国を害する者はいない」としています。     戦後の日本社会には、百人斬り競争のような日本軍を貶める話が溢れ、歴史探偵さえ 虚偽の証言を鵜呑みにし 「やっぱり日本軍は酷いことをしたんダ」と自虐的になるパターンに陥ったのです。

 東京裁判に「良心的日本人」はすっかり騙されてしまったのです。  しかし、 「日本軍残虐説」の根拠にされた中国編事件は、ほぼ全て左翼か、 中国の捕虜となり洗脳された兵士、そして、戦争に行ってもいないのに戦勝国史観を疑いもせず信じ込む良心的日本人が書いたものです。    戦勝国に都合のいい証言だけ採用した東京裁判は、到底100%事実と言い難いもので、 それを一点の曇りもない真実と決めつけ、「日本軍が中国で乱暴狼藉を働いた と思い込んでしまうのはキケンです。

 そもそも、南京攻略戦のあらましは、巷間言われる血みどろの戦闘というイメージとは異なります。   南京城を包囲した日本軍が1937年(昭和12年)12月9日に投降勧告を行ったものの、中国軍が応じなかったため12月10日より総攻撃を開始。  12月13日南京は陥落します。 つまり、 正味二日間で終了した戦いです。  その際、中国側指揮官・蒋介石は日本軍攻撃前の12月7日にサッさと南京を脱出し、 後を任された唐生智も12月12日に逃亡したため、指導者不在の中国軍の軍統制はほぼ崩壊していたとされます。

 「...残留軍5万の中国軍の大部分は、市の北門と西門から退却・撤退するか、武器と軍服を捨て国際安全地帯に避難した」(wikipedia)とされ、 場内に残った中国軍は2万人もいたかどうかで、これでは「20万人の中国人を虐殺した」という話がデマであるのは明確です。  因みに、 中国軍兵士ならいざ知らず(そうかどうかはともかく)、日本軍が 中国の一般市民を虐殺したなどと言う話は全くのウソです。   10万人規模の日本軍接近にともない、 「南京市民が恐慌状態となり、中国人が親日派の中国人、 日本留学生などを "漢奸狩り"と称して殺害する事件が相次いだ」といいますから、あるいはこれが日本軍による虐殺というデマと混同 されている説も排除できません。(2026.5.31)


  

「南京虐殺説」は真実かデマか

 いまだ「南京虐殺などなかった」、「イヤ、あった」という説が入り乱れています。  ニューヨーク・タイムズ紙のティルマン・ダーディンは、南京に日本軍が入って2日後に上海に逃げていたのに、 まるですべてを見ていたかのように「日本軍は民間人も捕虜もみな処刑した」、 「難民も身ぐるみ剥がれた」、「支那人の女が拉致され強姦された」などと書きまくっています。  また、 多数の事実誤認や写真の誤用が指摘される中国系米国人作家、アイリス・チャンが 元日本兵が持ち出した日本軍残虐説を、 自身の著書 「ザ・レイプ・オブ・南京」に掲載したことで、 世界中に「日本軍残虐説」が流布され 南京事件は既成事実されています。

 しかし、当の中国人たちからは虐殺証言は一切出ていません。   当時、難民収容所になった"金陵女子文理学院"の様子を記録したという "程瑞芳日記 (中国人の宿舎管理員の"程"という人物が書いた日記)"には、 「強姦と掠奪が九件起きた」とは記述されていますが、 程自身の見た殺人は一件もないというのですから、 このことからも城内の殺伐とした空気や大虐殺という事件は全く窺えません。  1938年1月4日の 「ニューヨーク・タイムズ」は、"金陵女子文理学院で中国軍大佐をトップとした中国人の一団が、 日本軍の仕業に見せかけて強姦をしていた" と報道しており、程が挙げた強姦事件にしても、本当に日本軍によるものかどうかは判然としません。

 前例主義と精神主義が蔓延る旧日本軍の組織的欠陥は批判の的ですし、 一部の日本軍が悪事を働いたこともあったでしょう。 日本軍が中国軍の便衣兵(べんいへい・一般市民に偽装したゲリラ)を処刑したともされますが、互いに殺し合うのが戦争です。  中国軍指導者・蒋介石でさえ、 1938年7月7日漢口での「日本国民に告ぐ」という文書で日本軍の略奪、暴行、殺人を非難していますが、 虐殺行為を匂わす内容ではありません。  中国共産党の毛沢東も、 南京攻略戦を問題視などしておらず、それどころか 南京陥落で大喜びしています。

 虐殺説派は、「虐殺を示唆する軍部命令書が裁判で示された」とか、「多数の目撃談がある」を根拠にして実際にあったと主張します。 しかし、捏造だった慰安婦問題のときも、 日本の陸軍省と中国派遣部隊の間で交わされた公文書 を悪意に捉え、実際にあった証拠だと「鬼の首でも取ったかのように」騒いだ、 慰安婦は「性奴隷説」を唱えた日本人・吉見義明の例もあります。   吉見は「軍の許可を受けて売笑婦を募集しているように宣伝する業者がいるので取り締まるように」いう文言を 軍が慰安婦を仕切っていることの裏付けになると言い張った人物でもあります。    こんなシロモノを虐殺説の根拠にしているのですから、「何ら虐殺の証拠は見つかっていない」と言われるのも仕方ありません。

 一方、無かった説の最大の根拠は単なる風説などではない、「当初20万だった南京の人口は、日本軍の占領期間中25万人に増えた」という史実です。  もし日本軍が中国人を虐殺していたら、誰も南京城に入ろうとは考えません。 「日本軍がいると治安がいいので多くの中国人が共産軍の略奪を避けるため、 南京城に逃げ込んだ」のです。  こういう状況証拠だけでも 『南京大虐殺』などなかったことが想像できます。

 南京攻略戦は、日本軍が20万以上の中国人を殺害した南京事件(南京大虐殺)として 「中国版・日本軍残虐説」 の主役となっていますが、そもそも「南京事件なるもの」は、戦後30年以上も 誰も問題視していなかった話であり、1982年(昭和57年)に起きた 「教科書誤報事件」以降に 突如騒がれ出したものです。  しかも、その出所は慰安婦問題同様、 全て反日的日本人です。    そして、いまだに「日本人が持ち出し、今も拡散させている根も葉もない 荒唐無稽のホラ話なのです。(2026.5.31)


  

日本叩きの道具「南京大虐殺記念館」

 中国が南京市に建てたのが、「南京大虐殺記念館」です。    ここは南京攻略戦で、6週間で30万人が虐殺された」とか、 「1カ月に2万件近い強姦事件が発生した」など、旧日本軍が戦争中いかに残虐非道な行為を行ったかをアピールする、 大ウソで塗り固めた虚偽の展示物を見せつける記念館であり、世界中に日本への憎悪を育ませることを目的とした プロパガンダ(特定思想へ誘導する)施設です。

 毎年12月13日は中国における南京記念日(南京大虐殺記念日)とされ、追悼行事が行われ、 これは日中関係において長年にわたり緊張の原因 となっています。  ところが、ナゼか近年習近平は出席しません。   嘘まみれの「南京事件」にこれ以上関わるのが恥ずかしくなったのかも。  そもそも、 「南京事件(南京攻略戦)」の中国側当事者は、現在台湾に逃れている かつての自分たちの敵中華民国であり、習近平が出席すると 蒋介石の中華民国を讃える ことになり台湾問題を抱える今、ノコノコ出席するわけにもいかないのでしょう。

 日本人は気づいていませんが、中国・習近平が日本に対し抱くのは、韓国と同じ 今更どうすることもできない「歴史上の恨み」です。  かつての中国は、 日本に文化を伝え、「倭」と蔑称していたのに、その日本は自分たちよりはるかに早く近代化を成し遂げ、 日清戦争ではアッサリ打ち負かされ、 自分たちが列強の植民地になったとき、日本はすでに 世界の一等国の仲間入りを果たし、 その後恩知らずにも中国人を支那人と呼び侮辱したと思い込んでいます。

  たしかに、近現代史において日本は、ある意味中国をいわば完全にコケにしてきたわけで、 中国が 日本に対し異常ともいえる敵愾心を抱くのも当然なのです。  今の中国が日本を「小日本」と呼び、様々なイヤガラセをしてくるのも、 かつては見下していた相手に敗れた屈辱感の裏返しでもあります。  そこに日本人が無邪気に「中国と仲よくしよう」 とするから、コケにされ続けてきた中国がますます怒るのです。  日本人は、中国にあるのは 「憎っくき日本をいかに支配するか 」しかないことを自覚し、仲良くしようなどと考えないことです。

 この日本への憎悪を育むための施設を、2018年6月ノコノコ訪れ、 「もっと多くの日本人がこの記念館を参観すべき」と 語ったのが、中国に媚びを売る政治家で、 日本をダメにした内閣総理大臣の一人・福田康夫元首相です。 福田は 『...向こう(中国)が30万人の被害者が出たというのであれば、そこは受け入れてですね』と臆面もなく言ってのけます。  このような 愚かで歴史に無知な政治家が、中国による反日国際世論づくりに一役買っているのです。(阿比留瑠比の極言御免)

 福田の訪問動機は、日本テレビが放映した南京事件のドキュメンタリー番組をたまたま見て、「やはり旧日本軍が中国人を殺したことは事実なんだなあと思った」 と能天気に言い放ちます。   政治家としての気概も思慮分別もない福田康夫首相誕生に 中国、韓国が大喜びしたのも当然なのです。  しかし、そもそも南京において 日本軍が民間人を大量殺害したことを示す証拠は、現在に至る迄何一つ出ていません。  デッチあげの「南京事件」を事実と肯定してなんら恥じない福田は、 これを理解した上で訪れたのでしょうか。   しかも、過去この記念館には、海部俊樹、村山富市、古賀誠ら、多数の 極端な中国寄りの態度を示す輩が訪問しています。

 ルーピー首相鳩山氏も2013年1月、このおぞましい記念館に足を運びます。   そこで「...私は日本人として、この事件に責任を負わなければならない。 心からおわびしたい」と語ります。  事実ならともかく戦後のGHQによる「日本悪玉説」に洗脳されたまま、 謝罪を繰り返す姿はアホ丸出しで、浮世離れした「宇宙人」と揶揄されるのも当然です。  日本人に「中国の言うことは、疑念など挟まず、 全て受け入れよ」と諭す元首相たち。  こういう人物が首相に祭り上げられる日本は、完全にタガが外れています。

 ここを訪れたジャーナリストの髙山正之氏によれば、この施設のガイド・載国偉は、『その目で見てきたように日本軍の「虐殺の模様」を日本語で語った』 といいます。   ただ、話している彼もその荒唐無稽さに気付いているようで、 その辺を指摘すると、彼は唖然とした顔つきで髙山氏を見ますが、それは、 あのパーティでの米国人スタッフの表情と同じだったそうです。     しかし載某は開き直ります。  『私はここを訪れた日本の立派なジャーナリストのガイドを務めました。 みんな納得しています。 疑う声はないのです』。

 髙山氏は、それはどんな連中か聞きます。   答えは 「朝日新聞の本多勝一」に「筑紫哲也」、「久米宏」...。     嬉々として中国を利するウソを書く本多勝一はともかく、 筑紫や久米は確かジャーナリストの端くれを自負しているはずですが、 それが中国側の言い分を検証もせず、あたかも真実であるかのように中国側の嘘をメディアにタレ流してきたのです。     例の米国人スタッフに言わせると「日本人に先の戦争話を振ると平伏して許しを乞う」といいます。      筑紫や久米もそれと大差ない戦勝国側のウソ話に完全に騙されている 反応をしているのです。(2026.5.31)


 

異様な国会運営で生み出された「村山談話の正体」

 日本を「永遠の謝罪国家」に陥れた無能政治家の最右翼が、 日本を「侵略国家」と断定した村山富市首相です。  1994年(平成6年)に成立した、 自民党、社会党、新党さきがけの 3党連立内閣の首班に、 「先の戦争は日本がすべて悪かった」という 自虐史観にすっかり染まった 左巻き政党の党首・社会党委員長の村山富市が就任します。      寄り合い所帯の村山内閣は、「阪神淡路大震災」発生の際も、万年野党だった社会党ではまともな政治家はおらず、右往左往するばかりで、 対策が後手後手に回り、いたずらに被害を拡大させます。   この時村山が言い放ったセリフが、 『何分初めての経験でもございますし、早朝の出来事でもございますから、幾多の混乱があったと思われまする』 というノー天気すぎるお粗末振りを発揮した政治家でもあります。

 村山は野党時代には自衛隊は憲法違反と散々訴えておきながら、首相に就いたとたん 党の憲法解釈をひっくり返し、自衛隊は合憲だと明言しました。(平成6年7月の衆院本会議)     現実に政権運営を担うと、反安保の非現実的な主張が貫けなくなるのは当然です。    村山は著書の中で、 憲法9条と自衛隊の存在の矛盾に関して、 「矛盾をはらんでいる現状を政治がどう受けとめるかと考えた場合、『自衛隊が憲法違反だ』と言って 論外という扱いをしたんじゃ政治にならない」とまっとうな指摘をします。  それに気付くのが遅すぎたのです。

 村山の最大の罪は、 「村山談話の呪い」で 『日本に愚かな「自虐史観」を植え付けた』ことです。   しかも、「村山談話」は異様な国会運営で、破廉恥な企てでもって無理やり決議された、中身同様、恥知らずの決議 から生み出されたものです。    当然ながら、自民党議員からは「 日本を一方的に侵略国家とみなすような決議文」への反発がありました。  ところが、 女性初の衆院議長・社会党の土井たか子は、衆議院内に 「本日は本会議なし。 各議員は選挙区に帰られたし」という通知を回し、自民党議員らが選挙区に戻った隙をついて、 本会議開会のベルを押したのです。   まさに性根の腐った土井たか子らしいアラ技で本会議はたった6分で終了します。      「村山政権は亡国内閣」になる、という危惧は現実化したのです。

 これで参議院でも可決されてしまえば、まさに 国辱ものの「村山談話」が日本国の決議文として未来永劫、日本を支配する事態となります。    しかし、良識の府・参議院は、「村山談話」を 言葉の定義はあいまいで理論的裏付けもない と断乎として拒否します。   このように、勝手に「植民地支配」と「侵略」を認めた「村山談話」は 、騙し討ちで無理やり通した衆院だけの片肺決議であり、 国会決議と誇ることは難しいため、首相談話として出すことにした、というのが「村山談話の正体」なのです。    したがって、こんな謀略まがいの方法で生み出された「恥知らずの村山談話」に、日本国民が縛られる義理 などこれっぼっちもないのです。

 安易な謝罪に走り、日本を二度目の敗戦国の立場に陥れた 「村山談話」が生み出された背景には、こんな悍ましい歴史があるわけですが、村山談話の呪いは相当根深く、いまでは日中共同宣言に 『(日本側は)1995年8月15日の内閣総理大臣談話(村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し...』 という文言が盛り込まれるのがお約束となっています。   しかも、いまだに「我が国は戦争犯罪国家であり、中韓に永遠に謝罪する責務がある」 と言い張り「日本を謝罪国家に突き落とす政治家が後を絶ちません。(2026.5.24)


 

日本を三度目の敗戦国の立場に突き落とそうとした政治家

 その一人が、安倍晋三氏が「この人物だけは絶対に首相にしてはならない」 と公言していた石破茂です。  安倍氏は石破の正体を見抜いていたのです。    ところが、自民党議員には人気がないのに、ナゼか国民には人気があるこの人物は、何の因果か運命のいたずらか、首相になってしまいます。 悪夢が現実となってしまったのです。

 米国が介入していた日中戦争の真実も碌に知らず、 左巻きが書く、ウソ塗れの「日中戦争本」を信じ込み、 史実の裏付けなどない危うい戦後史観を振りかざす石破は、2006年9月23日付の毎日新聞鳥取県版でも、 「最近は、自民党の若い議員を見ても怖い。 過去の戦争を『すべて正しかった』と考えていて、 頭は大丈夫かと疑いたくなる。 日中戦争は明らかに侵略戦争だし、韓国併合は植民地化(だ)」などと、 祖国を一方的に批判します。  完全に 「日本悪玉論」に騙され、 「愚かな自虐史観」に支配されているのです。

 韓国出身の評論家・呉善花氏は自身の経験から、 「...『反日』は一つの硬直した固定観念であり、相手の考えを耳に入れる余地がなく、したがって多角的な視点から物事を見て判断することができない。  それが自分のいやな事、知りたくない事、興味のない事を無視しようとする。  こちらがいくら誠意をつくして話しても 『話せばわかる』ことには決してならない」と指摘します。    歴史問題は日本に非がある と決めつける石破のような偏った戦後史観を持つ日本人は大勢います。

 「勝利した側の言い分」を鵜呑みにし、 戦勝国側の史観を信じ込み、 植民地支配破壊という「歴史的偉業」を成し遂げた日本の功績には眼を背け、 日本を「侵略国家」と決めつけ日本の国益を危うく する石破は、恐れていた通り安倍氏の終戦70年首相談話に対抗し、2025年に「80年談話を出したい」とします。    「歴史問題」を再燃させ、日本を 三度目の敗戦国の立場に突き落とそうとしたのです。  幸いなことに「言うこととやることが一致しない」 石破は、グダグダの政権運営と「口先だけの優柔不断ぶり」を見せつけ、 選挙でも惨敗し 日本の保守層を敵に回したことで、 「自分は辞めるとは言っていない」と最後まで首相の座にしがみつきますが、 案の定、短命でその座を追われます。 かろうじて「村山談話の再燃」は回避できたのです。

 それにしても、先の戦争をどう捉えるかは個人の勝手ですが、一国の首相には 「政治家が個人の史観で歴史を決めつけ、国益を損なってはならない」という縛りがあるはずなのに、なぜ日本には村山や石破のような、 なんとしても「日本を侵略国家」に仕立てようとする政治家が次々現れるのでしょう。  彼ら反日政治家に共通するのは、 戦後日本を侵略国家に仕立てた黒幕・朝日新聞の 「偏向記事を鵜呑み」にし、 戦後ずいぶん経ってから出てきた「日本悪玉論」に完全に騙されていることです。

 石破は、『......旧大日本帝国が1910年に韓国を併合したことにより、長い朝鮮の歴史を受け継ぐ大韓帝国は消滅し、朝鮮民族は独立を失った。   この経験が韓国の人々にどれほどの負の感情を抱かしめたか。  我々は国家や文化を奪われた人々の心情を決して忘れてはならないと思います』とも語りますが、そもそも 「朝鮮民族は独立を失った」どころか 「日本が大韓帝国として独立させた」のです。 情けないことに日本の政治家には 安っぽい正義感で過去を総括する愚 を犯している石破と同じ穴の狢の総理大臣経験者が多すぎます。

 結局、「なんとしても日本を謝罪国家に突き落とそうとする政治家」が次々現れる背景には、 「愚かな自虐史観」に完全に支配されてしまった 『戦後レジーム(体制)』が根っこにあり、戦後日本は「日本を敗戦国のままにする体制」 に雁字搦めにされた社会がミゴトに構築されてしまったのです。  しかし、日本はもう二度と 「村山談話の過ち」を犯すわけにはいきません。(2026.5.24)


 

劣化し過ぎてしまった日本の政治家

 日本に非は一点もなかったとは言えませんが、日本がアジアに進出したのは現地の人と戦うためではなく、白人列強の支配から解放する為であり、 大東亜戦争は独立戦争だったのです。  そもそも、 白人列強による有色人支配が当たり前だった時代、どうして、極東の島国・日本が国土を蹂躙されず列強と対等に渡り合えたのか、 それは明治維新で生き残った腹の据わったサムライたちが、武力のみではなく、頭脳でも 超大国ロシアに一歩も引かなかった榎本武揚のように、 国際情勢に目覚め、国際法を学び、 諸外国と対等に渡り合える人物たちが、日本の政治を動かしていたからです。

 なぜ、他の有色人種国家が列強に植民地支配され、資源を搾取され、話す牛馬として奴隷のように使役させられていた時代に、日本だけが唯一独立を保ち、 列強に伍して国際政治に参画できたのか、それは当時のサムライ政治家たちには、 知力と胆力、勇気があったからです。     明治期の日本は、「日英同盟の端緒・北京籠城戦 (義和団の乱)」において、世界に日本軍の勇敢さと品性 を見せつけました。  当時の日本は、 外国から《日本は欧米列強の伴侶たるにふさわしい国である》と賞賛され 一目置かれていたのです。

 もし当時の日本に村山や石破のような政治家しかいなかったら、 日本は白人列強に立ち向かうどころか、唯々諾々と植民地支配される側の立場に置かれたままだったでしょう。    そして日本を含め世界中の有色人種は白人列強の奴隷として使役され、資源と教育の機会を奪われ、いまでも前近代国家として生きていたはずです。     政治には知性と勇気は絶対必要なのです。

 当時の日本人は、外国人が感嘆する日本人気質で、 無敵とされていた白人列強を恐れず立ち向かい、欧米諸国の植民地を次々解放 するという「歴史的偉業」成し遂げ、 アジアの指導者たちは「解放者・日本」に謝意 を述べています。   ところが、いまの政治家は先の戦争で日本が果たした役割 には一切目を向けず、戦勝国側の史観でしか過去を見ていません。

 ちなみに、今の韓国では高市早苗総理に対する人気が本当に高いそうで、 それは「中国に対して韓国は立場が弱いが、 日本は言いたいことを韓国の代わりに言ってくれる」からなのだとか。  たしかに高市総理は 日本は輸出措置だけで中国経済を揺るがすことができる ことをわきまえている強い指導者であり、『日本のために日本を正しく導く政治家』のイメージがあります。  韓国人にとって 『韓国だけのための大統領がいたらいいな』という理由があるわけです。

 愚かな指導者が国を危うくするのは歴史が示しています。  「東日本大地震」 発生時に政権を担っていた民主党は、悪夢の「民主党政権時代」と揶揄されるお粗末すぎる政権で、 震災対応においても無能ぶりをさらけ出し いたずらに被害を拡大させます。    尖閣諸島領海内で海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件が発生した際も、菅直人首相は中国にビビリなんの処罰も行わず処分保留で漁船を解放し、 東シナ海に中国船が大挙して押しかける事態を招きました。

 村山富市首相のときも「阪神淡路大震災」が発生しています。  どうやら 悪夢の政権交代と大災害発生は無関係ではなさそうです。 歴史問題もこのような無能政治家によって、 日本は「贖罪国家」の烙印を押してしまい、 謝罪国家に突き落とされ、 「忌まわしき戦争犯罪国家」にされてしまったのです。

 ナゼ戦後日本にレベルが低すぎる政治家が次々登場するのか。   そこには戦後の「日本だけ悪者」にされてしまった 『反日歴史教育の土壌』が挙げられます。     そこにドップリ浸かって育ってきた政治家たちは、『戦勝国が日本に押し付けた歪んだ歴史認識』 にすっかり騙され、「勝者側につき祖国を喜んで悪者にした日本人たち」 と同様、「本当の歴史」を知らず、「日本は戦争犯罪国家で、中韓はその被害者」という戦後史観を信じ込んでいます。   なぜ日本だけ植民地支配されなかったのかという疑問さえ浮かばないのです。

 それに輪をかけたのが、日本を「侵略国家」に仕立てた最大の黒幕・朝日新聞 の偏向記事の洗礼です。  朝日新聞の偏向記事 を長年浴びてきたため、常に中国サマの顔色を窺う、 米中に頭の上がらない政治家 が増殖されます。  韓国に対しても執拗な謝罪要求に根負けして、 唯々諾々と無限の要求を飲まされてきました。    日本は中国・韓国に迷惑をかけたという「愚かな自虐史観」に完全に支配されたままなのです。(2026.5.22)


  

「戦争責任を全て押しつけられた」日本

 白人列強による有色人国家の植民地支配というの暗黒の世界をブチ壊したはずの日本は、おかしなことに 「謝罪する日本」と「怒る中国・韓国」という「戦後レジーム(体制)」が定着して、 「植民地支配の痛切な反省と謝罪」を強いられる国となっています。     なぜこんなことになったのか、それは第二次大戦で焼け野原になった敗戦国・日本が、たった20年で「劇的な復興を遂げ不死鳥のように蘇った」からです。

 一方大戦中逃げ回っていた中韓は、戦後しばらくは日本の資金と技術を当てにする発展途上国の立場のまま、 世界の大国として国際社会に影響力を発揮する日本を、嫉妬の目で眺めるだけでした。  その後、戦後も40年以上過ぎ、経済も成長し 日本に匹敵する豊かな国になりつつある中韓には、日本に牛耳られてきた屈辱の歴史を否定したい、無かったことにしたい、 という思いが強まっていくのも当然でした。

 中国は「屈辱の歴史」の怨みを、日本にだけ向けてきますし、韓国は 日本が侵略者でないと困る歴史を抱えています。  そんなとき勃発したのが、 日本国内に巣食う反日勢力が寄ってたかって日本を悪者扱いする端緒となった「教科書誤報事件」です。  中韓はこの騒動を 「千載一遇の好機」とみなします。  虎視眈々とアジアの覇者・日本の地位を脅かそうとしていた中韓に、日本を戦争犯罪国家に仕立て、 列強相手に孤軍奮闘しアジアを植民地支配から解放した日本の功績を史実から消し去り、 大戦中何もできなかった自分たちの不甲斐なさを隠蔽できる絶好のチャンスが訪れたのです。

 さらにそこに、悪質プロパガンダにすっかり騙され「日本は中韓に大変な迷惑をかけた」と信じ込む 「日本をダメにした内閣総理大臣」が、 「先の戦争は日本がすべて悪かった」と謝罪したのです。  以降、中韓の思惑通り「日本は絶対悪で我々は永遠の被害者」 という歴史問題がミゴトに醸成されていきます。  これによって『日本の戦争責任論』が喧伝される時代 が訪れたのです。

 そもそも、日本は「歴史問題を解決すべき政治家」からして「国益などという概念」は持ち合わせず、 歴史に無知すぎ、 すっかり劣化しており、臆面もなく 我等こそ「侵略国家」、 「歴史問題は日本に非がある」と言い放つ政治オンチが次々登場する国です。    しかも、それが総理大臣にまで上り詰め、 「無定見な首相の謝罪談話」を発出するという、 まことに異様な国となっています。  この「国賊的無知」を発揮する政治家たちが、 「歴史修正主義者」という批判に怯み、 「日韓友好」や「対話の必要性」 という甘言に騙されているのです。

 この中韓相手だと腰が引けてしまう政治家たちが、 日本が「侵略国家」でないと困る中国・韓国が繰り出すでっち上げの因縁話の波 にすっかり飲み込まれているのです。   ちなみに、1987年以降の 韓国の「歴史問題」は「親日派」と「進歩派」の対立が元凶 の、親日派と進歩派が巻き起こす韓国内の政治問題であり、もはや日本が主役ではないのです。

 かくして、「中国・韓国人」の正体を理解できず、 中国に逆らうことが憚れる「中国タブー」にからめとられ、 いたずらに中国を恐れ、媚びを売る政治家ばかりとなった日本は、 「中国包囲網の穴としての役割」を果たし、 公明党のように「中国をかばい続ける」国となり果てました。   愚かでレベルが低すぎる政治家が蔓延るこの現実こそ、 戦勝国が敗戦国日本に植え付けた「日本を敗戦国のままにさせる体制」いわゆる 「戦後レジーム」構築のミゴトな成果なのです。

 「政治が歴史認識を確定させてはならない。 歴史の分析は歴史家の役割だ」と国会で答弁した 日本の真のリーダーだった安倍首相でさえ、 村山談話を一方的に反古にすることは国際信義上出来ず、 「戦後レジームからの脱却がいかに困難であるか」改めて実感したと吐露しています。   日本が戦後体制からの脱却を果たすには、 存在しない「歴史問題」を解決しなければなりません。   これを覆すにはもう一度戦争をやって、勝利を収めるくらいの覚悟で自らの正当性をアピールしていくしかありません。    しかし、その道はまだまだ険しく長そうです。(2026.5.12)


  

「謝罪国家日本」を創った朝日新聞

 司馬遼太郎は『坂の上の雲』で、「つねに一方にかたよることのすきな日本の新聞と国民性が、 その後も日本をつねに危機に追い込んだ」と看破しています。    これまで朝日新聞は自分の意に沿わない意見は握りつぶし、 「悪意に満ちた数々の虚偽の自虐史観」記事を散々デッチあげ、 「日本は残虐な侵略国家」説を世界中に拡散させ、 「日本を貶めるため奔走」してきました。

 しかも、朝日新聞は日本への反発を噴出させた「教科書誤報事件」の際、 他の新聞が誤りを認め訂正・お詫び記事を掲載したのに、誤りを認めず、「問題は文部省の検定姿勢にある」と他人のせいにしています。    朝日新聞は長年に渡って悪意に満ちた誤報捏造話を報道して、 「反日病」を「感染爆発」させ、 これに騙された多くの日本国民や世界中の人々が、「そんな残虐非道な日本軍であれば、何をやっていたとしてもおかしくない」と朝日の記事は本当の話だと信じ込んでしまったのです。

 かくして、過去の戦争のけじめをつけ 「歴史問題は終了」させていた日本は、朝日新聞が「教科書誤報事件」を利用して 「日本軍は加害者で、中国・韓国はその被害者」という 日中韓の対立構図を生み出し、 さらに朝日新聞の記事を鵜呑みにした政治家が 中国、韓国の肩を持ち日本を批判するという現代の構図に繋がり、この朝日の偏向記事に騙された愚かな政治家たちが、安易に「悪うございました」と 謝罪を繰り返してきたのです。

 「謝罪国家日本の生成」に一役買った全く気概のない政治家・宮澤喜一が、 朝日新聞には受けがよかったのも当然なのです。   朝日から「反日病」を移された政治家たちが、 いまの「永遠の謝罪国家・日本」を創出したわけで、 教科書誤報事件に振り回され 日本をダメにした政治家は、 「慰安婦問題」の対応を誤った宮澤喜一首相だけどころか、 一人二人ではないのです。  いずれにせよ中韓は朝日新聞のおかげで、労せず 「新たな講和条約」 を手にし、「日本を永遠の謝罪国家にする」ことに成功したのです。

 このように、戦後日本に「反日病」というウィルスを媒介した のは「反日的日本人」であり、その「反日病」を「感染爆発」させたのが朝日新聞なのです。  朝日新聞信者の中には、 《「日本の歴史⑳」アジア・太平洋戦争》の著者・森武麿のように、『(侵略を進出へ変えさせた)文部省検定によって...アジア諸国から激しい抗議が起こった』 などと、「誤報のウソ話を堂々と歴史の本に載せる」者まで現れます。   戦後日本は 「自虐史観」を植え付けた反日的日本たちにすっかり騙されてきたのです。(2026.5.12)


  

「歴史を共有しよう」の甘言に騙される親中派

 パンダハガーという言葉があります。  「パンダを抱く人」=親中派という意味で、中国は従来から長い時間をかけ、 競合となりそうな相手国の政治家を手なずけ、 自らの利権作りに利用しており、日本には昔も今も、 中国に利用される"大物政治家"が大勢巣食っています。    その一人、小沢一郎は2009年12月、「小沢訪中団」をひきつれ北京入りし、 飼い主にシッポを振る狗のような卑屈さで胡錦濤に握手してもらった人物です。

 中韓が仕掛ける「歴史戦」に騙されている政治家に共通するのは、戦後日本を謝罪国家に仕立てた朝日新聞記事 を疑いもせず拝読しているため、「真実の歴史から目を背け(知らず)」ていることです。   したがって、「日本は過去大国・中国サマに、 ご迷惑をおかけしたワルイ国」という自虐史観に凝り固まっており、その中国サマを、少しでも批判すると、経済制裁を受け、徹底的に恫喝される と、中国サマをいたずらに恐れています。    常に中国サマの顔色とご機嫌を窺っているのです。

 一方で、共産主義者は善を大袈裟に見せかけるのは得意で、負の部分は決して表には出しません。   「共産中国にハエが一匹もいない」です。    そして、「中国・韓国と歴史を共有しよう」などと言い出してくるから、細川や村山、石破のような 歴史に無知な日本の政治家は、 簡単にコロリと騙されてしまうのです。  「共産主義運思想」は現在も 姿かたちを変え生き延びているのです。

 「南京事件」は1970年代まで誰も問題視していなかった中国の言いがかりですが、 絶好の日本叩きのツール としてここまで鍛え上げた以上、今さら何を言われてもゼッタイ手放す気などないでしょう。  なぜなら、 真実が明るみになると《日本だけ悪者説》が成り立たないからです。     中韓の「未来志向」は日本が過ちを認めるのが条件なのです。

 中韓の嘘を信じ込んだオバカな政治家たちは、ひたすら我等こそ「侵略国家」 と宣言してきました。  先の戦争を「日本の植民地支配と侵略」と断定した村山富市は、 中国を訪問した際「盧溝橋に行って昔を反省した」 と中国共産党幹部に無邪気に話しますが、村山の無知さを笑える日本人はそう多くありません。    歴史探偵からして、南京虐殺を信じ込む」のですから、この成り行きも当然かもしれません。

 左巻きが書く、ウソ塗れの「日中戦争本」 に騙されている日本人は、日中戦争は 日本軍が中国を支配するため軍事侵攻し、中国正規軍とバチバチの戦争を繰り広げ、大勢の中国人を惨殺した というイメージを植え付けられています。  ところが、実態は日本と中国の戦争というより 満州が「喉から手が出るほど」欲しかったアメリカによる 日本潰しであり、 蒋介石も毛沢東も、米国現地兵の一人で、そこには 日本を支那と離反させ、孤立化させる米国の思惑があったのです。

 日本国内にも「ソ連スパイ」が巣食って、 日本を南進に向かわせアメリカと戦わせようとしており、ソ連の手先・コミンテルンも 日本を日中戦争へ引き込もうと一枚噛んでいました。    日中戦争は「日米戦争」の序章に過ぎず、その背景には 白人列強による植民地支配合戦があり、 日本と米国が戦ったのは歴史の必然だったのです。  結果、 戦争は回避したかった日本は、 日本に米国との対決を決意させた「ハル・ノート」 を突きつけられ、無理やり太平洋戦争に引きずり込まれたのです。(2026.5.31)





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