ボクシングのゲーム、実写でボクシングのバナー(3)

名護明彦

強打者、松倉は必殺のストレートを序盤から多用した。

対する名護は両腕を前方に漂わせ、フットワークで動きつづける。
まるで両腕が昆虫の触覚のような機能を果たしているようだ。

この距離は安全か?。ここまでは踏み込める?…。

松倉はなかなか打ち合いに応じない名護に対して首を傾げた。

「…」

名護にとって松倉のデータが揃った頃なのだろうか。
「一瞬」とか「突然」という言葉で表現したい。

名護はリード・ジャブを飛び越して
渾身の左フックを放った。

コンビネーションの最後に打つべきパンチ…

会場にいた全員が息を飲んだ。
対峙していた松倉でさえなにが起こったのか、理解できなかったはず。

実在した「見えないパンチ」

この一発のためのボクシング。

名護明彦が「天才」と呼ばれる意味を知った…


が、迎えた世界戦。
相手は努力の雑草王者、戸高秀樹

戦前予想では名護のコンディションさえよければ
新王者誕生は確実、というものが大半だった。

初防衛戦のリング上で王者戸高は実にリラックスしていた。
信頼できるトレーナー、マックの地獄のトレーニングをクリアーした選手は
リング上では本当にいい表情を見せるのだ。

が、対する名護は緊張を隠せない。
具志堅会長との不協和音も囁かれる挑戦者陣営は
会話もなくどこか不自然だ。

戸高は序盤から名護の強打に臆することなく
前進を繰り返す。

それに対し名護は必殺の左フックを繰り出すタイミングを探り始めた。
松倉戦のような閃光フィニッシュの予感に期待が高まる。

「ほら! 打ってこい!」

挑発を交えながら、自慢の手数で挑戦者を圧倒する戸高。
名護は必殺のタイミングを発見できずに
序盤を終える。

中盤から反撃を開始した名護だったが
焦りと苛立ちから空転の連続。

空振りするたびに薄笑いを浮かべ
ボクシングに集中できない。

9R、唯一のジャストミートを奪ったとき
名護自身がびっくりした様子だった。

その後の挑戦者の攻撃は
派手な予備動作を伴うようになり
もはや冷静な戸高には触れもしなかった。

紙一重で強打を見切ると、ショート連打でロープに詰める戸高。

ラウンドを重ねるたびに剥がれ落ちていく才能。
そんな屈辱の試合が終了すると、名護は青白い顔で控え室へ戻った…


この夜の屈辱は名護を深く悩ませた。

自分のボクシング・システムに自信を持っていた彼だけに、
今後どんなスタイル(方向性)に向かうのか、さっぱり分からない。

もっと前進力を付けてタイソン・坂本タイプになるべきなのか、
もしくはさらに消極的になり、ここぞの一撃で仕留めるタイプを目指すのか…。
(でもストレート派の選手ではないし…)

底なしだった天才のポテンシャルは
戸高との一戦によって袋小路に突き当たったのだ。

その後の再起戦でも名護の悩みはありありと動きに現れていた。

「なるべく早く世界戦をやりたい。
精神力と緊張を持続させなくては…。
でもこんな内容では全然だめ」

再起戦を繰り返す名護だが
本当の意味での再起はまだ時間がかかるだろう…



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