第64期信州大学教職員組合 中央執行委員長
教育学系 越智康詞
第64期の信州大学教職員組合の執行委員長を務めさせさせていただくことになりました。一昨年前、教育学部支部長となり、2年の任期を全うし、後は次期委員の選定を残すのみとほっとした矢先でした。突如「次期の中央執行委員長を教育学部から選出しなければならない」とのお告げが眼前に現れたのです。教育学部では第60期に、伊藤冬樹先生が執行委員長になられたばかりで、学部数から考えて、予期できない事態でした。その後、委員長の引き受け手を見出せないまま時間が過ぎ、僭越ながら、私がその大役を引き受けさせていただくことになったのでした。
このように組合の事情について頓珍漢な認識(各学部に支部があると思っていた)しか持たない者が、委員長の大役をお引き受けしてよいものかと戸惑いもあったのですが、そんな私でも、社会の中での労働組合の意義については日々実感しているところです。経済のグローバル化(新自由主義・株主資本主義)が席捲する中、労働者への搾取構造が強まる(企業の内部留保率は高いのに賃金は低いまま)ばかりか、非正規などの不安定な雇用も増え、少子化に拍車がかかり、まさに経済偏重政策がもたらした外部不経済ともいうべきかたちで、この社会全体の底が抜け始めているのでは、といった不安を払拭することはもはや困難です。
ようやく近年、人材を大切にすること(ヒトへの投資)が、成長にもプラスになるとの理解は広がりつつありますが、大学はとりわけ、普遍的で長期的な視点が求められる場所です。選択と集中に邁進する経営のロジックは、真に独創的な研究はその成果が計画通りに実現されるものではないことや、研究という活動が学問共同体全体の力に支えられて成立いる事情を理解しません(実際、法人化以後、日本の研究力は低下しているようです)。また、教育と研究の分離が合理的と考える経営思考には、真理の場として組織された大学(風土や文化)こそが、学生の認知的歪みを是正し、さらには健全な民主主義の担い手を輩出するなど、貴重な教育効果を生み出している可能性を感じとることができないのです。
信州大学教職員組合の近年の取り組みについては全く無知で、ゼロからのスタートとなりますが、労働者の権利や学問の自由(研究活動の独立)を守る日々の地道な活動は重要です。何とか1年間、皆様の足を引っ張らないよう、活動に貢献できればと思っています。どうかよろしくお願いします。