連載 「持続可能な暮らし方 in オーストラリア」
<目次>
〜オーストラリア初のコハウジング創設者〜
      イアン・ヒッギンボトム (カスケード・コハウジング)
「コハウジング」とは聞きなれない言葉かもしれないが、一言でいうと、共生を目的にした集合住宅・共同住宅のことである。コレクティブハウジングともいう。1960年代にデンマークやスウェーデンで始まり、キャサリン・マッカマンとチャールズ・デュレによって、コハウジングとしてアメリカに紹介され広まったものだ。
基本的には、コモンハウス(共有の家)を中心に複数の住居が集まって成り立っている。世帯数は主には15〜35世帯で、それぞれ独立した住居型やマンションタイプなどがある。住居は歩道や中庭に沿って立ち並んでいて、隣の住居との距離が近い。住民が企画、開発、運営を行っていく。若い層から、独身家族や高齢層など、多世代の人が共に住むことができる暮らし方である。
そんなコハウジングを一度見てみたいと、タスマニアの首都ホバートよりバスで20分のカスケード・コハウジングを訪れた。私たちを快く迎えてくれたのは、カスケード・コハウジングの創設者、イアン・ヒッギンボトム。コハウジングのみんなにはヒッグと呼ばれている。海洋調査に関するプログラムなどを作る仕事をしている関係で、日本にも何度か来たことがある。「アメリカの町でコハウジングの本を見つけたんだ。今まで自分がやりたいと思っていたことが、そのまま書かれていた。これだ!と思ったね。それで本を2冊買って、1冊を友人に送ったんだ。自分はそのままデンマークへ向かい、たくさんのコハウジングを見て、やっぱり実現可能だと思った。それで友人達とはじめたんだよ」とイアン。
カスケード・コハウジングはオーストラリアで初めてできたコハウジングだ。道路に面した駐車場を抜けると、住民が手作りで建てたというコモンハウスがある。そこから斜面をくだる通路の両側に13軒の住宅が立ち並んでいる。それぞれ独立した建物とはいえ、その間隔は結構狭い。日本の新興住宅地のような感じだ。どの家も北向きでできるだけ省エネルギーで環境負荷をかけないような設計になっている。13軒中、2世帯で使われている建物が3つあるので、16世帯約30名が暮らしている。住宅の奥には小さな果樹園と家庭菜園と鶏小屋があり、その奥は再生林になっている。鶏小屋には数匹の鶏がいて、コモンハウスや各世帯の残り物等で育っていた。

私たちはコモンハウスのゲストルームに泊めてもらったのだが、コモンハウスの充実した施設とがっしりとした作りはすごく驚いた。住民の手作りとは思えないほど、プロフェッショナルな仕上がりなのだ。コモンハウスには、大きなフル装備のキッチン、広いダイニング、子どもの遊び部屋、2人用ゲストルーム、バスルーム、テレビ&ビデオルーム、洗濯機2台と乾燥機、食料庫、道具置き場と木工作業所、メールボックスなどがある。コハウジングには共有できるものは共有するという特徴がある。ほとんどの住宅には洗濯機がないし、日曜大工などをする作業場や道具もないし、台所も簡単な設備のみ。普通なら16台あるはずの洗濯機が2台でいいのだ。もちろんその分、環境負荷も家計費も少なくて一石二鳥である。
さて、コハウジングの象徴的な生活シーンといえば、コモンミールではないだろうか。カスケードでは毎週、水・金・日曜日の午後6:30から皆で食事をとるコモンミールがある。出席は自由だが、住民であれば誰でも参加できる。参加頻度によって毎回交代で作ることになっている。だいたい月に1回作れば、あとは食べるだけ。「仕事から帰ってきて夕食ができているのは、本当にありがたいわ」とここに14年間住んでいるアンジー。シングルマザーや共稼ぎ夫婦など忙しい人にとって便利だというだけでなく、コモンミールは家族を超えた交流の場でもある。大人は大人で集まり子どもは子どもで集まって、それぞれ楽しそうに話しながら食べている。夕食後に、隣のおじさんとキャッチボールする子どももいたりする。
ちなみにコモンミールの食事内容は全てベジタリアン料理(乳製品も使わないヴィーガンの時もある)で、小麦が食べられない人用(グルテンフリー)の食事も用意されている。住民の半分以上はベジタリアンだからだ。そのことに関しては住人全員納得しているそうだが、コモンハウスを個人的に使用する場合の肉の使用に関しては今も意見が分かれているそうだ。「人を呼んでパーティーする時に肉を使いたいよ」という人と「コモンハウスも自分の家の一部だから、動物の死体を持ち込んで欲しくないよ」という人。確かに双方が歩み寄るのはなかなか難しそうだ。 コハウジングとしての活動には、映画・ビデオの鑑賞デー、皆でゲームをしたり、食事をしたり、ダンスや野菜作り、大きなパーティーが年2回。それ以外には、毎月の共同作業日もある。共有地のメンテナンスなどを全員で行う。
コハウジングに滞在して感じたことは、日本の都市でも十分実現可能だということだ。共同生活とプライバシーのバランスもとりやすく、孤立しがちな都会でもコモンミールなどを通して人との触れ合いがある。子育てには安心できる環境であり、環境負荷も少ない。なによりお年寄りから小さな子まで様々な世代の人とのつながりの中で生きていくことを学べる。日本の都市に住んでいると、これはなかなか難しいことである。広い土地に慣れているアメリカやオーストラリアより、日本人の方が向いているような気さえしてくる。
コモンミールのない晩、イアンの家で夕食をご馳走になりながら、設立からの苦労話などを聞く。「5年前までは、コハウジングに関するいろんな作業、例えばルールづくりだったり、土地の整備だったりに、いつも追われていた。それが一段落して気付いたら、お互いの人間関係がギスギスしていた。みんな忙しくて、個人的なことまで立ち入る余裕がなかったんだね。ちょっとした喧嘩や言い争いがあると、その後の関係が気まずくなったり、そんなのがコミュニティ中あちこちにあったんだ。ちょうどそんな時、ランドマークエデュケーションという団体と出会って、人と人のコミュニケーションや関係構築に興味を持った。素晴らしい内容だったから、カスケード・コハウジングでも全員でワークショップを行ったんだ。人間関係の壁が取り払われて、協力のあり方がわかったというか、今はすごく関係が良くなったと思う」。
どんなコミュニティを訪問しても話に出るのは、対立解決能力やコミュニケーション能力の重要性だ。本来なら大家族や地域社会で培われてきた能力なのであろうが、社会のあり方が大きく変化している今日、人と人が共に暮らしていくための能力を意図的に学ぶ必要性もでてきているのかもしれないなあ、とイアンの話を聞きながら考える。「今まで注いだエネルギーの50%はネコとベジタリアンの問題かな。ネコは野鳥なんかを殺すから野生生物や環境に良くないという人と、既にネコを家族として飼っていた人と、意見が真っ二つだった。最終的には今いる猫だけ最後まで飼い、鈴をつけたり夜は家に入れたりするなど、野性生物への影響を減らす努力をすることで合意したんだ。猫だけでこんなに合意が大変なんだから、宗教の違いなど、世界の平和は本当に大変だと感じるよ(笑)。でも、こういった小さな問題を解決できずして、大きな問題を解決できないんじゃないかと思う。だから、ここでの日々の生活は、大きな平和へとつながっているように僕は感じているんだ」というイアンの言葉からは、彼のコハウジングに対する熱意が感じられた。これから日本でも新しい暮らし方として増えてくることを願いながら、イアンに別れを告げた。

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