連載 「持続可能な暮らし方 in オーストラリア」
<目次>
〜少人数での自給自足コミュニティ〜   ダルマナンダ


今回の旅でどうしても訪問したかったコミュニティ、それがダルマナンダだ。一度は既に予約がいっぱいだと断られたが、諦めきれずに再度連絡すると、来る予定だったウーファーが現れなかったとのこと。こんな運のいいことがあるんだなぁ、諦めなくて良かった・・・と、喜び勇んでダルマナンダを目指す。ダルマナンダが位置するザ・チャノンの周辺一体はコミュニティの宝庫だ。ニンビンを中心として、あちこちに様々な形のコミュニティがたくさんある。 ダルマナンダは105ヘクタールの広さに約20名が暮らしている。住居や農地として活用しているのは25ヘクタールで、それ以外の80ヘクタールは再生林である。森に囲まれた敷地には小川が流れ、野菜畑や牧場が広がる。メインハウスと呼ばれるコミュニティ共有の建物には、大きなキッチン、食料庫、ダイニング、ビデオルーム、お風呂、コンポストトイレなどがあり、そのメインハウスを中心として敷地のあちこちに個人の家が点在している。メディテーションホールもあるが、住んでいるメンバーの宗教やスピリチュアリティなどは、自由だ。
ダルマナンダの特色は、そのコミュニティとしての関係の近さにある。英語ではExtended Family(拡大家族)と言う言葉があるが、まさに家族の枠を大きく広げたような、そんな関係だ。各自の家で寝泊りはするものの、週に5日は夕食を共にし、毎週全員でワークデイや野菜畑の手入れも行う。日中も入れ替わり立ち代りメインハウスに皆が立ち寄り、立ち話をしたりしている。そして自分達の食べ物の多くを自給している。全員で食べる野菜や果樹、乳製品はコミュニティの畑や牛からまかなわれている。トマト、レタス、なす、きゅうり、かぼちゃ、マメ、とうもろこし、バナナ、パパイア、ナッツ…。食料庫と冷蔵庫はいつも、おいしい食べ物であふれている。ここでは、有機とバイオダイナミック農法で育てているそうだ。穀物は外からまとめて購入しているが、パンは自分たちで焼いている。

毎朝6時頃から、牛の乳搾りが始まる。これは、コミュニティの仕事の一つで、毎日担当が替わる。その日の当番は、リーだった。1979年からダルマナンダに奥さんのエレンと住んでいる、古くからのメンバーの一人だ。普段は近くの町、リズモアの大学で教鞭をとっている。 ダルマナンダでは、ジャージー牛を25頭飼っている。その内約3頭は常に子どもがいるので、毎日25リットルくらいの牛乳を常に牛からもらうことができるそうだ。牛も慣れた感じで、順番に乳絞りの小屋に入ってくる。リーが両手でリズム良く乳搾りを始めると、勢いよく乳が飛び出し、みるみるとバケツがいっぱいになってくる。1頭あたり1日に約7リットルの牛乳が搾れる。「この牛は一番気立てが良くて、フレンドリーだから、乳搾りをやってみるかい?」と誘ってもらい、リーの真似をして、椅子に座って牛のお腹に額をつけてみる。牛のお腹と乳房から体温が伝わってきて、とてもあたたかい。両手で4つの乳房をギュッギュッと搾っていくが、1頭まるまる搾りきるのにリーの3倍くらいの時間がかかってしまった。牛も「しょうがないなぁ」 とでもいいたげな目で、ちらちら私を見ながら根気よく待ってくれている。やっと終わった頃には、親指と人差し指が筋肉痛で痛い。結構な力がいるものだ。
牛を牧草地に戻して、搾りたての牛乳をメインハウスに運び、冷蔵庫に置いておく。翌日には上はクリーム層、下は脱脂乳層の2層に分離しているのだ。ここからは朝のキッチンの仕事だ。今日はお母さんでもあり学生でもあるジョディの当番。牛乳のクリーム層をすくい、それを撹拌機に入れる。ぐるぐる回し続けると、突然、液体が固体に変わる瞬間がある。牛乳がバターになるのだ。見ているとすごくおもしろい。すこし混ぜ続け、その固体から今度はまた液体がしみ出てきたら撹拌機を止める。この液体がバターミルク。バターからバターミルクを搾りだし、搾り出せない分はバターを流水で洗う。この作業をしっかりしておかないと、2日ほどすると酸っぱいバターになるそうだ…。これでバターとバターミルクの出来上がり!出来立てのバターは小さめの入れ物に詰めて冷凍庫へいれ、必要な時まで冷凍しておく。バターミルク好きのメンバーが、出来たてを早速飲んでいた。
朝のキッチン当番も毎日担当が変わる。掃除から始まり、かまどの掃除と次の薪の用意、バターやパンやヨーグルトづくり、生ゴミをミミズファームに入れる、足りない食材や調味料を食料庫から出してくるなど、大忙しだ。朝のキッチン当番(毎日)以外にも、乳搾り(毎日)、夕食作り(週5日)、バター作り(週2日)などの中から、週に2回、いずれかの当番を受け持つ。これは台所に当番表があるので、各自好きな日と仕事を2つ選んで、書いておく。鶏の世話と卵の回収も、全員交代で行っているようだった。また金曜はコミュニティのワークデイ(共同作業日)だ。皆で、薪割りや草刈り、果樹の手入れ、メインハウスの掃除など、コミュニティ全体の仕事をする。みんなでやると、作業もお茶もワイワイと賑やかだ。そして、土曜の午前中は、野菜畑でのワークデイ。それ以外にも、個人個人の能力や希望による年間を通じての担当もあり、ウーフコーディネーター、鶏、食料買出、野菜畑、森林再生、育苗、みみずコンポスト、果樹、ハーブ、種採り、草刈り、水など、生活していくために必要なことをみんなで支え合っている。
これだけのコミュニティの作業がある中で、仕事や生活はどうしているのだろうか?夕食のテーブルでみんなに聞いてみると、カウンセラー、大学教授、発達心理学の研究、コンポストトイレの販売、衝突解決専門家など、社会福祉に関係する仕事が多かった。発達心理学を研究している女性、キーランは週3日だけ働いている。「学校を卒業したとき、本当はフルタイムの仕事を探していたんだけど、週3日の仕事しか見つからなかったの。でも、ダルマナンダに住んでいると支出が少ないから、収入が少なくてもなんとかやっていけるわ。今は、この暮らし方が気に入っていて、もうフルタイムをやるつもりはないの。畑仕事や自分のやりたいことをする時間がたくさんとれるし」とキーラン。他のメンバーも、共同作業日の金曜日と土曜日には仕事を入れないように調整しているようだった。

「ゴーンゴーン」と夕方、ダルマナンダの敷地内に鐘が響き渡る。その音を合図に、皆、自宅からメインハウスへ夕食に集まってくる。ダルマナンダで週に5日、一緒に食べる夕食はすべてベジタリアン料理である。それ以外にも、小麦(グルテン)を食べない人、乳製品を食べない人のためのメニューも用意されている。夕食の前には「静かな時間」があり、みんなで肩を抱き合って円になり目をつむる。みんながその時間をどうとらえているのか私にはわからなかったが、私にとっては食事への感謝と、心を一つにし、おだやかな気持ちで食事の時間を迎えるための時間となった。食後、借りてきたビデオをみんなで見たり、冬至の日には子どもも大人も一緒に歌を歌ったりして楽しんだ。ちょうどクリスマス前だったので、クリスマスの曲をオーストラリア&ダルマナンダ風にアレンジしたものだ。「♪走れそりよ風のように 草の中を軽く早く〜♪」
ダルマナンダは協同組合として、メンバー全員で土地を所有している。メンバーになるには、1年間コミュニティに住んでみて、お互いに上手くやっていけるかを見た上で、メンバーズ・ミーティングで検討される。ダルマナンダのコミュニティとしての接着剤は、コミュニティを円滑に運営していくために力を注ぐこと。そして地球で暮らしていくために、それぞれの方法で何かポジティブな貢献をする(例えば持続可能な農業や、家庭教育、ヒーリング、教育、社会変革など)ということの2点だが、確かにそれをしっかりと理解できる人でないと今のコミュニティを継続していくことは難しいだろう。「コミュニティの仕事をしっかりとできるか、メンバーに好かれるか、対立したときにどう対処できるのか、ヒステリックになったりしないか、そういったことすべてが関係してくるの。もちろん希望者自身も、ダルマナンダでやっていけるのか、本当にこのコミュニティは自分が求めるものなのかなど、試用期間中にじっくり考えることができる。コミュニティはたくさんあるから、自分に合ったところで住むのがお互いにとってもいいことだと思う。だから1年では答えがでない時もあるわ」とエレン。私達が居る間にも、3家族と1個人がメンバー希望者として生活していた。メンバーに認定されれば、出資金は120,000ドルかかるが、コミュニティから出て行くとき、返ってくるようになっている。家は以前のメンバーから賃貸として借りるか、自分で建てるそうだ。

他のコミュニティと同じように、ダルマナンダでも定期的にミーティングが開かれる。毎週木曜日に定例ミーティング(翌週の分担などもここに決める)、あと定期的にシェアリングミーティング(お互いの気持ちを共有したり、支えあったり、単に楽しむために集まったり)などが行われている。時には、メンバー間での仲違いや対立がコミュニティ内で解決できないときには、外部からコンフリクト・レソリューション(対立解決)のスペシャリストを呼び、間に入ってもらうこともあるそうだ。大きなコミュニティであれば、気の合わない人と触れ合う機会も少ないだろうが、小さなコミュニティではそういうわけにはいかない。人間関係の円滑のために、様々な努力が必要となる。ダルマナンダのガイドラインには、議論の時のルールや、メンバー間での悪口などに関することまで、いろいろな記載がある。
・ 人と人の親愛を壊すような言葉を使わないようにする。
・ 自分が正しいと人を説得するような話し方で終らないようにする。
・ 人の意見を尊重し、意見を妨げたり反論したりせずに聞く。
・ 他者の悪口を誰か別のメンバーに言わない。
・ 他者への否定的な判断を、メンバーに支持してもらおうという意図を持って話さない。
・ 自分が問題を抱えている本人には接触せずに、他のメンバーに問題を話しつづけるということはしない。

どれもこれも、コミュニティだけではなく、家族内で、職場で、社会で、さまざまな場面で必要とされることばかりである。内容や文言は変われど、日々なにかしらこういったことを意識しながら、私達は社会生活を営んでいるのではないだろうか。「けんかもあるし、噂話を言わないのも結構大変な時もある。でも、ダルマナンダに住んで、私は自分が与えたものよりはるかにたくさんのものを、みんなからもらったわ」。帰りの車の中で聞いた、エレンの言葉が心に残った。

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