連載 「持続可能な暮らし方 in オーストラリア」
<目次>

〜農的暮らしをしながら世界をかけめぐるパーマカルチャーリスト〜
マックス・リンデガー(クリスタル・ウォーターズ)
マレーニのメインストリートから車で約20分。260ヘクタールの緑の敷地が広がる。クリスタル・ウォーターズは1988年に設立された世界ではじめてのパーマカルチャービレッジである(パーマカルチャーについては別途記載)。土地の20%に約250名が暮らしており、それ以外は森林や貯水池などの共有地となっている。住宅以外には、インフォメーションセンター、ベーカリー、自然食品店、チーズ工房、キッチン、100名の座れるデッキ、大きな台所やトイレ、広場があり、子ども達が遊べるようなトランポリンなども設置してある。また住民以外が宿泊できるビジターズキャンピングエリアや、パーマカルチャーの研修にも使われるエコセンターがある。
私達がステイしたのはクリスタル・ウォーターズ創設者の一人、マックスの家だ。リユースの材木などで作ったというこざっぱりしたキャビンにステイしながら、1日に4時間、薪拾いや草とり、柵の穴掘り、果樹のマルチングなどを行う。斜面に位置するキャビンからは、貯水池と森が斜面の下に見え、すぐそばにはカンガルーがゴロンと寝転がって日向ぼっこをしている。静かな、緑にあふれた美しい立地だ。

マックスの土地と暮らしを見ていると、その土地に降り注ぐエネルギーが無駄にされていないことがよくわかる。雨や有機物などすべてのエネルギーが循環するよう、デザインされている。屋根に降った雨水は雨どいからパイプをつたって、2つのレインタンクに貯められ、飲料水からトイレやシャワーにまで使われる。使った後の水も微生物によって分解され、果樹や野菜畑用の水として使用される。レインタンクは野菜畑の斜面の下に設置され、砂土が崩れてこないよう壁の役目も兼ねている。パーマカルチャーのデザインの特色でもあるが、建築物にはすべて意味があり、いくつもの役割を兼ね合わせている。
家は奥さんのトゥルーディが設計し、壁は敷地の土を使ったラムドアース(砂、粘土、ローム、石灰などを突き固めた練り土)で、地元の木材を使って建てたそうだ。ドアも1つ以外はすべてリサイクル品。エネルギー効率のよい設計のため、夏は涼しく冬は暖かい。暖房に必要なエネルギーも100%自給できている。確かにマックスが植林した森、十分な枝や薪がとれそうだ。温水は太陽熱で温めたものを使い、屋根の上には12枚のソーラーパネルが並んでいる。
野菜や果物もかなりの割合を自給している。自分達用の野菜ももちろんだが、マックスの家でパーマカルチャーコースを開くときの生徒さんたちの野菜もできるだけ作っている。家のそばには畑が2箇所あり、ワラビーやカンガルーよけの柵の中で青々とした野菜が育っている。柵や棒などはリサイクル品だ。地面は砂地でどうみても野菜作りに適していなさそうだが、マックスはその特徴を生かし、砂の上に新聞紙と堆肥とマルチで土を作り、木の枠の中で約60種類ほどの野菜を育てている。砂地には雑草が生えにくいので通路で草を取る必要がないし、野菜畑に飛んできて育った雑草だけをさっと手で取ればいいのだ。


マックスは蜂も飼っている。「蜂は彼の情熱なのよ」とトゥルーディ。友人から巣箱をもらいうけ、今後も更に蜂の数を増やす予定のようだった。蜂蜜は1年間で約600kgにもなる。クリスタルウォーターすべての世帯の蜂蜜を自給できそうな量だ。パンにつけて食べたが、そのおいしいこと!はちみつってこんなにさまざまな味や香りがするものなのだ、と感動した。

蜂のほかに、牛も飼っている。昔は羊も飼っていたそうだが、ディンゴ(野生化した犬)に食べられてしまったそうだ。牛は柵で23区画に仕切られている土地を1〜3日ごとに移動させる。3〜9週間後に一周して戻ってくると、また牧草が生えそろっているというわけだ。こうすることでオーストラリアの多くの放牧地で問題になっているような、過度な土地利用によって不毛の土地になることはない。敷地には牛が木陰でやすめるように、120本のナッツの木が植えてある。牛の糞が肥料になり、秋には山のようにナッツがとれる。ウーファーに手伝ってもらったりしながら、収穫し、1kg単位で販売するそうだ。
マックスが自分で運営しているエコロジカル・ソリューションズのオフィスは自宅の1階にあるので、毎日の通勤に化石燃料も必要ない。マックスは世界のあちこちでパーマカルチャーコースを教え、持続可能な土地のデザインをし、GEN(グローバル・エコビレッジ・ネットワーク)のオセアニア代表も勤める。海外から帰ってきた夜も遅くまでパソコンに向かっていた。朝は4時半から牛の世話や畑の作業をし、日中は事務所で働き、夕方には草刈りをするなど、まさにスーパーマンである。そしてそれがぜんぜん辛そうでなく、生き生きと作業している。「やることはたくさんあるけれど、僕は楽しんでやっている」とマックス。

クリスタル・ウォーターズのデザインをマックスとロバート・タップが始めたのは1981年だが、開始当初は木が全く生えていないような状態だったという。昔の写真を見せてもらったが、なにも生えていない丘が森になっていた。ビレッジ内には貯水池(ダム)があちこちにあるが、それもパーマカルチャーデザインによってつくられたものだという。オーストラリアではここ数年、どこも水不足が問題になっているが、クリスタル・ウォーターズではまだ一度も水制限を設けていないという。数年分の水をしっかりとダムで貯めてあるからだ。異常気象の続く中、パーマカルチャーやエコビレッジの底力を感じた。しかし長年の旱魃で、今年1年大きな雨が降らないとそろそろクリスタル・ウォーターズでも問題がでてくるとのことだった。
クリスタル・ウォーターズでは、さまざまなイベントが1年中行われている。毎月土曜日に行われるコミュニティカフェ、毎週金曜の夜のムービーナイト、毎月第一土曜のマーケット、クリスマスパーティ、設立記念日、パーマカルチャーコース、ヨガやセラピーなど住人による教室やワークショップ、夕食会や誕生日会、などなど。第一土曜のマーケットにも参加したが、住人や外からの訪問者で広場がいっぱいだった。青空の下、バンドの演奏が流れ、カフェやベーカリーではおいしくて健康的な食べ物が出され、幾人かの住人達で運営されている小さなお店には様々な手作りの工芸品や書籍が並ぶ。古着などをマーケットで販売している人や、クリスタル・ウォーターズで作っている野菜の販売、苗木屋さん、青空散髪屋さん、原子力反対署名や地域通貨のブースなど、あっちもこっちも賑やかだ。子ども達も元気いっぱいに裸で走り回っていた。


クリスタル・ウォーターズは大きなコミュニティであるだけに、住んでいる人の年代や考え、目的や意見も様々だ。マーケットで出会った若い夫婦は、ここを出て自分達のコミュニティを作るつもりだと言う。「クリスタル・ウォーターズからはコミュニティのいい面も悪い面も学んだよ。僕達にとってはコミュニティとしての連帯感が薄いように感じることも多かった。例えば共益費で人を雇って共有地の手入れをするのではなく、みんなで共同作業日を設けて作業するとか、そういった活動が必要だと感じているんだ」。 また、既に10代の娘が二人いるお母さんは「子育てには素晴らしい環境よ。都会が魅力的に見える10代の娘にとっては少し退屈らしいけれど(笑)、安心して子ども達を外で遊ばせておける環境は、オーストラリア広しといえど、なかなかないわ。近所の人とも留守中の水遣りなど気軽に頼める関係だし、とても満足している」とのことだった。これだけの人数が住んでいると、個人個人がビレッジに求めるものも大きく異なってきて当然だ。マックスとそんな話をしていると、「僕は人と一緒にいること自体が社交活動だと思う。クリスタル・ウォーターズでは既に多すぎるほど、毎日何かしらの催しが起こっている。映画ナイトやマーケット以外にも、独身の人達によるイベントや、人々が集まって飲んだりする場もたくさんある。僕個人は、集まって飲んだりする時間がもったいないと感じるから、それほど参加しないけれど。大きな変革を起こすには、あと20年しか時間が残っていないからね」。そんなマックスの言葉から、持続可能な社会づくりにかけるマックスの真摯な姿勢と情熱を感じた。「人を変えることはできないけれど、誰しも自分自身は変えることができる」というマックスの生き方そのものから、変革の波紋が伝わっているように思った。
マックスと話していた時に聞いた、忘れられない言葉がある。「僕は1本の木について、30分話しつづけることができる。その木がどのように暮らしてきたのか、毎日の風の強さや向き、いつ山火事にあったのか、雨や水との関係、そんなことすべてを木が話してくれる。パーマカルチャーで大切なのは、まず観察すること。水や木や草や地形や動物や風などすべてのつながりを見るんだ」。私も1本の木を見ながら一人で試してみたが、せいぜい1分で語り終えてしまった。木からの言葉がちっとも聞けてないんだなあ、と実感する。『すべてはつながっている』となんとなく理解するだけでなく、そのつながりが手に取るようにわかるようになれば、世界はまた違って見えてくるのではないだろうか。私もいつか自然の声を聞けるようになりたい、そして持続可能な社会作りを自分から始めていきたい、と強く思った。

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