連載 「持続可能な暮らし方 in オーストラリア」
<目次>
〜地域が支える農業・CSA〜 エイミー&ルック (ムーラムーラ)
ビクトリア州メルボルンは人口337万人のオーストラリア第二の都市である。そこから電車とバスで約2時間、ワインの産地ヤラバレーの近くのトゥーラビウォングToolebewong山の上に位置するコミュニティがムーラムーラだ。

ムーラムーラは1974年に設立されたオーストラリアの中でも老舗のコミュニティだ。245ヘクタールの敷地には、30軒の家(そのほとんどは既に建築済)が6つのクラスターに分かれて建っている。各クラスターには、4〜6軒の家と、共有施設、野菜畑、果樹園などがある。
クラスターごとに、住んでいる人の年代や雰囲気も違うし、コミュニティとは別にクラスター内での夕食会や作業日を設けているところもある。同じ敷地内とはいえ、一番端のクラスターから反対側のクラスターまで歩いて20分はかかりそうな広さだ。各家には電線はひかれておらず、どの家にもソーラーパネルがあり、家やクラスターでディーゼル発電機をバックアップとして持っているところが多い。電気を使わない理由は、設立当初は電線が通じていなかったということもあるが、1970年代後半に電力会社との抵抗運動によるものが大きい。電力線を急な斜面にひくことによる土壌流出や自然破壊を懸念したムーラムーラの人々は、電力会社に対する反対運動を起こしたが、残念ながら電線は通ってしまったそうだ。コミュニティの中心にはコミュニティセンター、テニスコート、トランポリン、ランドリーなどがある。コミュニティセンターは、昔はお金持ちのゲストハウスだったようで、キッチンやダイニングも広く、30人が宿泊できる大きさだ。セミナーハウスとして貸し出しもしているが、普段はウーファーの生活場所、コミュニティの憩いの場として使われている。
私たちを笑顔で出迎えてくれたのは、コミュニティのウーフコーディネーターを担当しているエイミーとルックだった。二人は、2007年の4月からムーラムーラに住みこみ、コミュニティの土地を借りてCSA(コミュニティサポーティッドアグリカルチャー・地域が支える農業。詳しくは10ページに記載)をはじめている。ルックはカナダ出身。都市での消費生活に疲れ、カナダの農家で3年間農業を学んでいる最中にオーストラリア出身のエイミーと出会う。エイミーはシードセイバーズネットワークという自家採種ネットワークの事務局として働いた後、ウーファーとしてカナダの農家に行き、ルックと同じ農家で働く。
「オーストラリアでCSAをやろう!」と思った二人は、オーストラリアの様々な場所を探してまわった。ふと、メルボルン近くのコミュニティを見に行こうと思い立ち、ムーラムーラに立ち寄る。ムーラムーラは、今までに何度もコミュニティガーデンをはじめる試みがあったが、なかなか実現していなかった。そんなお互いの意向がぴったりと合い、晴れてこの春から二人はムーラムーラの住人となったそうだ。「特にコミュニティに住みたいとか、今まで考えたこともなかったんだ。でも、ここの人達はとてもいい人だし、自然もきれいだし、とても気に入っているよ」とルック。40アールの農地のうち、既に半分は耕して野菜が育っている。来年には全部の土地を活用するつもりだという。「既に、ムーラムーラの住人22名がCSAのメンバーになってくれたんだ。皆、コミュニティ内で農業をはじめることを、とても喜んでくれていている。現在はまだまだ準備中だけど、少しずつ農地も増やして、コミュニティの外にもメンバーを増やしていきたいと思っている」。現在、二人は自分達の農業をメインで行いつつ、水曜は収穫と配達をし、土曜は近くのマーケットに余剰分を売りに行く。時には、近くの大規模農家へアルバイトに行って、生活費の足しにしている。「大規模の単一栽培の農家の仕事って、たとえば藁を集めるにしろ、野菜を収穫するにしろ、ひたすら毎日それを行うでしょ。だから体を悪くしやすいんじゃないかと思う」と昨日、大規模農家のアルバイトに行ったばかりのエイミーは腰が痛そうだ。「小規模多品目栽培だと、仕事はすごく多様だから、毎日いろんな作業ができて楽しい」。

私達も一緒に収穫・配達作業をさせてもらったが、一家庭あたり結構な野菜の量である。今週の配達内容は、シルバービート、レッドビート、ほうれん草、イタリアンパセリ、ラディッシュ、ミニ大根、サヤエンドウ、サラダミックス(みずなやロケットなど)だ。一世帯につき、ハーフシェアで600ドル、フルシェアで1200ドル(30週分)。今年はまだテスト期間中の1年目なので、来年はフルシェアのみにしようか、量はこうしよう、などと二人でいろいろと相談しながら試行錯誤中だ。私達もCSA・提携を日本で行いたいと思っているので、その値段やメンバーの意見、日本やカナダのCSAについてなど、作業中も農業の話題で盛り上がる。なんでも、カナダやアメリカなどの北米ではCSAは星の数ほどあるそうだが、オーストラリアではまだ片手に数えるばかりだそうだ。オーストラリアでも、これからはCSAが広がっていくのではないだろうか。
ここでのウーフはコミュニティとして受け入れてもらうため、ウーフコーディネーターによって調整された作業を毎日行う。違う人の家で様々な仕事をさせてもらえるので、結構面白い。ある1週間のウーフの作業は、以下の通りだ。
月 午前:共有地の雑草掘り。午後:アマンダ宅で小屋掃除。
火 一日:カリンガル・クラスターで薪割りと温室づくり
水 午前:CSA−野菜の収穫と配達。午後:ジュリア宅で土壁作り。
木 午前:ジェリー宅でベリー詰み、マルチ。午後:スザンナ宅でペンキ塗り。 
金 一日:CSA−手伝いで畑作業と苗のポット詰め。
土・日  休み
個人の家で受ける場合は、ウーファー一人1日につき個人が8ドル(半日の場合は4ドル)を払い、食事を提供する。集まったお金は、ウーファーの自炊時の食費や光熱費、コーディネーター費用(年間500ドル)に使用される。また、コミュニティの仕事(例えば、コミュニティハウスの掃除、共有地の藁集めなど)をしたときには、食事は自炊するようになっている。ウーファーからの問い合わせも多いようだが、あまりたくさん受けすぎると、仕事が足りなくなるので、断ることもあるという。私達がいた時にも、韓国や日本、イギリスなど全員で2〜6人くらいは常時滞在している。
さて、ムーラムーラのコミュニティとしての活動を聞いてみたところ、想像以上に、結構たくさんあった。定期的なものもあれば、誰かの提案で始まったものもある。
・ ワークデイ/共同作業日(月1回):クラスターが交代で全員のランチをつくる。
・ ムービーナイト(不定期)
・ 男性のお料理クラス(月1回):レストランでコックをしているムーラムーラメンバーのスザーンが講師。
・ 女性の読書クラブ(月1回)
・ フルムーンディナー(不定期):満月の夜に、みんなでご飯を食べる。誰かが思いついて提案したもの。
・ スウェットロッジ(不定期):スウェットロッジ自体は、ネイティブアメリカンの伝統的儀式。テントの中で焼いた石に水をかけてサウナのようにする。ムーラムーラでは男性だけで集まって語り合い、終った後はビールを飲み、ダムに飛び込んで泳いだそうだ。
・ フェスティバル(2年に1回):トゥーラビウォング山やヒールズビル地域の人と協力して、開くオープンなお祭り。ワークショップやマーケット、子どもの遊びなど。
・ コミュニティカフェ(毎週土曜の午前中):お茶とケーキなど、軽食。住人の中で、やりたい人が行う。
・ ディレクターズミーティング(月1回):誰でも議題を提案でき、誰でも参加できる。メンバーに決議権がある。
・ コミュニティミーティング(月1回):「子育て」「コンポストトイレ」など、一つのテーマを決めて、皆で話し合う。
・ オープンデイ(月1回):外部の人向けの説明会。お茶を飲みながらコミュニティの暮らしについて話を聞き、コミュニティ内を案内してもらえる。

これ以外にクラスターの食事会やワークデイがあったり、コミュニティ内で個人的に語学を教えてもらっていたり、子育て中のお母さん同士が子どもを預かりあったり、年配の人が子どもを預かったりしている。「コミュニティとして」と肩肘はらずに、自然発生的な密度の濃さを感じた。設立から30年以上経つ老舗のコミュニティだからこそなのかわからないが、とてもリラックスした印象を受けることが多かった。

スザンナの家に手伝いに行った時に、なぜスザンナがムーラムーラで住み始めたのか、その理由を聞いてみた。ドイツ出身のスザンナはムーラムーラに住んで20年。近くのワイナリーレストランでコックをしながら、息子と2人で暮らしている。「私はメルボルンに長く住んでいたの。でも、そろそろ家を買いたいと思うようになって、メルボルンに小さな家を買うか、ムーラムーラで家を買うか、どちらか迷っていたわ。思いきって、もっとあたたかいニューサウスウェールズ州のコミュニティを10個所ほど見に行ったんだけれど、結局ムーラムーラが一番気に入ったの。なんていうか、『こうでなければいけない』といった強い方針がないというか、そのとてもリラックスしているところが、自分には合っていると思った。子育てもしやすいし、人と人のふれあいもあるし、自然環境も素晴らしいし。この寒さがなければ言うことないわね」。 確かに他のコミュニティと比べて、ムーラムーラにはリラックスしたところがあるのだ。「共に暮らすこと」そのものが目的というような、そんな普通の田舎の村のような印象を受ける。
もちろん、リラックスしているからと言って、特にルールや決まりごとがないわけではない。70ページにも渡るムーラムーラのポリシーマニュアルには、様々なコミュニティのルールや意思決定の仕組み、各ミーティングや担当者の責任まできちんと記載されている。「ルールが嫌い、と言う人はここには住めないと思う」というサラの言葉どおり、コミュニティで住むということは、その国や州の法律に加えてコミュニティとしてのルールがあるということなのだ。そんなムーラムーラの「機能することを目的とした仕組み」は、複数のコミュニティのモデルとしても活用されている。多くのコミュニティが設立から2年でつぶれる中で、そんな自然な形の老舗コミュニティの存在に「コミュニティづくりは可能なんだ」となにかしら勇気づけられるものを感じた。そして住む人や時代の流れによって、今はコンポストトイレや雨水利用、CSAなど、持続可能なコミュニティとしての流れも起きている。そんなことを感じながら、エイミーとルック、そしてムーラムーラに別れをつげた。

 ▲UP