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-57- (2013.4 - 2013.6 ) 


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 (2013/6/13) 
統一球問題に見る日本外交の危うさ 

わたしはプロ野球はほとんど見ず、詳しくもないので、「統一球」というニュースの見出しを見ても、なんのことやらその読みかたさえ知らないし、日本野球機構って何だ、と記事を読むこともしませんでした。ところが、その機構の最高責任者らしい「コミッショナー」の会見の様子をテレビで見て、その人相と釈明の異様さが気になりました。

事件そのものは単純で、2011年からそれまで複数メーカー供給だったボールをミズノ1社に「統一」し、さらに飛ばないように反発係数を下げていたものを、今シーズンからこっそり、元どおり球が飛ぶように反発係数を上げる仕様変更を日本野球機構が行い、かつその事実の口止めをミズノに命令していた、そして、球が変更されているのではないか、という選手の疑問にも、変更なしとウソをついて来たが、とうとう隠しきれなくなって、12日に公式に白状した、というもの。

ニュースを見ただれもがおそらく感じたであろうことは、「なんで最初から発表しなかったの?」という疑問でしょう。だから、会見ではコミッショナーが「私が隠していた。責任は私にある」と潔く認めればいいものを、

加藤コミッショナーは、報告を受けていなかったとし、「変更が加えられれば公表すべき
ものと思う。隠蔽するつもりは全くない」として、今後、事務局のガバナンス(統治機能)
強化を図りたいとした。
公表遅れ、おわび…「飛ぶボール問題」でNPB
読売新聞 2013年6月12日21時58分
と、トップとしての自分の責任を回避して、事務方の局長に責任を負わせる会見を行ったのだから、野球素人の私でさえ呆れるくらいだし、プロ野球のファンなら黙っていられないでしょう。

会見も奇妙なら、メディアの報道も引けているところが散見します。もしもトップが「知らされていなかった」と言うのなら、知らせないで独断専行したという事務局長を即刻クビにするか、自らのサインまで入れていた球が仕様変更していたことを知らなかった不祥事の責任をとって辞任するのがスジでしょうね。もちろんサインは削除。

上に読売の記事を引用したのは、この新聞社がこれ以上の論評をしていないことが、これまたどこかで繋がっているような気がしたので。他は、たとえば毎日新聞は、

この日の会見で加藤コミッショナーは「私が知ったのは昨日(11日)が初めて」と自らの
関与を否定し、「知っていたら公表した。公表して悪いことは何もなかった」と続けた。
  もし、その言葉を信じるなら、コミッショナーとして機能していないことを自ら明かした
も同然だ。むろん「知らなかった」では済まされない。プロ野球の最高責任者であり、統一球
を自ら主導して導入したにもかかわらず、変更の事実を知らなかったとすれば、それこそが
大問題だ。
統一球問題:知らない、辞めない!加藤コミッショナー“ウソ統一球”謝罪だけ
毎日jp 2013年06月13日 
と、ごく当たりまえの意見を代弁している。

そもそも球に自分のサインまで印刷させるコミッショナーの加藤良三氏っていったい何者か、と思ったら、元駐米大使だ、という。ははーん。それで「不祥事とは思わない」、自分の責任は認めない、という発言の不可解さの謎が理解できました。さらに月給200万円とくれば、そうおいそれと椅子を手放すわけにはいかない。

加藤コミッショナーは東京大学から外務省に入省し、2001〜08年、駐米大使を務めた。任期は
戦後の歴代駐米大使で最長だったという。(中略)現在は週1回の「コミッショナー業務」で
月給200万円、交際費1000万円を受け取っているという。
加藤コミッショナー、過去に何度も「お騒がせ」 再選に反対するオーナーもいた
J-CASTニュース 6月13日(木)18時47分配信
官僚という階級は、失敗を認めない(汚点を残さない)、責任をとらない、ことがキャリアのための至上命題と言われますが、なるほどそれを目の当たりにした気がします。すると、ことはひとりプロ野球の問題ではないかも知れない。このような官僚がアメリカに日本大使として赴任していた間、いったい外交官としては何をしたんだろう、と素朴な疑問が頭をもたげます。だいじょうぶか?日本外交。2001〜08年という任期は、ちょうどジョージ・W・ブッシュが大統領だった時期と重なります。おりしも明日の深夜、最終回が放送される「オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史」は、このブッシュの起こした戦争を扱います。

さて日本野球機構は、12球団に説明するための代表者会議を、これまた明日14日に開くそうです。説明する必要のあるいちばん大切な相手を忘れているようです。それは、プロ野球を支えているファンと、未来の選手たち。



 (2013/5/29) 
エベレスト初登頂記念日 

今日5月29日は、ヒラリーとテンジンがエベレストに初登頂してから、ちょうど60年目の記念日です。先日は冒険家の三浦雄一郎が最高齢レコードとなる3度目の登頂を果たしたことがニュースになりました。テレビでも実況されたりと、話題になっていました。わたしはほとんどその放送を見ていませんが、まずは無事に登頂できてなによりでした。

たしかに、80歳にして8848メートルの「死の領域」に挑むことは偉業には違いありません。けれど、エベレスト登山は、いまでは登った本人以外に感動を与える話題ではなくなっています。それよりも、登山者のモラル、山の環境破壊のほうが関心事になりつつあります。

マロリーの遺体が発見されたことでエベレストに俄然興味をもって『エベレストの亡霊たち』を書いたのは2005年。その時点での統計では、登頂者の延べ人数は1915人(2004年まで)でした。それが2010年には5104人(Wikipedia)にまで達していたといいます。

エッセーで触れたように、登頂者の急増は、組織力のない登山者でもお金さえ払えば頂上に案内してくれる商業ツアーが貢献しています。1996年に日本女性として2番目のエベレスト登頂者となった難波康子が下山中に遭難死したのも、商業公募隊大量遭難事故においてでした。その事件の詳細は、ジョン・クラカワー『空へ』(原題 Into Thin Air 1996年 海津正彦訳 文春文庫 2000年)にくわしい。

三浦登頂関連のニュース報道が画一的だったなかで、ヤフーニュースはナショナル・ジオグラフィックの記事「満員のエベレスト」を紹介していました。そこには、快晴のもとヒラリーステップで発生した渋滞、富士登山のような行列、遭難者の遺体を脇目に下山する「生存者」たち、ゴミ場と化したキャンプ、などの写真があります。いずれも、テレビには写らないエベレストの現実の映像です。ひとつの写真のキャプションにはこうありました。

エベレストへの登山ツアーの現場では、補給物資の運搬やフィックスロープ の設置は、もっぱらシェルパたちが担っている。登山者のほとんどは、経験の多少によらず、こうしたロープを使ってエベレストに登る。「フィックスロープは基本的に、ベースキャンプから山頂に至るまで、途切れることなく設置されています」と、あるベテランのガイドが教えてくれた。


 (2013/5/8) 
日本の現代史はアメリカ史の一部 

ローマ帝国の歴史なくして今のヨーロッパがないように、アメリカ帝国の歴史抜きには、日本の近現代史の理解もあやしいものになりそうです。わたしにとっても歴史認識の原体験は、キューバ危機、ケネディ暗殺、東京オリンピック、ベトナム戦争でした。

オリバー・ストーンのドキュメンタリーの続編が NHK BS1 で今週放映されいます。

オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史(5) new


 (2013/5/3 23:10) 
「敵か味方か」ツイートの波紋 

猪瀬知事には不運なことに、昨日2日は定例記者会見の日で、記者から、30日のぶら下がり会見での発言、およびツイッター上での「味方か敵か」発信を追及されてしまいました。

猪瀬都知事、今度はツイッターで物議 new
TBS News(JNN) 5月2日(木)18時41分配信
ここでもNHKは、これまでの経緯を押さえた報道をしています。その中で、ツイッターでの書き込みに言及するだけでなく、こんな指摘もありました。
猪瀬都知事 謝罪理由を説明
NHK NEWS WEB 5月2日 19時12分

さらに「イスラム社会に対する発言自体が不適切だったため謝罪したのではないか」と
問う質問に対しては、「ライバル都市について全く触れてはいけないとは思っていな
かった」などと述べ、あいまいな答えを繰り返しました。
これに関連して、ヤフーニュースの編集部はイスラム専門家による記事をリンクしました。よくまあ見つけるものだ、と感心します。
猪瀬発言:「イスラーム初」か「アジア初」か
酒井啓子(千葉大学法経学部教授 現代中東政治)
ニューズウイーク日本版 2013年05月02日(木)12時58分

「イスラム国はけんかばかり」という侮蔑的表現が取り上げられることが多いようだが、
その発言を弁解するときに「雑談のつもりだった」と言った、「イスラム圏初ってそんな
意味あるのかなあ」という発言のほうが、筆者は気になる。なぜなら半世紀前に東京で
オリンピックが行われたときの、最大のウリが「アジア初のオリンピック」だったからだ。
そうして、東京オリンピックで参加が危ぶまれたインドネシアおよびアラブ諸国のために、いかに東京知事が奔走したか紹介しています。
開催半年前、IOCが突然、折れた。インドネシアの資格停止を解いたのである。そのときに
インドネシア代表が出した声明が、こうだ。「日本、メキシコ、アジア・アフリカ諸国の
好意に報い、アジアで最初のオリンピックを成功させるためにインドネシアは参加する」。
すでに2020年オリンピック開催地はイスタンブールに8割がた内定していると思うが、今回の猪瀬知事の差別発言と謝罪会見後のツイッターでの居直り発言で、東京開催は100%無くなった。これ以上、むだな招致活動に税金を費やすよりは、こう決断した方がいいと思う。
「東京は、イスラム初のオリンピックの実現と成功を願って、降りる」


 (2013/5/1 09:45) 
さてマスコミは報じるか? 猪瀬知事「今回の件で誰が味方か敵か、よくわかった」

この世の中でウソをつき通せる天才は通訳くらいなもので、ことばの素人はすぐにウソの上塗りに走ってしまいます。

29日夜の自身のツイッター上で、「文脈と異なる」と強気の発言をしたした猪瀬知事、一夜明けると一転して都庁にてぶら下がり会見を開いて「不適切な発言」を謝罪しました。この謝罪内容については、この件を最初に報道したNHKがもっとも正確に伝えています。

猪瀬知事 五輪招致巡る発言訂正し謝罪 new
NHK NEWS WEB 4月30日 15時29分
その会見で、問題の発言は「東京とイスタンブールを比較する質問が出たために答えた」と妙なことを口走っていました。

ノーカットの動画を見ても、NYTとのインタビューでは「9割9分東京のPRをしていた」と言い、問題の発言はインタビューが終わって雑談のつもりでつぶやいたもの、との言い訳が繰り返されています。

あれれ?これはNYTによるインタビューではなかったの?

最初にNYTの記事を読んだとき、インタビューにしては質問の引用がないので、ちょっとおかしいなと思いました。その意味では、猪瀬知事の最初のツイートの指摘のように、発言の文脈が読み取れなかったのは事実です。でも、東京のPRだった、という発言が事情を説明していました。 ヒロコ・タブチ氏のツイッターには、他のツイッタラーからの質問に答えて、以下の返答があります。

ヒロコ・タブチ:インタビューについては都からNYTにアプローチがあり、
 4月16日に都がアレンジされたニューヨーク市内のホテルの一室で行われ
 ました。記事の事前チェックの要請などはありませんでした
どうも、インタビューというより、知事側がNYTをPRに使おうとしたもののようです。ふだん知事にぶら下がっているマスコミ記者と同じと錯覚したのでしょう。どうりで、質問に答えるという形式の記事ではなかったわけです。

さらに、「雑談」発言について、

他ツイッタラー: 猪瀬発言は「取材が終わってからの立話の中で」という
 情報があるようですが、事実ですか?
ヒロコ・タブチ: いいえ、立話中ではありません。通訳の方も公式の通訳を
 し続けていました。
そうして先ほど、以下のツイートがアップされていました。
ヒロコ・タブチ: Tokyo Gov Inose, after retracting unflattering remarks abt 
 Instanbul reported by NYT, tweets: Now I know who my friends and foe are
えーっ!なに、これ!ほんとかいな!?と、猪瀬知事のツイッターを見ると、ほんとだ、
猪瀬直樹: 今回の件で誰が味方か敵か、よくわかったのは収穫でした。またNYTの
 おかげでこの時期のガイドラインの線引きがわかり貴重な体験となりました。
 五輪招致、ますますいき盛んんです。
猪瀬直樹ツイッター
もはやウソの上塗りではなくて、恥の上塗り。いまや問題は、この発言をマスコミが取り上げるかどうか。おそらくは、タブチ氏の英語訳引用が日本外で波紋を広げてからになるのでは。それまでは、第一報と同様、黙って見ぬフリか。


 (2013/4/29 23:45) 
現在進行中の歴史 - 猪瀬知事「イスラム諸国はけんかばかり」発言

夜になって、ヤフーにこのニュースが掲載されているのに気づきました。

猪瀬知事「イスラム諸国はけんかばかり」
NHK NEWS WEB 4月29日 18時59分
オリンピック招致活動のために訪問したニューヨークで、ニューヨークタイムズとのインタビューに応じて、その際、猪瀬知事がIOCが禁じているほかの競合都市をけなす発言をした、という内容の記事が4月27日付けの同紙に掲載されたもの。

わたしはこのヤフーニュースで初めて知り、すぐにニューヨークタイムズの記事に目を通しました。

In Promoting His City for 2020 Games, Tokyo’s Bid Chairman Tweaks Others
By KEN BELSON  New York Times  Published: April 26, 2013 
電子版は紙メディアよりも先の公開だったようです。

すでに、トルコのクルチ青年スポーツ相が記事が掲載された翌日にはコメントを出し、IOC=国際オリンピック委員会、JOC=日本オリンピック委員会も知事の発言に疑念を表しているのに、NHKの放送ビデオでは最後にこうありました(テキストになし)。

猪瀬知事は、今回の記事について今のところ発言していません。
ここで、ひとつ疑念がわき起こります。このニューヨークタイムズの記事はおそらくマスコミもはやくから知っていたと思いますが、報道したのはNHKが最初らしいこと。このNHKの放送の後で、ほかのマスコミメディアが報道「解禁」されたように、後に続いています。どこが、最初に、どう報道するのか、お互い様子伺いしていたものでしょうか?それとも、猪瀬知事のコメントを求めていたか、待っていたか、でしょうか?

発言が事実かどうか、言った、言わない、の議論の余地があるのか、まず疑問が湧きます。NYTの記事には Hiroko Tabuchi contributed reporting と注があったので、通訳がヒロコ・タブチ氏だったのかな?と、ツイッターを見たら、通訳は知事側がアレンジしたもので、タブチ氏はインタビュー直前になって同席が決まった、とあり、さらに以下のツイートがありました。

他ツイッタラーからの質問: 都知事の発言はインタビューの中でオフレコで
 行われた発言ですか、それともオンレコで取材中に得たコメントですか。
ヒロコ・タブチ: 知事とのインタビュー中、オフレコにしてほしいとの要請は
 一度もありませんでした。
https://twitter.com/HirokoTabuchi
どういう文脈にせよ、発言は事実だったように見えます。

このコラムを書いている途中で、猪瀬知事のコメントがツイッター上に現れました。

NYタイムズ記事の件。「他の立候補都市を批判する意図はまったく無く、
このようなインタビューの文脈と異なる記事が出たことは非常に残念だ」
コメント全文はFacebookをご覧ください。
猪瀬直樹ツイッター
発言が事実であったことを認めているようです。コメント全文はFacebookを見ろ、とはなんだろう? 追加でヤフーがそのfacebookのリンクを掲載したので、見に行ったら、「全文」とは言っても、まったくツイッター発言と内容も長さも変わりがない。おおきな違いは、facebookではサクラさんたちが応援書き込みをしてくれていること。これがFacebookを見ろの「意図」だったのかな。

この進行劇とメディアの報道、および「火消し作戦」がどう展開するか、同時代史の生きた材料です。



 (2013/4/29) 
2つのおかしな交通事故ニュース

週末の土曜日曜と、交通事故関連の妙なニュースが続きました。ひとつは

安倍首相が乗った車など、5台が玉突き事故
TBS系(JNN) 4月27日(土)20時44分配信
先頭の警護車が首都高のETCレーン入り口を通過しようとして「バーが上がらずに急停止した」ために、その後ろを走っていた首相の車両が追突、さらに後続の警護・マスコミ車3台が次々と玉突きをした、といいます。

なにが妙かというと、ニュースは結びで「警視庁はさらに事故の原因を調べています」と伝えていること。原因はすでにはっきりしています。ETCへの侵入速度と、とるべき車間距離を5台そろって違反していたということ。それに前方不注意が加わるでしょう。警察発表とそれを受け売りのニュースには道路交通法違反の言及がありません。

この事故で「警護の警察官2人が顔を打って軽傷を負った」(スポニチアネックス)そうですが、ニュースでいう「軽傷」とは普通人にとってはかなりのケガを言います。そもそもシートベルトをしていればケガなどあり得ないでしょうに、ひょっとしてシートベルト着用義務違反か。それとも、エアバックが顔面直撃して眼鏡でも割ったものか。ならば、前席の眼鏡着用者にはゴーグルかヘルメット着用を呼びかけないとね。

追突してもされても「重傷」になるかもしれない立場のライダーにとって、ETC通過はつねに緊張が求められます。

もうひとつのおかしなニュースは、

中高年ライダーの事故急増=プロテクター着用呼び掛け?警察当局
時事通信 4月28日(日)16時59分配信
「オートバイに乗る人のうち、中高年層の死者が急増している。昨年は40〜64歳の181人が死亡し、10年前よりも5割増加した」んだそうです。妙なのは、いつものことだけど、「増えている」ことを問題にしたがる変動着目主義。5割増しで181人ということは、10年前は120人ほど? では、毎年120人死亡してさえいれば、ニュースににもならない、ということか?

問題は数字の増減なんかではない。中高年ハイカーの遭難だの、高齢者の運転事故だの、<高齢者>を見出しにつけたがる報道はいかにも<子供>っぽい。いいかげん飽きる。そうではなくて、日本は<成熟社会>と見るべきなのだ。成熟社会では、オートバイは大人の趣味の乗り物。いくつになってからでも乗り始める人が出て来る<大人の社会>だ。バイク雑誌はすでに大人向けになっているし、テレビでも、「大人のバイク時間 MOTORISE」(BS11)など良質の番組がある。たとえばこの放送分。

Vol-47 金メダリスト バイクに乗る!荒川静香と安全運転講習 new
大人のバイク時間 MOTORISE 1月8日(火)放送


 (2013/4/16) 
オリバー・ストーンの Untold History of the United States その2

ドキュメンタリー「もうひとつのアメリカ史」の第一話をオリジナルの英語版で見ていたら、日本語版で見た覚えのないシーンがあるのに気づきました。まず冒頭部分、第二次大戦の導火線のひとつでもあったスペイン内戦について、オリジナルではもうすこし詳しいナレーションと、映画「誰がために鐘は鳴る」のシーンやピカソの「ゲルニカ」が出て来るのですが、日本語版にはありません。録画時間を比べると、オリジナルが59分弱なのにたいして、日本語版は50分弱。9分相当分がカットされているようです。

ほかにも、こまごまとカットされている部分(その中には、スターリンが優秀な幹部・軍人をことごとく粛正していたために、ドイツの奇襲に対して犠牲を増やした、というナレーション、また、日本軍による中国人処刑の映像、などもあります)に気づきますが、これはおそらくNHKの放送枠に50分という前提があったものでしょう。オリジナル版の制作にあたっては、当初の予算が3億円(1ドル=100円概算で)から5億円に膨らんで、オリバー・ストーンは私費を1億円投じたといいます。そうやって完成した作品を、1シーンもおろそかにしたくありませんが、NHKが、放送時間の制限があったにせよ、こう短期間で日本語吹き替え版を放送したことが意義深いことであることに変わりはありません。

なお、TV放送と並行して出版された The Untold History of the United States (Gallery Books) のカバーには、ダニエル・エルスバーグの推奨文の一節が引用されています。

Howard [Zinn] would have loved this 'people's history' of the American empire.
ハワードが生きていたら、このアメリカ帝国の「民衆の歴史」を喜んだことだろう。
ハワード・ジンって誰だろう?と調べたら、その著作 A People's History of the United States (1980) で知られる歴史学者、政治学者、劇作家(1922〜2010)で、これは「民衆のアメリカ史」(TBSブリタニカ 1982)として優れた日本語訳が出ていました。そのタイトルは、オリジナルも日本語訳も、ストーン版と対をなしているように見えます。


 (2013/4/13) 
オリバー・ストーンの Untold History of the United States

今週の月曜から木曜の深夜、BS1で放送された「オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史」を食い入るように見ておりました。オリバー・ストーンは、ジェームズ・キャメロンとともに、わたしが尊敬してやまない映画監督です。平日の深夜とあって、見ることのできなかった人のために再放送があろうかとは思いますが、今なら録画が見られます

全10話からなるドキュメンタリーシリーズで、アメリカのテレビチャンネル Showtime で昨年の11月から放送されたもの。日本では今週放送された4話の残りは、5月と6月に放送予定とのこと。でも、オリジナルの放送分はすでに視聴が可能です。 

日本語タイトルは「もうひとつのアメリカ史」ですが、原題は Untold History of the United States - 「語られてこなかったアメリカの歴史」。すでに Wikipedia の項目になっています。 それによると、監督とナレーションはストーンだが、そもそも2008年から歴史学者の Peter J. Kuznick (アメリカン大学) と取り組んできたプロジェクトで、この二人とイギリスの脚本家の Matt Graham が協力してナレーション原稿を作成した、という。つまり、学術的な正確さと、ドラマチックな内容を両立させた作品になっています。

際立った特徴は、記録映像(フィルム、ビデオ)と写真、それに録音記録という、いわば「生の事実」で構成されているばかりでなく、フィクションとしての映画からのシーンも歴史史料として利用していること。これまで歴史とは「文字で書かれた」歴史のことでした。ところが、写真、映像、音声記録が、今や「歴史の証言」から「歴史の一部」になっています。でも膨大なフィルムや録音を視聴、整理、抜粋するのはそぞかし大変な作業だったことでしょう。

このTVドキュメンタリーに合わせて Peter J. Kuznick との共著になる同名の書籍も出ています。日本語訳は3巻に分かれて、第2、3巻は放送に合わせて出版される由。もちろん英語の原著もアマゾンで購入できます。

ドキュメンタリーは、アメリカが世界平和に向けて舵を切れたかも知れないいくつかのターニングポイントとそのキーパーソンについて語ります。第10話のエンディングでは、そのうちのひとり、ジョン F ケネディが1963年6月10日、アメリカン大学の卒業式で行ったスピーチの肉声が流れます。

For in the final analysis, our most basic common link is that we all inhabit this small planet. We all breathe the same air. We all cherish our children's futures. And we are all mortal.
今年2013年の11月22日は、そのケネディが暗殺されてちょうど50周年になります。




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