解釈の概要
 
 本書の記紀神話解釈の概要は以下の通りである。(神話の叙述の順を追って記し、試論の内容も含む。)
 
創世神話‥‥‥世界の創始を語る。
・初めに、世界は天球の外と内とに分かれる。天球の外側は「天の国」であり、内側は暗黒である。つまり、それは夜が暗闇に包まれている理由を説明する起源神話である。
・高皇産霊・神皇産霊は無形力の神(抽象神・機能神)の祖、伊奘諾・伊奘冉は有形力の神(具象神・実体神)の祖である。また、高皇産霊・神皇産霊は身体霊(魄)の祖、伊奘諾・伊奘冉は遊離霊(魂)の祖でもある。

高天原神話‥‥高天原とは天球の世界であり、高天原神話は天体神話である。世界の創始の次に、大外枠である天球の世界の形成を語る。
・伊奘諾・伊奘冉は世界大巨神である。最初の行動として「滄溟」をかき回すのは、天球の回転運動の起源神話であり、その中心にできた淤能碁呂島は北極星である。
・伊奘冉は高天原上に国土の神を産み、天球が回転することで、国土の神は星の神々と同様に「天降り」をする。
・伊奘冉は海とともに高天原上に神を産み、地上世界に似せた世界を高天原に造っていく。星(恒星)の誕生神話でもある。
・伊奘諾は彗星(ハレー彗星?)の神・天尾羽張を剣にして火の神・軻遇突智を斬り、天の川の星々が誕生する。
・伊奘諾は地平線下に潜り、黄泉国を訪ねる。この神話は伊奘諾・伊奘冉系列の魂の死の起源神話であり、「木花開耶姫神話」は高皇産霊系列の魄の死の起源神話である。
・伊奘諾は東の水平線上で禊ぎをし、高天原世界=天球の世界がほぼ完成した後で三貴子が誕生する。太陽と月が東から昇ることの起源神話でもある。
・太陽と月が誕生するまでの順序は、旧約聖書の創世記と類似しているが、より合理的であり、内容も細密になっている。
・天球は上と下とで別の意義が与えられており、天球の上半分(高天原)の主宰神が高皇産霊、下半分の主宰神が神皇産霊である。
・月読の穀物神殺害神話は、穀物起源神話であると同時に、天動説で考えたとき、月が太陽の内側を回っている理由を説明する起源神話でもある。

高天原神話・素戔嗚神話‥‥素戔嗚は風神(気象を司る風神)であり、素戔嗚神話は気象神話である。天球の世界がほぼ完成したので、次に天体と気象との相関を語る。「年」の起源神話が組み込まれている可能性もある。
・二神の誓約で生まれる日神の子の五神は惑星の神々であり、その不規則な運行の理由を風神が出生に関与したことに求めた惑星誕生神話である。天忍穂は金星の神、天穂日は火星の神である。一方、風神の子の三神はオリオン座の小三つ星の神々である。
・天岩屋神話は梅雨明けの神話的表現である。また、天岩屋神話と六世紀まで行われていた「夜明け前の儀式」と「天岩屋神話の星座」の三者は完全に一体化している。
・高天原上では、伊奘諾・伊奘冉系列の神は星の神であり、高皇産霊・神皇産霊系列の神は星座の神である。
 
素戔嗚神話
・穀物起源神話は穀物の死と再生の起源を語る神話である。
・八岐大蛇神話は「倭の神話」中の屈指の傑作であり、現実の事象と細部に至るまで一致する。足名椎の本体は大山、「大蛇の死骸」はその外輪山に載る溶岩流、櫛灘姫は大山を源流とする櫛状の川と海の女神である。
・草薙剣とは比喩であり、溶岩流から生まれ、雨を蒸発させ、雲を群がらせ、風を呼び、太陽と似た性質を持つものなので、それは「火」である。

大国主神話‥‥大国主神話は地理神話である。現実世界の外部条件が完成したので、ここから内部条件に移る。「国造り」とは、伊奘冉の産んだ荒蕪の国土を、肥沃な土壌を持つ、豊かな自然に溢れた国土に造り変えることである。
・大国主は大物主と同様に山の神であり、その本体は富士山である。各種の神名はどれもこの山の特徴をよく言い表している。また、大国主の受難は富士山の成長の足跡と対応している。
・須勢理姫は雪の女神であり、そう解したときに神語歌は素晴らしい歌になる。ただし、地の文は天武・持統朝以後の創作だと思われる。
・「国造り」では、大国主は土を盛ること、少彦根は土を掬い取って穴を掘ることが主要な仕事である。凸と凹との対比が本質的なものであり、大と小との対比は副次的なものである。

国譲り神話‥‥現実世界がすべて完成したので、ここで天孫降臨のための条件を整える。
・天穂日が国譲り交渉に失敗する神話は、火星が大きく光度を変えることと、その会合周期が二年二ヶ月と長いために、一年以上姿を現さない年があることの理由を、交渉の失敗に求めた起源神話である。
・天稚彦の本体はくじら座の変光星ミラである。すばると同時に東から昇るミラは、四年続けて見えるが、その後七年見えなくなる。
・味耜高彦根の本体は芦ノ湖と富士五湖である。すばるとよく似た形状で並んでいる。ただし、中央にあるマイアは天稚彦の父・天国玉の見立てであり、味耜高彦根の父・顕国玉(大国主)と対応している。また、下照姫の本体は諏訪湖である。
・武甕槌は尾を垂直に出す彗星の神、経津主は流星群(オリオン流星群?)の神であり、ともに高天原の最強の神である。
・事代主の本体は伊豆半島、「力持ち」である建御名方は諏訪湖周辺に集まっている山(日本アルプス?)の神だと思われる。

天孫降臨神話‥‥天孫降臨神話は人類誕生神話である。叙述の流れから言っても、地上世界にまだ人間が一人も存在していないことからしても、それ以外には考えられない。
・火瓊瓊杵は火を自らの至上の剣とする神なので、その神格を「火を司る神」とする。
・万幡姫の本体はすばるであり、天孫降臨神話の構想はすばるが金星と食を起こしている状態を基にして立てられている。
・天降りをする神のうち「人間の祖」になる資格を持つのは火瓊瓊杵だけであり、随伴神は「各氏族の祖」である。人間の普遍性と個性の両者を同時に説明することが随伴神の神話的意義であり、火瓊瓊杵の血統と倭王の血統が違うのはこのためである。
・御統の玉は穀物の神話的表現である。
・天照が八咫鏡を授けることは、人間に「知恵の目」を授けることである。
・「木花開耶姫神話」は、火瓊瓊杵を「人間の祖」とし、その神格を「火を司る神」と解した場合にのみ意味が通る。
(付)『紀』の内容から考えると、六世紀には神武天皇の巻で「神代=神話的時空間」と「人代=歴史的時空間」とを接合し、そこで「人間の祖」から「天皇」への切り替えを行っているようである。ただし、「天皇」の意義は未確定である。
 
総括
・「倭の神話」は、どの神話もすべてその最終的な結果が現実の事象として存在しており、また、その神々の関係は精確な自然認識に基づいて構想されている。
・倭人たちの想像力は、現代人にはない圧倒的なものであり、科学的知識の欠如をその想像力と思考力で補って、彼らなりの体系立った世界観を構築している。
・倭人の世界観の中で、天体はきわめて重要な意義を担っており、生命や心の源泉として彼らが何を考えていたかを知る上でも、天体の意義の考察は不可欠である。


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たかみむすひ  かんみむすひ

いざなき  いざなみ

たかまのはら

おのごろしま

くに

あめのおはばり               かぐつち

よみのくに

このはなのさくやびめ

みそ

つくよみ

すさのお

あまのおしほ         あまのほひ

やまたのおろち

あしなづち      だいせん                                くしなだひめ

くさなぎのつるぎ

すせりびめ                           かんがたり

すくなひこね

あめわかひこ

あじすきたかひこね

あまつくにたま                      うつしくにたま

したてるひめ

たけみかづち                    ふつぬし

ことしろぬし                          たけみなかた

ほのににぎ

よろずはたひめ

みすまる

やたのかがみ

このはなのさくやびめ