●世界観B創世記・星の終わりの神様少女1

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 午前中。エリオとセイル、アリーの三人は、今後自分の上司となる二人の司祭に、教会施設の案内を受けていた。

 それが終わる頃には、すっかり正午を過ぎ――

 遅い昼休みを貰った三人のうち、アリーは早々と姿を消してしまい、何処へ行ったのかわからない。

 エリオとセイルは、ひとまず昼食をとることにした。

 助祭になると、学生の時の身分と違い、休み時間の自由行動が許されるようになる。

 早速二人は、教会のすぐ傍にあるという、安くて美味いと評判の店へ繰り出していた。学生の時にはできなかったことを、満喫しようという算段だ。

 地味で質素だが店内は広く、沢山の客が出入りしていて活気がある。そんな中、二人の青年はテーブルを挟んで向かい合う形で座った。

「いやぁ可愛かったなぁ~クレネスト様。お前はいいよな~、あんな可愛い人が上司とかめちゃくちゃ羨ましいぞ」

 席に着くなり開口一番にそう言ったセイルを、エリオは憮然とした表情で睨み返す。しかしセイルにちゃかしているような様子は無く、どうやら本気でそう思っているようである。

「幻想的な髪の色! 曇りなき翠の瞳! 透明度抜群の白い肌! あれはまさに伝説に聞く星の妖精だよ!」

 心底嬉しそうに、溜め込んでいたのであろう感動を語る。

 セイルは金髪碧眼で、黙っていれば悪くない顔立ちとも言える。が、このように言動といい行動といい、法衣を着ていてなおチャラチャラした雰囲気があった。

「あのなー、どう見ても年下だし、初めてとか言ってたし、寝癖はついてるし、眠そうにしてるし、なんかわけありそうだし、俺としては非常に色々と不安なんだが」

 エリオは率直に、あれは子供ではないかと思った。さすがにそれは声に出さず、運ばれてきた水と一緒に言葉を飲み込む。

 そんなエリオを尻目に、セイルはテーブル脇に置いてあったメニューを手に取り広げ、料理の多さにうーんと唸る。

「そのなんだ……別にいいじゃないか? クレネスト様といえばああ見えて、天才的な法術使いとして名高いし、各地の活動で目覚しい成果を挙げ、史上最年少で司祭になった方だろ? そんな方の初めての助祭とか箔がつくんじゃないか? しかも可愛いときている。あ、俺このハンバーグね」

 思わずエリオは溜息を漏らす。

「お前なぁ、さっきから仮にも上の人を、可愛い可愛い連呼するなよ」

 セイルからメニューを受け取り、呆れた様子のエリオ。

「あとこう……もうちょっと胸が、イテッ!」

 不穏なことを口走ったセイルのスネを、即座にテーブルの下から蹴り飛ばす。

「アホかお前は」

 半眼で睨みつけるエリオに、涙目で蹴られたスネをさすりながら、「冗談のわかんねー奴だな」と、セイルは不平を漏らす。

「まー年下の女の子が上司ということに、複雑な気分になるのも無理ないけどよ。ここは前向きに考えた方がいいんじゃないか? 悩んだところでどうなるもんでもないし」

「そりゃそうだけどよ」

 エリオはぼやきつつ、注文を取りにきたウェイトレスに、ライスと白身魚のソテー、サラダを注文する。セイルは先ほど選んだハンバーグを注文した。

「それに、あの方はこの先も出世するかもよ。気に入られて、目をかけてもらえれば将来安泰なんじゃないか?」

 聖職者にあるまじきセイルの打算ずくめの励ましに、エリオはなんだかげんなりしてきた。そもそも、あの少女には出世欲があるようには見えないし、どう考えても色々と振り回されそうな予感しかしない。 

 やがて料理が運ばれてくると、セイルは「あらら、なんと大きなハンド・バーグ」と言い、エリオが「ハンド・バークってなんだよ!」と突っ込みを入れる。料理を運んできたウェイトレスが、クスクスと笑いながら去っていった。

 早速――それぞれ口に料理を運び「うん、これは美味い」「そうだな」と相槌を打つ。

 活気ある喧騒の中、食事を続けながらエリオは、自分の上司であるクレネストの姿を思い浮かべていた。

(名字がないとか、天才的な法術とか、史上最年少の司祭とか、一体どういう人なんだろう?)

 青銀の髪の毛は、一瞬、染めているのかとも思ったが、教会の規則で禁止されているため、それは有り得ないだろう。翠緑の瞳というのも、創作の世界くらいでしか見たことがない。もっとも、顔立ちはしっかり整っていて、セイルの言うとおり可愛らしい人だと彼も思う。

 とはいえ――

 年齢的なことを差し引いても、周りから雰囲気が浮いていることは、容易に感じ取れた。

 その物珍しい容姿のせいで、なんとなく近づき難い部分もある。

 物腰穏やかで、親切丁寧な言動。眠たそうに半分伏せている瞳は、やや視線を落とし気味で儚げにも感じる。ただ、何かを見つめる時の瞳は妙に真っ直ぐで押しが強い。目が合うとついつい、こちらが遠慮して視線を逸らしてしまう。

 不思議で掴みどころのない少女――

 聖職者だけに、こういう謎めいた人がいてもおかしくないのだと言い聞かせれば、一応は納得できるかもしれない。

「あの方のことが気になって、食事も進みませんってか?」

「えっ?」とエリオが顔を上げると、ニヤニヤ顔のセイルと眼が合った。

 どうやらいつの間にか、食事をする手が止まってたようだ。

 エリオは慌ててライスをぱくつくが、すぐに喉を詰まらせてむせてしまった。慌てて水を飲み干す。

「死ぬなよ」

「お前のせいだろ」

 軽口を叩くセイルに、ようやく収まったエリオが毒づいた。

「まぁまぁ、そんなに深く考えなくても、午後の活動が終わったら今後のことについて詳しい話しとかするだろ。俺の方も部屋に来るよう言われてるしな。その時にでもゆっくり話せば……」

 セイルは最後のひとかけらを口の中に放り込み、名残惜しそうに咀嚼してから飲み込む――そこで何かに気がついたのか、いきなりハッと顔を強張らせた。

「ちょっと待て? ということはだ。お前は年下の女の子と夜に個室で二人きりということか!」

 言うなりセイルは身を乗り出し、持っていたフォークをエリオに突きつけた。エリオは頭を抱え、首を左右に振り「おまえなぁ」と唸って、突きつけられたフォークを横に払う。

「普通に仕事の手伝いをするだけだろ。門限までには寮に戻らなきゃならないから、夜といってもそれほど遅くはならないし……というかそもそも誤解を招く言い方をするな!」

 エリオはそう言ったが、「あぁ、不公平だぁ」と言ってセイルは天を仰ぎ、だらしなく背もたれに寄りかかる。全く話を聞いている様子がない。

 もたもたしていると、この男がまた変なことを口走りそうなので、エリオは残りのサラダをさっさと片付けた。

 食器を置き、店内の時計の方をちらりと見やる。

 まだ休み時間に余裕はあったが、まぁいいかと伝票を取って立ち上がった。

「なんだよ、もう戻るのか? もっとゆっくりすればいいのに」

「ゆっくりしてると逆に疲れそうな気がしてきたんでな」

 セイルはやれやれといった表情で立ち上がり、二人はそれぞれカウンターで支払いを済ませると店を出る。

 今日は朝から晴天で、昼には気温もだいぶ上がっていた。空調のおかげで、無闇やたらに涼しかった店内との温度差と、直射日光による同時攻撃を浴びる二人。

 セイルは外に出た瞬間、「熱いー!溶けるー!」と喚く。エリオも突っ込みを入れる気にすらなれず、渋面になる。

 街中だけあって、周りにはそれなりに高い建物が多いのだが、正午過ぎとはいえ、日陰もなかなか見つからない。

 これは一刻も早く教会に退避したいと考え、二人は足早に帰路を急いだ。

 が、その途中――

 星導教会正門が見えた辺りで、エリオは奇妙な違和感を感じ、立ち止まって辺りを見回した。

(なんだいまの?)

 その様子を見ていたセイルは、

「どうした? 可愛い子でもいたか?」と、こちらは何も気がついていないようである。

 エリオはどこからともなく不気味に重く響く、なにかの金属音のようなものが一瞬聞こえた気がした。この暑い中でも鳥肌が立つほどの不安感が身体を通り抜ける。

「い、いや……」

 と言ってエリオは答えに窮し、一瞬の静寂――

 今度は遠くの方からはっきりと、振動するような低い物音が急速に近づいてくるのが聞こえた。地面が小刻みに揺れ始める。

 セイルが驚愕の声を上げた次の瞬間、轟音と共に下から突き上げるような衝撃が走り、大地が縦に大きく揺れた。

 総毛立つほどに圧倒的すぎる力の脈動。

 辺りの建物は、数秒ともたずに倒壊しはじめた。

 混乱する人々の頭上から、割れたガラスや無数の瓦礫が情け容赦なく降り注ぐ。

 飛び交う悲鳴――怒号――

 エリオとセイルは、何が起きているのか理解するよりもまず先に、できるだけ周囲の建物から離れることを優先した。

 揺れに翻弄され――濛々とした砂埃に視界を奪われ――這って歩くのがやっとであった。

 幸いなことに教会周囲の道幅は広く、それほど大きな建物は無い。そのうえ正門前は広場になっていたので、二人はもがきながらもなんとかそこまで辿りつき、運よく難を逃れる。

 揺れは短い時間で収まったが、それでも辺りの光景は一変してしまった。

「エリオ! 無事か!」

 声をかけるセイルに、

「ああ、なんとか」、と言葉を返して身を起こすエリオ。

 二人はその場に座り込み、息を切らしながら呆然と辺りを見回す。

 悪夢か、新手の悪い冗談――というには凄烈過ぎるその光景に、心が目の前の現実を受け付けようとしない。

 通りにある建物は殆どが倒壊し、所々で火の手が上がっていた。

 瓦礫に挟まれ、潰され、大勢の人々が直視し難い状態で、血溜りの中に沈んでいる。

 広場に難を逃れてきた人々の中にも、多数の負傷者が見られた。

「おいおいマジかよ……なんだよこれ」

 セイルは今更ながらに震えだし、歯をガチガチと鳴らす。顔からは完全に血の気が引いていた。エリオがさっさと店を出ていなければ、今頃瓦礫の下に埋もれていたに違いない。

 エリオも何が起きたのか全く分からず、ただ、あまりの恐怖で足腰が立たない。

 言うことの聞かない体を懸命に捻り、大聖堂のある方へと顔を向ける。

 いくつかの施設は倒壊しているようではあった。大聖堂とその周辺の主要な建物は、多少の損壊はあるものの、倒壊までには至っておらず――それだけ確認したエリオは、安堵感から気が抜け、そのまま地面に仰向けになる。手で顔面を覆った。

 しばらくは動く気力も無く、現実逃避するかのように二人はその場に転がり――

 そんな二人の傍に、軽い足音が近づいてくる。

「ク、クレネスト様!」

 セイルの素っ頓狂な声が上がり、思わずエリオも驚いて飛び起きる。

 見間違いようのない髪の色――

 そこには場違いに眠そうな顔をした、小柄な法衣姿の少女が立っていた。

 上から見下ろすその視線は、だらしなく転がっていた男二人に、痛いほど突き刺さっているようにも感じた。

 クレネストは瞳をそっと閉じ、ほっと息を吐く。

「立てますか?」

 言われてエリオとセイルの二人は顔を見合わせる。

 上役とはいえ、自分達より年下の少女が怯えた様子もなく立っているのだ。若い男が転がっていてはいささか格好がつかない。まだふらつく体を無理矢理に立ち上がらせる。

 二人が立ち上がると、クレネストはエリオの目の前に立ち、彼の法衣を正し埃を払う。司祭のイメージらしからぬ普通の女の子らしい気遣い。まるで乾いた身体に水が染み渡るような気分だった。

「いえ、そのようなことは申し訳なく」

 慌ててエリオは一歩引き、かしこまって敬礼する。セイルも釣られて法衣を正し頭を下げた。

 そんな二人をクレネストは、どうということもなく一瞥すると、黙って辺りを見回す。

 未だに呆然として立ち尽くす者。地面にうずくまり頭を抱えている者。すすり泣く者。叫び声を上げ、必死に瓦礫を退けようとしている者。正門には教会の警備員も集まり、警備長らしき人物があれこれと既に指示を開始している。

 一通り正門付近の様子を確認したクレネストは、何かを小さく呟きながら、奇妙な手の動きをみせた。最後に、開いた左手の甲を口元へ持っていく。

「えーみなさん、私は星導教会司祭のクレネストです」

 口調こそのんびりだが、物凄い音量の声が広場に響き渡った。

 間近で直撃を受けたエリオとセイルは「うわ!」と声を上げ、両手できつく耳を塞ぐ。広場にいる人々も吃驚して、この小さな少女の方に注目した。

 クレネストの法術である――

「正門広場周辺で動ける司祭、又は助祭の方は、至急私の元へ来てください。尚、危険ですので、決して倒壊した建物周辺には近づかないようにお願いします」

 何度か繰り返しそう告げると、クレネストは法術を解除した。

「ク、クレネスト様、あのですね。拡声の法術をお使いになるのでしたら、一度音量を確認してからお願いします」

 エリオが顔を引きつらせて軽く苦情を言うと、クレネストは手を下ろし、「すみませんね」と謝る。

 とはいえ、初めて見るクレネストの見事な法術に、内心彼は舌を巻いていた。

 法術とは、『ステラ』と呼ばれる特殊な力を身体に保持し、これを操ることで、さまざまな現象を引き起こす技術である。

 この力を使うためには、目的に合わせて術式と呼ばれる命令を、構築しなければならない。

 それは、手の形の組み合わせで印を組む作業によって行われる。

 当然、法術を組むまでには、それなりの時間がかかるものだが――

 クレネストの印組みは異常な速さで終わってしまった。

 術式どころか印の意味すら、彼には全く理解することができなかった。

 天才法術使い――

 エリオはセイルが言っていた言葉に、心の中で納得していた。

 程なくして、助祭の法衣をまとっている十数名が駆けつけてくるが、司祭と思われる者の姿はそこにはなかった。

 集まってくるなり助祭達は「一体何が起きたんですか?」「友人が街にいるんです!」と、取り乱した様子でクレネストを取り囲み、口々に騒ぎ出す。

 クレネストは嘆息し、再び拡声の法術を使うと「話ができませんのでお静かに」と言って、助祭達を黙らせる。黙って見ていたエリオとセイルも、またもや巻き添えを食らって仰け反った。二人とも一度見た法術なのに、全く対処できない。

 彼女は、この場に集まった助祭達の名前と所属を確認する。ケースから紙とペンを取り出して何かを書き込み、セイルに「これを司教の誰かに」と言って持たせる。渡されたセイルは「承知致しました」と言って軽く頭を下げ、エリオに一瞬目を移すが、すぐに大聖堂の方へ向かって走り去って行った。

「見たところ、教会本堂と周辺の建物は無事のようではありますが、大丈夫なんですか?」

 友人の心配というよりも、なぜ教会だけは倒壊しなかったのか? それが不思議であるといった様子でエリオが聞く。

 クレネストは「ええ、頑丈なんですよ」と端的に答え、残った助祭達に向き直った。

「緊急事態ですので教会規則により、私にこの場の管理権限が一時的に委譲されます。午後の活動予定は中止とし、民間人と協力して、正門前広場周辺で救助活動を行います。治療の法術を許可しますので、負傷された方を正門前広場に運び、手当てを行ってください。ですが、重体の場合や、瓦礫等に挟まれた生存者を発見した場合、下手に動かさず私を呼んでください。尚、強い揺れが断続的に起きる可能性がありますが、あらかじめ理解した上で、決して危険な場所には近づかず、無理をしたり、取り乱したりしないようにお願いします」

 その言葉に助祭達は、一様に不安げな表情を浮かべ、ざわつきだす。

 先ほどの恐ろしい現象が、また起こるかもしれないというのだ。

「そ、その……もしかして、司祭様はこの現象について、何かご存知なのでしょうか? 緊急事態であることは理解していますが、何が起きたのか分からなくて不安で恐ろしいのです」

 助祭の一人が青ざめた顔で、おずおずとクレネストに訴える。

 本来、率先して人を助け導く立場である聖職者としてはあるまじき態度。とはいえ、エリオも彼女の口ぶりから、おそらく何が起きているのかを知っているのではないだろうか? とは思った。

 そんな様子の助祭達を見回し、クレネストは「仕方ないですね」と呟く。少し呆れの色が混じっていたのは気のせいだろうか?

「講義をしている時間はありませんので、手短にお話します。この現象は地震と言いまして、北大陸西岸地域等では、さほど珍しい自然現象ではありません。ですが、それ以外の北大陸地域で地震が起きたのは、歴史上初めてのことではあります。地震が起きる原因については色々あるのですが、それは後日の調査で分かることですので、今は私の指示に従ってください」

 説明を終えても尚、助祭達の不安感を完全に払拭することはできていないようだ。

 それでも、とりあえず状況が分かって納得はしたのか、皆一様に押し黙る。

「ではよろしいですか? エリオ君には私の傍で補佐をして頂きますが、他の方々は早速行動に移ってください」

「承知しました」

 クレネストに促され、エリオが応じる。

 他の助祭達は足取り重く仕方なさそうにしつつも、言われたとおりに行動を開始した。

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