●世界観B創世記・星の終わりの神様少女1

星の終わりの神様少女1巻表紙絵、星導教会女性司祭服姿のクレネストと、ビル立ち並ぶ首都セレストの風景

■目次

第一章……クレネスト=リーベル

第二章……世界観B

第三章……白鳳と大蛇の紋章

第四章……世界の柱

ある眩しい明るい日の朝――

 陰鬱に鳴り響く鐘の音が聞こえました。

 私は光りの中に倒れ、体は動きません。

 薄ぼんやりとした視界の中、父の姿が遠ざかっていきます。

 その姿が揺らめいて消えました。

 ああ、これはきっと夢なのだと思いました。

 目を覚ますと、見慣れた部屋が見えました。

 ですが、本棚の本がありません。

 夢の続きなのだと思います。

 夜がきました。

 とてもとても怖かったです。

 私は家を飛び出しました。

 外は暗くて道が分かりません。

 私はたぶん森を歩いています。

 突然足を取られて転がり。

 闇が訪れます。

 再び目を開けたとき、そこは眩しい場所でした。

 その光りの奥に、とても大きな手が見えます。

 小さくなった私はゆりかごに揺られていました。

 きっと全部夢だったのだと思いました。

一章・クレネスト=リーベル

 少女が目を覚ますと、窓から書斎に陽が差し込んできた。

 食べかけのサンドイッチが目に映り、ザラリとした感触が右の頬へと伝わる。

 本をまくら代わりに寝ていたらしい少女は、机に突っ伏したまま、しばらく呆然としていた。

(あぁ、こちらが夢でしたか)

 ようやく、どれが現実なのかに気がついた少女は、ゆっくりと体を起こす。そのまま椅子の背もたれに寄りかかり、顔を上げた。

 夢の内容を思い起こそうとしたが、記憶が薄れている。たしか昔の夢だったと思う。

(はぁ……どうしたものでしょう)

 何か悩み事でもあるかのように、困った表情で少女は目線を落とした。

 秒針の刻む音が大きく聞こえている。机の上に置いてある時計の音だ。

 しばらく、それをぼんやりと見つめ――

「やってしまいました」

 ささやき声にも聞こえる、どこか幼さを含んだ可愛らしい声でそう呟く。少女は静かに立ち上がった。

 部屋の片隅にかけている大きな鏡の前に立ち、自身の姿を確認する。

 厳正さを象徴する白い法衣が、いささか乱れていた。薄く青みがかった銀髪は、腰ほどまである見事なものであったが、今は寝癖のおかげで美貌が台無しである。伏し目がちな目蓋の奥には、翠緑を宿す瞳があった。

 少女はまず法衣を正す。それから髪の毛にクシを通してみた。

 が、どう考えても時間がかかりすぎる――少女は嘆息した。中途半端に寝癖を直した状態で諦める。

 帽子掛けから、太陽十字とよく似た紋章の入っている大きな帽子を手に取り、それを深々と被った。

 ケースに必要な書類を入れ、それを片手に書斎を出ていく。

 歴史の重さを感じさせる空気が流れている――

 そんな古めかしい廊下を歩きながら、向かう先を窓越しに見上げてみる少女。

 そこには……

 城と見まごうばかりに雄大荘厳――いかにも宗教建築といった雰囲気のあるとても大きな建物、教会本堂が見えた。

(どのような子でしょうね)

 頭の中で、そんな言葉を思い浮かべる少女。緊張しているのか、眠そうに伏し目がちになっている目を、さらに細めていた。

 階段を下り、一階から本堂へ続く渡り廊下を抜け――その途中、数人の法衣姿の男女とすれ違った。

 いずれも少女より年上のようで背も高い。

 むしろ、ひと際小さく、少々痩せ気味の体躯である彼女の存在の方が、周りから浮いているほどに奇妙だった。

 少女の姿を見るなり会釈をしてくるが、挨拶の声はない。

「クレネスト・リーベル君」

 本堂の入り口付近に差し掛かったとき、入り口の前に立っていた年配の男が、少女の姿を見るなりそう呼んだ。

「あぁ、司教さま」

「あぁ、司教さまじゃないよ。呼び出しが聞こえなかったのかね? 待たせてあるから早くきたまえ」

「……はい」

 クレネストと呼ばれた少女は、そう返事をしてうつむくと、司教の後に続いた。

 伝統的な装飾が施された本堂の廊下を進み、礼拝堂の東側に位置する裏口から中へ入る。

 と、クレネストは、礼拝堂の様子よりもまず先に、天井を見上げた。

 星の歴史と文化を反映した巨大な天井絵。星を崇める自然宗教、星導教会せいどうきょうかい大聖堂が有する歴史的名画である。たとえ見慣れた者であっても、思わず見上げてしまうほど、圧倒的な存在感であった。 

 視線を落とすと、広くて豪華だが、決して華美ではない礼拝堂に、多数の一般入場客が見られた。教会関係者が説明、誘導を行っているようだ。

 祭壇には、クレネストの帽子と同じ形状の紋章が掲げられ、その下のプレートには、「ノースランド国・星導教会・首都セレスト本部」という文字が入っている。

 壇上に目を移すと、助祭が着る法衣をまとっている青年が二人。金髪と、もう一人は赤毛。彼等よりは、おそらく年上であろう黒髪の女性が一人。祭壇前には、クレネストと同じ帽子を被った壮年の男がいた。

 クレネストと司教が壇上へ上がると、壮年の男は一礼して司教に場所を譲った。左側に青年達、右側にクレネストと壮年の男が並んだ。

 緊張した面持ちの青年達と、慣れた様子の壮年の男。なんだか眠そうな表情をしているクレネスト。司教はそんな互いの顔を見やり、一つ咳払いをしてから話しを始める。

「さて、これが本日新規に配属されることになった助祭達だ。まずはそれぞれ自己紹介をしなさい。それと、資格を授与された時に星導名を授かったと思うが、それも忘れずにな」

 助祭とは、星導教会司祭の下で、その仕事を補佐する下位の聖職者である。星に使える証として『星導名』という新しい名前を授けられ、以後その名で呼び合うことを義務付けられていた。

 司教は、一番手前にいる女性を指し、

「はい、そこの君から」と促す。

 その女性は、一歩前に出て敬礼した。

「自分は、本日助祭として就任することになりました、元ノースランド国軍所属、フィール・エイダであります! 星導名はアリーです! 星導教会のために尽力します! よろしくお願いします!」

 元軍人……らしい彼女――

 仰々しい自己紹介と声量に、司教は思わず苦笑いをする。

 驚いた一般客の視線が一斉にこちらを向いて、残り二人の緊張を煽った。

「あー、大変元気な自己紹介はよいのだが、ここは教会なんでな。他のお客さんもいるから、もう少し静かにお願いするよ」

 司教がそう言うと、アリーという名を授かった女性は赤面してうつむいた。

「し、失礼しました」

 言って、肩をちぢこませつつ彼女が下がる。

 変になってしまった場の空気――それを振り払うかのように、わざとらしく咳払いをしてから金髪の青年が前へ出た。

「レイク・オーランド十七歳。星導名はセイルです。星導教会附属、東・北大陸高等学校から来ました。星導教に関する理解を深め、法術、星動力せいどうりょくについて学び、布教に努めたいと思います」

 彼が言い終えると、壮年の男がうむと頷いた。

「その心を忘れること無きように」

 司教の言葉に、彼は一礼を返し……クレネストと最後の青年に、チラりと視線を走らせる。

 それを見た最後の青年が、前に出て会釈した。

「同じく自分は、星導教会附属、東・北大陸高等学校から来ました。マリス・マクレインと言います。星導名はエリオです。奉仕の精神を忘れず、この国の発展と布教に努めたいです」

 無難な自己紹介を終えたこの青年を、クレネストはじっと見つめた。

 この国では非常に珍しい赤い髪。背は高めで一見細身に見えるが、体つきはしっかりしている。

 顔立ちに幼さが残っているものの、ともあれ真面目そうではあった。

 もっとも――毛色の珍しさや、見た目の幼さでは、クレネストの方が上であるが……

 三人の自己紹介が終わると、壮年の男が司教と視線を交わす。

 男は、司教が頷くのを見てから静かに口を開いた。

「私は司祭のマイルス・エリオール。星導名はゼフィスという。アリー君とセイル君に、私の助祭として勤めてもらうことになる。期待しているよ」

 それを聞いたアリーは目を輝かせ、セイルは姿勢を正し、深々と頭を下げた。

 壮年の男ゼフィスが一歩下がる。全員の視線が最後の一人、クレネストに集中した。

 見た目は、頼りなさそうなくらい小さい。おそらく年齢は、この中で最も低いであろう彼女。眠そうな伏し目がちの表情からは感情も読み取れず、なんともいえない不思議な空気を身にまとっている。

 全く動じているような気配はない。

「司祭のリーベルと申します。名字はありません、星導名はクレネストと言います」

 見た目通りの、静かで可愛らしい声に反し、どう考えてもわけありの自己紹介。三人の助祭は怪訝な表情になった。

 司教とゼフィスは、わずかに表情を曇らせる。

 しかし、そんな反応にも慣れているのか、当のクレネストは全く気にせず、続けて口を開く。

「エリオ君には私の助祭として、司祭の仕事を補佐して頂くことになります。また私にとっても、あなたが初めての助祭ですので、お互い至らぬところがあると思いますが、どうかよろしくお願いします」

 そう言いながらクレネストは、翠緑の瞳でエリオを真っ直ぐに見つめ――

 彼は気恥ずかしくなったのか、目が合うなり視線を下へと逸らした。

「エリオ君?」

「あっ、は、はい、こちらこそ尽力させてもらいます」

 少し反応が遅れたせいか、エリオは慌てた様子でそう答えると、姿勢を改めた。

 クレネストが一歩下がるのを見てから、最後に司教が話を締めくくる。

「私の名は知っているだろうが、フォルス・モーゼス、星導名パトリックだ。ゼフィス君。クレネスト君。任命書は忘れずに持ってきてあるね?」

 二人は頷くと、持ってきたケースから任命書を取り出し、パトリック司教に渡す。パトリック司教は任命書を確認し「うむ」と漏らすと、三人の助祭の前に立ち、厳かに告げる。

「アリー、セイル、エリオの三名を、星の導きの名の下に、本日この時をもって、星導教会の助祭として正式に任命する。以後、星導名を名乗り、星導教の名に恥じぬよう、奉仕に励むように」

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