●世界観B創世記・星の終わりの神様少女1

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 今日も空は、地上の惨状を馬鹿にするかの如く晴天で、嫌がらせのように朝から蒸し暑かった。

「酷い顔だな」

 エリオはセイルの顔を見るなり開口一番にそう言った。

 彼の自慢の金髪はぐちゃぐちゃに、顔にはアザも出来ていた。着衣も乱れ、白い法衣がところどころ土汚れで茶色く染まっている。まさに満身創痍といった面持ちだ。

「人の苦労も知らずに、個室で女の子と一晩中いちゃいちゃしていた奴に言われたくねー!」

 勝手な不満を言うセイルに、少々ムっとした顔でエリオが言い返す。

「昨夜は書類が山ほどあったから遅くなっただけだ! ちゃんと集合場所には戻ったぞ! というか、いちゃいちゃとかしてねえよ!」

 そう――

 あの後、クレネストを気遣ったエリオは、残り全ての書類を引き受けた。彼女は渋ったが、なんとか説得した。

 彼が仕事を終え、集合場所に戻る頃には、すっかり夜もふけていたのである。

 そんな彼の弁明にも、「十分羨ましいわ!」とセイルは取り合わない。

 エリオは片手を左右に振り、「あーわかったわかった」と適当にあしらって、正門前広場の様子を見回す。

 何かトラブルがあったらしいと、学生達が騒いでいた。

 運動場で朝食をとっていたエリオもそれを聞いて、急いで正門前へ駆けつけて来たところだったのだが――

 見る限り、どうやら既に沈静化しているようであった。

 寮が倒壊してしまったせいで、運動場で夜を過ごしたエリオ。いまいち疲れもとれてない。あまり面倒なことにならなかったのは幸いだった。

 軍警察に取り押さえられている者が、まだわけの分からないことを喚いているが、さほど問題はなさそうだ。

「朝から暴動鎮圧させられる派目になるとはな。こっちが法術を使えないと思って侮りやがって、あの滅亡主義者のクズども」 

 不快極まりないといった面持ちでセイルが言う。

 増え続ける負傷者の治療に追われ、殆どの教会員が、昨日のうちにステラを使い果たしてしまっている。

 法術を使うためには、ステラを体内に再補充しなければならない。

 とはいったものの、採取場から教会までのパイプライン復旧は、まだ当分先になりそうであった。

「まったく、あんなことがあったのに、朝っぱらから元気な奴等だ」

「あんなことがあったから、朝っぱらから元気なんじゃないか?」

 エリオの的確な突っ込みに、セイルは舌打ちを返す。

 滅亡主義者――

 「人類滅亡」「世界滅亡論」を唱え、人類滅ぶべしと公言して止まない集団である。

 もともとは無気力化し、色々なことに諦め、絶望した虚無主義者が変貌するケースが多い。

 一般的には、「いじけたカルト集団」として認識されている彼等――

 ことある毎に、星導教会に対して反抗デモを行い、その存在意義に異を唱え続けていた。

 また、一部の危険な過激派の存在が問題視されている。

 彼等は、『禁術』と呼ばれる人道に反した法術で、多大な被害を出すという事件を起こしていた。

 ノースランド国では、禁術の施行そのものが重罪である上、禁術の特性上、その他の罪状が重なることが多い。

 暴行、殺人、損壊行為等により、禁術を使ったとされる滅亡主義者の殆どが、最高刑である死刑となっていた。

 法術を重んじ、星を信仰する星導教会側にとっては、これほど不愉快極まりない集団はいないだろう。

 この震災が、そんな彼らを焚き付けることになったのは無理からぬ話ではある。

 正門前広場では、一般信者と滅亡主義者らが衝突し、一時騒然となったものの、集まってきた教会関係者や軍警察によって鎮圧されたということらしい。

「で、そのザマか、日頃から格闘訓練をサボってるからそうなるんだぞ」

「このクソ暑い中、奮闘していた同僚を少しは労われよ」

 言って正門に寄りかかる形で、セイルはどっかりとだらしなく座り込む。エリオも立ったまま、その隣に寄りかかった。

 暴れていた滅亡主義者と思われる数名が連行され、負傷者は手当てを受けている。

「で、遅れて登場した真打のエリオ君は、これからどのようなご予定であらせられるのですか?」

「ああ、クレネスト様が視察に出られるそうなんでそのお供だ。ここで待ち合わせだから、ちょうどよかったな」

 嫌味に取り合わずエリオがそう言うと、「ああくそ羨ましい」と言って、セイルはがっくりとうなだれる。

「まあ俺の方も似たようなもんだ。ゼフィス様のお言いつけを済ませて、今ここで待ち合わせなんだけどさ」

 と、セイルが面白くなさそうに小さくぼやく。

 そんな彼に、ふと影が落ちた。

 顔を上げて見れば、いつの間にか、短髪黒髪の少々きつい目をした麗人が仁王立ちしていた。

 背はエリオより若干低い。

 スレンダーだが、弱々しさを感じさせない曲線美に、なにより音もなく近づいてきた身のこなし――

 まるで、冷ややかな刃物を首筋に突きつけられたかのような物騒な感触を覚える。

 聖職者というより、まるで暗殺者が法衣を着て歩いてるのでは? と錯覚するくらい法衣が似合っていない。

 エリオには見覚えのある顔で、昨日就任時に一緒にいた、確か星導名はアリーといったか? 

「セイル、この程度でダレてるのか? 男の癖にだらしないぞ! というかなんだ? その化け物みたいなツラは?」

 からかうような雰囲気でも、馬鹿にするような雰囲気でもなく、真顔で傲然とこれである。見た目どおり相当にきつい性格のようだ。

「アリー……」

 まるで叱られた犬のような顔で、セイルは立ち上がる。

「法衣と頭髪を正せ馬鹿者! ゼフィス様に恥をかかせるような真似は許さんぞ!」

「ああ、わかったよ、わかったから簡便してくれ」

 とてもじゃないが敵わないといった様子で、セイルは法衣を正し、髪を手ぐしで整える。

(こ、これまた凄い女だな)

 エリオが引きつった笑顔でそんなやり取りを眺めていると、アリーは正門の向こう側を見やり、「いらしたぞ」と言った。

 彼等がその方向を見ると、大きな肩掛け鞄を持ったゼフィスとクレネストの二人が、並んでこちらの方へ歩いて来るのが見えた。

「やぁ、おはよう」

「みなさんおはようございます」

 ゼフィスは片手を上げ、クレネストは両手をそろえて恭しくお辞儀をする。

 三人の助祭は一列に並び、「おはようございます」と揃って頭を下げた。

「えー諸君に集まってもらったのは、こちらのクレネスト司祭が、政府と星導教会の合同調査に先駆けて、今回災害の中心となったらしいレネピン町の状況を把握するために、現地視察を行いたいというのでな。現状は治安の悪化が見られ、二人だけでは危険ということで我々も同行することになった」

 ゼフィスの言うとおり、現在市街地では、略奪行為やそれに伴う暴行、殺人事件も既に何件か起きている。

 法術が使えない状態の二人だけで外を回るのは危険である。

 クレネストがいかに天才的な法術使いといっても、今は司祭の肩書きがあるだけの、ごく普通のか弱い女の子に過ぎないだろう。

「お二人とも、本日はよろしくお願いしますね」

 それぞれの顔を見回してクレネストがそう言うと、セイルは「そりゃあもう!」と胸を叩いて喜び、アリーは一瞬硬直するが「誠心誠意勤めさせて頂きます」と、かしこまって深々と頭を下げる。

「で、アリー君。言ったとおりに用意してくれたかな?」

 そう言ってゼフィスは、正門左手にある駐車場の方を見る。

「はい、小型二輪星動車四台、確かに用意しておきました。あまり使われていないようですが、整備はされているようですし、星動力は昨日より以前に補充されていたようでして、走行に支障はないと思われます」

 アリーが答え、ゼフィスはうむと頷く。

「見ての通り、道が滅茶苦茶だからな。四輪では通行不能だろう。そこで小型二輪の星動車を用意させておいた。付いて来たまえ」

 と言って、ゼフィスは駐車場に向かって歩きだし、その横にクレネスト、すぐ後ろに他三名が続く。

 駐車場に入って辺りを見回すと、前後にひとつずつ車輪がついた乗り物が四台置いてあった。

 教会の所有物らしく、高級感もあり、取っ手には頭を保護する防護帽が人数分掛けられている。

 アリーはエリオに、始動に使う為の鍵を渡し「乗れるよな?」と聞く。「問題ない」とエリオ。

「クレネスト司祭は運転が出来ないのでアリー君の後ろでいいかな? 私とセイル君が先行して、後ろはエリオ君がついて行く形というのはどうだろう?」

 ゼフィスとしては、女性ということで気遣ったのだろうが、クレネストはかぶりを振る。

「いえ、アリーさんは確か軍経験者でしたよね? でしたら彼女に先行してもらった方がよろしいのでは? 私は別にエリオ君の後ろで構いませんよ」

 その発言にエリオはぎょっとして、セイルは歯軋りをし、アリーは納得して頷いている。

 ゼフィスは思案顔でしばし考え、結局アリーが先行し、その後ろはクレネストを乗せたエリオとゼフィスが続き、最後尾はセイルということになった。

「最後尾はセイルか? クレネスト様……そいつはスケベなんで、風で法衣がめくれる等して下着を見られないように注意してください」

 防護帽を手渡すついでに、アリーがクレネストに注意を促す。

「ありーさーん、おねがいだから、そういうのやめてくださーい」

 たまらずセイルは、情けない顔で抗議する。

 しかし、当のクレネストは首を傾げ、「いえ、そもそもはいてませんし」と真顔で呟き、助祭三人が盛大にずっこけた。ゼフィスは顔面を手で覆って、頭を左右に振る。

 とても冗談を言いそうな娘ではない。

 だが考えてみれば、法衣に下着を着用しないクレネストの方が、むしろ伝統に忠実ではある。もっとも、今時そんなことをしているのは、老齢の方々くらいなものであったが。

「なおさら厳重に、ご注意ください」

「はぁ、それはもちろんすごく気をつけますけど」

 なんとなくズレ気味の危なげな少女に、アリーは顔を引きつらせて念を押す。

 クレネストは皆の反応が腑に落ちないといった感じではあったが、とりあえず司祭帽を鞄に入れ、受け取った防護帽を装着する。長い髪の毛は先の方でまとめていた。

 エリオの方は既に準備が整っているようで、各装置や星動力の残量チェックを終え、二輪に跨り感触を確かめている。

 アリーは「失礼します」と言って、小さなクレネストの身体を後ろから抱きかかえると、エリオの乗っている二輪の後部座席に乗せた。

「クレネスト様、振り落とされないようしっかり捕まっていてくださいね」

 エリオがそう言うと、クレネストは「はい」と答え、引っかかる法衣の裾を難しそうに捲くって居住まいを正す。と、思いのほか強い力でぴったりとエリオの背中に密着した。

 エリオは、なにもそんなに張り付かなくてもと思いつつ、少女の甘い香りと、柔らかいものが背中に触れる感触が伝わり、思わず唾を飲んだ。

 四人はそれぞれ、二輪の始動鍵を挿入して右へ回すと、原動機が軽くうなるような音を立てて動き出す。

 昔は動力に、化石燃料が使われていて物凄い音が鳴ったらしいが、星動力が主流となった現在では非常に静かなものだ。

「準備はよろしいか?」

 アリーが声を上げ、他四名が親指を立てて了解のサインを出す。

それを確認したアリーが先行して出発し、その後にゼフィス、クレネストを乗せたエリオ、最後にセイルと順に続いた。

 正門前広場から遠ざかり市街地を走行すると、五人は改めて震災の傷跡の深さを、まざまざと見せ付けられる。

 この時間。街は通勤通学の者達で、どこもかしこもごった返していたはずだった。

 今は、ただただ瓦礫の山があるばかりで、以前の街の面影はない。小奇麗だった石畳の道路もところどころが損壊し、崩れた建物の瓦礫が走行を妨げた。

 そんな悪路を一行は、慎重に慎重に進んで行く。

「クレネスト様、大丈夫ですか?」

 大声で聞いてくるエリオにクレネストが、「はい、大丈夫そうです」と答える。

 二輪では、後ろに乗る方が運転者よりも大変なため、彼女の体力の消耗が心配だった。

 運転に気を使いたいのは山々だが、この意地悪なほど起伏に富んだ悪路ではそれも難しい。少女が居眠りしたり、振り落とされたりしないよう、細心の注意を払わなければならない。

(クレネスト様、ちゃんと昨夜は眠れたのだろうか?)

 エリオは今更ながらに懸念した。

 見た目には眠そうな目をしているが、これはどうやら地顔っぽいので、いまいち判断材料にならない。本来なら出発前に確認すべきであったが、どうにもそれは気まずくなりそうなので言い出しづらかった。

(そういえば、結局あの音がなんなのかも教えてもらえなかったな)

 あの時、彼女は「鐘の音」と称していた。

 正体どころか他の人に聞こえないのは何故かと尋ねても、「機密事項です」と言われ、口外することも止められてしまっていた。

 あれほどまでに彼女が激しく動揺した理由についても未だに見当がつかない。あの反応でそんなことを言われると、何か良くない事でもあるのだろうか? と、かなり不安にもなる。

(変な呪いとか病気じゃなければいいんだけど)

 エリオがそんなナンセンスなことを考えていると、一行はようやく市街地を抜け、レネピン町に続く街道に出ていた。

 路面の状態は、依然として良いとは言えない。

 それでも市街地から比べれば、周りに高い建物が無いせいか、散乱している瓦礫が少ない。

 だいぶ走行が、楽にはなっていた。

 左右を畑に挟まれた田舎風景に変わって程なく、エリオは地面に違和感を感じた。

 アリーが敏感に察して停止の指示を出し、後続も倣って道路左脇に寄せて停車する。一行は、眠そうな少女一人を除いて、不安げに辺りを見回した。

「揺れてますね。一度降りたほうがよいでしょうか?」

「この程度なら心配ありません。じきに収まるでしょう」

 背中越しに尋ねるエリオにクレネストがそう答えると、彼女が言った通りすぐに揺れが収まった。昨日の大惨事に比べれば遥かに穏やかではある。

「っとクレネスト様。もし眠りそうになったら背中を叩いてお知らせくださいね」

 停車ついでにエリオがそう言うと、彼女は「あ、はい」と言って、再び彼の背中にぺたんとへばりついた。

 差し当たって問題が無い事を確認したアリーが再び走りだし、他の者も後に続いて行く。

 途中軍警察が街道を封鎖していたが、ゼフィスが目的を告げて身分証を提示すると、簡単に通行を許可された。

 森と畑の代わり映えしない風景を経て、一行はレネピン町に到達する。が、ここもやはり見える範囲で無事な建物は皆無であり、道端には星動線を支える支柱があちらこちらで倒れている。

 すっかり変わり果ててしまった町の中、一行はひとまず路上で停車した。

「やはりと言いますか、ここもやられてますね。ですが、セレストと違って人口密集地帯ではありませんので、死傷者は少ないと思われますが」

 痛ましい光景に表情を曇らせつつ、エリオは辺りを見回す。

 一方アリーは、法衣の懐から地図を取り出し、現在避難所となっているであろう学校の位置を確認していた。

「各学校。役場。教会。主要施設は比較的町の中央に密集してますね。そのうち小学校は敷地が広く、運動場が二つもあるようですので、とりあえずこちらに行かれてみてはどうですか?」

「ああ、そうしよう。アリー君は引き続き先導を頼む」

 ゼフィスがそう言うとアリーは、「了解しました」と言って、地図を懐に仕舞い二輪を発進させる。

 しばらく道なりに進み、レネピン町の中央付近へ差し掛かると、瓦礫の撤去作業をしている軍及び、有志の民間人の姿が多数見られるようになってきた。

 どこから持ってきたのやら、大きな荷台や、車体前方に大きなショベルが付いた装軌車両がせわしなく動いている。この惨事で無事な車両が残っていたことは幸いだ。

 瓦礫と化した町は目印に乏しく、どうにもエリオには位置が掴み難かったが、アリーは馴れた様子で小学校のある方向へ皆を先導していく。

 やがて左手前方に、沢山の人が密集している場所が見えてきた。ノースランド国の紋章が入った大型のタープも沢山建てられている。

「あれでしょうかね?」

 エリオがそう言うと、後ろのクレネストも「でしょうね」と答える。

 やがてその場所へ近づくと、一行に気がついた制服数人に呼び止められた。

「我々はノースランド国軍の者です。星導教会の方々とお見受けはしますが、身分証等はお持ちでしょうか?」

 そう尋ねてくる隊員に、ゼフィスは身分証を提示する。

「私は星導教会司祭のゼフィス・マイルス・エリオールだ。他の者達の身分は、私が代表して保障する。セレスト本部より視察に来たのだが、この町の教会及び司教様はご無事であらせられるか?」

「それはお勤めご苦労であります。残念ながらご覧の有様でして、教会は全損したものと思われますが、教会関係者の方々は全員無事が確認されております」

 その言葉にゼフィスは安堵の声を漏らす。「お会いできるかな?」と頼むと、一行は避難所に建てられている仮設小屋へと案内された。

 中に椅子は無く、簡素な長机が置いてあるだけの小屋。

 五人はその中で待つこと数分……。

 小屋の中に司教の法衣をまとった、白髪で背の高いかくしゃくたる老人が入ってきた。

 それを見たクレネストとゼフィスが立礼し、エリオ、セイル、アリーの三人も後ろに控えてそれに倣う。

「お初にお目にかかります。星導教会セレスト本部から視察に参りました司祭のゼフィスです」

「同じくお初にお目にかかります。司祭のクレネストです」

 続けてクレネストが、後ろに控える者達の星導名と身分も告げると、老人は硬い表情のまま口を開いた。

「私がレネピン町の星導教会を任されている司教のレセネスだが……。本部は……セレストの本部は無事なのかね?」

 クレネストがゼフィスを見上げ、ゼフィスが頷く。「では」とクレネストが一歩進み出る。

「首都はほぼ壊滅状態にあり、相当数の死傷者が出たものと予想されます。ですがセレスト本部につきましては、新しい施設を除き、教会建設当時に作られた部分は非常に堅固なため、倒壊は免れました。それでも教会関係者や学生等に死傷者がでてはおりますが」

 説明を聞いてレセネスは、顔を両手で覆って呻く。その足元がふらついた。ゼフィスが慌てて支えようとするが、「大丈夫だ」と言ってレセネスは体勢を立て直す。

「……それで、教皇様やアルトネシア大司教様は無事かね?」

「教皇様は現在南大陸へ参られていますし、アルトネシア大司教様は朝の集会でお姿を拝見しています」

 クレネストの言葉にレセネスは、ようやく安堵の息をついたが、すぐに表情を厳しくする。

「そうか、教えてくれてありがとう。で、君達は視察といったな? レネピン町の現状はこの通りで、昨日だけで死者、行方不明者が数百人は出ておるそうだ。住民は非常に協力的で、軍と有志が合同で行方不明者の捜索と、瓦礫の撤去、治安の維持を行っておって、昨夜までの混乱に比べるとだいぶ落ち着いてきてはいる。我々の方は、昨日で力を使い果たして法術は使えぬが、幸いうちでは皆、看護経験があるゆえ、軍医と協力して怪我人の手当て等を行っとる」

 それを聞いて、エリオとセイルは顔を見合わせ、アリーは感心したように頷いている。

 クレネストもまた、必ずしも法術に頼らなくても、怪我人の看護を適切に行っていたのをエリオは思い出していた。

 彼も一応、応急処置法を在学中に学んではいたが、本物の看護師のような動きだったクレネストには程遠い。

 法術も学のうちだが、それだけではいけないとエリオは感じていた。

「とはいえ、もう少し人手があればよいのだがな」

 そう言ってレセネスは、仮設小屋の窓から外を見回す。

「大変心苦しくはありますが、レネピン町周辺の市町は、どこも他の地域を支援するだけの余裕はございませんでしょう。現在ノースランド国、各地方の教会本部に、政府の方から支援要請を出して頂いておりますが、今しばらくは時間がかかるものと思われます」

「ああ、気にしないでくれたまえ、この異常事態では仕方がないのも重々承知しておる」

 クレネストの声が沈んでいるのを気にしてか、老人は彼女の肩に手を乗せてそう言った。

「その……異常事態についてなのですが、ここの農園に巨大な地割れが生じたという情報が寄せられています。できればその場所へ行きたいのですが、司教様はご存知でしょうか?」

 クレネストがそう言うと、気を利かせたアリーが地図を取り出して机の上に広げる。

 レセネスはその前に立ち、左右からクレネストとゼフィスが覗き込んだ。

「畑で作業中だった老夫婦が行方不明で、地割れに飲み込まれたのでは? という噂が流れておるが、確かこのあたりだ」

 と言ってレセネスが指で円を描くように示した場所は、この避難所から北東方向、星動車で十分程度の場所だった。

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