●世界観B創世記・星の終わりの神様少女1

★☆3★☆

 星導教会正門が破壊され、青白い光に照らされた狂喜の集団が進入してくる。

 軍警察と教会の警備員が応戦するが、圧倒的な数の差はいかんともし難かった。

 隊員が携帯している小型星動銃では、あまりに心許ない。

 迫り来る暴徒の群れ。

 小型の投石器や弩、火炎瓶といった原始的な武器を使い、彼等に猛攻をしかけている。

 集団が徐々に押し始め、彼等に迫ろうとした。

 その時――

 無数の青い光の線が飛ぶ――暗い中、見えたのはそれだけだ。

 空気を切り裂き、鋭い音圧を撒き散らし――

 隊員の後方より飛び交う無数のそれらは、前方数十人の暴徒に襲いかかった。

 青に貫かれ、吹き飛ばされ、後続を巻き込んで転がっていく。

「大丈夫ですか?」

 隊員達が後方を振り返ると、そこには武装した星導教会司祭と助祭の数十名。

 その先頭にはゼフィスが構え、居並ぶ助祭達の中にはアリーやセイルの姿もあった。

「ええ、助かりました。しかし、これでは……」

「クソっ! なんなんだこいつら!」

 隊員が発砲しながら毒づいた。

 撃っても撃ってもなかなか死なない。まるで見た目だけは綺麗な生ける死体の群れである。

 ゼフィスはそれを見据え、片手を頭上へ掲げる。

 一斉に教会員達が、両手に大き目の杭を持って構えた。

 星導教会の主力武器、「星痕杭」である――

 狙うべき方向へ向かってゼフィスが手を振り下ろした。

 青く輝く断罪の棘が、狂った集団へと降り注ぐ。

 突き刺さり、えぐり、弾き飛ばし、大量の鮮血が辺りに飛び散った。

 しかしそれでも、集団の一角を崩しただけに過ぎず、すぐに暴徒は左右へと広がりだす。

 群集から散発的に飛んでくる無数の矢と投石が、迎え撃つ彼等を襲った。

「畜生! 痛えぇ! 痛えぇよ!」

「クソったれ共がぁ! 叩き潰してやる!」

 矢に射抜かれた数名の隊員がその場にうずくまり、苦悶と怨嗟の声を上げる。

 だが、教会の者達の方は、冷静に素手で矢を捌く。

 たとえ運悪く射抜かれたとしても、矢を引き抜くだけで、その傷はすぐに塞がってしまう。

 投石にすら怯むことなく応戦を継続する様は、未だ絶大な教会権力を誇示するかのようであった。

 隊員を守るようにゼフィスが指示を出した。女性司祭と助祭の数人が隙を見て、負傷者を後方へと運んで手当てをする。

 時折――青白く揺らめく光源が、放物線を描いてこちらに飛んできた。

 地面に落ちると同時に、ガラスの割れる音。

 一呼吸遅れて、広がる炎が生き物のように牙をむく。

 火炎瓶の炎に巻き込まれた者が、火だるまになってのたうちまわり――それを他の者が、必死に法術で消火した。

 教会側も星痕杭で応戦し続けたが、暴徒の圧倒的物量の前には多勢に無勢。

 ついに手持ちの飛び道具が底を尽いた。軍警察の方も、小型星動銃の弾が尽きかけていた。

 好機と見たのか、左右にわかれていた狂乱者が、一斉に彼等へ向けて突っ込み始める。

「法術用意!」

 ゼフィスの号令で、全員が一斉に印を切り始めた。

「放て!」

 目前に迫った集団へ向けて、一斉に法術が放たれる。

 法術の突風を浴びた暴徒が吹き飛ばされて、仲間を巻き込みながら転がった。

「休まず放ち続けろ!」

 ゼフィスの命令で、皆思い思いに法術による突風を集団に浴びせ続ける。

 突風の中では飛び道具が使えず、集団の進行は目に見えて鈍ったが、殺傷力はない。

 彼自身も、近づいてくる者を狙って法術を放ち続けるが――数十発を放った時点で、自分の保有しているステラが、半分程度にまで減少していることを自覚する。

 助祭の中には、早々にステラを使い尽くして呆然と佇む者もいた。

(まずいな……)

 予備の星痕杭が運ばれてくるまでの時間稼ぎのつもりだったが、押さえ切れそうにない。

 風の弾幕が薄れてくると、集団は再び突進を開始した。手にはそれぞれ、棒、鉄パイプ、ナイフ、青白い炎が灯る松明を統一性なく所持している。

「クソぉ!」

 小型星動銃の弾が尽きた隊員が、腰に下げている警棒を抜いた。

 あまりにも小さく心もとない武器。こんなことは、そもそも警察レベルで想定しているわけもなく。

 しかし、教会側は違った。受け継がれる伝統技は星痕杭だけではない。

「接近戦用意! 盾! 戦棍構え!」

 教会員達は隊列を組み直し、背中に担いでいた盾と戦棍を構える。

 集団が目前まで迫り、ゼフィスが吠えた。

「交戦!」

 教会員、警備員、軍警察、暴徒が入り乱れて戦闘を開始する。

 数では圧倒的に暴徒の方が多かったが、教会側は法術で強化された肉体を武器に応戦する。

 だが、狂乱している暴徒も、なんらかの方法で身体強化をしているのか、力が普通ではない。

(法術の効力があるうちはいい。だがそれが切れてしまったら)

 ゼフィスがそう懸念していると、ついに怖気の走る悲鳴があちらこちらで上がり始めた。

 助祭の一人が暴徒に押し倒され、容赦なく踏みつけられる。他にも数人の暴徒に組み付かれ、あちこちを噛み千切られている者や、青白い炎を押し当てられ、のた打ち回っている者が出始めている。

「おのれ!」

 ゼフィスは戦棍を振り回して数人の暴徒を殴り飛ばすが、彼等は何故かすぐに起き上がってきた。

(バカな! 一体どうなってるんだ!)

 動きが鈍っているとはいえ、頭を陥没させた状態で立ち上がって来る。単に狂っているというどころの話しではない。まさに異常である。

「お星さまはいい天気? あれ冷たいぞ! 雨か? いやおまえらの放尿か! この野郎!」

 太った狂乱者が、意味不明な被害妄想を垂れ流しながら、ゼフィスに向かって突進してきた。

 ゼフィスはこれを盾で防ぐが、大きく後ろへと突き飛ばされた。

 バランスを崩したゼフィスに向かって、横手から鉄パイプを持った別の暴徒が襲いかかる。

「ゼフィス様! ええいどけぇ!」

 アリーは次々と襲いかかる暴徒を華麗な動きで捌き、戦棍で殴り倒すが――ゼフィスの元へと近づけない。セイルはひぃひぃ言いながら、アリーの後方掩護で精一杯である。

 ゼフィスの顔面に迫る鉄パイプ。

 殴打されようとした寸前――その暴徒は、数条の青い光に貫かれて転がった。

 それを見て太った狂乱者が「おのれ! ホモ野郎!」と言って、その青い光を放った主へ向かって突進する。

 気がついた主は、赤い影を引いて瞬時に間合いをつめた。

 慌てたのか、狂乱者は足元をすべらせる。

 影は、分厚い脂肪で覆われているその胸、心臓の位置に何かを突き刺さした。

 途端に青い光が噴射し、その圧力に太った狂乱者は、抗う間もなく地面を滑り転がっていく。

 突き刺さっているのは星痕杭だった。

 太った狂乱者は、杭を引き抜こうともがいていたが――やがて数回痙攣すると、そのまま動かなくなった。

「君は確かエリオ君だったか? 助かったよ」

 エリオはゼフィスと背中合わせになって星痕杭を構える。

「ご無事でしたか、しかしこれは……」

「私にもよく分からんが、まるで昔話に出てくる外法で作られた生ける死体の群れだな……なかなか死なん。それより君のその動きも凄いな」

「ええ、戦闘訓練はみっちりやっています! っと」

 言いながら、突っかかってくる暴徒に蹴りを一閃する。

 ものが砕ける嫌な音と共に、数人を巻き込んで吹っ飛んでいった。

「それも戦闘訓練のたまものかね?」

「いえ違いますよ。クレネスト様の強化法術のおかげです」

(やはりあの娘か、さすがというべきか)

 ゼフィスにすら、クレネストの法術は謎だらけであった。彼女から色々と理論を聞いてはいるのだが、頭を痛めるだけに終わっている。さっぱり理解が及ばなかった。

「とにかく蹴散らしますね」

 言うなりエリオは、集団が密集している場所に高速で接近する。術式を組み込んだ星痕杭を一人に突き刺し、すぐにその場を離れた。

 数秒の間をおいて轟音とともに、その体が爆裂四散する。巻き込まれた他の暴徒も空高く吹き飛ばされた。

 狂った者達の視線が彼に集中する。

 エリオは仲間に当たらないよう集団の奥へと向けて、残りの杭を広範囲に乱射した。

 あちこちで爆発が起こり、多数の暴徒が地面に転がる。

 エリオがそれを見て一息つく……と、

「お前は酷いやつですね! このキチガイ信者!」

 異様にはきはきとした罵りの声が聞こえた瞬間、エリオは殴りとばされた。

「エリオ君!」

 かなりの距離を転がったが、ゼフィスの呼びかけに彼は、「大丈夫です」と言って立ち上がる。

 とはいえ今の一撃は異様。

 クレネストの強化法術がなければ、それで彼の人生は終わっていたのではないだろうか?

 エリオが声の主と対峙すると、暴れまわっているだけだった暴徒が突然下がりだす。まるで観戦するかのように、その後ろに控えた。

 見た目にはよれたスーツを着ているだけの、どこにでもいる平凡なおじさんに見える。

(だが……こ、こいつはなんだ?)

 ゼフィスは戦慄した。

 狂った言動はともかく、他の暴徒と違い、身のこなしと何より力が異常である。

「皆、迂闊に手をだすな! 危険だぞ!」

 ゼフィスが大声で警告する。

 ここは強力な法術に守られているエリオに任せるしかない。

「さあ、滑稽で稚拙な夢の世界は、楽しくないから君に魚の頭でも被せて踊ろう」

 意味があるのか無いのか分からない台詞を吐くと、謎の男はいきなりエリオに向かって突進する。数回の突きを見せ技にして、顔面を狙った蹴りを繰り出した。

 受けるエリオは冷静に突きを捌き、蹴りの外側へと体を滑らせる。素早く男の顔面に手をかけ、そのまま地面へと叩きつけた。

「やったか?」

 ゼフィスが声をかけるが、次の瞬間エリオは足を取られて地面に尻餅をついた。

 男が異常な速度で立ち上がり、エリオの鳩尾を蹴り上げる。そのままエリオは地面を滑り、体勢を立て直そうとするが激しく咳き込んだ。

「まずいっ!」

 ゼフィスは咄嗟に助けに入ろうと足を踏み出したが、とても間に合わない。

 動きが止まっているエリオに、凄まじい速度で躍りかかる男。

 足が振り上げられ、彼に向かって打ち下ろされたと思った――瞬間。

 何故か男の方が、かなりの距離を吹っ飛ばされていた。

 男は不思議そうな顔で立ち上がる。その胸には一本の星痕杭が刺さっていた。

「おぅ! 幼女か! こんなおいしそうな料理を献上するとはお星様達はなかなかロリコンであらせられる! 豚は愛でろとおっしゃるが! 異国の魔女はおやつにしろと言っています!」

 そう言って男が指差したその先には、ぽつんと小さな少女、クレネストが立っていた。

「私の助祭になにしてらっしゃるんですか?」

 雨でびしょ濡れのまま、恐ろしいほど蔑んだ表情。

 クレネストが星痕杭を一つ手に取って放ると、なんの前触れもなくそれが消える。辺りに破裂するような音が鳴り響いた。

 ゼフィスは、「なんと」と声を漏らし、男の方へ視線を移す。――と、今度は右肩を完全に貫かれている。

 この距離からでは、青い光さえ見えない。

 凄まじい射出速度――

「これは厳しい! だが我はゆく! いざあれを快楽に導かん!」

 肩に開いた穴すら気に留めず、男はそう言ってよく分からない複雑なポーズを取る。

 腰をひねって、腕を大げさに後ろへ回し――そんな愉快な反動をつけてから、クレネストへ向かって猛然と駆けだした。

 それを見たクレネストは、印を切って素早く術を完成させると、星痕杭を数本自分の周りに放る。杭は空中でピタリと静止した。

「クレネスト様に触れるな!」

 吠えてエリオが男に向かってタックルをかけ、地面に引き倒す。そのまま腕を極めにかかるが、凄まじい腕力で抵抗され、突き飛ばされてしまった。

 男は立ち上がると、エリオを尻目に再びクレネスト目掛けて突進する。

「クレネスト様!」

 エリオが叫んで、しかし彼女は動かない。

 男がその眼前に迫り、少女のか細い首に手がかかろうとした。

 が、それ以上進めず、男の手は虚しく空を掻く。

 数回の破裂音――

 男の体に複数の穴が開いた。クレネストの周りに浮いていた杭が消えている。 

「幼女強すぎるね」

 ぽつりと漏らした男の台詞にクレネストは嘆息し、

「幼女とか言うの止めて頂けません?」

 男はニヤリと笑うと、クレネストの足元に崩れ落ち、そのまま血溜りの中で動かなくなる。

 彼女はそんな男に一瞥すらくれず、皆が見守る中、エリオに駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか……クレネスト様の強化法術がなかったら死んでましたよ」

 エリオは立ち上がり、気持ち悪そうに汚れた法衣を摘み上げた。

 クレネストはそんな彼の頬に優しく手を沿えて、

「死なれては困ります。あまり無理はしないでください」

 そう言葉をかけてから離れると、放心したかのように固まっている暴徒の群れに向き直った。沈痛な面持ちでそれらを見渡す。

 誰一人として、理性も知性も感じられない獣以下の群れ……

 クレネストはその前に立ち、静かに目を閉じて、ゆっくり天へと指をかざす。

「天にあります千の杭を以て、地に満ちる不浄の者達は、直ちに深淵なる星の御許へと還りなさい」

 救われざる者達にそう告げて――

 くるりと背を向けると、一片の躊躇いもなくその指を振り下ろした。

 雲間に閃光が走った次の瞬間――莫大な数の青い光が、天より地上目掛けて降り注ぐ。

 さながら天が地上を清めんとする裁きの如く、狂乱が満ちている大地を容赦なく貫き破壊し――遅れて轟然たる大音響が辺りを揺るがす。

 たちまち怒涛の土煙が立ちこめる。その場にいる全ての人々が、荒れ狂う猛風の中、唖然としてその光景を眺めていた。

 時間にしてほんの数秒――

 青い光が止み、立ちこめていた土煙が晴れると、そこには無残な姿に成り果てた暴徒の死体が乱雑に転がっていた。

 静かな雨の音だけが、しばらくのあいだ空間を支配する――

 放心していた軍警察と警備員がようやく我に返ると、彼等は急いで付近の探索を開始した。

 ゼフィスはひとまず皆に、負傷者の手当てを頼む。

 それから、エリオと話しているクレネストに声を掛けた。

「保管してある杭を随分沢山持ち出したみたいだな」

 ゼフィスが言うと、クレネストは肩を竦めて目を逸らす。

「あれでは被害が大きくなりそうでしたしね。大量の星痕杭をあらかじめ、空に浮かべておきました。古い戦法ですが、この方法が一番無駄なく終わらせられるでしょう」

 クレネストが取った戦法は、かつてノースランド国が、南大陸より異端者の侵攻を受けた際に、頻繁に用いたものだそうだ。平和な現代においては、それを知る者はあまりいない。

「まったく君という娘はとんでもないな」

 そういう戦法があるにしても、普通一人で仕込むものではない。ゼフィスが呆れた口調でそう言うと、エリオが乾いた笑いを漏らして、クレネストに軽く蹴っ飛ばされる。

 無残極まりないこの光景を、ゼフィスは憂鬱そうに眺め――仕方がないこととは思いつつ、上にどう言い訳したらよいものかと頭を悩ませた。

 困り顔のゼフィスを見上げ、クレネストが言葉を掛ける。

「司教様達も市民を宥めるので手いっぱいのようでしたし、それで万が一、市民に被害者を出しては面目が立ちませんから、強く文句も言われないでしょう」

「だといいのだけどな……」

 腕を組み、なんとかその辺りの言い訳で検討してみようかと考える。

「しつこく追及されるようでしたら、私のせいにでもしておいてください。その代り、ここの後始末はお願いします。エリオ君は他の皆さんと協力して処理にあたってください」

 そう言い残すと、クレネストはなんだか不機嫌そうに頬を膨らませながら、別館の方へと去っていく。

 それを見送ったゼフィスは、改めて死体の山に目を戻し、溜息と共に肩を落とした。

(これ、片付けるの大変だな……)

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