●世界観B創世記・星の終わりの神様少女1

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 昨晩のこともあって教会は、軍警察による警備、武装が強化され、物々しい雰囲気に包まれていた。

 残党を数人捕らえたが、いずれも今朝までには全員死亡。

 解剖の結果、何らかの薬物が検出され、現在軍警察において分析中。

 また、死体から身元を調べてみると、「あの男」を除いて、いずれも中央南部あたりに位置するセルネイという村の住人であることが判明。現地付近の町に問い合わせると、数日前から村人達が消息を絶っているという情報がもたらされた。

「って、新聞に書いてました」

 昨晩の続報を、セイルが得意げに発表する。

「はぁ、そうですか」

 気の抜けた返事をし、クレネストは妙に薄い味のスープを口に運んだ。

 今朝エリオに、いつもはどこで食事を取っているのかと尋ねられた。

 一人書斎で食べているということを告げたところ、なんだか酷く悲しそうな顔をされ、一緒にどうかと誘われた。

 昨晩のこともあって少し迷ったが、彼の顔を見ているとなんだか断り難いので、結局クレネストはついて行くことにした。

 そんなこんなで今、学生食堂で昼食のテーブルを、エリオ、セイル、アリーの三人と一緒に囲んでいる。

「それにしてもエリオ君。クレネスト様と巡礼なんて、なんという充実した環境で修行なされるのでしょうかねぇ?」

 セイルは笑顔のまま、人形のように首だけ回し、クレネストの隣に座って棒状の揚げ芋を食べているエリオの方を向く。

「男の嫉妬は見苦しいぞセイル。こいつは羨ましいのですクレネスト様」

 そう言ってアリーがセイルの尻をつねり――あまりに痛かったのか、セイルは盛大に飛び上がった。

 クレネストは困った様子で、エリオの法衣をくいくいと引っ張り――

「羨ましい……というのはどういうことですか?」

 エリオが思わず吹く。

 アリーが横を向いて笑いを堪えていた。

「ははは、僕がお答えしましょう! あなたのようなお美しい女性と旅ができるなんて男の夢ということです!」

 セイルが胸を張り、ここぞとばかりに恥ずかしい台詞を吐く。

「そ、そうなんですか?」

 クレネストが縮こまり、上目遣いでエリオを見た。

「このバカの言うことを本気にしないでください……って、いやっ別にお美しいということは否定しませんけど、その、なんていうか、とにかく気にしないでください」

 あたふたと手を振り、エリオは顔を赤くする。

 クレネストはいつもの眠そうな表情のまま、やや視線を落とし、口元に手を当て考え込みだした。

(これは皆のことを知るよい機会なのでしょうか?)

 エリオが来る以前の彼女は、殆どの時間を一人で過ごしてきた。それだけに、おそらくかなり世慣れしていないのではないか? ということは気にしているところでもあった。

「それにしてもクレネスト様のお力は凄い。射出された星痕杭が全く見えませんでしたが、どうやったらあんなことができるんですか?」

 笑いを収めたアリーが、フォークを肉に突き刺しながら感心したように言う。

「そうそう、空から大量の星痕杭が降り注ぐ様は圧巻でした」

 セイルも尻馬にのって、昨晩の感想を述べた。

 怖がられているのではないかと思っていただけに、この感想は彼女にとって意外だった。とはいえ、あの者達の事情がなんとなく分かっているだけに、褒められたとしても複雑な気分ではある。

「手持ちの星痕杭にはあらかじめ、星動力の圧力を法術で上げて、杭本体には空気抵抗を打ち消す式を、事前に組み込んでおきました。でも、ちゃんと計算しないと杭が破裂したりして危ないので、不用意に真似しないでくださいね」

 そう言ってクレネストは揚げ芋を手に取り、小動物のようにちびちびと食べ始める。

 アリーは興味が沸いたとばかりに、「すごいですね!」といって身を乗り出してくる。

「もう一ついいですか? 星痕杭は通常、安全装置をはずして後部からステラを送ることで起動し、持ち手を握ってから離すと射出される仕組みになってますが、クレネスト様は空中に停滞させてから射出してましたよね……あれはどうやってるんですか?」

「簡単ですよ。法術で握りの部分のスイッチが戻らないようにしていただけです。空から落とした星痕杭も同じ理屈です」

 アリーはこりゃ参ったとばかりに天を仰いで感嘆の声を上げる。

 種明かしすれば単純な方法ではあったが、実際にそれをやるのは容易ではない。同時に使用する法術が増えれば増えるほど式が複雑化し、維持、制御が困難になるのだ。

「そういえば、エリオもなんか妙な小細工をやっていたよな? 星痕杭が爆発してたぞ」

 そうセイルが言うと、女性二人の視線がエリオに向く。

「ああ、あれは……組み込んだ式で、本来開きっぱなしになっている噴射口が閉じるように制御してたんだけど、クレネスト様に比べるとかなり乱暴な方法だよ」

 そう言ってエリオが照れたように後ろ頭を掻いた。

「なるほど、それで握りを離した後に噴射口を閉めると内部圧が急激に高まって、ぼんっ……というわけですね」

 クレネストは握った手を目の前でぱっと広げてみせる。

「私の尻の後ろでひぃひぃ言ってた奴とは大違いだな」

 アリーがからかうように言って、セイルの背中に軽くビンタする。

「ギャァ! せ、せぼねがオレタァー! グハァ!」

 わざとらしく言って、セイルがばたっとテーブルに横たわってもがいた。

 それを見たアリーがムッとした顔で、

「お前! それでは私がまるでバカ力みたいではないか!」

「実際そうじゃないか! 背骨がぁ!」

 その光景を前に、クレネストはどうしてよいのか分からず、困ったようにエリオとセイルを交互に見た。

「クレネスト様が本気にするからやめんかい」

 エリオがセイルの頭を引っぱたく。

「いっつ」

 と言いながらも、楽しそうにニヤニヤしながらセイルが起き上がった。

(な、なにがなんだかよくわかりません)

 クレネストはどうにも展開についていけず、なんとなく目が回ってきそうな思いだった。

 そうこうしているうちに食事も終わり、アリーが紅茶を運んできて皆に配る。

「しっかし、昨晩の狼藉者はどうしてああなったんでしょうかね?」

 言いつつセイルは、椅子の背もたれに肘をかけ、だらしなく寄りかかりながら紅茶をすすった。 

「私も毒物関係はそれなりに勉強したつもりだが、昨晩の奴等みたいな症状を起こす毒物には心当たりがない。クレネスト様は何か心当たりがおありですか?」

 優美な手つきで紅茶を楽しむクレネストにアリーが尋ねた。

 彼女はテーブルの上にカップをおろすと、前に座っている二人の顔を見る。

 どちらも好奇の視線を向けていた。

「肉体の強化や精神に作用する薬で、似たような症状を起こす物はあるのです。ですけども、昨晩の方達は一見狂っているように見えて、ある種の統制が見られました。セルネイ村から首都セレストまでの長い距離を誰にも見つからずに移動し、わざわざこの教会を襲撃したわけですね。そのような指向性を持たせるとしたなら、薬物を利用した催眠術的なもので、なんらかの共通した妄想を植えつけられたと考えるのが妥当ではないで……しょう……か……?」

 たちまち難しい顔になっていくアリーとセイルに、クレネストの言葉は自信なさげに萎んでいった。

 その横でエリオが、左右の頬骨のあたりをつまんで必死に何かのジェスチャーをし、それに気がついたセイルとアリーが慌てて愛想笑いを浮かべる。

「はっはっはっ、さすがクレネスト様は博識でいらっしゃる!」

「と、ともすれば、裏で誰かが糸を引いているということですか?」

 そんな二人を見て、釈然としない表情でクレネストが紅茶を一口。横目でエリオの方を見たが、彼は既に手を引っ込めていた。

「私と戦ったあの方……あれが集団の統制を行っていたと思われます。精神は狂ってはいましたが、おそらく首謀者のうちの一人ではないでしょうか?」

「首謀者の一人……ですか?」

 アリーが首を傾げ、セイルは腕を組んで頷いてる。

「ええ、あの方だけ身元不明とのことでした。それに薬物の研究、製造、供給、一人で出来るような犯行ではありませんね。今回のことはあからさまなテロ行為です。今後、教会内に不審人物が入り込んでいないかどうか注意してください。何かちょっとでも気がついたことがあったら、お二人はすぐゼフィスさんにお知らせくださいね」

 そう言うとクレネストは、カップをテーブルに置いて席を立った。

「さて、そろそろ時間ですね。エリオ君行きましょう。お二人とも楽しかったです」

「あいえいえ、こちらこそ」

「クレネスト様とならいつだって僕は歓迎です」

 アリーとセイルも立ち上がり、頭を数回下げた。

 エリオは二人に「また」と告げると、クレネストの後ろに控えて付いていく。

 教会学校校舎の正面玄関を出ると、本堂は左手方向に、右手には昨日破壊された正門の残骸が見えた。地面はかなりボロボロになっており、修繕作業をしている作業員がいる。

 雨は朝までに止んでいたが、雲が出ていて薄暗い。

 二人は大聖堂を一周できる円状の道を時計周りに歩き、教会裏手にある運動場へと向かう。

「萎縮……させてしまったでしょうかね?」

「いえ、あの二人はむしろ楽しんでたと思いますよ。アリーさんはあの通りの人ですから少々堅苦しいところがありますが、セイルに関しては言うまでもないでしょう」

 彼の言うとおり、確かにあの二人には目上に対する敬意はあるものの、どこか打ち解けているような雰囲気が感じられた。大抵の場合は、よそよそしい態度をとられるものなのだが……

 考えてみれば、まともに世間話をしたのは何年ぶりだろうか?

「それならよかったです」

 クレネストは昨晩のことで、重くなりがちだった心が、少しは軽くなっているのを感じていた。

 正当性があるとはいえ、沢山の人を殺してしまったのだ。

 とてもではないが、気分の良いものではない。

 ただ、こちら側に負傷者は出たものの、命を落とす者が出なかったことだけが幸いであった。

 しばらく歩くと、やがて運動場が見えてくる。

 体育館などは、連日発見される大量の遺体を安置する場所として使われていた。

 避難してきた市民はというと、教会の運動場に設けられた長いテントで一時的な生活を送っている。

 現在政府によって仮設住宅の建設も進められているそうだが、進行状況はあまり良いとは言えないらしい。

「法術が使えるようになりましたので、重傷者は急激に減少しています。しかしながら避難民は精神的に疲弊しており、度々小競り合いも起きていますね」

 エリオがうんざりといった表情で報告する。

「長テントに仕切りを設ければ、少しは精神的に楽にはなりませんかね?」

 クレネストが言うと、エリオがぽんと手を打つ。

「是非そうするべきかと思います。書面で提案しておきましょう」

 そんな会話をしながら二人は、避難所の様子を見回り始める。

 現在避難所にいる一般市民は、それぞれが思い思いに時間をつぶし、協力的な者はなにかしらの手伝いをしているようであった。

 ふと、周囲がざわつき出す――

「クレネスト様」

「はぁ……まぁしょうがないでしょう」

 彼女に向けられる好奇の視線を感じてエリオが心配するが、彼女は半ば諦めてうつむく。

 あまりにも珍しい色の髪と瞳。そんな容姿のクレネストは、いやがおうでも目立ってしまう。

 避難所には特にこれといって変わったこともなかった。彼女がこの場所にいることの方が、むしろ変わった見世物であるかのような状態になっていた。

「それはともかくとして、旅支度の方は?」

「非常食と水は、出発日の前日に届けてもらう予定です。星動車の方も一台、点検整備を行ってもらっています。その他の必用な物につきましては午前中にリストアップしておきました」

 クレネストは、腰の後ろで手を組んで歩きながら肩越しにエリオを見る。

「あとで私も確認しますね」

 そう言葉をかけてから、再び前を向く――と、いつの間にいたのか小さな女の子が立っていた。

 綺麗なプラチナブロンド、青い大きな瞳が不思議そうな顔でクレネストを見つめている。

 クレネストは立ち止まり、ちょっとかがんで微笑んでみせた。

「どうしました?」

「えっ……えーと……おねーさんは、ほしのようせいさんですか?」

 舌足らずな女の子の予想外の問いに、クレネストは呆気に取られてしまった。

 どう答えてよいものか彼女が迷っていると、後ろから近づいてきた女性に、その子は抱き上げられてしまった。

「あ……」

「これ! この子は、司祭様に失礼だろう! すみませんね、うちの子が」

 どうやら母親らしい。女性は何度も繰り返し頭を下げながらそそくさと去っていった。

 クレネストは無意識に上げていた左手をゆっくりと下ろし、去っていった方を眺める。

「クレネスト様?」

「……可愛い子、でしたね」

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