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椅子と机と何も入っていない棚が置かれてるだけの、簡素で狭い部屋に二人の男がいた。
陽の光はあまり入ってこないため部屋は薄暗い。
一人は灰色の髪に厳格そうな顔つきの老紳士。
偉丈夫で、その頑強な佇まいは、まるで古い時代の騎士を思い起こさせる。
もう一人は黒髪の真面目で賢そうな青年で、長身痩躯。縁なしの眼鏡をかけている。
どちらも黒服で、蛇が絡み付いている鳥を模した首飾りをかけていた。
「星導教会への襲撃は失敗したそうだな」
とくにこれという感慨も含まずに老紳士が言う。
「やれやれだね。レメサイド剤と禁術を使った幻覚調整に、新開発した例の薬のテストも兼ねてけしかけてみたんだけど、まさかこれほどまでにあっさり返り討ちとはね」
青年は眼鏡の位置を直して、つまらなそうな顔をしている。
「平和ボケしてるお星様達に、あんな古い戦法を使ってくる奴がいるとは思わなかった。何処にでもいるもんだねガリ勉って」
「貴様は人のことが言えるのかね?」
老紳士が呆れたように言う。
青年は椅子に逆向きになって座り、組んだ両腕を背もたれに乗せ、更にその上にあごを乗せた。
「失敗というけどね、別に今すぐ星導教会を壊滅するというのが目的じゃないよ。実験の成果としては概ね成功レベル。ただ、そういう原始的な工夫程度で対処されると、開発者の僕としてはなんか悔しいかな? 貴重な仲間の一人も犠牲にしたんだから、せめて教会炎上くらいはやってくれないと……」
「貴様のせいで、各地で軍警察の警備が強化されてしまった。これでは動き難い。ほとぼりが冷めるまで今後軽率な行動は慎め」
老紳士の言葉に青年は、手を振って「はいはい」と適当に返事をする。
「しかしまぁ、僕は遠くから双眼鏡で見ていたけど……星痕杭だっけ? あれが空から降り注ぐ様は、さながら流星の大洪水って感じでなかなかの迫力ではあったかな」
自分の首飾りを弄りながら、怪しげな笑みを浮かべた。
「ほう? そんな大掛かりなことができる者が星導教会にいるのかね?」
「いやいや、さすがにその戦法は数人がかりでやるもんなんだよ。なんとなくだけど、アルトネシアあたりの仕込みなんじゃないかと思うけどな」
それを聞いた老紳士があごを撫でて、何かを思い出すように目をつぶる。
「あの教会には一人、天才的な法術使いがいると聞いている。十五の少女で確か名はクレネスト・リーベルと言ったか?」
「誰それ?」
青年がきょとんとした顔で聞き返す。
「詳しいことは私も知らないが、今の話を聞いて、ちと気になってな」
「ふーん、性的な意味で? おじいちゃんになっても元気なこ……」
言葉半ば――老紳士がすかさず、青年の座っている椅子を足で払いのける。
その身体が宙に浮くほどの、凄まじい力と速度。
浮いた青年の体が、床へ向かって墜落するかと思われた。
が、彼もまた人間離れした反応を見せる。
寸前で身をひねり、器用に足から着地していた。
だが、彼が体勢を立て直す前に、その眼前に老紳士の拳があった。
「ちょっ、タンマタンマ! 悪かった悪かった!」
眼鏡のずれた青年が、慌てて両手を上げて謝る。
拳を収めると老紳士は服を正し、不機嫌そうに「ふん」と鼻息を漏らした。
「ひぇーおっかない人だなぁ、迂闊に冗談も言えやしない」
その場に立ち上がると、ずれた眼鏡を直して服を正す。
「で、その天才法術少女のリーベルちゃんがどう気になるって?」
「なに、ちょっと勘違いしたのでな。それだけのことができる力を持つ者が教会にいるのか? と考えてたら、そういう噂を思い出しただけだ」
「あいつらがどんなに天才と言ったって、単なる法術しか使えないお星様達じゃたいしたこともできないだろ」
「……うむ、まぁそれもそうか」
老紳士は胸ポケットから煙草の箱と、古い化石燃料方式のライターを取り出す。箱から煙草を一本抜くと、それをくわえて火をつけた。部屋の中に紫煙が漂う。
「だいたいあいつらは星を信仰してるとか言ってる癖にさ、星動力の使い過ぎで星が壊れるってことも知らないクズだらけだろ。笑っちゃうよな、あれで存在意義があると思い込んでるんだからさ」
青年が侮蔑の笑みを浮かべ、大袈裟に両手を広げながら部屋の窓の方へと歩いていく。
「ノースランド国、お星様運営。ステラ採取施設二百四基。全国に四十箇所」
そう、ぶつぶつと呟いて窓を開け放ち、窓枠に手をかける。
眼下に街並みが広がり、右手に海が見えた。海岸線沿いに遠くの方を見ると、高台になにかの工場らしき大きな建物が沢山見える。
「あの白い箱みたいな建物が、ステラを採取してる建屋。その横に見える青い円筒形のが、星動力を溜めているタンクで、ここからじゃよく見えないけど、白い建物とタンクの間に星動力を変換している建屋がある。その手前に見える建物はお星様教会だね」
彼はそこで言葉を一旦区切り、老紳士の方に向き直ると窓枠に腰を掛けた。
しみじみと目をつぶり、すぅっと細くて長めの煙を吐いている老紳士に、続けて言う。
「確認しておくけど、さすがに全施設の破壊というのは難しいから、ターゲットは星動力変換施設の方に絞るということを忘れず、間違ってもタンクを壊さないこと。漏れだした星動力に巻き込まれるのだけはご免だからね」
「それは心得ている」
「当然警備は厳重だ。そこで、あの村の連中に活躍してもらおうって寸法。 どう? 面白いでしょ」
得意げに話す青年に老紳士が渋面になった。
「ようするに捨て駒か、まったく貴様は悪趣味だな。あの村では女子供まで犠牲にしただろう」
そんな反応に青年はおどけた調子で、
「星動力を貪り続けるノースランド国民のクズが一人でも減って、カスみたいな量でもステラが増えるんだから、別にどうということもないんじゃな~い? それに僕達の目的を考えると、なりふりかまって甘っちょろいことも言ってられないだろ。禁術だって使いまくりだしさ~今更でしょ」
老紳士はどうあっても気に入らない様子で、青年を鋭い眼光でしばらく睨みつけるが、
「ふん、まあいいだろう」
結局のところ妥協せざるを得ないのか、不機嫌な表情のまま目を伏せて渋々了承する。
「物分りがよくて助かるよ。失敗したら僕が上の人に怒られちゃうからね」
青年は、窓枠から降りて老紳士の前まで歩いていくと、その肩にポンと手を置き、にっこり微笑む。
「決行は三日後だ、頼りにしてるよ」
「貴様は私の足手まといになるなよ」
気安く触るなと言わんばかりにその手を払い除けられ、青年の微笑みが苦笑に変わる。
老紳士はそんな彼を尻目に、さっき自分が払い飛ばした椅子を拾い上げて元の位置に戻した。
刺々しい殺気を放つご老体に、青年の方は気まずそうに後ろ手に組み、口を尖らせながら視線を彷徨わせる。
ふと、突然何かを思いついたかのように、ぽんと手を打った。
「そう言えば聞きたいことが一つあるんだけど?」
「なんだ?」
少々険悪な声音で老紳士が聞き返すが、彼は気にせず続ける。
「リーベルちゃんは十五歳の少女って言ってたよね?」
話しの意図を掴みかねて、老紳士の顔が怪訝な表情になる。
ポケットから取り出した吸殻入れに吸殻を仕舞いながら、
「……クレネストのことか? 確かにそう記憶しているが、それがどうした?」
「可愛いのかなぁ?」
彼は老紳士に窓から放り出された。