●世界観B創世記・星の終わりの神様少女1

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 エリオはいつになく気分が高揚してくるのを感じていた。

 旅立つ前はそれほど意識はしていなかったが、実際こうして出発すると無性に心躍るものがある。

 星動車の調子は非常によく、静かなわりに力強い走りで運転も心地よい。無駄な星動力消費を避けるため、冷房などは入れていなかったが、窓から入ってくる風はそれなりに涼しかった。

 後部座席は荷台代わりになっていて、沢山の物資が積み込まれている。当面の心配はないだろう。各地の教会で必用な物があれば支援も受けられる。

 助手席のクレネストはというと、出発するなりさっさと帽子は脱ぎ、後ろ髪は先の方で縛っていた。

 前髪を盛大にたなびかせながら、色々な野菜や肉を挟んだパンを食べている。これが楽しみで、出発前に朝食を取っていなかったらしい。

 辺りは未だ地震の爪痕が消えないものの、道路だけはしっかり整備されているのが幸いだ。

 首都セレストの南東側へと進み、東セレスト街道に出ると、エリオは一気に車を加速させた。

 最初の目的地は、その道をずっと東に向かった先にある海の街、テスタリオテ市。途中の道路標識に「テスタリオテ市・三一〇セル」と書かれていたが、これは休憩せずに走ったとしても六、七時間くらいの距離である。

 最初の世界の柱は、そこから更に東に位置するペルネチブ半島という場所に立てる予定だった。

「ところでクレネスト様」

「……なんでしょう?」

「実際に世界の柱を立てる時には、何を代償に使うおつもりなのですか?」

「十のうち二つは、単に大地を繋ぎ止めるだけの楔みたいなものですので、それほど特殊な代償は使いません。まずは、それで術の調子を確かめるつもりです。私の血液と、半径一〇セル以内における大地と植物を代償に使います」

 一つの市がすっぽり収まるほどの範囲に、エリオが吃驚してクレネストの方を見た。

 すぐさま彼女に、「前」と言われて、慌てて前方に顔を戻した。

「代償に使うとその土地はどうなるんですか?」

「禁術による被害予想ですが、代償範囲にある一切の植物が消え去り、山々は消失します。以後、新世界創造まではその範囲に入ることができなくなりますので、できるだけ犠牲者がでないことを祈ります」

 抑揚なく、そう言ったクレネストの言葉が重い。

 ようするに代償以外でも、人を巻き込む可能性は十分にあるということだ。しかし、エリオはそのことについて今更追及するつもりもなかった。

「そうですか……それで血液の方はどの程度の量が必用なんですか?」

「前に見せた大き目のカップくらいですね、一七フォズといったところでしょうか?」

「失礼ですが体重は?」

 クレネストは呆れたようにエリオを見る。

「女性にそれを聞きますかね?」

「いえ、僕はただ」

 本気で心配しているエリオに、クレネストはくすりと笑う。

「分かっていますよ。別に死にはしない程度ですし、失った血液も短期間で回復できますので問題ありません」

 いや、そういうことだけでは――と思うが口にはできず。自らの手首を斬りつけたクレネストの姿を思い出して、エリオは心を痛めた。

「その……僕の血じゃ駄目なんですか?」

「お心遣いは嬉しいのですが、代償にはそれなりに条件がありますので」

 そう言いながらクレネストは、助手席側の窓から外の景色を眺める。

 パンはどうやら食べ終わったようだ。

「つまりその条件を満たしていれば、クレネスト様のじゃなくてもよいのですか?」

「そうなります」

「その条件ってなんですか?」

「……」

 長い沈黙――

「クレネスト様?」

「空気を読んでください」

 珍しく上擦ったような声でクレネスト。

「……はぁ」

 エリオは困った表情を浮かべて考えてみるが、それらしき条件が思い浮かばない。

 星導教会は病院を兼ねている所が多いので、わざわざ彼女が痛い思いをしなくても、適当に理由をつけて条件に合った輸血用の血液を分けてもらえばよい。そう考えたのだが、ああ言われてしまうとなんだか聞き出しづらくなる。

 横目で様子を盗み見てみるが、窓から外を眺めている彼女の表情は、こちらからではよく見えない。

 結局それを聞くのは諦めて、せめて彼女の負担を軽減するための方法がないものかと考えることにした。

 それから二人はしばらく無言のまま、クレネストは流れる風景を食い入るように眺め、エリオは運転に集中する。

 太陽が天高く登る頃、畑だらけの田舎風景は一旦途絶え、左右に商店が立ち並ぶ小さな町に差し掛かっていた。標識には「カラムンゼ町」と書かれている。

「この辺は、あまり地震の影響はないみたいですが」

「はい、震源地からだいぶ離れておりますので」

 町に入ってから更に進むと、左手に大きな駐車場を備えた長平屋が見えてきた。

「あれが旅の駅ですかね?」

「ええ、私は前に一度来たことがあるのですが、以前よりも随分と大きくなってますね」

 ノースランド国には「旅の駅」という休憩施設が全国数百箇所に点在している。それらは、長距離を移動する人々の憩いの場となっており、ここもその一つだった。

 エリオはちらりと車の時計に目を走らせて、

「少々早いかもしれませんが、昼食に如何でしょうか?」

「そうですね、そうしましょう」

 相変わらず眠そうな顔で言うクレネストだが、なんとなく、彼女の声が弾んでいるような気がした。

 駐車場に星動車を停めて車を降りると、エリオは助手席側へ回って彼女の降車をエスコートする。

 カラムンゼ町の旅の駅は、この国では珍しい木造建築で、落ち着きと温もりのある一風変わった風情が感じられた。

 中へ入ってすぐは地場産品販売所。奥の方に休憩、飲食所があるようだ。

 店内はかなり賑わっているが、幸い窓際の席が開いていたので、二人はそこに座った。

 やはりここでも、彼女の存在は他の客の目を引いてしまうが、当の本人は意に介さず、楽しそうにメニューを手に取り選び始める。

「はぁ、外食なんて何年ぶりでしょうか? これいいですね、ああこれも美味しそうです」

「ごゆっくりお選びください。僕はクレネスト様と同じのでよいです」

 クレネストはメニュー越しにエリオを見ると、「それではこれを」と言い、メニューを彼の方に向ける。

彼女が指差したそこには、ピンクの可愛らしい皿の上に、国旗が立っている半球状のライス、エビフライとコロッケ、ハンバーグ、目玉焼き、プリンが所狭しと盛られている料理のイラスト。

 ようするに女の子向けのお子様ランチだった。

(……これは新手の試練ですか? クレネスト様)

 固まるエリオを他所にクレネストは、通りかかったウェイトレスにお子様ランチ二人分を注文する。

 せめて、男子向けのを――、と思うのだが、彼女は額面どおりに、「同じ物」を頼んでしまった。

 数分後――お子様ランチが運ばれてくる。

 涼しい顔した店員の目が怖い。

 一体どう思われていることやら――

 かくて、旅の駅で星導教会の司祭と助祭がそれらを食しているという実に珍妙な光景が展開された。

 ただですら目立っているこの状況、エリオとしては相当きついものがある。後で変な噂になりそうだ。とはいえ、ハンバーグを切ると容赦なく流れ出す凶悪な肉汁にエリオは唾を飲み、その一切れを口に運ぶと、

(うわ、すごく美味いし)

 お子様ランチ侮るべからず。これには彼もさすがに苦笑するしかない。

 クレネストも表面上は慎ましく食べているのだが、すっかり頬を紅潮させていた。普段の眠そうな顔と相まって、少女らしからぬ妙な色気を感じてしまう。

(それにしてもクレネスト様は、あまりに違和感がないというのがなんともな)

 エリオがそんなある意味失礼なことを考えていると、二人のテーブルに数人の男達が近寄ってきた。

 いずれも暴力的な風貌でサングラスをかけ、背中に蛇のエンブレムが入った黒革のタンクトップを着ている。

「おいおい、こいつらお子様ランチなんて食ってるぜ」

 手前にいる髭面の男がおどけた調子でそう言うと、他の男達が薄ら笑いを浮かべる。

 クレネストは全く相手にせず、もくもくと目の前の食事を食べ続けるが、エリオは席を立った。

「それがなにか?」

 髭面の目を直で見つつ、あくまで無表情で言う。しかし、完全にそれはケンカ腰だった。

 上等――、やるならやってやるとエリオは心に決める。

 が、髭面の男は慌てたように両手を振った。

「まったまった、別に喧嘩売ろうってわけじゃねぇんだ。あんたら星導教会の者だろ?」

 クレネストの手が止まる。

「実は昨晩妙なことがあってな、軍警察に連絡したんだが相手にされなくてよ」

「妙なこと?」

 エリオとクレネストが目を見合わせる。

「なんつったらいいんだかな? 昨日は戻りが遅れて夜遅くなっちまったんだが、テスタリオテ市の手前あたりで、見たことねぇ黒塗りのトラックが数台、道路脇に停まってやがるのを見たんだ。やけにバカでけぇ音を立てて煙噴いているところをみると故障か? とも思ったんだが、全部が全部、そんな状態ってぇのはさすがにおかしいだろ?」

 そう言って髭面の男は、ぽりぽりと頬を掻く。

 エリオは腕を組んで記憶を探るが、この男の言うような車種は全く見当もつかない。 

 クレネストもあごに手を当てて首を傾げる。

「黒塗りのトラック。大きな音に煙ですか」

「別になんちゅうこともねぇ話しなのかもしれんが、なんか嫌な感じがしてなぁ。だけど軍警に言っても話しにならんくてよ、それでモヤモヤしていたところに、あんたらを見つけたというわけだ」

 髭面曰く、星導教会の者が伝えれば、軍警察も無視はできないだろうと思った、ということらしい。

「なるほどそういうことでしたか、それは情報のご提供に感謝いたします」

 言ってクレネストは立ち上がると、恭しくお辞儀をする。すると男達は何故か赤面し、全員きっちり揃って、同じようにお辞儀を返した。

「あなた方に星のお導きがあらんことを……」

 エリオも会釈すると、髭面の男は「道中気をつけてな」と言って、仲間と共に引き上げていった。

「……どう思います? クレネスト様」

「知識の上では、そのようなものに心当たりがないわけでもないのですけどね」

「と、言いますと?」

「星動力ではなく化石燃料で走る車です。星動力の供給が遅れている南大陸一部の国では、未だに使われている地域もあるらしいのですけどね」

 言ってクレネストは席に戻る。

「さて、それについては車の中で話しましょう。それよりも今は、こちらを美味しくいただくことの方が重要事項です」

 幸せそうに料理を口に運ぶ彼女を見て、エリオは全くもってその通りだと思った。

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