★☆3★☆
クレネストは扉を閉めると、部屋の中を見回した。
少々古めかしいが、それ故のシックな雰囲気で、広さも申し分ない。
部屋の右手奥には一人用のベットがあり、その横の棚には星動灯が置かれている。
彼女はベッドの脇に大きなバッグを置き、窓から外の景色を眺めてみた。
夕日に照らされて、オレンジ色に染まった街並みが悠然と眼下に広がり、その南側には海が見える。
とりあえず窓を開け放つと、潮の香りがする突風が部屋に入り込んできた。
彼女は思わず、「んぅっ」と可愛らしい声をもらして反射的に目をつぶる。
青銀の髪が乱れ、マントが荒々しい音を立ててはためく。
徐々に風が弱まるのを感じ、おそるおそる目を開けた。
虫除け用の、細かい網でできた窓を、素早く下ろす。窓から離れ、そのままベッドに腰を掛けると、ほっと彼女はひと息ついた。
テスタリオテ市、星導教会本部宿舎の一室。
この街の教会は、さすがにセレスト本部のように巨大ではない。
それでも大変立派な佇まいで、街外れの高台から、厳かにテスタリオテ市を見下ろしている。
クレネストとエリオの二人が到着したのは数時間前。簡単な手続きを済ませ、すぐに礼拝と儀式を執り行うと、それらが終わる頃にはすっかり太陽が西へと沈み始めていた。
案内されたこの個室で、そのまま寝転んでしまいたい気分ではあった。
そういうわけにもいかない。
彼女は旅の疲れで憂鬱ながらも立ち上がると、部屋の出入り口に向かう。
廊下に出るのとほぼ同時に、向かい側の部屋からエリオも出てきた。
「ぴったりですね」
「ははは、そうですね」
二人は面白そうに言うと、クレネストが歩きだし、その後ろからエリオがついていく。
暗くて長い宿舎の廊下を進み、すれ違った数人の教会員に挨拶する。階段を二階分下って一階へ降りると、そのすぐ傍にある部屋に二人は移動した。入り口のプレートには図書室と書かれている。
エリオが気をきかせて星動灯をつけると、薄暗かった部屋が明るくなった。
図書室といっても、それほど広くはなく、本棚も多くはない。部屋の真ん中には、会議するのに丁度よい大きさの机が二つ並べられていた。
クレネストはドアに鍵をかけ、手早く防音の法術を使う。エリオはカーテンを閉めきってから、地図を机の上に広げた。
二人は向かい合う形で机を挟んで椅子に座る。
「やはりこのような場所で話すより、私の部屋で話した方が安全ではありませんか?」
眉をひそめ、口をへの字に曲げて、いささか不満顔のクレネスト。
そんな彼女を前に、エリオは困ったように頭を掻いている。
「いや、その、寝具のある個室で男女が密会というのは、人に見られるとあらぬ噂になるかもしれませんので……」
「はぁ、なんだかよくわかりませんけども、そういうものなのでしょうか?」
「そういうものです」
彼女としては釈然としないところもあるが、彼の態度と言動から察するに、
(なにか世間的にまずい……ということなのでしょうかね?)
詳細が気になるところではあったが、今はひとまず保留して、本題を進めることにした。
「まぁいいですけど」と前置きをし、クレネストはどこに持っていたのか、赤いペンを取り出す。
彼女はゆっくりと、地図に円を書き込んだ。
テスタリオテ市から更に東方向。大陸最東端であるペルネチブ半島がすっぽり収まる範囲だった。
「世界の柱を立てる場所は、この範囲で半径一〇セル以内は森林であることが望ましいです。この中で都合の良い場所はどこだと思われますか?」
エリオは身を乗り出し、テスタリオテ市の位置に指を置いた。
そのまま、海岸線沿いの道を東方面へなぞる。やや北側に流れるため、テスタリオテ市の位置から見ると、北東方向になった。
「往復時間を考慮すると、ぎりぎりでこの辺りしかないのでは?」
彼が指し示した場所は、ペルネチブ半島の丁度入り口付近だった。
「それでも約一五〇セルはあります。しかも、この先は道が狭いので、往復に十時間位はかかると思われます。ですが……場所としては、山林地帯で周りに民家も無く、被害を最小限に抑えられるのではないでしょうか?」
エリオの提案にクレネストは頷き、口元に手を当ててしばし考える。
「今後の予定ですが、既に予約を取っていますので、明後日には連絡船に乗ってポッカ島へと渡らなければなりません」
ポッカ島は、テスタリオテ市南方に広がるレーテ海の、その遥か南に位置する島である。
テスタリオテ市からは飛空挺も出てはいるのだが、さすがに星導車は乗せられないため、連絡船で渡るしかなかった。
「教会側に怪しまれないよう、明日の夕食が終わり次第ここを抜け出して、朝には戻ってくるという感じになりますね」
「深夜の活動ですか……途中居眠りしてしまわないか心配ですね」
両ひじを机につき、不安げに頭を抱えるエリオ。
「……禁術に確実な眠気覚ましがありますが?」
「そ、それはどのような代償で?」
エリオがおそるおそる聞くと、クレネストは人差し指を立て、
「一時間につき、クゥク鳥の卵一つ」
「目玉焼きに使うあれでいいんですか?」
クレネストは小さく頷く。ほっとするエリオ。
「では、それでいきましょう」
この程度であれば即断するあたり、彼もだいぶ腹が据わってきたようである。
クレネストは地図を畳んでエリオに渡すと、椅子から立ち上がった。
「現地に到着しましたら、術式を封印した原始の星槍を予定地点に打ち込み、効果範囲の外に出てから術式を解放します」
「なるほど、わかりました」
受け取った地図を懐に仕舞い、エリオも立ち上がる。
「さて、明日に備えて夕食後は、お互いゆっくり休みましょうか」
そう言ってクレネストは、両腕を上げて体を伸ばすと術を解除した。
図書室での密談を終えた後、クレネストは夕食と沐浴を済ませ、再び部屋に戻ってきていた。
灯りをつけ、バッグの中から白い寝間着を取り出す。
柔らかい布で、全く飾り気のないワンピースのそれに着替え、替えの旅装束は横に畳んで置いた。
外の様子はカーテンに仕切られて分からないが、窓の向こうはおそらくテスタリオテ市の夜景が広がっていることだろう。
彼女はそう思って窓へと歩みより、カーテンに手をかけようとして……何を思ったのか手を止める。
頭を左右に軽く振り窓から離れると、ベッドの上に寝転んだ。
しばらく何かを考えるように天井を眺めていたが、どうやら本格的に眠たくなってきた。欠伸を漏らすと、彼女は星動灯に手を伸ばして消灯する。
部屋は一瞬で真っ暗になり、彼女は眠りにつくため静かに目を閉じ……
――何時間か過ぎたのか? それとも何分か? 数秒か?
クレネストはうっすらと目を開ける。
(なにか嫌な予感)
前回の巡礼の時もそうだった。何かがおきそうな時、中途半端に目が覚めることがある。
星動灯をつけ、ベッドから重そうに体を起こし、窓の方へと歩いていく。
今度は躊躇なくカーテンを開けた。
テスタリオテ市の夜景が広がるが、そんな美しい光景も彼女は意に介さず、辺りを注意深く見回す。しかし、特に何かおかしいということもない。
振り返って時計を見ると、深夜になったばかりだった。
(気のせい? いいえ……)
クレネストは迷わず自分の直感に従って、旅装束に手早く着替えると、付近を見回るべく部屋の外に出る。
まずは、エリオが寝てるはずの向かいの部屋。そのドアを何度かノックしてみるが反応がない。ドアノブを回してみると、鍵はかかっていなかったのか、ドアが開いた。
彼女は遠慮がちに中に入る。
「エリオ君……起きてますか?」
クレネストが小声で語りかけると、モゾモゾと動く音が聞こえた。
「……ん……ええ? どなたですか?」
眠そうなエリオの声が聞こえ、ふと部屋が明るくなる。どうやら彼が星動灯をつけたらしい。
「やっ!」
その姿を見たクレネストが小さく悲鳴をあげ、顔を背けて目を両手で覆う。
彼は下着一枚で寝ていたようだった。
「ク、クレネスト様、こんな夜更けにどうしたんですか?」
「いえ、その……いつもそのような格好で寝ていらっしゃるのですか?」
「……ええまぁ、普通そうだと思いますが?」
エリオには、特別それを気にしている様子はなかった。
ただ、彼女の様子を見て取ってか、「少々お待ちください」と言うと、しばらくの間衣擦れの音が聞こえる。
「もう目を開けていいですよ」
その言葉にクレネストは、おそるおそる目を開けた。
彼は黒いシャツとズボンを着ていた。
彼女は赤い顔のまま、気持ちを落ち着かせるように長い息をつく。
「それで何かあったのですか?」
「いえ、まだ何かがあったというわけではないのですが……どうにも胸騒ぎがして眠れないのです」
「胸騒ぎ……ですか?」
エリオが首を傾げる。
「ええ、こちらから窓の外の様子はどうですかね?」
クレネストがそう言うと、エリオは窓のカーテンを開けて外の様子を確かめた。彼女もその横に並んで一緒に外を見る。
右手には真っ暗なレーテ海が広がっていた。こちらの景色は、街とは反対方向だ。
うっすらとした輪郭を見せる高台の上に、青っぽい色の光を発している建物が見えた。
彼女の記憶によれば、ステラを採取し、星動力へ変換している施設があるはずである。
そこからやや左下に目線を落とすと、無数の青白い光の点列が、施設の方へと向かって進行しているのが見えた。
二人の身体に戦慄が走る――
「エリオ君あれは!」
「ええ、間違いありません!」
言うなり、クレネストはきびすを返して廊下に飛び出た。
付近にある警報器を探してボタンを押す。
警報ランプが灯り、深夜の教会宿舎内に、静寂を引き裂くけたたましい音が鳴り響いた。
エリオもローブを着ると、数本の星痕杭で武装してから廊下に出る。
「何かあったのか?」
「どうした!」
「火事か?」
警報音に吃驚して、他の部屋から出てきた者達が次々と騒ぎ出し、不安そうに辺りを見回す。
その時――宿舎を揺るがす爆音が聞こえた。
男達はどよめき、女性達は短い悲鳴を上げ……。
「クレネスト様、これは」
「まさかこちらにも……仕方ありません」
パニックを起こされては困る。クレネストは素早く印を切って、口元に手の甲を持ってくる。
拡声の法術だ――
「みなさん、私はセレストより巡礼に来ております、司祭のクレネストです。緊急事態が発生しました」
廊下に響き渡る大きな声。クレネストの方に皆が注目する。
「本教会及び、ステラ採取変換場が何者かに襲撃されています。星痕杭が使える者は、武装して私について来てください。繰り返します……」
彼女は警告を繰り返しながら、早足で廊下の突き当たりにある階段を目指した。
その後にエリオが続く。
しかし、まだ事態が飲み込めないのか、誰一人として動く物はなく――ただ呆然と、目の前を通り過ぎていく少女を見ていた。
「なにをしてるんですか? 緊急事態と言ったでしょう……早くしてください!」
彼女がそう叱咤すると、ようやくそれぞれが部屋へと戻った。しばらくすると、法衣姿で彼女の元へと集まってくる。
全部で八名――
その中から、二十代ほどの男女が彼女の前に歩み出た。
どちらも司祭の法衣を着ている。
「クレネスト司祭と言いましたね? 私はテスタリオテ市常駐の司祭レイオルです」
「司祭のフェリスだけど、襲撃って?」
そう名乗った二人に、クレネストは会釈してから答える。
「レイオル司祭にフェリス司祭ですね。説明している時間がありませんので、今は行動を優先してご協力を願います」
「と、申されましてもその……やはり、ある程度は説明して頂かないことにはなんとも……」
レイオルが困った顔で頭を掻く。フェリスも同感といった面持ちで頷いた。
「では手短に説明しますが、先日セレストの教会本部でテロ事件がありました。それらと同一犯と思われる集団が、ステラ採取変換場へ向けて進行しているのを、部屋の窓から目撃しました。それと先ほどの爆発音はおそらく……」
言葉半ばで、ガラスの割れる音が下の階から聞こえてきた。全員が階段の方を見る。
「――おそらくは、この教会も襲撃されていますので、早急に対処をしなければなりません」
レイオルとフェリスが顔を見合わせ、互いに頷いた。
「セレストの件は伺ってます。わかりました……我々も協力しますが、具体的にどうすれば?」
「フェリス司祭は二階の人を集めてから一階に降りてください。私と他の皆さんは先行して、奴等の侵入を阻止します」
クレネストの案に、しかしレイオルは難色を示す。
いくら司祭と言っても、クレネストは子供のような容姿。そんな娘が、戦闘になるかもしれない場所へ先行して向かうというのだ。
「いや、私とフェリス司祭で一階を押さえて、クレネスト司祭に人を集めてもらうというのは?」
レイオルがそう提案するが、クレネストはかぶりを振る。
気遣いが分からないわけではないが、甘く見られるのは不本意だった。
「レイオル司祭……無用の心配です」
強くそう言ってクレネストは印を切り、その場にいる全員に強化法術をかける。
途端に両者の、彼女を見る目が変わった。周りからも感嘆の声が上がる。
「こ、高速法術……初めて見た」
フェリスが目を丸くして呟く。
しかも、かなり強力な法術であることは、この場の誰しもが感じ取ることができた。
「これは見くびって申し訳ない。では、クレネスト司祭の言うとおりに行動を開始しましょう」
レイオルがそう言うと、エリオ含む他の七名も、三人の司祭に続いて動き出した。一階へと降りる途中、フェリスとは二階でいったん別れる。
警報音が止まり、廊下は警告灯の赤い光だけが点灯していた。
何かを叩くような物音が聞こえる――そんな中を、周囲に気を配りながら慎重に、玄関方面へと向かっていった。
「そういえば、この教会の司教様はどちらにおいでかわかりますか?」
皆が緊迫した表情の中、クレネストだけが世間話でもするかのようにレイオルに尋ねる。
「アーレス司教様という方ですが、市街地のご自宅にいらっしゃると思います」
「連絡はとれますか?」
「はい、事務室に通信機がありますので」
「では状況を確認次第、軍警察と司教様、それと採取変換場への連絡をお願いします」
やがて玄関広間に到着すると、音の正体がはっきりした。
襲撃者達が奇声を上げながら、玄関の扉を滅茶苦茶に叩いている。
しかし、扉は頑丈そうな金属製であるため、簡単に破られることはなさそうだ。
「なにやってるんだこいつらは」
助祭の一人があまりの異様さに、顔をしかめて声を漏らす。
「クレネスト様、あれを」
エリオが何かに気がつき、玄関左手にある、広間へと続く廊下を指し示した。
見ると、床に割れた窓ガラスが散乱していた。
「なるほど……ですが窓から侵入された形跡はなさそうですね」
そう言って、彼女はそちらの方向へと歩いていき、エリオが後に続く。
「クレネスト司祭、あまり迂闊に動くと危険では?」
「ご心配なく。窓から外の様子を確かめるだけです」
レイオルに片手を上げてそう答えると、エリオとクレネストは、窓の左右に張り付いてこっそりと外の様子をうかがった。
左方向に一台の車が炎上しているのが見えた。そのすぐ後ろにあるはずの正門が、見るも無残に破壊されている。
「あの星動車で突っ込んで、門を破壊したのでしょうかね?」
「……いえ、あれはたぶん星動車ではありません」
「星動車ではない?」
エリオが首を傾げてクレネストの方を見る。
「星動車なら衝突したくらいで、あのように炎上することはないでしょう?」
「ええと? するとあれは……あっ……」
「旅の駅で聞いた話し、覚えてますよね? もしかしたら関連性があるのかもしれません」
クレネストはそう言いながら、次に右方向の様子をうかがう。
そちらには教会本堂があるのだが、ここからではよく見えない。玄関前の方もよく見えないが、正門から教会本堂へ続く広い道には、十人前後の人影が無秩序に動いていた。
脈絡のない演説をしている者、地面を転がっている者、ただひたすら同じ場所をぐるぐると走り回っている者、挙句の果てには男女がもつれあい……
「……あ……」
クレネストは素早く目を背けた。危うく変な悲鳴を上げるところだった。
薄暗くてよく分からないのが幸いだったが、変に目に焼きついて、陰鬱そうに頭を抱える。
裸身のそれらが抱き合う姿など、刺激が強すぎた。
「はい……」
エリオも気まずそうに、宙に目線を彷徨わせて頬を掻いている。
「そ、それにしてもおかしいですね? セレストの時は、もっと行動が統率されている印象がありました。でも今回のは」
「そのとおりです。全く統率がとれていません」
口元をしきりに弄りつつ、そう答えるクレネスト。
ひとまず二人は、レイオルの元へと戻った。
「どうでしたか?」
「襲撃にしてはやる気がなさすぎます。時間稼ぎのつもりじゃないでしょうか?」
「僕も同感です」
そうだとすると、ちょっと見には、ただ襲撃を気づかせただけの愚策にも思えるのだが――
クレネストのような者がここにいるなど、襲撃者達が知るはずもない。
もし彼女がいなければ、何が起きているのかもわからずに、宿舎は大混乱となっていたことだろう。
どちらにしても、採取場が襲われれば、この宿舎にも連絡が入る。そう踏んだ黒幕が、先手を打ったと考えられた。
しかしレイオルは、二人がそう断言する根拠がまだよく分からないのか、疑問符を浮かべた。
「あの連中は、単に気が狂っているようにしか思えないのですが、そういうことを考えるだけの思考力があるのですか?」
「もちろん、あるわけないでしょうね」とクレネスト。
レイオルの肩が僅かにコケる。
「ですが、あのように人間を狂わせ、操っている黒幕が必ずいるはずです」
「その黒幕とは?」
「さあ? そこまではわかりませんが……とりあえずテロリストの目的は、ステラ採取変換場の乗っ取りか、あるいは破壊といったところではないでしょうか?」
そう説明するクレネストに、エリオが何かを言いたそうな視線を送るが、彼女も視線を返して黙らせる。
レイオルは、動揺してざわつく助祭達を制すと、
「だとしたら一刻の猶予もありません。私はとりあえず連絡を取ってきますので、ここでお待ちください」
そう言い残して、広間の向こうにある事務室の方へと走っていった。
クレネストはそれを見送ってから、何かを口にしようとして、
「そ、そこにいるのは皆さんかなー?」
階段側の暗がりから、おっかなびっくり聞こえてくる女性の声に遮られる。
「はい、ご苦労様ですフェリス司祭」
クレネストが声をかけると、安堵の声が聞こた。フェリスがこちらへと走ってくる。
その後に、助祭法衣姿の男女が続いてきた。その数、七名――
「レイオル司祭は?」
「今事務室で、外部に連絡してもらってるところです。エリオ君、フェリス司祭に状況の説明を」
「かしこまりました」
エリオが一礼し、フェリスに状況を説明する。
その間に、レイオルが玄関広間へ戻ってきた。
「どうでした?」
「軍警察がステラ採取変換場へ向かうそうです。施設の方には防備を固めるよう伝えました。それとアーレス司教様からのご命令ですが、眼前の星に仇なす者達を殲滅し、応援が到着するまで、なんとしてもステラ採取変換場を死守せよとのことです」
その言葉に皆がざわつく。
「そ、それは」
「わかりました」
声を上げかけたエリオを制し、クレネストは居並ぶ助祭達を見回す。
「聞いての通りです。いいですか? 男子は星痕杭をいつでも放てるようにしてください。女子は法術でのサポートをお願いします」
そう言ってクレネストは、新しく加わった七名にも強化法術を施す。
「そ、その、僕達は戦闘訓練は受けてますけど、実戦は初めてなんですが……」
「わ、私達は戦闘訓練すら受けてません!」
男女の助祭達が口々に訴える。
「相手はただの素人ですよ? 男子は訓練どおりに動けば問題ありません。指示をよく聞いて、間違っても味方を傷つけないように注意してくださいね。女子の方はそうですね……このエリオ君が守ってくれるのでご安心を」
「……はい?」
突然話しをふられて狼狽するエリオだったが、一斉に彼女達のすがるような視線が向く。
「うっ」と呻いた後――観念したように「わかりました」と答えた。
助祭達はエリオを含む男子八名、女子六名。とりあえずそれを男女左右二列で並ばせ、その先頭にエリオを待機させる。
「さて、まずは扉に張り付いている者を吹き飛ばしますので、合図したら一気に行きましょう」
「それならばクレネスト司祭、私が先行して指揮をとります」
そう申し出るとレイオルは、扉の鍵を外し取っ手に手をかける。
クレネストは頷き、
「みなさんレイオル司祭の指示に従って行動をお願いします。では……いきますよ!」
タイミングを見計らって術を施行させると、扉の向こう側で鈍い破裂音が鳴り響き、宿舎が揺れた。助祭達がどよめく。
「行ってください!」
鋭くクレネストが言うと、レイオルが扉を開けて外へと飛び出した。
後からクレネスト、フェリスが続く。
「行け行け!」
掛け声に背中を押され、エリオを先頭に次々と助祭達が外へとなだれ出る。
扉を叩いていたと思わしき襲撃者達が、道の上に転がっていた。
「男子は前列、女子は後列で二列横隊! 前列立膝で星痕杭を構え、後列は突風の法術用意!」
レイオルの指示で、助祭達は不慣れながらも玄関前に隊列を組み、前列は片膝をつくと、星痕杭を両手に一本づつ構える。後列が印を切り始めると、三人の司祭は列の左側へと移動し、射線を開けた。
それに気がついた襲撃者達が、一斉にこちらを振り向く。吹き飛ばされた襲撃者も、のろのろと起き上がろうとしていた。
おおよそ相手は二十人前後。
さっきは見えなかったのだろう。窓から確認した人数よりも、明らかに多い。
一瞬のにらみ合い――
「来ます」
クレネストが呟くと、一斉に襲撃者達が奇声を上げながら、彼らに向かって走りだした。
「狙え!」
レイオルが腕を頭上に掲げると、助祭達が一斉に星痕杭の先端を襲撃者に向ける。
慎重にタイミングを計り、集団を十分に引き付けてからレイオルがその腕を振り下ろした。
冷厳な青い光の線を引き、襲撃者を強襲する幾条もの星痕杭――荒れ狂う風を撒き散らす。
襲撃者達を容赦なく突き破り、粉砕し、その肉体を後方へと突き飛ばした。
「休むな! 続けて構えろ!」
人体破壊の、凄惨な光景を意識する間もなくレイオルの怒号が飛ぶ――放心しそうになっていた助祭達は、慌てて次の星痕杭を構えた。
実際に命中したのは手前にいた数人――致命傷に至っていない者や、巻き込まれて吹っ飛ばされただけの襲撃者は、仲間の身体を押しのけてすぐに起き上がる。
根本的に命中していない者は、怯むことなく突進してきた。
だが、至近距離まで接近してきた襲撃者は、ことごとく後方へと吹き飛ばされてしまった。後列の助祭達が放つ突風の法術である。
「ええと、くれぐれも殿方の頭に当てないように注意してくださいね」
冗談交じりにのんびりとした口調で注意するクレネストに、周囲の緊張が和らぐ。
彼女達が次々と放つ強風に阻まれ、襲撃者達はその場に釘付けとなっていた。
クレネストとフェリスに至っては、実に的確な方向から自由自在に突風を浴びせ、バラけた集団を次第に密集させていく。
そこへ、
「放て!」
第二波の星痕杭が無慈悲に襲いかかる。
その後も放ち続けられる青い光の猛襲に、襲撃者達は全く成す術なく蹂躙され続けた。
全ての星痕杭を打ちつくすこともなく、気がつくと立っている襲撃者は僅か三名。
「確保しろ」
頃合を見てレイオルがそう命じると、前列の助祭達が一斉に飛び掛った。
なおも滅茶苦茶に暴れる襲撃者だが、クレネストの強化法術のおかげで、難なく組み伏せる。
「で、この者達をどうすればよいでしょうか?」
耳障りな奇声を上げ続ける襲撃者の姿に渋面になりながら、レイオルがクレネストにそう尋ねた。
彼女はそんな襲撃者を無表情に見下ろして、
「……残念ですが、明日までにはお亡くなりになると思います。ですが、とりあえず拘束しておいて、軍警察が到着したら身柄を引き渡すのがよいでしょう」
「そうですか……ではそうします」
レイオルは物置から縄を持ってくるようフェリスに頼む。
フェリスは女子二名を連れ、物置の方へと向かって行った。
「さて、手の空いてる方は、遺体を道の上に並べておいてください」
クレネストの言葉に、助祭達があからさまに嫌そうな表情を浮かべる。中身をぶちまけている遺体もあるので無理もないが――
そんな中、エリオだけがすぐに動きだし、仕方なく他の者達も動き始めた。
それを見ていたレイオルが、感心の声を漏らす。
「貴方の助祭は、なかなか肝が据わってますね」
「ええ、頼りにしていますよ」
全ての遺体を並び終える頃、フェリスが戻ってくる。
レイオルは、彼女が持ってきた縄を受け取ると、助祭達が組み伏せていた三人の襲撃者を念入りに縛り上げた。
――その時、遠くの方から何かが破裂するような音が聞こえ始める。
「交戦が始まったようですね」
さすがのクレネストも、表情が厳しい。
「これは、間に合いますかね?」
両手を払い、レイオルが音のする方を眺める。夜空に赤黒い煙が舞い上がっていた。
「どちらにしても行くしかありませんが、この教会に近接戦闘用の武具はありますか?」
「残念ながら」
「星痕杭はどの程度保管してますか?」
「多分、百本ほどです」
あの手は使えないなと、クレネストは嘆息する。
「では、男子の皆さんに持てるだけ持たせてください。それと私の分もお願いします」
「おや? クレネスト司祭は星痕杭を使えるのですか」
「前回の巡礼の時に色々とありましたので、その……お恥ずかしながら」
そう言ってクレネストは、もじもじとしながら目線を落とす。
「フェリス司祭と女子の皆さんは、ここで軍警察の方が来るのを待ってもらうとして、あそこにはレイオル司祭と私、男子の皆さんで向かうということでどうでしょうか?」
その提案に、レイオルは困った表情を浮かべる。
「なにも巡礼中のあなた方がそこまでしなくてもよろしいのでは?」
彼等にも体面というものがあるのだろう。
だが無論、クレネストにとってはそういうわけにもいかない。内心はとてつもなく焦り、必死だった。自分が行くことが、一番確実な方法だ。
「レイオル司祭……このような事態を見過ごした挙句、万が一施設が破壊され、巡礼が続けられずに、出発早々おめおめとセレストへ帰還したとあっては、私としても送り出してくれた皆に合わせる顔がないのですよ」
「し、しかしですね」
尚も食い下がろうとしたレイオルを、クレネストは黙って真っ直ぐに見つめた。
議論の余地はないとばかりに、抗い難き深遠を宿した翠緑の瞳を真正面からレイオルにぶつける。
それを直視したレイオルは、気圧されて息を飲んだ。
当然ながら彼女の真意は、それ以上の切迫さを含んでいるのだが……
結局レイオルは、とても敵わないと悟ったのか「わかりました」と答えた。