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ステラ採取変換場――それはノースランド国の文明そのもの。
頑丈な人造石の壁に覆われたその姿は、外部からの侵入者を拒む、不気味な幽鬼の城を思い起こさせる。
星導教会テスタリオテ市本部から、更に東へと続く道を進んだ先にそれはあった。
海風の音が通り抜ける中――青白い灯りを手に掲げた、哀れな操り人形達が跋扈する。
入り口のバリケードは破壊され、突っ込んできたのであろう車両が炎上し、夜空に激しく赤黒い煙を舞い上げていた。
その開いた穴に襲撃者達が進入してきた。
守衛らに緊張の色が走る――
なんだというのだ? いったい何処の誰の仕業だ? なにがあってこのようなことが起きたのか?
何故、いつものように静かに一日を終わらせてくれない。もう、家に帰りたい。
さまざまな非難の言葉を飲み込み警告しても、彼等の異常に嬉しそうな表情は変わらない。
愚かなことだ。これならまだ、畜生共に警告するほうがマシである。
幸いにも、教会からの連絡のおかげで、あらかじめ入り口を固めることができた。
数十人の守衛等によって、かろうじてその進行が食い止められている。
「いいか! 増援がくるまでなんとしてもここで食い止めろ!」
彼等は連射式星動銃を頼りに応戦を継続する。
防災用の放水車を持ち出し、実に効率よく進行を阻止していた。
それでも襲撃者達の数は桁違いに多かった。
正面入り口の広さが災いして、完全にカバーすることができない。
加えて彼等の耐久性と行動力は極めて異常。
多少弾丸に貫かれた程度では動じることなく向かってくる。
敷地内に進入する襲撃者は次第に増えていった。
「クソ! 一体奴等は何人いるんだ?」
押され始めていることを感じ取り、守衛達に焦りの色が見え始めた。
その時――
入り口から襲撃者の群れを跳ね除け、二台の星動車が進入してくる。
一瞬何が起きたのか分からず、守衛達が呆気に取られた。
「守衛の皆さん、私達は星導教会の者です。今からそちらに星動車を移動しますので、くれぐれも私達を撃たないようお願いします」
この場に似つかわしくない可愛らしい音声が、大音量で辺りに響き渡る。
突然乱入してきた二台の星導車は、射線軸に入らないよう守衛等の右手へと大きく迂回しながら、ゆっくりと近づいてきた。
やがて彼等の後方に来ると停車し――中からゾロゾロと人が降りてくる。
降りてきたのは、クレネストを初めとする教会員十名。そこへ守衛が駆け寄ってくる。
「あなた方は?」
「テスタリオテ市、星導教会司祭のレイオルと申します。こちらの彼女はクレネスト司祭です。アーレス司教様のご命令により、加勢に参上しました」
「これは! ご協力に感謝いたします!」
言って、守衛は敬礼する。
「事態が切迫しているようですので、我々も早速防衛に加わります」
そう言ってレイオルは、助祭達を守衛の右側に展開するよう支持を出す。
エリオもそれに倣って動こうとして、クレネストに袖を掴まれた。
「エリオ君は、私の傍にいてください」
「防戦に加わらなくてもよろしいのですか?」
クレネストは小さく頷いて、襲撃者達の方を眺めながら言う。
「いえ、なんだか妙だと思いませんか?」
「妙……ですか?」
「知ってのとおり、いま目の前にいる襲撃者達は、何者かによって精神を破壊され、利用されているだけです。その黒幕、テロリストの目的が施設の破壊もしくは制圧だった場合、単純にこのような群れを放つだけというのは考え難いと思いませんか?」
「……単なる嫌がらせということは?」
「可能性としては低いですね。これほど大掛かりな事ができるとなれば、後ろで動いている黒幕はそのような小者ではなく、明確な目的を持ち、それなりに力のある組織の犯行と見るのが妥当でしょう」
言いながらクレネストは印を切り、近づいてきた襲撃者を見えない何かの力で絡めとると、そのまま他の襲撃者へ投げつけた。
「い、今のは一体どうやったんですか?」
「ちょっと重力を弄っただけですよ」
なんだかとんでもないことを無造作にやってのけるクレネストに、エリオが目を丸くする。
「それよりも、私の仮説が正しいとしたら、この状況をどう見ますか?」
「陽動……でしょうか? この混乱に乗じて裏手から進入し、施設を破壊するか、あるいは破壊する準備を進め、なんらかの交渉材料に使う」
エリオの答えにクレネストは満足げに頷く。
「そんなところでしょうね」
「ですが敷地は広く、建屋で区切られていますから、全ての施設を破壊するというのは極めて困難と思われますが……」
二人は思案顔でうつむくと、突然気がついたようにはっと顔を上げた。
互いに顔を見合わせて頷き、後ろを振り返る。
事務所を挟んで向こう側に、巨大な白い建物が見え。左隣に低めの建物。
さらに左には、星動力を溜めているタンクが設置されている。
エリオが、それを見やりつつ口にした。
「ステラ採取施設が一つ二つ破壊されたとしても、星動力の供給に大きな支障はでません。だけど、変換施設を破壊された場合、供給区域の機能が数ヶ月は麻痺しますよね? 十数基ある変換機は一つの建屋に収まっていますから破壊も容易なのでは?」
「エリオ君、急ぎましょう」
そう言ってクレネストは走り出し、エリオも後について行く。
「クレネスト司祭! 何処へ行かれるのですか?」
それに気がついたレイオルの声がかかる。クレネストは一度立ち止まって振り返り、
「今は説明している時間がありませんので、とにかくこの場は頼みます!」
そう言い残して再び走り出す。
事務所の右横を通り過ぎ、場内奥へと進むと――それにつれて、辺りは薄暗くなっていく。
誘導灯の弱々しい青い光を頼りに、二人は変換施設を目指した。
目的の建屋は、採取施設に比べるとひと回り小さいが、それでも相当に大きい。しかし、入り口はすぐに見つかった。そこには五人の人影が見え、地面に一人が倒れている。
「お前達! 何者だ!」
倒れているのが守衛であることを見て取り、エリオが誰何の声を上げた。
五人はこちらを振り返り、一瞬考えるように動きを止めるが、そのうち三人が両手に一本づつ何か長い物を取り出すと、猛烈な速度で接近してくる。明らかに通常の人間の速度ではない。
エリオはクレネストを庇うよう前に出て、ローブを一瞬ひるがえすと、いつの間に取り出したのか両手に二本づつ、計四本の星痕杭を握っていた。
流れる一連の動作で四本の杭を射出する。
向かってきた三人は、避ける間もなく青い光に貫かれて地面に転がった。
クレネストも星痕杭を一本取り出す。
何を思ったのか、こちらは空へ向かって射出した。
速度が遅く、青い光りのスジが、なんだか弱々しくよれたような感じで上昇していく。
目の前の二人は意図を計りかねているのか、しばらくそれを注意深く観察していた。
突然辺りが昼間のように明るくなる。
遅れて花火のような破裂音が鳴り響き――宙に大きな光の球が浮かんでいた。
その光りに照らされて、二人の侵入者の姿があらわになる。
一人はエリオと同じくらいの上背で、黒髪の眼鏡をかけた痩せ気味の青年。その後ろにいるもう一人は、いかにも厳格そうな顔つきの、かなり体格のよい老人。
どちらも闇の中に溶け込む黒いローブを身にまとっている。
「あらら、これはこれは」
こちらの素性を察したのか、青年が困ったように頭を掻く。
「レネイド……貴様の作戦バレてるみたいだぞ?」
「守衛さんの対応が早いから吃驚してはいたけど、なーんでバレちゃったかなぁ? 君達教えてくれる?」
レネイドと呼ばれた青年が、愛想笑いを浮かべて尋ねてくる。
エリオの後ろにいるクレネストはうつむいて、小さくなにかを呟いた。
「おや? その子可愛いねぇ――でも、デートしていた真っ最中ってわけでもないだろう? お星様諸君!」
エリオは無言でレネイドを睨みつけ、クレネストも動かない。
「つれないねぇ、まぁ言いたくないならいいけどさ~、ゼクター」
「なんだ?」
ゼクターと呼ばれた老人が、腕組みしながら不機嫌そうにレネイドを睨みつける。
「こっちの作戦を看破したのは褒めたいところだけど、こんなガキんちょの下っ端二名じゃね。時間もないしさっさとやっちゃおうよ。ああでも、そこの女の子は殺しちゃだめだよ? なんだか面白そうだから僕が貰う」
「貴様という奴は……」
声音に不満を含みながらも、腕組みをといてゼクターが前に出てくる。
クレネストもエリオの横に並び、両者が対峙した。
レネイドはおもむろに懐から金色の針を取り出し、歌らしきものを口ずさむと印を切り初める。
紡がれる術式が帯状の白い光となって、青年の周りに円陣を作った。
それを見たクレネストの片眉が一瞬ぴくりと動く。
「禁術……」
その呟きに、エリオが驚愕する。クレネストの方も素早く印を切りはじめた。
術を完成させてはならない。エリオは阻止するべく星痕杭を放つ――
が、青年は余裕の表情で、それをかわした。
エリオは焦り、更に杭を放つが、空を通り過ぎるだけだ。
やがて、金色の針が術式となって消えた。
満面の笑顔を浮かべたレネイドが、ゆっくりとエリオに手をかざす。
「じゃあ、まずはそこの男の子から、さようなら~」
その指先から無数の紫電がほど走った。
大気をつんざく破裂音が鳴り響く。
避けることなどできようはずもない。
エリオはただ無意味な防御姿勢をとり、目をつぶって身体を硬くした。
まるで時が止まったかのような感覚が辺りを支配し――
だが、しばらくしてエリオは、戸惑いの表情を浮かべながらゆっくりと目を開く。
彼の身体には特になにも起きておらず。
眼前のレネイドを見ると、彼は唖然とした表情を浮かべ、ゼクターの方も、ここへきて顔に緊張の色を滲ませていた。
レネイドとエリオの間には、星痕杭が一本地面に突き刺さり、白い煙を上げている。
「禁術を使ってくるのは意外でしたが、無駄だらけですよ? 火遊びはいけませんね、ボウヤ」
クレネストはあごを上げ、レネイドを睨みつけながらそう言った。
明らかな年上をボウヤ呼ばわりした上に、恐ろしく蔑んだ表情。静かな怒りの気配を全身から発散している。
当然だ――こいつ等のせいで、彼女は多くの人を殺めなければならなかったのだ。
レネイドの顔からは、余裕の笑みが消えていた。
「なんでお星様に分かるんだ?」
「それは今の禁術を防いだことに対してですか? おあいにく様、術式を見れば術の性質に関係なく、何をしてくるのかなんてすぐにわかりますよ」
冷めた口調で、それがまるで当たり前であるかのように言うクレネスト。
レネイドはたじろき、呻いた。
「クレネスト様、今のは一体どうなったのですか?」
「星痕杭に式を組み込んで、雷撃をそちら側に落として防ぎました」
地面に突き刺さっている星痕杭を彼女が指差す。
種を明かしてみれば簡単のように思える。ただ、あくまでそれは、相手が何をしてくるのかが分かればの話しであった。
「……ほう、今そこの小僧はクレネストと言ったか? ということは小娘、お前が噂のクレネスト・リーベルか?」
エリオが彼女の名前を呼んだのを聞いていたのか、ゼクターが興味を示し、少女の姿を観察する。
「どういう噂かは存じかねますが、確かに私はクレネスト・リーベルと申します」
クレネストがそう答えると、ゼクターはローブの下から大振りな片刃の剣を抜き、腰溜めに構えた。
その全身から老体とは思えないほどの強烈な殺気を放つ――力量を推し量るかのように、彼女の翠緑の瞳を鋭い眼光で威圧した。
だが、受けるクレネストの清冽な瞳は一切の揺らぎをみせず。老人とは対照的に圧倒的な静けさで佇んでいる。
その周囲には聖域の如く厳粛な気が流れ、殺気も眼光も、一切の不純を許さず解け消えてしまう。
ゼクターは思わず唸り、その額から一筋の汗が流れたその時、
「へぇ、この子がお前が言ってたリーベルちゃんか。てっきり単なる下っ端……アガっ!」
別の意味で空気が読めないレネイドの頭を、ゼクターが剣の峰で殴りつけた。
さすがに縦は猛烈に痛かったのか、彼は頭を押さえてうずくまる。
エリオが微妙そうな表情をした。相手のことながら、あれは痛そうだ。
「ふん、馬鹿者が……いいからさっさと退くぞ!」
「えー! なんでさー!」
「聞こえないのか?」
涙目で抗議するレネイドに、ゼクターは夜空を見上げながら言う。
よく耳を澄ますと、遠くの方からサイレンの音が聞こえてきた。
レネイドは舌打ちし、
「でも、今すぐ片付けてしまえばまだ時間は……」
なおも食い下がろうとする彼を、老人が一瞥した。つまらなさそうに鼻を鳴らす。
やる気なさそうにゼクターは、ゆっくりと頭上に剣を掲げた――
何をするのかと警戒していると、老人が目を閉じる。
エリオは怪訝な表情で、老人とクレネストを交互に見た。
彼女は彼女で特に何もせず、半眼で佇んだまま。
と――辺りの音が消えた――そんな感覚。
刹那――老人が目を大きく見開き、鋭い眼光がこれまで以上の重圧を放つ。
一閃!
剣から七つの黒い影が飛び出す。
風巻き、硬い地面をズタズタにえぐりながら、クレネストの周りを旋回し――彼女の身体を食い破らんと、四方八方から一斉に襲いかかった。
近くにいたエリオは避け損ねて弾き飛ばされ、腰の右側あたりを引き裂かれる。
傷はそれほど深くはなかった。受身を取ってすぐに立ち上り、油断無く星痕杭を構えた。
彼女の姿を探す。
「クレネスト様!」
舞い上がった砂埃が徐々に晴れてくると、ようやく彼女の姿が見え始めた。
無事なその姿に安堵の息を漏らしたのもつかの間。
クレネストは、頭と頬のあたりから僅かに血を流していた。
マントも服も、ところどころ破れている。
たいした怪我ではなさそうだが、エリオはそれでも青ざめた。
血を手で拭い、それを見て彼女は短く息をつき、静かに口を開く。
「完全には防ぎきれませんでしたか、お強いですね……でも」
軋む音と共に、ゼクターの剣にヒビが広がる。後方には、縦二つに割られた星痕杭が転がっていた。
老人は片膝をついて、自分を見下ろす少女を睨みつけ、傍らの青年に問う。
「どうだ? このような難敵相手に時間制限付きではどうにもなるまい」
「……分かったよ」
レネイドはがっくりとうなだれ、ようやく納得して引き下がる。
ゼクターは立ち上がって埃を払うと、改めてクレネストに向き直り、
「クレネスト・リーベル! 私の名はゼクター・アルバートルだ! この場は退くが、星を破滅に追い込む貴様らを我々は許しはしない! あらゆる手段を使ってノースランド国家と、星導教会を粛清し、星を破滅から救うものである!」
そう宣言すると、ゼクターは剣を高々と掲げ、一気に地面へと叩きつける。へし折れた剣から黒い霧状の何かが発生し、彼等の姿を一瞬で覆い隠した。
「逃がすか!」
エリオがそこへ向けて四本の星痕杭を放つが一切の手ごたえはなく、霧が晴れると両名の姿は既にそこにはなかった。
二人はしばらく周囲を注意深く見回すが、結局なんの人影も見えず、気配も感じられない。
クレネストが作った光球も、弱々しく萎み始めると、辺りはまた元の薄暗闇に戻っていく。
いよいよ近づいてきたサイレンの音を背に、二人はようやく安堵の息を漏らした。
エリオは彼女に向き直り、頭を下げる。
「クレネスト様、申し訳ございません。お怪我をさせてしまった上に、取り逃がしてしまいました」
「いえ、よいのです。それよりもですね」
クレネストは地面に倒れてる守衛に近寄って様子を見てみる。
残念ながら既に事切れているのを確認し、星導教会の儀礼を以て印を切り黙祷した。
先ほどエリオが倒した三人も、一人は頭と心臓、他の二人は腹部に星痕杭を撃ちこまれて絶命している。
「こいつらは一体何者なんでしょうかね?」
「去り際に言っていたことも気になります……ん?」
何かに気がついたのか、クレネストは死体の首のあたりを調べ始めた。
胸の中央から首の周囲にかけ、皮膚が焼けただれて変色しており、他の二人にも同じような痕がある。両手に握っていた武器は、どうやら細長い小型の剣だったようだ。他に何か残っていないか念入りに調べてみるものの、これ以上、特に収穫は得られない。
と、その時、エリオが地面に落ちている物に気がついて、それを拾い上げた。
「クレネスト様これを」
「これは……」
どうやら、去り際にゼクターが地面に叩きつけた剣の柄のようである。鍔の部分には、蛇が絡みつく鳥の紋章が刻まれていた。
「これはなんの紋章でしょうか?」
「さて? どこかで見たような気がするのですが思い出せません。でも、この鳥は白鳳鳥ですね。蛇の方は毒を持たない大蛇ですが、名前は忘れました」
クレネストは念のため、その剣の柄を取っておくようエリオに言った。
「もっともこのような時に、あまり関わりたくはないのですけどね」
そう言って、心底疲れた様子で欠伸を漏らす。
眠そうにぽやっとした顔で、少女は星空を眺めていた。