●世界観B創世記・星の終わりの神様少女1

★☆4★☆

 ああ、いい星空だ。

 雲ひとつない晴天の夜空。

 記念すべきと言うべきなのだろうか? 最初の、「世界の柱」を打ち込む大事なこの日。

 今宵、エリオは見極めなければならない。

 彼女は本物なのか? それとも――

 二人は揃って教会を抜け出した。

 幸運なことに、昨夜のことで司教会議が随分と長引いていたのだ。

 レイオルとフェリスの両名も、参考人として会議の席に呼ばれていたので、宿舎には助祭の者しかいなかった。

 クレネストも同席してはどうかと話に上がったものの――事情を知らない者がいるのなら、自分は目立たない方が良いだろう――と言って、会議の出席を断ったらしい。

 宿舎にいた助祭達も夕食が終わると、早々に各自部屋へと戻ってしまった。

 クレネストとエリオの両名が、誰にも見られずに教会を抜け出すのは比較的容易であった。

 テスタリオテ市を離れ、星動灯すら設置されていない寂しい夜道を星動車は進んでいく。

 右手に広がるレーテ海は、銀の月明かりに照らされて輝いていた。

 向かう先の空には、かすかな灯りの中、かろうじて山の輪郭だけが認識できた。

 エリオは慎重にハンドルを握り、速度を控えめにして運転する。

 いよいよ「その時」が迫る今、重大な使命の実感と共に、その表情は硬い。

(もし、このお方の言っていることが、妄言だったら――

 小さな世界を作ると言う禁術など、本当にできるのだろうか?

 その疑念は、どうしても頭の奥でくすぶり消えない。

 いや、さらに言えば、星が崩壊するという話自体が本当なのか?

 よくよく考えてみれば、彼女の話術と禁術をもってすれば、自分を騙すことなど、まったくたやすいことなのではないだろうか?

(いやっ、そこまで疑うのはどうかっ!?)

 あの時の、彼女の涙を疑いたくはなかった。

 怯えながらも、必死に言葉を搾り出した――あの少女の姿は、絶対に本物のはずだ。

 エリオは横目で、彼女の顔を盗み見る。

 対照的に――その隣に座っている少女は、苺ミルクの入った可愛らしいパックにストローを挿し、相変わらずの眠そうな表情で呑気に飲んでいる。

 相当の自信があるのか分からないが、全く緊張している気配は見られない。 

(はは、この方のこういうところが頼もしいというか……)

 二歳年下の少女。しかし中身はまるで別物。

 彼女なりに相当の苦労をしてきた証なのだろうか?

 そういえば、彼女が最年少で司祭に昇格するきっかけとなった巡礼の旅。パトリック司教は随分と苦労をしたようなことを言っていた。

(一体何があったのやら……とはいえ、さすがにこちらからは聞きづらいよなぁ)

 あの日、書斎で聞いた話だけでも、彼女の過去は相当に重いということは想像に難くない。迂闊に話をふって、地雷でも踏んでしまったら――

 そんなことを考えていると、クレネストが口を開いた。

「さすがに緊張しますね」

 それを聞いてエリオは、意外そうに「えっ?」と、声を上げた。

「緊張してたのですか?」

 クレネストは不思議そうに首を傾げながら、横目でエリオを見る。

「なんですか? その意外そうな反応は」

「ああいえ、とても落ち着いていらっしゃるように見えましたが?」

 エリオがそう言うと、クレネストはフロントガラス越しに夜空を見上げながら、長い息を漏らした。膝の上に乗せてある一本の赤い杭、「原始の星槍」を撫でながら言う。

「……緊張はしてます。上手く行くと良いのですけど」

 クレネストは特別無表情というわけではないのだが、普段の彼女はあまり感情を大きく表に出さない。それで分からなかったのだろうか?

 ――と、そこまで考えて、エリオは別の何かに引っかかる。

(あれ? むしろ逆なのかな?)

 そう考えると今の彼女は、なるべく感情を出そうとしていないようにも見えた。

 それならばと、エリオは口を開く――

「いやぁ、僕もお恥ずかしながら大変緊張しております」

 正直にそう告白すると、クレネストが弾かれたように彼の方へ顔を向けた。

「そ、そうなのですか? 見えませんが?」

 身を乗り出し、疑うような視線でこちらを覗き込んでくる。エリオは思わず苦笑した。

(なんだ、僕もそうは見られてなかったのか)

 なんだかこの少女との距離が、ちょっとだけ縮まったように感じて、少しだけ嬉しくなってきた。

「はは……クレネスト様の方こそ、意外そうな反応してらっしゃるじゃないですかー」

 エリオがにこやかにそう答えると、クレネストは深々と背もたれに寄り掛かり、苺ミルクのパックを畳んだ。それから、口元でこぶしを作ってうつむく――

「あの? どうかされましたか?」

 彼女がそのまま黙り込んでしまったので、エリオが心配げに声をかける――と、クレネストは突然「ぷっ」と吹き出した。顔を向こう側へ背けて、肩を震わせている。

 どうやら笑っているらしかった。

「い、いえいえ、すみません……た、確かにそうですよね」

 そう言いながらひとしきり笑うと、クレネストは居住まいを正す。

 笑い声を無理に押し殺すところは、いかにも彼女らしかったが、エリオはこの反応に新鮮な感動を覚えた。

(この方が笑ってくださることが、こんなにも嬉しいとは……)

 一体、彼女はどんな顔で笑っていたのだろうか? エリオにはそれが気になるところだった。

 この暗い夜道では、あまり前方から視線を外すわけにもいかないのが悔やまれる。

 それからしばらく――

 お互いの緊張を紛らわすかのように、他愛も無い会話を続けていた。

 車はいつの間にか山間部へと差し掛かり、道幅が急に狭くなる。辺りの闇はいっそう深まり、極端に曲がりくねった危険な道を、エリオは更に速度を落として慎重に進んだ。

 隣のクレネストは地図を開き、小型の星動灯で手元を照らしながら、現在走っているであろう大体の位置に指を置く。

「この先、左に小さな道がありますので、左折してください」

「はい」

 クレネストの言うとおり、しばらく進むと左へ曲がる道が見えてきた。

 どうにか一台の車が通れる程度の道幅。加えてそこは、舗装のされていない砂利道だった。緩やかな登り坂になっており、左右は山林に挟まれている。

 そんな道を無秩序に激しく揺さぶられながら、ゆっくりと星動車は登っていった。

「これはどういった道なのですか?」

「どうやら、北側の街道へ抜けるための脇道のようですね。こんな細いとは思いませんでしたが、好都合です」

 やがて頂上付近へ到達すると、広場になっている場所があった。

「エリオ君、そこの広場の中央付近を照らすように停めてください」

「はい」

 広場に侵入すると、エリオは言われたとおり、中央付近を照らせる位置に車を移動させる。

「こんなものでいいですか?」

「……はい……」

 そう答えた少女の声が震えていた。

 見ると自分の体を両手で抱き、眉を吊り上げ、口元を硬く結んでいる。

「クレネスト様、大丈夫ですか?」

「ご心配なく、ただの武者震いです」

 そう言って彼女は、胸元で強く両拳を握った。

 数回深呼吸を繰り替えしてからダッシュボードを開くと、中から短剣とカップを取り出す。

「あっ! と、クレネスト様……少々お待ちください」

 それを見て、慌ててエリオが制止の声を上げた。

 車内灯をつけ、体を捻り、後部座席に置いてある鞄を取ると、中から何かの器具を取り出す。

「それは採血管ですか? よく手に入りましたね」

「身分証を提示したらあっさり売ってもらえましたよ?」

 エリオがそう答え、クレネストは拍子抜けしたような顔で、準備を進める彼の手元を見つめた。

「それではクレネスト様」

「はい」

 エリオは彼女の腕を取って袖を捲ると、ゴム紐で上腕部を縛り、針を刺す場所を消毒する。

「親指を中に入れて握ってください」

 クレネストは言われたとおりに手を握る。特に怖がる様子はなかった。もっとも、短剣で手首を切るのに比べたら、遥かにまともで安全だろう。

 エリオは血管に狙いを定め、

「では、失礼します」

 そう声をかけてから手を動かす――

 針が淀みなく、吸い込まれるように少女の腕に入り込んだ。

「……大変お上手ですね」

「痛くありませんでしたか?」

「いいえ、ありがとうございます」

 手の自由が利きづらいので心配だったが、どうやら上手くいったらしい。

 彼は彼女の目を盗んで、こっそりと自分の腕で練習していたのだが、何度も痛い目を見た甲斐があったというものだ。

「二管で丁度一七フォズ採血できますので、多少時間をおいて取った方が負担が少ないでしょう」

「お任せします」

 二人は容器に溜まっていく血液を注意深く見守った。

 数分後――

 クレネストとエリオは車を降り、広場の中央に立っていた。

 車の前照灯に照らされて、地面には細長い影が落ちている。

 こうして見ると、広場は結構な広さがあった。

 地面は土がむき出しで、ところどころに雑草も生えていたが、わりとこういう場所にしては綺麗な平らになっていた。

 エリオは、クレネストの血液が入った容器を大事そうに抱え――クレネストの方は、身体の調子を確かめるように、自分の両手を見つめながら、握ったり開いたりを繰り返していた。

「お加減はいかがですか? クレネスト様」

「はい、おかげさまでいつもよりは……」

 そう言うと、クレネストは原始の星槍を地面に置く。

「それもここへ」

 彼女に促され、エリオは言われたとおりに、その横に容器を置いた。

「では、少し離れていてください」

 エリオは邪魔しないように、照明の外まで下がって見守る。

 クレネストはそれを見て頷くと、目をつぶり、両手を左右に広げて大きく息を吸った。

(い、いよいよか)

 一瞬の静寂――

 ゆっくりと――美しくも哀愁の漂う旋律を持った、異国の賛美歌のような歌声が響き渡った。 

 静かな序曲の八小節目までが終わると、クレネストが印を刻み始める。

 流れるような手の動き、一点の曇りもなく。

 指揮者のように腕を振るい――

 より一層、壮大になった歌声の中――術式が刻まれた白銀の帯が、円陣となって少女を取り囲む。

 ――否、その光の帯は彼女の周囲のみに留まらず、広場一帯へと広がり続けた。

 ついには空へと舞い上がり、幾層にも重なって奇跡の言語を描き続ける。

 辺りは膨大な術式で埋め尽くされ、己の正気を疑うほどの幻想的な空間。

 そんな中、エリオは膨大な光りの奥で、祈るように合掌する少女の姿を見た。

 さながら白い巨大な鳥が、今にも翼を広げんとしているような錯覚すら覚える。

 体の奥底から来る震えを止めることが出来ず、エリオはたまらずその場にひれ伏した。

 ノースランド国、星導教会では「神」という概念は存在しないが、この時彼は、この少女の姿に、それと同一の感覚を見出すこととなる。

 彼女に対する僅かな疑心。もはや全てが焼かれて消えた。

 ――圧倒的な神聖――

 ――辺りを漂っていた術式は急激に収縮を始め、原始の星槍へと吸い込まれるようにして消えた。

 術式を吸い込んだ原始の星槍は白く変色し、青い光りの輪郭線を浮き上がらせ、宙に浮いていた。

 血液の入っていた容器は空になり、割れた状態で転がっているが、辺りに血が飛び散った形跡はない。どうやら全て術式となって消えたようである。

「ク、クレネスト様」

 地面に膝をついたまま、震える声でエリオは少女の名前を読ぶ――

 しばらく確かめるように原始の星槍を見つめていたクレネストが、一瞬笑みを浮かべると、すぐにそれを収めてエリオの方へと歩み寄ってくる。

「行きますよ。見とれてる暇はありません」

「は、はい!」

 二人は急いで星動車に乗り込み、広場から車を出すと、元来た道を引き返す。

 広場からある程度離れたところで、クレネストは印を切って呟いた。

「術式……第一段階解放」

 鏡越しに白銀の光りが膨れあがるのが見え、鼓膜が圧迫される嫌な感覚と共に、鈍い音が山林を揺るがす。

「もっと急ぎますか?」

 エリオがそう尋ねてみると、クレネストは膝の上で手を組み、

「いえ、あなたはあくまでも、事故だけは起こさないよう慎重に運転してください」

 と、彼にそう指示を出す。

 やがて元の街道に戻り、車はテスタリオテ方面へと向かう。

 その途中――

(なんてこった)

 クレネストもさすがに一瞬苦い表情を見せる。

 前方から光りが近づき、対向車線を一般車が数台通り過ぎていった。

 一瞬どうするのかを聞こうとして、エリオは思いとどまる。

 ゆっくりと印を切り始めた少女を止めようとはしない。止めることなどできない。

 全ての人の安全を確認してから、などという余裕はないのだ。

「術式……第二段階……解放……」

 夜道の先が鮮明に見える。強烈な光りによって――遅れて下から突き上げるような振動。あわせて耳鳴りにも似た高音が響く。更に寸秒遅れて風が吹き荒れ、驚いた鳥達が一斉に飛び立った。

「今ので半径五セル以内の代償が、全て術式となって消えました」

 クレネストは感情のこもらない声で静かにそう答え、ほどなくして光りが弱まる。

 ようやく背後の状況を鏡で確認できるようになると、巨大な光の壁が、すぐ近くまで迫っているのが見えた。しかし、目を凝らしてよく見ると、それは壁というよりも、膨大な光りの帯の集合体。おそらくは全て術式なのだろう。

「エリオ君」

「あ、すいません」

 つい目を奪われていた――慌てて前方を見る。

 もはや、前照灯をつけなくても辺りは十分明るいが、白い世界に染められたこの場は、あまりにも不自然で不気味だった。

(い、生きている間に、こんな……こんなことがあるなんて)

 エリオは奥歯を強く噛み締めた。

 その顔に浮かぶ表情は、笑みの形になっていた。

 軽い興奮状態にあることを自覚し――ふと、気になってクレネストの横顔を盗み見る。

 やはりというか、無表情のまま前方を見つめる少女。

 とはいえ、内心は一体どのような思いなのか想像もつかない。今ので誰かが巻き込まれて犠牲になっただろうとか、おそらくそんな単純なことではないだろう。

 エリオは気を引き締めて「冷静になれ」と頭の中で繰り返す。

 互いに無口になったまま、星動車は白銀の光りを背に山間部を抜ける。海沿いの道までたどり着くと、またも向こう側に星動車と思わしき光りが見えた。

(頼む! こないでくれ!)

 エリオはそう祈るが、願いも虚しくその光りはこちらへと向かってくる――いや、それは勘違いだった。

 二輪星動車と思わしき単照明。それが対向車線側の道路脇で停車している。

 乗り手は黒い服に身を包み、防護帽が頭全体を覆っていることだけ確認できた。その横を通り過ぎる際、相手が一瞬こちらを見るものの、すぐに光りの方へと視線を戻す。

 くれぐれも今の人が、これ以上近づかないように祈るばかりである。

 十分に離れてみて分かったが、壁のように見えたそれは、巨大な光りのドームを形成していた。

 ――そろそろ頃合とみたのか、クレネストがゆっくりと両手を前にかざす。

 何かの歌のようなものを口ずさみながら、印を切り始めた。

 さっきよりも長めの術式――

 やがて術式が完成するが、何を思ったのかクレネストは手を下ろす。

 そして――

「あの……手を握ってもよろしいですか?」

 エリオは思わず車を停めた。

 何かを言おうとして彼女の方へと顔を向ける。

 が……

(なんて目をなさるのか――

 翠緑の瞳に射抜かれてしまったエリオは、結局何も言えなくなってしまった。 

 クレネストは返答を待たず、何かを求めるように右手をエリオの方へと伸ばす。エリオも吸い寄せられるように、ハンドルから手を離すと、彼女にその手を握らせた。

 クレネストは頬を緩め、一言こう呟く。

「封印解除」

 その後、あたりの音が一切消えた。

 時が何十倍にも引き延ばされたかのように、この世の振り子はゆっくりと流れ――

 これは錯覚なのか? 現実なのか? エリオには全く判別がつかない。

 ただ、緩やかに流れるその時間の中、世界が次第に色を失ってゆく。

 すべてが真っ白だ――

「……くん」

 耳元で声が聞こえる。

「……リオ君」

 それが女の子のものであることはとりあえず理解できたが、頭が痛く、耳鳴りがしてよく聞こえない。

「……エ……リオ君」

 意識は途切れずはっきりしているつもりだったが、とにかく現実味がなく、それが何に対してなのかも理解できない。ただ、彼はとりあえずとして呆然とする選択をしていたのだが、視界はなぜか妙に良好だった。

 目の前には眠そうな顔した女の子。

(誰だ? 一体これはどうなって……)

 肩を揺さぶられ、頬を軽く叩かれる感触。

「聞こえますか? エリオ君」

 突然耳鳴りが止む。

 急速に時間が追いついてくるかのような奇妙な感覚――

 エリオの目に意思の色が戻ってきた。

「あ、あぁ、クレネスト様……」

 エリオがそう名前を呼ぶと、少女はどこか満足気で、穏やかな表情を見せる。

 記憶が混乱し、痛む頭を片手で抑えながら、ずり落ちていた体を持ち上げて、居住まいを正す。体はしっかりと動くようだ。

 クレネストはそれを見て安心したのか、「ほっ」と息を吐き身を引くと、座席に深々と寄りかかる。

「どうなったんですか?」

 エリオは、未だにしっくりこない自分の頭を軽く叩きながらそう尋ねると、クレネストは横目で、エリオの顔を見て言う。

「私もまだ見てませんので……」

 そう言われて座席越しに後方を見やれば、道路のいたるところに大小さまざまな亀裂が走っていた。

 その遠方にあったはずの山々は、青白い光りを放つ霧のようなものに覆い隠されているようだ。

「車……降りましょう」

 そう言って車から降りるクレネスト。エリオも座席のベルトを外し、ドアを開けて車から降りた。

 道路の中央に立ち、その先にある「それ」を見上げると――不思議と驚きは感じなかった。

 途中で何かが焼き切れてしまったかのように、エリオは無表情のまま呟く。

「世界の柱……」

 目の前のこれは現実なのだろうか?

 天を貫く一本の、まさに雄大豪壮な柱があった。

 山数個分の太さに加え、一体どのくらいの高さがあるのだろうか? 頂上は霞んで全く見えない。

 柱を飾るように巨大な球体が張り付き、その周りにも小さな球体――とは言っても、それらも十分巨大なのだろうが、その全てが青紫色の淡い光りを放っている。

 柱の表面は、光りが網目のような軌道を描いて走りぬけ、機械的な印象を与えた。

 ここからでは離れすぎていて断定はできないが、表面は思った以上に複雑な形状をしてそうである。

 霧と思っていたものは、柱の周りを渦巻く雲のよう。

「何度も……何度も……これを思い描きました」

 いつの間にか、隣にクレネストが来ていた。

 世界の柱を見上げるその横顔は、とても嬉しそうで、どこか寂しそうで、瞳には光るものが浮かび始めていた。

 空へ向かって手を伸ばしながら、よろよろと歩み出て――

 そんな彼女に、エリオはおそるおそる声を掛ける。

「クレネスト……様?」

 すると、少女はハっとして目を見開き、伸ばしていた手を下ろすと、恥ずかしそうにうつむいた。

(まぁ、無理もないかな)

 彼女の心境、察するに余りある。

 エリオが就任するまではずっと孤独に、あの書斎で苦悩していたであろうクレネスト。その結果の一端が、今ここで開花し始めたのだから。

 彼女の気がすむまでエリオは待つ――

 しばらくして彼女が顔を上げると、元の眠そうな表情に戻っていた。

「さて、戻りましょうか、エリオ君」

「はい……と、例の眠気覚ましお願いできますか? さすがにヤバいです」

 そう言ってエリオは目をこすると、クレネストの方も口に手を当て、

「……ふぁ……私もです」

 どうやら、眠そうではなく本当に眠たいようであった。

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