●世界観B創世記・星の終わりの神様少女2

★☆2★☆

「白いですね」

「はい、白です」

 エリオの呟きに、相変わらず眠そうな顔をしたクレネストが答える。

 ポッカ島北東部にある港に到着した二人は、島の中央より北海岸沿いに位置する町、マルネリオ町へ向けて星動車を走らせていた。

 その途中、この辺は沢山の畑があったはずなのだが、植物という植物は枯れ果てており、見る影もない。一面は多少ムラがあるものの、真っ白な粒状の物に覆われていた。遠方の山並みは青々としているところを見ると、高台の方は比較的無事のようではあるが。

 クレネストは怪現象を記録している黒のファイルを手に取り、ページをめくる。

「セレスト本部には二ヶ月ほど前に報告されています。大地から噴出しているこれらは全て塩です」

「はぁ、塩ですか。これはやはり、その……例の影響なのでしょうか?」

 この場には二人しかいないので、多少過激な発言でも問題はないと思う。それでもエリオは抵抗感からか、少々控えめな言い方をした。

 もっとも、人前で口を滑らされても困るので、この程度の緊張感は常に持ってくれた方がよいだろう。

 クレネストは黒のファイルをたたみ、少し考えてから口を開く。

「わかりませんですよ。そうかもしれないし、そうではないかもしれません。私達から見ると、なんらかの関係がありそうに感じるかもしれませんが、なんでもそれと結びつけて考えるのはよくないです」

「なるほど……ではその、調査などはしていないのでしょうかね?」

「島民にとっては死活問題ですから、自治体は調査をしていると思うのですが、教会としては乗り気ではないかもしれませんね」

 今はセレストの大震災を優先するだろうし、本土からの調査団派遣は期待できそうにない。ポッカ島の星導教会は、立場上協力をしなければならないだろうが、なにせ地方の小さな教会である。

「二ヶ月前に報告があったきりで、なにも音沙汰なしですから、おそらく原因は全く分かってないのでしょう。でもですよ、私達にとってこの状況は好都合です」

「と、いいますと?」

「このことを口実にして、調査名目でしばらくこの島に滞在します。どちらにしましても、報告書を書かなければなりませんので」

 その間に「世界の柱」を打ち込む、というのがクレネストの狙いであった。

「もちろん世界の柱を打ち込むことが目的ですので、原因究明をしようというものではありません。塩噴き現象の報告書は、適当にそれらしく済ませるとしまして……」

 エリオが盛大に吹いた。突然のことに、少女はびくりと身体を硬直させてから、隣で運転している青年の顔を不思議そうに見つめる。彼は片手で口元を覆い、顔をひきつらせ、明らかに狼狽しているようだった。

 変な空気が星動車の中を漂う――

「あの……エリオ君? 私今、何か変なことを言いました?」

 クレネストがおそるおそる口にすると、エリオは数回咳払いした後に、横目で彼女の様子をうかがう。

 なんの邪気もなく、眠そうな目で見つめるクレネスト。

「あーええっと、そうですねぇ、クレネスト様……そういう風にこの現象名を略さない方がよろしいかと思います。それは、なんと言うかその……とても淫らな意味と勘違いされますから」

 彼は人差し指で頬を掻きながらそう答えて、困ったようにあさっての方向を見る。

(淫らな……? 淫らな……)

 眉をひそめ、頭の中でその言葉を反芻する。

 つまり自分は、人前で言うことを憚られるような、恥ずかしいことでも言ってしまったということだろうか? 

 思えば自分は、そういった方面の知識は殆どない。エリオの反応から察するに、これは相当まずかったのではないか? そう理解した瞬間クレネストは、顔が急激に熱くなってくるのを感じた。

 口元でこぶしを作って縮こまり、彼から顔を背ける。

「俗世に疎いもので、すみません。ではその……例えばどのような名称が相応しいのでしょうか?」

「そ、それでは……塩わき現象、ということで」

「ははぁ、『わ』ですね? なるほど……です」

 そう言って乾いた笑いの後、二人は気まずそうにしばし沈黙――

 ひたすら恥ずかしくはあったが、報告書に堂々と書いてしまわなかっただけ、幸いである。

 クレネストは気を取り直すため、胸に手を当てて深呼吸――

「それでなのですが、今回の柱は、新世界の維持に重要な機能が備わっている柱です。それ故に、前回とは違う代償が必要となります」

「特殊な機能ですか。今回は何を代償に使うおつもりなのです?」

「前回と同じ代償に加えて、ポッカ島の巨木、マーティルの大樹を使います。この代償をもって、柱に『大気制御』能力を付与します」

 答えた途端エリオの顔が強張り、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。どうやらそれなりに、この島の事情について把握しているようである。

 クレネストはさらに続けて口を開く。

「星のステラが飽和していた遥か昔より生育し、その放射を浴び続けた影響で、特殊変異したのがあの巨木です。そして、この島には、古くからあの巨木を崇めてきた人々がいます」

「マーティル教ですね」

 エリオの答えにクレネストが頷いた。

「ご存知かもしれませんが、周辺は彼等が占拠していて、部外者は立ち入ることができません。しかも、私達とはあまり仲がよろしくありませんので、まず中には入れてもらえないでしょう」

 それが最大の難関だった。結局のところ、こっそり潜入するしか方法がないのだが、見つかった時のリスクは相当に大きい。

「そのことについては、現地の状況や地形を把握してから作戦を立てなければなりませんね」

「クレネスト様のお父上が使っていたという、姿隠しの禁術は使えないのでしょうか?」

 おもいつきを口にしたのであろう、そんなエリオの顔を見る。いや、顔というよりも、その頭の方だった。

 しばらくの間クレネストは、赤毛のそれをしげしげと見つめていたが、突然「ぷっ」と吹き出す。

 エリオの顔に戸惑いの色が浮かんだ。

「いえいえ失礼しました。もちろん使えますけど、ちょっと変なことを想像してしまったものでして……」

「変なこと?」

「あなたには隠すようなことでもありませんので話しておきます。私の髪の毛や、瞳の色がこのようなことになっているのも、禁術の代償による影響なのですよ」

「えっ? あー……ああ?……あー」

 困惑しているのか、変な声を上げるエリオ。別に彼に対して隠しているわけでもなく、なんとなく言いそびれていた。彼も彼で気をつかっているのだろう、そのことについて聞いてくるようなこともなかったのだ。

「姿隠しは、術の対象となる生物の、体毛の色素形成に関わる一部を代償に使います。ので……あなたの場合は、その……ピ」

「ピ?」

「たぶん、ピンク色になるかと思います」

 エリオが短く呻いて、間の抜けた顔で固まる。

 少女は肩を震わせ、眠そうな目はそのままに、歪む口もとを隠して必死に笑いを堪えていた。術後の彼の姿を想像すると、おかしくてしょうがない。

 それはともかくとして、アイディアとして悪くはない。悪くはないけど、この手は使えないのである。

「私は私で、既に代償を使ってしまってますから駄目ですね」

「そうですかぁ」

 残念そうに髪の毛を弄るエリオ。

 他にも、服は隠せない等の問題がある。変なことを想像されたくないので、それは言わないことにした。

 そうこうしているうちに、二人を乗せた星動車はマルネリオ町に到着した。

 人造石の壁で作られた、簡素で小さな家々。陽射しを避けることが目的なのだろう、白い壁に朱色の瓦屋根がとても印象的だ。道幅こそ広いが坂道が多く、高低差が激しい。質素で、お世辞にも裕福そうには見えない町。それでも、坂を登り高い位置から見下ろせば、なかなかに風情のある光景が広がることだろう。

「あそこですね」

 地図を見ながらエリオに指示を出すこと数分。複雑に入り組んだ道を抜けた先に、ようやく星導教会ポッカ島本部が見えてきた。

 テスタリオテ市のような大きな街と違い、田舎の小さな教会。

 それなりに手入れが行き届いており、他の建物から比べれば飾り気もある。正門などというものはなく、駐車場すらないので、教会敷地の邪魔にならない適当な場所へ車を止めさせた。

 二人は車を降りると、それぞれが硬くなった身体を軽く動かして解きほぐす。

 と、その時――

「くきぃー! だから私の話を聞きなさいってば!」

 刺激の強すぎる超高音にクレネストは目をまわし、エリオは耳を塞いで車のボンネットに突っ伏した。

 見れば、助祭服を着た青年二人に、物凄い形相で食ってかかる娘がいる。

 年齢はエリオと同じくらいだろうか? 金色のセミロングに大きな青い瞳。いささか気の強そうな顔立ちながら、黙っていれば結構な美人である。健康的な浅黒い肌に、ショートパンツ。ヘソを露出させた姿は、いかにも南の島の娘といった感じだ。

 そんな美貌も残念ながら、今の姿はまるで、食いかけのエサを奪われた何かの獣である。

「ああもぅ、うるっせぇ女だなぁ! ここは教会なんだよ! そういうことは、お前等のお仲間に泣いて頼むか役場にでもいけ!」

「だからとっくに行ったってーの! それに、あなた達がこの国を動かしているようなもんじゃない!」

 到着そうそう面倒ごとは御免こうむりたい。とはいえ、こう教会の目の前でぎゃあぎゃあと騒がれては、放っておくわけにもいかない。クレネストは帽子を被り、不毛な議論を続ける三人へと近づいて行った。エリオもその後に続く。

「だいたいあんたの話は……!」

「あなた達、これは一体どのような騒ぎですか?」

 言い返そうとした助祭の青年の言葉を遮り、割って入る。三人の視線が、この小さな司祭の少女、クレネストに集中した。

 と同時に、二人の助祭がぽかんとする。女性の方も、驚いたように目を丸くしている。

 髪は青銀、眼は翠緑。

 彼女の容姿があまりに特異であることが、この場にいる者達を困惑させてしまったようだ。

――え、ええと、君はどうしたのかな? それは司祭様が被る帽子だから悪戯しちゃだめでしょ」

 おずおずと助祭の一人が、まるで子供を扱うかのような態度で話かけてきた。

  確かに、司祭というにはクレネストの容姿は幼すぎる。歳も彼等より下だろう。ある意味、仕方の無い事。

 とはいえ、これにはエリオの方がカチンときたらしい。彼女が口を開くよりも先に、語気を荒げてその助祭を一喝した。

「無礼者! このお方はセレストより巡礼中のクレネスト司祭様だぞ!」

 顔に似合わず大きな声が出るものだ。その迫力に圧倒された助祭達は、「ええ! 本当に司祭様なの?」「うわぁ! これは申し訳ございませんでした!」と、慌てて頭を下げた。

 クレネストは心の中で嘆息しつつ、咳払いをして話を続ける。

「それで、どうしてそのように揉めているのです?」

「いえ、こちらの女性がここ数日、毎日のように現れては妄言を……」

「も、妄言ってなにさ、妄言って!」 

「どう考えたって妄言じゃないか!」

 激昂する女性に言い返す助祭――クレネストは目をつぶり、こめかみのあたりを片手で押さえて考え込む。これでは話が進まない。

「わかりました……では、この場は私が引き受けますので、あなた達は下がってもよいです。それと一つお願いしたいのですが、私の助祭に、教会内を案内してあげてくださいませんか?」

 その言葉に二人の助祭は、顔を見合わせてから答える。

「はい、それはかまいませんけども」

「ではエリオ君。あなたには先に行って、手続きの方をお願いします。終わりましたら、礼拝堂で待っていてください」

「はぁ、お言いつけとあらば……でも、お一人で大丈夫ですか?」

 険悪な空気を体中から発散して、こちらを睨む金髪の少女を気にしつつ、エリオが耳打ちする。短く息を吐き、「なんとかしますよ」とクレネスト。

 彼は、「わかりました。ではまた後ほど」と言い残すと、心配そうに何度かこちらを振り返りながら、教会本堂の方へと去っていった。

 さてさてと、クレネストは金髪の少女と向き合う。

「改めて始めまして、星導教会司祭のクレネスト・リーベルと申します」

「サレイクシャ・マカドナータ。ややこしかったらサイシャって読んでくれていいよ。小さな司祭さん」

 いかにもポッカ島民独特の響きがある名前。

 刺々しい雰囲気を隠そうともしない彼女に対し、クレネストはいつも通りの眠そうな顔で、のんびりと問いかけた。

「サイシャさんですか、本日はどのようなご用件でしょう?」

「この島はもうすぐ崩壊して海に消えるの。だから島民を避難させなさいって警告に来たの」

 かなり長い沈黙――

 クレネストは眉根をよせ、口をへの字に曲げて一言。

「ええと……お帰り願えますか?」

「だからどうしてそうなるのさ!」

 本気で呆れた口調で、ばっさりと切り捨てるクレネストに、たまらず悲鳴を上げるサイシャ。

 あまりに言葉を選ばない物言いに、からかわれたようにしか思えなかった。この様子だと、一応この娘としては大真面目な話であるようなのだが、いかんせん荒唐無稽である。頭の中が惜しまれる人でなければよいのだが――

「そうは言われましてもね……とりあえずなにか根拠はおありですか?」

 クレネストが溜息混じりにそう聞くと、サイシャは「もちろん」と頷く。

「えーと、まずはそうねぇ……あなた、この島はどうやって出来たのか知ってる?」

 言われて記憶を探ってみる。確かポッカ島の歴史に関する文献で、そのような記述を目にしたことならある。

「ポッカ島は、元々今のような大きな島ではありませんでした。広大な浅瀬と、少ない陸地があっただけの所へ、海流等により運ばれてきた土砂が堆積して、一つの島を形成したと言われています」

「そうね、それはある意味正解なんだけど、完全な答えじゃないね」

 クレネストは首をかしげた。サイシャは得意げに続ける。

「この島に、マーティル様という偉大な神様が現れた。そのお方は力の湧き出る泉をお作りになり、その中に一本の木をお植えになったの。やがてその木は青い巨木となって大地に根を張り、その影響で隆起した土地が島の形成を促進した。そして、偉大なお力により引き寄せられた土が、バラバラだった島々を一つの物にしたということなの」

 なんと困った娘なのだろうか。宗教で論理を語られると本当に困る。

「ええと、あなたはその……やはり、マーティル教の方なのですか? 大変言い難いのですが、それはあなた達の間に伝わる単なる伝承では?」

 この言葉にサイシャは、不満げな表情を浮かべた。

「言いたいことは分かるし、あなた達は信じないんでしょうけど、単なる伝承とか言われるのは心外ね。全てが科学的に的外れというわけでもないの」

「はぁ、それはどういうことでしょう?」

「御神木の巨大な根が原因で、周りの大地に圧力がかかり、土地が隆起したのは本当の話。だからあの周りは複雑な地形なの。それと、海流だけでは説明がつかないほど土砂が堆積しているし、本来だったらそれだけで島ができるほど堆積なんてしない。土砂なんてすぐに流されてしまうもの」

 なるほど、それなら聞く余地があるのかもしれない。

 理屈を帯びた彼女の話に、クレネストは少しだけ興味をそそられた。

「ようするにマーティルの大樹がなんらかの物理的作用を及ぼし、土砂を留めることで、島が形成されているとおっしゃりたいのでしょうか?」

「へぇ、あなた、なかなか鋭いのね」

 そこまで聞かされれば、なんとなく察しがつきそうなものではないか、とは思うが、口には出さない。それに、彼女の中では決定事項になっているとしても、自分から言わせてもらえば単なる仮説である。

「そこまでは分かりましたが、それと島が崩壊するという話は、どのように繋がるのでしょうか?」

「あー、それなんだけど……」

 ここへきて、この快活な少女は言いよどみ、声の調子を落とす。

「私達としてはちょっと言い難いというか、信じ難いことで、そんなはずはないと思いたい。けどここ最近、御神木の様子がおかしくて、その……まるで枯れていくみたいに葉っぱが落ち初めてるの。以前は力強い輝きを放っていたのに、今はどことなく弱々しいし――それで、さっきの話だけど、今、この島全体に異変がおき始めているのはご存知?」

「しお……わき現象ですか?」

「それもその一つ。今、南海岸側では流出した土砂で海が濁ったり、がけ崩れが起きたり、色々と大変なことになってるの。これは、御神木のお力が弱くなったことで、島を形成する力が失われ始めている証拠。このままいけば、あとはどうなるのか分かるよね?」

「そういうことですか」

 クレネストは口元に手を当てて考える。

 マーティルの大樹は前回の巡礼で、一度だけ見たことがある。青白く変色した不思議な巨木。太さだけなら世界の柱と同等くらいかもしれない上、その根となると相当な長さだろう。その上、なんらかの超常的力があったとしたなら、地形に大きな影響を与えるということも無くはないかもしれない。

 が、しかし――

「ですが、そのような話が仮に正しいとして、私の方から説得にあたったとしても、おそらく誰も聞く耳を持たないですよ」

 クレネストがそう答えると、サイシャの片眉が跳ね上がった。

「どうしてそういう風に決め付けるの!」

 突然大声を出され、クレネストは微かにまぶたを起こす。普通の少女であれば、目を丸くしているというところであろう。

「あなたが言えば、もしかしたらみんな聞いてくれるかもしれないでしょう? ほんと星導教会って口ばかりで何もしない! そんな奴ばっかり!」

(そんなわけ……ないじゃないですか!)

 まくしたてるサイシャに対し、思わず反射的に口に出そうになった批難の言葉を彼女は飲み込む。

 代わりに体の奥底が震える嫌な感触がした。動揺を悟られないために、眠い表情のまま視線を落とす。

 自分も世間から見れば、十分荒唐無稽なことをやっている。それ故に、この娘の言うことが荒唐無稽であったとしても、それなりの理と可能性があるのなら、聞いてあげたいという気持ちはあるのだ。とはいえ、この物言いはあまりに自分勝手で都合が良すぎるように感じた。自分はあの時、エリオという協力者を得るために必死に考え、見定め、死ぬ思いで打ち明けた。それなのに、この娘はまるで危機感もなく、言いたいことを言う。

 なんであろう……? 自分はそんな彼女に嫉妬しているのか? それとも分かってもらえないことに傷心しているのか? 胸のうちに鈍い痛みを感じる。

 それでもクレネストは感情を押し殺し、ゆっくりと顔を上げた。

「仮に正しいとして、と言ったはずです。私としても、それが本当に正しいかどうかなど、なんの証明もなしに現時点では判断できません。無条件であなたの話を信用するわけがないでしょう」

 理路整然と言い返されたサイシャは、露骨に不快そうな表情だ。とっさに言葉が出てこないのか、「むぐぐ」っと唸って奥歯をかみ締めている。

 クレネストは一呼吸置いてから続けた。

「そのようなことをおっしゃるのでしたら、マーティルの大樹の衰弱と、島の崩壊が繋がるような因果関係を示す具体的な調査資料を提示してください。そういう資料を作成してはいないのですか?」

 念のため聞いてはみるものの、この調子ではあまり期待できそうにない。それはそれで、今日のところはお引取り願うつもりだった。

 しかし、彼女は予想に反する答えを返す。

「……あるけど?」

「はい?」

「だから、資料ならあるの。私のお父さんは昔からこの島の成立ちについて調べていてね、この件もお父さんが調べてたの。でも、資料が難解すぎて私にはちんぷんかんぷん。突っ込まれても説明できないから持ってきてないけど、家に戻ればどっさり」

 目を点にしたクレネストの額に一筋の汗が流れた。

「ええと、それでは何故お父様が直接来られないのでしょうか?」

「事故って両足と右腕骨折、その他もろもろの怪我で自宅療養中! だからこうして娘の私が説得に回ってるの」

「……あらまぁ……です」

 あまりのお気の毒な状況に、思わず口元を両手で覆う。それでは仕方がない。 

「どう? なんだったら家まで来る? お父さんもいるし、動けないけど話くらいならできるよ」

 クレネストは少し考える。本当かどうかはさておき、昔から島の成立ちについて研究している人物という点に興味が沸く。自分の想像が正しければ、大きな障害になるであろう問題が一つ解決するかもしれない。

「そうですね……お住まいはここから近いのですか?」

「いや、ちょっと時間かかる。マーティルカント村だから」

 マーティルカント村は、マルネリオ町から南にある山間の村で、その名の通り、マーティルの大樹のお膝元である。観光客が訪れることも多く、以前クレネストもその村で、マーティルの大樹を見学したことがあった。マーティル教徒が占拠している区域も、そのすぐ傍にあるので、もしかしたら、この状況を上手く利用できるかもしれない。

「ええとですね、今日はこれからやることが多々ありますので無理ですが、明朝からでよろしければ」

「かまわないよ。じゃあ明日の朝、迎えにいくわ」

「では明日、お願いいたします」

 クレネストがそう言って頭を下げると、「じゃあまた」と言い残して、サイシャは脇に止めてあった星動車に乗り込み、去っていった。

(彼女の言うことがもし本当でしたら……私は)

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