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幾何学的な光りの集合が、まるで一つの巨大な芸術品。
そんな夜景が広がる夜の街――
この国ではそれが常であるはずだった。
だが今は、星動力の供給を断たれ、街は火が消えたかのようである。
星導教会は予備の星動力変換装置を配備するも数が足りず、その供給は重要施設のみに限られていた。
そんな状況の中、意外にも住宅街では、いくつかの世帯に灯るはずのない明かりが散見される。
それらの住民の話によると、
「新しい動力の運用テストをしたいので、導入してみないか?」という話を、ある業者が持ちかけたそうだ。
懐疑的な者達が多い中、一部の物好きや、せめて明かりが欲しいという住民の間で、密かにそれが広まりつつあった。
「こうして見ると、まだまだ華やかさに欠けるわね」
ぽつぽつと遠くに灯る新動力の光りを見て、一人の美女が口にする。
紫色のドレスを着こなして、どことなく艶かしい動き。美麗な細い指をグラスに絡め、優雅にその中身を一口。
何気ない動作ですら、全てが絵になる妖艶さを兼ね備えている。
「いまにこの街……いや、世界中が新動力の光りで満たされて、美しい夜の街を彩るさ」
屈強な老人ゼクターは、椅子に腰掛けながら、そう言葉を返す。
「ええ、そうね……」
彼女は口数少なくそう漏らした。
気が無さそうにも思える素っ気無い返事。
それでも老人には、この女性の強い意志を感じていた。
星動力によって星を破壊しているノースランド国家、及び星導教会の過ちを正さなければならない。
これはその為の一歩だ――
ゼクターは煙草に火をつけ、煙を昇らせる。一呼吸置いてから口を開いた。
「それはそうと、テスとローデスが、あの大樹へ向かったそうだな」
「ええ、そうよ――あの子は特に適任ね」
「適任、か……」
彼女の言葉に、ふとゼクターは昔のことを思い出す。
テス・エレンシア。一見無邪気でお調子者の子猫みたいな娘だ。
無論、自分達とこうして動いている以上、只者ではない。
仲間に加わったのは六年前。滅亡主義者の過激派組織が、南大陸で起こした事件がきっかけだった。
レネイドが開発したレメサイド剤と、身体強化薬の原料にあたる毒草。滅亡主義者達はそれらを使い、超人計画と称して残虐非道な人体実験を繰り返していた。
ここでもまた、ノースランド国のヴェルヴァンジー村事件のように、幼い子供が誘拐され、沢山犠牲になっている。
薬物によって壊された子供達は、禁術の代償や、ステラの抽出原料に使われたり、あるいは人形同然で売られるか――
南大陸では、ノースランド国のように優秀な軍警察や、星導教会といった強力な組織もなく、小さな国が散在し情勢も良くない。貧困地域も多く、武装した過激派組織を取り締まることは困難だった。
そこで当時、裏の荒事を専門とするチームである彼等。ゼクター、レネイド、ローデス、そして今、目の前にいる女性、名をコルネッタ・リオデルと言う。この四名は、彼らが所属する教団の密命により、過激派組織の掃討作戦を展開していたことがある。
その際、敵の潜伏する実験施設にて、奇跡的に一人の女の子が保護された。
それがテスである。
最初テスは、猛然と彼等に襲いかかってきた。
どこで拾ったのか両手に銃剣を持ち、味方の部隊を次々と斬殺しながら、ゼクターとローデスにも斬りかかってきた。
おそらくは薬物の影響で錯乱状態にあったのだろう。テスの身体能力は凄まじく、法術強化された彼等二人がかりでも取り押さえるのは困難を極めた。遅れて合流したレネイド、コルネッタ等が戦闘に加わり、暴れ回るテスをなんとか捕縛することに成功したが、味方にも大きな損害を出してしまった。
今でもあの時のテスの姿は忘れていない。
まともに着る物も与えられず、異様に目をぎらつかせ、荒い息を吐きながら銃剣を打ち鳴らす娘を――
(だが、変れば変るものだな)
組織内にて再教育を受けたテスは、身体の成長こそ通常より大幅に遅れているものの、精神面は徐々に回復の兆しを見せていった。
薬物による身体への損傷も懸念されたが、彼女はそれに対して完璧なまでの適正を誇っていたのである。滅亡主義者等が出した、唯一の成果とも言えるのかもしれない。
「昔のこと、思い出してたの?」
流麗な目線がゼクターを見据える。さすがに鋭い。コルネッタが卓越してるのは、単なる大人としての美貌だけではない。
「ああそうだが、私にとっては昔というほどでもないな」
そう言って顔をほころばせるゼクターに、コルネッタがくすりと笑う。
両親というものがこの世を去り、戦いに明け暮れて特に結婚もしなかった老人にとって、まるで孫でもできたかのようにテスは可愛かった。
ローデスに至っては、父親風でも吹かせているかのような、教育っぷりである。
レネイドが「お兄ちゃんと呼んでくれれば嬉しいのに」とこぼしているが、まぁこれはどうでもよい。
数年で、あの子は随分と我々になついたものだ。
それを嬉しく思う反面、裏の世界で生きる我々と一緒にいることは、あまりよい状況とも思えなかった。
とはいえ、今更表の社会に突き放すわけにもいかないのである。
なぜなら彼女は、既に魔物にされてしまっているからだ。
「あの場所は、マーティル教の信徒が占拠して守っているらしいけど、あの子には無意味でしょうね」
「そうだな……しかし、あの大樹をどうやって破壊するのだ?」
いくらテスが卓越した身体能力、殲滅力を持っていると言っても、それだけであの巨木を破壊するのは不可能である。
「それなら心配いらないわよ?」
女が意味ありげな笑みを浮かべ、ゼクターの方へと歩み寄ってきた。
その肩に手を置き、老人の耳元で囁く。
「取っておきを渡しておいたもの」
「まさか、本国の遺跡で出土したあれのことか?」
「ええそうよ。あの遺物なら、十数本程度で事足りるわ。破壊のための術式を私自ら組み込んだもの」
「おいおい! テスとローデスは大丈夫なのかね?」
ゼクターは思わず身を乗り出した。
その遺物とは、古き時代に禁術で生み出されたとみられる強力な兵器である。一度組織内で、その威力がいかほどであるのかも試験したことがあった。
確かにあれを十数本も使えば、山のような巨木とて、無残な姿を晒すことは避けられないだろう。
だがしかし、二人がその破壊の余波に巻き込まれでもしたら一大事である。
そんなご老人の様子に、コルネッタは肩を竦めて言う。
「もう、おじいちゃんは心配しすぎ……あの子やローデスだって試験を見てたんだから、そんなヘマするわけないわよ」
「むぅぅ……」
確かにその通りであった。こう心配性を指摘されては返す言葉も無い。
「遺物で思いだしたけど……あなた、あの大きな剣はどうしたの?」
彼女のさらなる指摘に、ゼクターは口元を変な形に曲げ、面目無さそうに後ろ頭をかいた。
「例の娘に壊されてしまってな、逃走するときに完全に自爆させてしまったのだ」
あの時クレネストに破壊された剣も、今では失われた禁術で作られた産物であり、そうホイホイと壊してしまってよい物ではない。相手が相手だったとはいえ、施設破壊に失敗した上、貴重な武器も失うというのは、あまりにも不甲斐ない結果である。
「そう簡単に破壊されるような代物でもないはずだけど、あなた一体どんな使い方したのよ?」
少々批難気味に、それすらも色っぽくコルネッタの声。
「いやなぁ……剣気による技を放った瞬間に星痕杭で剣を狙われてな」
「だったとしても、星痕杭程度じゃ壊れないわよ。それにあなたほどの腕なら軽く斬り飛ばせるでしょう?」
「並の者が放つ星痕杭ならな……しかし、あの娘は並ではないのだよ」
言い訳するつもりはないが、自分の目にも、彼女が放つ星痕杭は影が走った程度にしか見えなかった。
彼女の挙動から予測して、防御できる位置に剣の軌道を取っていたため、なんとか叩き割りはしたが、剣は衝撃に耐え切れず、ひび割れてしまったのだ。
「ふぅん、まぁレネイドはともかく、あなたが嘘をつくとは思えないし、そんなに凄いの? その娘」
「うむ……まぁそうなんだがな……」
言いよどむ老人に、コルネッタが不思議そうな顔をする。
「……どうしたの?」
「何度思い返してもやはりあの娘、出し惜しみというか、手加減をしていたのではないかと思うのだ」
「手加減?」
「本気でこちらを潰そうというには、あまりに真剣味に欠ける……と言うかな?」
ゼクターの見解に、彼女は首をかしげて疑問を口にする。
「星導教会の人間が、どうしてそんなことをする必要があるのかしら?」
「それが分かれば悩まんよ。あの日の新聞にも、我々の存在だけが省かれていたし、まるでこれでは、逃げて欲しかったようにしか思えん」
「たんに取り逃がしたことで、責任問題にしたくなかったんじゃないの? 手加減というのは気のせいで、怖くて自信が無かっただけとか」
コルネッタの意見に唸るも、やはりそれでは納得がいかない。
(あの娘が自信がない? それは有り得んな)
ゼクターの気に気圧されることなく、厳然と翠緑の視線を動かさないクレネスト。自分も決して手加減して技を放ったわけではない。それでも多少怪我を負わせただけで防がれてしまった。単なる法術なのだろうが、あれほど強力な防御法術など見たことがない――
そんな彼女が自分達を恐れるだろうか?
いやむしろ、クレネストがその気になれば、自分やレネイドなどの手に負える相手ではない。と、直感がそう告げている。
「とにかく、青銀の長い髪をした翠の瞳の少女を見かけたら、できるだけ関わらんことだ」
「ふーん、まあ覚えておこうかしら」
彼女はあまり気のない返事を返し、空になったグラスをテーブルに置く。
(禁術を使わない星導教会の小娘など、眼中にあらずか)
天才法術使いのクレネストの話に、もう少し興味を持たれるかと思ったが、そうでもないようだ。
コルネッタも法術に関しては非凡な才能の持ち主ではあるし、レネイドなど問題にならないほど禁術にも精通している。
単なる法術使いのことなど、話だけでは興味を持たれないのかもしれない。とはいえ、自分達もそうやって甘く見ていて、手痛いしっぺ返しを食らっているのだ。
「もっともその娘、もしかしたらお亡くなりになっちゃうかもね」
彼女が漏らした言葉に、ゼクターの片眉がぴくりと動く。
「どういうことだ?」
「あなた達の尻拭い……グラディオルの精鋭班が、人形の余り連れてテスタリオテ市に向かったわ」
その名を聞いたゼクターが、思わず大きな音をたてて立ち上がった。
顔のしわを深くして、狼狽した様子で口を開く。
「ぬう、奴とクレネスト・リーベルがぶつかってはまずい」
「はぁ? 何言ってるのよ。いくらあなた達を退けた娘と言っても、彼は別格よ?」
コルネッタは眉根を寄せ、老人の言ってる事が理解しかねるといった表情だ。
「奴が負けるとは私も思わん。が、同時にあの娘を潰しきれるかどうかは、奴でも分からん。時間制限のない一体一の勝負ならまだしも、長引けば奴等の増援も次々と来るだろう? そうなれば、いくら奴でも多勢に無勢だ」
「ねぇ、どうしちゃったの? 随分と星導教会を持ち上げるじゃない。グラディオルがそんな苦戦するなんて有り得ないわよ。いくらなんでも買いかぶり過ぎなんじゃないのかしら?」
「持ち上げてるのは星導教会ではない。クレネスト・リーベルの方だ――」
コルネッタの言葉を訂正し、ふぅっとゼクターは紫煙を舞わせる。
「それにむしろ、そのグラディオルの強さが問題なのだ。クレネストもさすがに奴を前にしては手加減などできまい。私の眼鏡違いであればよいとは思う。だが、あの少女の力量がもし、私の見立て通りであれば、あの男とて後ろを見せる余裕など……」
「ゼクター、そーの心配はないよー」
ふざけた調子の声に遮られて、ゼクターが渋面になる。
声のする方に視線を移せば、そこには黒髪眼鏡の青年、レネイドが立っていた。
「ふんレネイドか……心配ないとはどういうことだ?」
「うっほ、コルネッタさん相変わらず美人で色っぽいっすなぁ、谷間がたまんねぇ」
「さっさと答えんか!」
ゼクターは額に青筋を浮かべ、テーブルに置いてあったグラスを彼に投げつける。
レネイドは飛んできたそれを器用につかまえると、
「リーベルちゃんならあの街にはもういないよ」
そう答え、テーブルの方へ歩み寄り、グラスを置く。
「なに?……いないとな」
「一昨日の夜さ、彼女と赤毛のオマケが、ペルネチブ半島の方へ向かうのを見たんで追ってたんだ。まっ、途中でちょ~っと二輪がイかれちゃってさー、追跡は断念したんだけどね」
「ふむ」
それを聞いて、ゼクターは再び椅子に腰を下ろす。
「あの巨大な柱の話は聞いてるよね? もしかしたらリーベルちゃん、巻き込まれてご愁傷様かもしれない」
「なんと……」
それが本当であれば、いささか拍子抜けである。
とはいえ、何処か頭の奥底で引っ掛かるものがあった。
「レネイドよ、その二人は何をしにペルネチブ半島方面へ向かったのだ? あの半島の先には小さな村があるだけかと思ったが、なんらかの用事で移動するにしても、夜に移動するのは不自然ではないか?」
「さぁね? どうしてもな急用でも入ったか、あるいは二人でこっそり抜け出して、人気の無いところでへっへっへ」
ゼクターは無言で、レネイドの手の甲に煙草を押し当てようとした。
彼はすんでのところでそれをかわし、一歩身を引く。
「ふん、急用に若造二人を回すほど人手不足でもあるまい。赤毛は知らんが、クレネストに至っては未成年ではないか。とすれば……まぁ若い二人だから、それは……いやいや、うーん間違いを犯すことも、でもまさかな……」
「ほら、お前だってそう思うだろ!」
「お前が変なことを言うからだ!」
顔を赤くして怒鳴りつけるゼクター。
引っ掛かっているのはそういうことではないのだが、レネイドのせいで変にこんがらかってしまった。
「ねぇねぇ、その……柱っていうの? 星導教会となにか関係がないのかしら?」
馬鹿をやっている男二人に呆れた調子でコルネッタが口を挟む。
「僕も一瞬それは考えたんっすけどねぇ。星導教会でも一部の人間にしか知らされていない超常的な秘密の何かがあって、あの天才少女じゃないとできない事を密命でやらせた……とか」
レネイドは眼鏡の位置を直し、愛想笑いを浮かべながらそう答えた。
まったくこの男は、いつもふざけてばかりだが、コルネッタにだけは真面目に答えるものだと、ゼクターは呆れ顔である。
「っと、これは確証性に欠ける話っすけど、あの柱が出現するちょっと前に、彼女が乗ってた車とよく似た車が、テスタリオテ市方面へ向かうのも見てるんすよねぇ。彼女がそういう何かをして、戻ってきたんじゃないかとも考えたんすけど~、なんかもう有り得なさすぎって感じっすよね」
「ふーん、顔とか見えなかったってこと? 車の色とか」
「どっちも白っぽい車だったと思ったんすけど、夜なのではっきりとは……それに、柱が出現する前兆なのかな? 強烈な光りが発生しましてね、それが背になってたんで、どうにも顔まではよく見えなかったんすよ」
ゼクターは腕組みし、コルネッタは手の平の上に頬杖をついて考え込む。
「――むう、なんだかわからんが……それではやはり、テスタリオテ市にクレネスト・リーベルがいるのではないのか?」
「ゼクター、だからもう有り得なさすぎって言ったろ。僕が今言ったこと自体、前提が的外れって可能性が高いんだから、戻ってきた可能性だって低いんじゃないか?」
無論、彼は気がつかない。
的外れと大当たりが推論の中に混在しているということを――
「結局の所、まったく無関係ってことかしらね? じゃあ、夜に二人が出てったのは――やっぱりそういうことなの?」
「そうっすなぁ、そっちのほうが可能性高いっすよ! 可愛い顔してても分からないもんすなぁ」
「へぇ、可愛かったのその娘?」
「でも、なんだか眠そうな顔してたっすけどねぇ」
「まっ、眠くなるほどそんなことを……」
「コルネッタよ――」
ゼクターがボソっとそう言うと、コルネッタは「あらやだ」と言って口元を隠す。
レネイドはともかくとして、彼女まで脱線しては難である。
老人は深く溜息をつき、煙草を灰皿の中で潰して火を消した。
クレネスト・リーベルが死んだとは到底思えない。確証はないが、そんな気がしてならない。
考えても詮無いことなのかもしれないが、ステラ採取変換場を襲撃した時のことを、もう一度思い返してみる――
クレネスト・リーベルの傍にいた赤毛の青年は、確か彼女に「様」をつけて呼んでいたはずだ。とすれば、おそらく上司と部下という関係ではなかろうか? 少なくとも彼女の方が階級が高いのであろう。
恋仲と言うには、やりとりが生真面目すぎる。
「レネイドよ、クレネスト・リーベルの履歴について調べることはできんのかね?」
「できないことはないと思うけど、そんなこと調べてどうするんだい?」
「私にはどうにもあの娘が死んだとは思えん。どうしてそう思うのか? と聞かれても答えようがないのだがな」
まるでそう確信しているかのように、ゼクターは強い口調で言う。
レネイドはきょとんとした顔をしながら頭を掻いた。
「あーまったく論理的じゃないけど、君の感の良さは侮れないからなぁ。ま、生きてるとすれば僕も興味あるし、ちょっくら調べてみるかな」
そう言って青年は、腕を振り上げて身体を伸ばす。
(ふー、関わらない方が良いと言っておきながら、どうにも自分が一番気にしているのかもしれん)
いささか神経質過ぎるのではないかと自分でも思う。それでもあの少女とは、どこかしらで自分達と関わってしまうのではないだろうか? という妙な予感が燻っていた。
「二人とも、星導教会の娘なんかにどうしてそこまでご執心なのかしらね」
付き合いきれないと言った態度でコルネッタ。
「なんでもいいけど、小娘のお尻ばっかり追いかけてないで、仕事はちゃんとしてよね」