●世界観B創世記・星の終わりの神様少女2

二章・マーティル教の聖域

 バックミラーにとろんとした目つきの少女が映っている。サイシャは運転席からそれをチラチラとうかがっていた。無意味に彼女の奇妙な所ばかりが気になって仕方が無い。

 なんでこの娘はずっと眠たそうにしているのか? 慢性的な寝不足なのか? それほどまでに星導教会の仕事は大変なのだろうか? にしては、姿勢はしっかりとしたもので、こっくりはしていない。

 容姿もなんなのか? 髪の毛は青っぽいし、瞳の色もおかしい。

 彼女は確かセレストから来たと言っていた。セレストと言えば大都会だ。つまりは、そういう変な髪染めが都会で流行っているのか? 瞳の色を変えることができるような発明でもされたのか? 田舎暮らしでいまいち情報に乏しい自分が遅れているだけなのか?

 そんな流行があるとしても、どこか反応鈍そうなこの少女。それほど流行に敏感とも思えない。あったらあったで興味はあるが。

 もともと言いたいことを我慢する方ではない。たまらずサイシャは口を開いた。

「ああーんもぅっ! クレネストさん!」

「はい?」

「なんでそんなに眠そうなの? なんで髪の毛青いの? なんで瞳が緑色なの?」

 爆発気味に質問を浴びせ、興味深々に目の光りを強めるサイシャ。クレネストは対照的に、ぼぅっとした顔でミラー越しにそれを見返えしている。

 しばらく無言で停止し――

 最初は無視されているのかと思ったが、やがて、考えがまとまったのか、眠そうな少女の半開きの口が、ゆっくりと動きだした。

「眠いわけではないです。昨夜はしっかり寝られました。髪も目も、そういう色であるとしか言いようがないのですが……」 

「ええっと、セレストでそういうお洒落が流行ってるとかじゃなくて?」

「流行はしてません」

「じゃあそれは完全に天然物ってことなの? ご両親もそうだったとか?」

「サイシャさん、クレネスト様にも人に言いづらい事情という物があるから」

 助手席に座っているエリオが、見かねて口を挟む。

 困っているようには見えないが、ぶしつけすぎたかな、とサイシャは軽く反省した。

「ああ、ごめんね。でもやっぱ気になるよ! エリオさんは気にならなかったの?」

 話を振るとエリオの方は、あからさまに気まずい表情になった。口元を落ち着き無く撫でている。

 そのやりとりを眺め、クレネストは短く息をつき、

「教会では、髪の毛を染めるといった行為は禁止されてます。瞳の方も後天的な遺伝子の異常か何かではないですか?」

「原因はっきりしないの?」

「身体はいたって健康ですので、さほど気にしてませんし、気にしてもしょうがないです」

「健康? その割には眠そうだけど」

「エリオ君……そんなに私、眠そうな顔してますかね?」

 クレネストにそう振られ、エリオはギクッと身体を一瞬震わせた。

「あーいやぁその……無用な力みがないと申し上げましょうか、伏し目な感じですよね」

 言葉を選びまくっているエリオを、サイシャはジトっと横目で睨む。

 いくら上司とはいえ、へこへこすぎではないか。

「確かに目を大きく開くとちょっと疲れますし、細めていた方が物事がよく見えるのです」

 と、クレネスト。

 どうやらそっちは単なる癖なのかもしれない。

 朝。あいにくの曇り空の下――

 約束どおり迎えに来たサイシャの星動車に乗って、三人はマーティルカント村へ向かっていた。

 曲がりくねった山間の道を、彼女は慣れた様子で運転している。

 木々が風にざわめき揺れて、大きな鳥が山林の中から飛び去っていった。

「マーティルの大樹はまだ見えないのかな?」

 エリオが何気なく口にした言葉を聞いて、サイシャが軽く笑う。

「そっかぁ、エリオさんは見たことないんだ」

 彼女はそう言うと、前方のひと際大きな山――にしか見えないそれを指す。

「あれが御神木。ここからだと上しか見えないけどね」

「え? えぇっ! あれが木なのかい? これは驚いたなぁ、山にしか見えないよ」

 マーティルの大樹は全体的に青っぽく、光りも発している。とはいえ、遠く離れた山々も同じく青く擦れて見えるので、まだこの距離では見分けがつかないのも無理はない。

「この調子だと、マーティルカント村に着いたらもっと驚きそうだね。ついでに観光していけば?」

 言いつつサイシャは、チラッとミラー越しにクレネストへ視線を投げかける。

 それに気がついたのかどうかは分からないが、クレネストは僅かに顔を起こして口を開いた。

「調査のために、どのみち数日は滞在しようと考えてます。あそこに我々の教会はありませんので、どこか宿を取りましょう」

「宿とか取ったらお金かかるでしょ? どうせだからうちに泊まんなさいよ」

「はぁ、それは悪いですよ」

「どうせ家にはお母さんと、怪我したオッサンがいるだけだから気にしない」

――ではお言葉に甘えまして……それではその、お礼と言ってはなんですが、お父様の怪我を治して差し上げましょうか?」

 クレネストの提案に、サイシャは苦笑してパタパタと手を振った。

「あぁ、お父さん法術嫌いだからやめといてあげて……人間には自然治癒力が! とか言って頑張ってるから」

「はぁ……それは立派な心がけですね。法術に頼ってばかりでは、人間だらしなくなります。よくありません」

 クレネストが感心したかのように言うが、「ただ頑固なだけよ」とサイシャ。

 そうこうしていると、前方に小さなトンネルが見えてきた。

 中に入ると真っ暗だ。星動灯のような気の利いた物は設置されていない。

 サイシャが星動車の前照灯をつけると、トンネルの様子が映し出された。くりぬいて人造石で固めただけの適当なトンネル。古いのか、だいぶシミだらけでくたびれているようだ。わりに長さは結構あって、なかなか出口が見えない。

 夜には来たくない、不気味な感じである。なので、サイシャはちょっと悪戯をしてみたくなった。

「ここってさ、出るって噂なんだよねぇ、このトンネルを通行最中に変な声を聞いたり、顔が浮かんだのを見たという人が結構いるんだわ。ここは戦争中に捕虜を働かせて作ったらしいんだけど、動けなくなった捕虜を壁に埋めて人柱にしたとか」

 と、それらしい適当な出鱈目を言って、にまりと邪悪な笑みを浮かべてみせる。

 その途端、助手席側から物がぶつかる激しい音がした。

「ななななならそういうこと言わないでくれよ。変なのが寄ってきたらどうするんだ!」

 エリオが足をさすりながら、悲鳴気味に抗議する。サイシャの目が点になった。

 今の音は、どうやら彼がダッシュボードに膝をぶつけたらしい。

 多少は本気にしてくれないと面白くないとはいえ、あまりこう大袈裟というのも困りものだ。

「エリオ君……今のは作り話ですよ。確かに老朽化はしてますが、この様子では戦争中というほど古くはないと思います。おそらく村の人達が、海岸側と行き来するために作ったところを改装しただけでしょう」

 その通りであるのだが、クレネストは冷静すぎである。どちらかといえば、彼女が怯えてくれた方が面白そうなのだが。

「そうなんですか? でも、そういう話してたら寄ってくるって言いますので、こういう場所ですから危ないかと」

 エリオは言いながら、気味悪そうな表情で、周りをキョロキョロと見回す。

「確かに幽霊現象の発生には一定の法則がありますし、そういう話も聞きますが大丈夫です。万が一寄ってきて悪さをするようなら、私が片付けますので」

「なるほど、それなら安心ですね」

 クレネストがそう言うと、あっさり冷静さを取り戻すエリオ。

 それでいいのかお前はと、心の中でサイシャは密かに突っ込む。

「エリオ君は、まがりなりにも聖職者なのですから、幽霊如きに恐れをなしてはいけません。法術という彼らに対して強力な対抗手段があるのですから」

「はい、申し訳ございませんでした」

 続けてエリオに軽く説教をする少女と、素直な彼――

(あ、あれ?)

 妙な違和感を感じ、サイシャはこめかみを押さえながら口元を曲げて頭を振る。

 ……一体何なのかこの人達は? なにか、冗談で言っているような、そういう雰囲気ではない。

「あのさー、幽霊なんているわけないでしょーに」

 その言葉に、クレネストが口を丸くして首をかしげた。

「いますよ? 私は何度か悪いのと戦ったことがありますし、星導教会ではそういう仕事もあります」

「え……あの、クレネストさん? 冗談……だよね?」

「いいえ、事実です。あなたが考えているような、人が化けて出るものとは違いますけど、そう思われていたりはしますね。実際は天然の術的暴走による具現化現象の一種なのですが、詳しくお話しますか?」

「いや、やめとく……なんだか深みにハマりそうだから」

 言いながらサイシャは、額から嫌な汗が流れるのを感じ、壊れ気味の笑いを浮かべた。

 そんな薄気味悪い話は勘弁である。

「そうですか」

 拒否されたクレネストは、ぽつりと短くそう漏らし、興味を無くしたかのように視線を左下へと逸らした。

 何故かサイシャには、その仕草がとても残念がっているように思えた。

 もしかして、冷静なわけではなくて、単に好き物なのだろうか?

 ――と、変な話をしている間に、ようやく長いトンネルが終わる。

 十分、暗がりに慣れてしまった目には、曇りの日といえど眩しく、視界が光りで霞む。

 が、それも数秒――

 視界が元に戻ると同時に、エリオが大きく息を呑み、感嘆の声と共に吐き出した。

 天に掲げるは雄大な枝葉。

 周辺の山々と、目下の村を見下ろして、威風堂々、そこに鎮座するは青い巨木。

 ポッカ島の御神木、マーティルの大樹――

「凄いなぁ……なんという育ち過ぎと言うか、まったくこれじゃあ周りの山が小さく見えてしまうよ。幹はどのくらい太さがあるんだこれ?」

「んっんっんっ、エリオさん驚いた?」

 目を輝かせて興奮しているエリオに気を良くするサイシャ。

 もっとも自分が偉いわけではないのだが、それでもなんとなく誇らしい気分になり、自然と得意げな気分が顔に出てしまう。

 しばらく――

 山肌に弧を描くような坂道を、星動車は下り続けた。

 それが終わり、一本小さな橋を越えると、まばらに家屋と畑が見える平地に出る。更に数回橋を渡って、村の中央付近を目指すと、家や商店が立ち並ぶ場所が見えてきた。

「着いたよー、ここが私の家」

 サイシャはそういいながら、星動車の速度を落とす。その左側には、レンガ造りのこじゃれた家があった。

 ハンドルをきり、敷地の中へと乗り入れる。家の脇には車庫があり、彼女はそこへ車を停めた。

 車から降り、車庫から出たクレネストとエリオが、サイシャの家を見上げて口を開いた。

「はぁ、これは綺麗なお家ですね」

「へぇ~レンガ造りも悪くないな」

「お父さんのふざけた趣味というかなんというか、まぁ確かに綺麗だけどね」

 サイシャはそう言って、玄関の方へと歩いていく。

 自分にとっては見慣れた、両開き扉の前に立ち――

「ただいまー!」

 大きな声を出しつつ、中へと入る。すると、奥から四十代ほどの金髪女性が小走りで現れた。

「サレちゃん、帰ってくるの遅かったじゃないの! 心配したのよ!」

 途端、サイシャがぐてっと両肩を落とした。

「お母さん一週間も経ってないし、それに『ちゃん』はやめて、お客さんもいるしさ」

 彼女がそう言うと、後ろに並んでいる二人に気がついたのか、母は目を丸くした。

「あらまぁ、いらっしゃい」

「おじゃまします。私は星導教会司祭のクレネストと申します。これは私の助祭のエリオです」

 そう少女が自己紹介すると、途端に複雑そうな表情を見せた。

 無理もない。

 土地の住人は、マーティル教徒が大半である。彼女達はここでは異端だ。

 どう言い訳したものか、サイシャが一瞬迷いを見せる。

 と――

 彼女の口が開くよりも早く、母親はクレネストの方へ素早く移動した。

 両手を伸ばし、その肌や髪の毛をぺたぺたと触りだす。

「あれまぁ、これ本物なの? あらやだ、お人形さんみたい」

「うわぁ! 気にしてるのはそっちの方かい!」

 サイシャは思わず頭を抱えながら叫んだ。

 クレネストはあまり気にしていないのか、呆けた顔でされるがままになっているが――

「ああもぅ、お母さん! この子達は例の件で来てもらったの! それと、家で泊めてあげることにしたから! とりあえずおもちゃにしないでー!」

 言いつつ、少女を弄くり回している母親の腕をがっちりと掴む。母親は渋々彼女から離れると、いささか困惑気味の表情でサイシャに尋ねた。

「それはかまわないけど、どういうこと?」

「だから例の件って言ったでしょ! お父さんに用があるんだけど、ちゃんと生きてる?」

「ああ、はいはい分かりましたから、大声出さないの――お父さんなら、あちこち這い回るほどには元気よ」

「這い回るて……」

 サイシャは口元を曲げた。まったくあの親父は何をやっているのか。

 母はそんな彼女を他所に、困惑しているエリオと、ぼぅっとしているクレネストを交互に見て、口を開く。

「……まぁ、うちはマーティル教だけど、星導教会とか気にしないから、ゆっくりしてってね」

 ご機嫌そうに笑いを浮かべた。

 サイシャは無意味に疲れた感じがして、大きく息をついた――

「ついてきて」

 そう一声かけ、二人を家の中へと案内する。

 クレネストとエリオは互いに顔を見合わせて肩を竦め、その後に続いた。

 沢山の木彫りの像や、観葉植物が置かれている。妙にメルヘンチックなリビングルームを通り、白い螺旋状の階段を登って、二階へ足を運んだ。

 一階とは違って落ち着いた雰囲気の廊下が伸びていた。複数の部屋があるようだが、階段から一番近くの部屋の前で立ち止まると、サイシャはそのドアを数回ノックする。

「お父さん私よ私!」

「おーぅ、帰ったか我が娘よ!」

 彼女の呼びかけに、全く間を空けず、中から調子のよさそうな男の声が聞こえてきた。

 サイシャはドアノブをがちゃりと回し、扉を開けて中に入る。

 エリオとクレネストも続いて中に入ると、二人は長い息を吐きながら視線を巡らせた。

 そこは――はっきり言って滅茶苦茶に散らかっていた。

 置き場所からあぶれて、あちこち積まれた本の山。訳の分からない薄気味悪い品々が、部屋の隅に山積している。大きな机には書類らしき物がうず高く積み上がり、部屋の主はそれを前にして座していた。

 包帯だらけであること意外は、普通の中年男に見える。

 その男――サイシャの父親は、自分の娘と一緒に入ってきた二人をぽかんと不思議そうに眺め、口を開いた。

「なんだ? お友達連れてきたのかサイシャ。随分と風変わりな子達のようだが?」

 サイシャは、部屋に散らばる色々な物を踏みつけながら机の前まで進み出て、その上に音を立てて両手をつく。

「そうじゃなくてさ……街まで説得しに行くって言ったでしょ! それで、マーティルの大樹と島の崩壊が関係している証拠がどうとかで、星導教会の人がそういうのないかって聞くから連れてきたの」

 勢いだけで、いささかお粗末気味に説明する娘に、父親は疑問符を浮かべて考え込みだした。が、なんとか状況が理解できてきたのか、ぽんっと手を打つ。  

「まあとりあえずこちらに来て座る――場所はないか……その辺に立っててもらうしかないな」

 いい加減片付けろよとサイシャは心の中で毒づく。

 クレネストが物を踏まないよう気をつけながらサイシャの隣に移動し、エリオがその後ろに控えた。

「はじめましてマカドナータさん。私は星導教会司祭のクレネストと申します。こちらは私の助祭のエリオです」

 言って両手を揃え、恭しくお辞儀をするクレネスト。エリオも軽く頭を下げた。

「へぇ、君は司祭なのか? 俺はエレイシャダ・マカドナータだ。エイダーと呼んでくれていいぞ」

 自己紹介しながら、骨折した腕を机の上に乗せ、身を乗り出すエイダー。興味深々といった様子でクレネストをじろじろと眺めた。

 それは無理もない話しなのだが、サイシャがジト目で一言。

「変態エロ親父みたいに見えるからやめなさい」

「ああいや……はっはっはっ、すまんな……つい」

 彼は慌てて身を引き、後ろ頭を撫でながら苦笑する。

 クレネストは間を取るようにほっと一息――

「いえ、お気になさらないでください。それよりも早速なのですが……」

 そう話を切り出したクレネストは、これまでの経緯をエイダーに説明し始めた。

 サイシャの下手糞な説明よりも遥かに分かりやすく、懇切丁寧に詳細を伝えていく少女。 

 一通り話を聞き終えるとエイダーは、骨折していない方の手で、机の上の書類を探り始めた。

「ふーむ、どうせ娘だけでは相手にされないと思ったんだが、こうして話を聞きに来る者がいただけ、サイシャにしては上出来と考えるか」

 探りつつ、真顔でそう漏らすと、サイシャがなにやら苦情を並べ立て始める。

 それを聞き流しながらエイダーは、選び出した数枚の書類を整理し、クレネストへ手渡した。

 早速、書類に目を通し始めるクレネスト。無視されたサイシャの方は、頬を膨らませた。

「それで信じてもらえるもんかどうかは分からんが、御神木がこの島を形成し、維持していることは事実だ。それと――話を聞いた限り、御神木のどのような力が作用しているのか? という点を、うちの娘が全然君達に話していなかったようだが、そこに書かれている通り、特別な力というわけではないんだな」

「これは……」

 クレネストの目線が、ある一文に留まっている。

 気になって、その視線の先をサイシャも横から覗き込んだ。

「ええと、なになに? ……マーティルの大樹変質による特性? これがなんなのさ?」

 クレネストが、それには答えずに顔を上げる。翠緑の瞳を光らせて、エイダーを真っ直ぐに見つめた。

「詳しく、お話し願えますでしょうか?」

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