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「クレネストさん、そんなところに寝るつもり? こっちきて寝なさいよ」
「いえ、そんな、悪いです……」
クレネストはソファーに腰掛けながら、遠慮がちに言う。
サイシャは下着しか身につけておらず、上は丸出し、それがクレネストをかなり困惑させていた。
(エリオ君といい、一般的にはこれが普通なのでしょうか? いや、まさかそんなはずは……です)
と、おかしな方向へ考える。
――ここはサイシャの部屋。
エリオは客間に泊まり、クレネストは彼女の部屋で就寝することになった。
先ほどのこともあり、少々気まずいが仕方が無い。
「あなた小さいから大丈夫だって。そんなところに寝てたら、体がガチガチになっちゃうよ? ほら、おいで」
「――はぁ、すみません」
強引に誘うサイシャに、渋々ながらクレネストはベッドの方へ移動する。その上に乗っかると、彼女と反対方向に体を向けて横になった。
サイシャはベッドに腰かけたまま、そんな少女をしげしげと眺めて、やがて口を開く。
「ねぇクレネストさん」
「はい」
「助祭っていったっけ? あなたにはエリオさんしかいないの?」
今はあまり彼の話をしたくなかった。とはいえ、ここで露骨に話題を避けるのも、それはそれで不自然である。
憂鬱ながら、内心諦めて口を開いた。
「そうです」
「クレネストさんからみて、彼ってどんな感じなの?」
「――真面目で熱心で優秀な子です」
端的に答えると、サイシャは「ふぅん」と漏らし、ベッドに横になる。そして、何を考えているのかクレネストの肩を抱いた。胸をやたらと押し付けてくるのは気のせいだろうか?
「あの? サイシャさん」
「そんなことじゃなくてさ、クレネストさんはつまり、彼と二人きりで旅してるんでしょ?」
何が言いたいのだろうか? とクレネストは不穏そうに口元でこぶしを作って眉根を寄せる。
さらにサイシャが、腰をぺたりとくっつけてきた。
「なにかさぁ……そういういい雰囲気にとか、なったりしないのかなー? って」
「なりません」
興味がないとばかりに、ぴしゃりと言い放つ。
「あら? 男の子と二人旅なんて、なにかこう……きゃー! 的な展開でもありそうなのに。クレネストさんとしては、男の子としてはあまり見てないの?」
「質問の意味が分からないです。あの子は男性ですから、殿方として見ていないという方が、そもそもおかしくないですか?」
「はぁ……ほんとあなたはそういう娘だよね。口ばかりはお利口さん」
言って、人差し指でぷにっとクレネストの頬をつつく。
「そんな学者先生みたいな言葉じゃなくてね~、例えばエリオさんが真剣な目つきで、『クレネスト様、あなたのことをお慕い申し上げております』とか言われて、キス迫られたりしたらどうさ?」
「……な、なんの妄想ですか?」
言って唇を曲げて強く結ぶ。まったく理解できないという様子のクレネスト。
「いいからそういう状況を想像してご覧なさいよ? 理由がどうとか、そんなことはとりあえず置いといてさ」
腑に落ちないながら、言われたとおりにそれを想像してみる。
「……」
しばらくしてクレネストは、じわじわと頬に熱いものを感じた。
「どう?」
「く、唇が触れる寸前で、エリオ君を法術で吹き飛ばしてしまいました」
それを聞いたサイシャは思いっきり吹き出した。
「あっはっは、目に浮かぶわ。まぁ実際エリオさんにそんなことする度胸があるとは思えないけどさぁ。でもあなた、今すっごいドキドキしてるよ?」
サイシャが体を密着させているのは、それが目的だったのか。
気がついた途端、恥ずかしさで余計に体がほてった。膝と背中を丸めて縮こまり、のぼせたような表情でクレネストは声を絞り出す。
「それは……そんなことされたら、私だって恥ずかしいですよ……困りますし」
「いいじゃないの、例えばの話なんだしさぁ。こういう話でドキドキするのって楽しくない?」
言われて、クレネストは細く長い溜息をつく。
法術と勉強、仕事ばかりに興味が向いていた自分とは明らかに違う。世間の女の子というのは、皆そういう色恋話が好きなのだろうか?
そこまで考えて、ふと、疑問に思う。
「ではその、サイシャさんには恋人さんとかいらっしゃるのですか?」
何気ない一言だった――
びくっとした感触が、背中を通して伝わってくる。自虐的な響きのある、乾いた笑い声が聞こえた。
肩を抱いていたサイシャの両手が、這うように胸のほうへ迫ってくる。
「え、えぇと……なにを?」
困惑するクレネストを無視して、サイシャは彼女の膨らみに手を触れた。
奇妙な感じがして、クレネストは身体を硬直させる。
その瞬間――
「くれねすとさぁ~ん!」
サイシャは素っ頓狂な声を上げ、クレネストの胸を荒々しく掴んだ。
「ひぁっんっ!」
吃驚して、声を漏らすクレネスト。彼女が抗議するよりも早く、サイシャがマヌケな声で続ける。
「それはきいてはいけねぇだぁ~!!」
言いながら、クレネストの両胸を、これでもかというほど滅茶苦茶にまさぐりだした。
これにはさすがのクレネストもたまらない。掠れた悲鳴を上げ、反射的に逃れようともがく。
柔らかに波うたせ、踊り荒ぶるサイシャの指。他人になど触られた経験がなく、いままで味わったことの無い感触が少女を襲う。
痛い。くすぐったい。得体の知れない感触に、気が動転して頭の中が壊れそうだ。
暴れながら身をよじり、両腕で必死に抵抗するものの、サイシャもしつこく食い下がるうえ、力なら彼女の方が強かった。
しばらく低レベルな女同士の争いが続き――
クレネストが、くの字に身を折り曲げながらうつ伏せになったところで、ようやくサイシャが手を引いた。
「ひ、ひどいですよサイシャさん。いきなりなんてことをするんですか」
酷く呼吸を乱して喘ぎながら、クレネストが赤い顔で、目に涙を浮かべて抗議する。
「ふっ、イケメンな男の子と二人きりで旅してる。そんな羨ましい状況に気がつかないあなたには、一生分からないこと!」
「なんなんですか……もぅ」
さっぱり意味が分からなかった。
恋人がいないなら普通にそう言えばいいじゃないかと、クレネストはむくれる。
彼女は友達同士でも、こんな調子なのだろうか? それとも自分が変なのだろうか? 困ったことに女同士の語り合いで、何が普通なのかが全く分からない。
思いを巡らせつつクレネストは体を戻し、胸の辺りを警戒しながら、乱れた息と寝間着を整える。
サイシャの方もさすがに疲れたのか、息を切らして仰向けになっていた。
二人の息づかいだけがしばらく続き――
ようやく収まってきた頃にサイシャが口を開く。
「エリオさんね、あなたの為に凄く頑張ろうとしてる。あなたはそれに応えてあげられるの?」
大きなお世話のはずだった。でも、彼女の言葉にどうしても考えさせられてしまう。サイシャは知らないにしても、クレネストがエリオに背負わせた物は決して安いものではない。それに見合ったものなんて想像がつかない。
「応えたいと思っても、何をどう応えればよいのでしょう? 分からないのです」
結局しょんぼりとした声音で途方にくれる。
「あのね……そんなことはすぐに答えなんて出さなくていいの。あなたがしっかり彼のことを見ていれば、自然と応えてあげられるはずだよ」
「そう……なのでしょうか?」
まるでサイシャはそうなることを知っている感じで言う。これは彼女なりの経験の結果なのだろうか?
だとしたら、自分の見えていない物も彼女には見えているのかもしれない。
彼女と違ってなにも分からない自分――
(はぁ、でも……今はこのようなことで悩んではいられないのです)
自分にそう言い聞かせ、無理矢理不安を押し殺すように、クレネストは目を閉じた。