●世界観B創世記・星の終わりの神様少女2

★☆5★☆

 鈍く低い爆音が鳴り響く。遠方では雷鳴のようにも聞こえたかもしれない。

 大樹が細かく揺れ、葉ずれの音が広がっていく。

 その幹には一つ、拳大ほどの幅の、かなり深そうな穴が開いていた。

「なんと言うかのう~、この音はいまいち慣れんのじゃ」

 両指で耳栓をしながら、テスがぼやいた。

 黒装束で身を包み、フードの下から小生意気そうな瞳をのぞかせる。

「これで何本目だぁ?」

 同じく黒装束に身を包んだ大柄な男、ローデスがそう言って、空を覆い隠している巨木の枝葉を見上げた。

「六本目じゃな」

「まだあと十本かよ……めんどくせぇなぁ」

 テスの答えにうんざりとローデス。もともとこういう退屈で、地道な作業は好きではないのだ。

 コルネッタから渡された遺物を幹に埋め込む作業を開始してから、数時間は経過したと思われるが、まだまだ先は長い。

 それらを収納している袋を担ぎあげると、二人は今までそうしてきたのと同様、巨木の根元をつたって移動を開始した。

 道は険しく、相当に危険だ。まるで断崖絶壁の崖を渡り歩いているようなものである。下手をすれば、一気に根元の底へと転がり落ちてしまうだろう。

「のぉっ!」

 ローデスの視界からテスが消えた。唐突に――

 彼は慌てて駆け寄り、テスが消えた辺りの足場から下の方を覗いてみる。すると、木の根に銃剣を突き立てて、ぶら下がっているテスの姿を見つけた。

「おいおい、大丈夫か?」

「こりゃあたまらんのぅ……」

 ちっともそうではなさそうに、不敵な笑みを浮かべてテスは呟く。いや、むしろ楽しいという意味だろうか?

 そして掛け声一閃、テスは軽々と身を宙に躍らせて、足場へと戻る。

「ローデスよ、これは危ないぞ、気をつけるのじゃ」

 確かに、雨が枝葉で遮られているとはいえ、根は湿っぽく、滑りやすい。

 注意するに越したことはないが、

「落ちかけた奴が言うんじゃないよ……」

 呆れた調子でローデスが言い返す。

 とは言ったものの、彼が足を滑らせるのは非常にまずい。彼女ほどの身体能力は、さすがに持ち合わせてはいないのだ。

 それに、よくよく考えてみれば、この少女がドジを踏んで滑り落ちたとは思えない。おそらくは、ローデスに注意を促すため、冗談混じりにわざと落ちて見せたのだろう。

 テスでも滑るくらいなのだから、しっかり気をつけろと……

(はっ、こいつめぇ~)

 ローデスはそんなテスを、微笑ましく思った。

 足場を慎重に確かめ、二人は再び移動し始める。

「しかし……なんじゃ? これをへし折るのはいささかもったいない気もするのぅ」

「しょうがねぇさ、こいつは星のステラを吸い取ってどこまでも肥大化するからな。こんな危険なものは早急に消し去ってしまわないとよ」

 それこそが、青く光るこの巨木の実害である。これも星を壊すという意味では、星動力と似たようなものであった。

 その情報を、ある筋から入手したのは数年前。

 当時はまだ、この巨木を破壊する手段がなく、ずっと手をこまねいて見ていた。

 現在は違う。あの遺物に込められたコルネッタの術式は、巨木を完膚なきまでに破壊し、焼き尽くすだろう。蓄えた膨大なステラも星へと戻り、枯渇しつつある星のステラを、かなり回復できると期待している。

 マーティルの大樹が更に肥大化して、あの遺物でも破壊不能に陥る前に、処分しなければならなかった。

「ついでにマーティル教の奴等に星導教会の仕業だとか吹聴してやりゃあいい具合にもめるだろ? そうすりゃ、表の連中の仕事がやりやすくなるってもんだ」

「ふむ、大人は汚いのぅ」

 からっとした笑顔でテスが口にする。「バカ言え」とローデスが口元を曲げた。

 全ては多くの民を守るためなのだ。星導教会にしろ、マーティル教にしろ、星を危険に晒す者達がそうなるのは、当然の報いである。

――よっと」

 テスがぴょんと飛び跳ね、少々高めの段差を降り、ローデスもそれに続く。

 しばらくそれを繰り返し、次は登りの段差になっている手前で、二人は一端足を止めた。

「ここはどの辺りだ?」

 ローデスがテスに聞いた。

 地図もなく、空は枝葉に覆われて見えず、周辺の山々も暗くて見えない。もっとも、たとえ空が見えたとしても、天候が悪くて目印になる星など、どちらにしても見えなかった。唯一の目印といえば、聖域入り口付近に灯る明かりだけである。が、それも――巨木の周辺では、どうしても死角になってしまう場所の方が多かった。

「おう! そろそろ北側といったところじゃなぁ、ここを登った辺りでちょうどよかろう」

 どうやってか、テスは迷い無く答える。

 移動可能な経路を瞬時に判断し、特に目印もないこの場所でも、正確に自分のいる位置を把握できる脅威の感覚。

 これは本人の素質なのか、素養なのか、それとも薬物の影響なのか分からない。ともかく、この任務に彼女はうってつけであり、それが頼りの綱だ。

 これでもし、彼女が法術を使えたのなら、むしろローデスの方が単なる足手まといだっただろう。

「これを登るのかぁ……まったく大変な仕事を引き受けちまったな」

 登れなくはないが、殆ど崖である。思わずげんなりとしてしまう地形だ。

 巨木を覆っている樹皮も、こうサイズが桁違いであると、下手な岩山よりも質が悪い。

「ほれ! グズグズしておると、時間が過ぎてしまうのじゃ!」

 言って段差の手前でテスは屈み、足元で手の平を組んだ。

 その小さな手の平の上に、ローデスは自分の大きな右足を乗せ、テスの両肩に手を置いてバランスを取る。

 一見、普通は逆であろう奇異な光景だが、彼らにはこれが正常。

「うむっ!……せーのっ! そりゃあ!」

 テスの掛け声に合わせてローデスは地面を蹴り、テスがその足を持ち上げる。

 同時に体を伸ばして、ローデスは段差に手をかけた。そのままよじ登り、少し下がる。

「よし、いいぞ」

 下にいる少女にそう声を掛けた瞬間、音も無く飛び上がったテスが、難なく段差の上に着地した。

 まったく呆れる瞬発力だ。

「ほれほれ、どんどん行くのじゃ」

「へいへいっと」

 テスに急かされ、同じ事を数度繰り返し、ようやく登りが終わったところで二人は足を止める。

「この辺りでよかろう」

 足場はけっして良いとは言えないが、他にそれ以上の場所も見つからない。テスが言うのだから、なお更そうなのだろう。

 ローデスは懐から一つ、緑色の宝石を取り出し、足元に置く。

 手を前に構えて息を吸い、次に歌のような声を発する。手を組み合わせて印を切ると、その周囲に光りとなった術式の帯が形成された。

 ローデスの禁術だ――

 宝石が術式となって分解され、やがて彼の禁術が完成する。

 同時に、けたたましい音を立てて回転する槍のような物体が現れ、巨木の幹へとめり込み穴を開ける。

 テスが「ふにゃー!」と、ふにゃけた悲鳴を上げ、指で耳を塞いだ。

 その間にローデスは、袋の中から遺物を取り出す。

 音が鳴り止んだのを待ってから、穴にそれを差し込むと、自分のステラをその遺物へと流し込み、手を放した。

 同時に、先ほどと同じ低い轟音が当たりを揺るがし、テスが顔をしかめる。やはり、慣れないらしい。

「これで七本目……」

 呟き、ローデスが手を振り上げて体を伸ばした。

 テスは腕組みをして、軽く頭を左右に振っている。

「のうー、ローデスよ? 術式とやらに分解できるのじゃったら、このようなまどろっこしいことをせずとも、この育ちすぎの青大木を直接分解してしまうことはできないのかの?」

 それができるのなら、最初からそうしているのだが、彼女は禁術どころか法術についても全く知識がないので仕方が無い。

 ローデスは、「少し休ませてくれ」と言って、腰を下ろしてからテスに説明する。

「そりゃまずだな――こんなデカぶつを一気に分解できるような奴なんていねぇだろよ。それによ……こういう有機物は分解できねぇんだわ」

 言いながらコンコンと樹皮を叩く。

 そう、禁術では有機物を分解することができない。それが彼らの常識だ。組織内で、そのような研究を行った時期もあったのだが、どうやっても印組みに問題が生じてしまい、完成することができなかったのである。

「まったくまったく、都合よくはいかんのじゃなぁ」

 目をつぶって、テスはうんうんと頷いた。

「というわけで、盛大に爆破するしかないということだな」

 言ってローデスは顔面を手で覆う。

「ふむ、そうか――

 テスはそう言って、彼の後ろから、その太い首に抱きついた。

「でもぬしと一緒なら、どこへ行ってもテスは楽しいのじゃ! だからよいのじゃ」

 猫みたいに甘えるテスに、顔をほころばせるローデス。

 この子には、まったくもって癒される。

 さて、もうひと頑張りだ――

←小説TOPへ / ←戻る / 進む→