三章・紫光の禁術
「うまくいきました」
「えー、あー、それは良いのですが、クレネスト様……痛いです」
エリオは雨に濡れた草の上に突っ伏していた。
その背には、相変わらずの眠そうな顔でクレネストが正座している。
マーティル教徒が占拠し、聖域と称しているこの場所への侵入。その壁超えを果たしたところだった。
彼女を背負いながら壁越えをするのは、やはり難しく、この有様である。
それでもなんとか彼は、クレネストが放りだされたり、自分の下敷きになったりするのだけは防ぐことができた。それがエリオとしては幸いであり、男としての意地というものでもあった。
見た目には非常に情けなかったが――
「すみません、大丈夫ですか?」
クレネストはエリオの背から降りて、彼に手を差し伸べる。
その手を取り、「……なんとか」と言って、彼は立ち上がった。
少々体を打ったものの、支障は無い。
「僕のことよりも、急いでここを離れましょう」
声を潜めてエリオが言う。
薄明かりの灯る門の方には、当然人の気配を感じる。誰かに見つかる前に、移動しなければならない。
「はい……急ぎましょう」
言ってクレネストは黒装束をひるがえし、フードを深く被り直した。
小走りに前を行く少女の、その後ろからエリオもついていく。
多少音を立てても、雨音が彼らの存在を隠してくれることだろう。
しばらくして門前から遠ざかると、あたりは全くの暗闇に包まれていた。
足元の感触からすると、ここは砂利道のようであるが――
「もうそろそろよろしいでしょう」
クレネストの言葉に従い、エリオはランタン型の星動灯を鞄の中から取り出した。
闇の中、手探りでボタンを探して起動する。ガラスの筒の中に青白い光りが灯ると、あたりは既に山林の中といった様子が浮かび上がった。
彼女の方も、星動灯を掲げて道の先を照らす。
互いに顔を確認し、一つ頷くと、マーティルの大樹目指して再び歩みを進めた。
灯りをつけているとはいえ、視界は非常に悪い。ますます激しくなってくる雨や風が行く手を阻む。
(クレネスト様、大丈夫だろうか?)
ここからは当然、ずっと歩きだ。
あの巨木までは、二時間ほどかかると聞かされていた。そうなると彼女の体力が心配だった。
先ほどまでは砂利道だったのに、いつの間にか単なる獣道に変わってしまっている。これから先は、ますます険しい悪路となっていくことだろう。顔を隠すため、口元を覆っている布も、息苦しさを倍増させた。
エリオは横目で彼女の様子をうかがってみる。視線を下げ、やや呼吸は速い。それ以外、眠そうな表情に変化はなく、いまのところ足取りはしっかりしたものだ。昼間も随分と動いていたのに、見かけよりも体力があるのだろうか?
そんなことを考えていると、
「エリオ君……体の方は大丈夫ですか? 昼間の疲れが残ってませんか?」
逆に心配されてしまった。
エリオは歩調を変えず、呼吸を乱さないように気をつけながら返答する。
「はい、前にも言いましたが鍛えてますのでご安心ください。クレネスト様の方こそ、お体は大丈夫なのでしょうか?」
クレネストは顔を少し上げ、横目でエリオの方を見る。
「ええ、山育ちですから……」
そう口にして、視線を暗い道へと戻した。
おそらく、このような道は慣れているということなのだろう。こういうことに慣れがあるものなのかどうか、それは分からないが、彼女は強がりを言うようなタイプでもない。ただ、目的が重く、それが故に無理をしてしまうという可能性はないとも言えないので、エリオは注意深く見守ることにした。
(あの下へ入ったら、一度休憩するように言ってみようかな?)
巨木の枝葉に覆われた傘の下へと入ってしまえば、雨も殆ど落ちてこないはず。多少時間をかけても、適度に休憩を挟むのが良さそうだ。
ゆるく長い登り坂。足元は豪雨のせいで激しく水が流れ、地面がドロとなってぬかるむ。
エリオはもちろん、クレネストですら眉根を寄せ、渋い表情となっていた。
――と、激しい雨音に混ざって、鈍い爆発音のようなものが遠方から聞こえてきた。雨天の夜空に広がるなにかの轟音。
(雷……か?)
それにしては随分と鈍い音で、稲光は見えなかった。
もっとも、かなり遠くの雷であれば、そうなってもおかしくはないか? と、エリオは考える。
彼女の方も、これについて特にどうと言う気配はない。
「――ここからは下りです」
クレネストが足を止め、そう呟いた。
もはや視界におさまらないほどの距離に、マーティルの大樹がある。山林は途切れ、巨木までの視界を遮るものはなくなっていた。
目の前は彼女の言うように下りとなっており、急な上に岩が複雑に入り組んでいる。もはや道らしい道もない。雨水が小さな流れを作り、かなり危険そうだったが、クレネストはすぐに動き出した。
わりと器用に足を運び、流れるような動きで岩を蹴って下っていく。
それに倣って、エリオも何気なく付いていこうとした。が、どうにもいまいちへっぴり腰である。
下り坂は、登りの時以上にきつい。なにより足を滑らしそうな恐怖から、動きが固くなってしまう。彼女が先行してくれるおかげで、どうにか足場だけは分かるのだが……
なるほど、これが慣れの差かと、エリオは納得した。
納得した上で、それでも遅れを取るわけにはいかないと、半ば意地で彼女の後ろに付いていく。
ところどころで転びそうになり、何度も岩に手をつきながら――
そんな作業を何分か繰り返した後、二人はようやく坂を下り終える。すると、先ほどまで激しく体を叩いていた雨が急に止まった。ふと上を見上げれば、いつの間にか巨木の枝葉が天を覆っている。
「ご苦労様……です。すこし、休みましょうか?」
エリオは、自分が言うはずだった台詞を取られてしまったものの、それを悔しがっている余裕もない。膝に両手をつき、頭をもたれ、肩で荒い息をする。
それを見下ろすクレネストの方も、さすがに息が上がっている様子。
口元の布を下げ、しきりに空気をむさぼる。
「は……はい……そうしましょう」
エリオは乱れた息を整えつつそう答え、近辺を見回した。
マーティルの大樹が発する光りのおかげで、もはや星動灯など必要ないほど、この場所は明るい。雨も思ったとおり、枝葉に遮られている。
とりあえず彼は、黒装束についている水滴を払い落とした。防水加工の布地は雨を弾き、中は全く濡れていない。
鞄の中から布を取り出し、雨に濡れた星動灯を丁寧に拭いた。
クレネストも、同じように星動灯を拭いてから、鞄の中へ入れる。
エリオは手近な岩に腰を下ろし、それを見たクレネストも、彼のすぐ隣へと座った。
彼女は呼吸を落ち着けるように長い息をつくと、懐から小さな円盤状の物を取り出す。
手の中のそれと、幹の方を何度か確認し、ひとつ頷くと口を開いた。
「たぶん予定通りの位置だと思うのです」
エリオも横からそれを覗き込む。
円盤状の物はコンパスだった。
針の向きから、巨木の幹が鎮座する方角は北北東。ここで間違いない。詳細地図で経路を確認しているとはいえ、なにせあの豪雨である。はっきりとした目印も無い中、彼女はよく間違えなかったものだ。
木の根は複雑で、巨大なそれらは崖のようである。進入場所を間違えると、後々厄介であった。
エイダーによれば、ここが一番安全に、木の根を伝って幹へと到達できる地点らしい。
(僕も間違いないと思います)
そう感心して、同意の声を上げようとした。
が、その時――
大気を震わせ、耳を圧迫する轟音が再び聞こえた。枝葉は小刻みに揺れ、ざわめく音が頭上を通り過ぎていく。
さっきよりも明らかに大きい。音源へ近づいている。
しばらくの余韻に、二人は遠くを見つめ――
「――雷と思っていましたが、これはたぶん……雷ではなさそです」
音が鳴り止んでから、クレネストが口を開く。少しだけ瞳を開けて、不思議そうな様子。
「そう……ですね。僕も最初は雷だと思っていたんですが、なんかおかしいですよね」
エリオもあごに手を添えて考える。
近づいたような感覚はするものの稲光がない。反響ではっきりしないが、もう少し低い位置のような気がした。
「雨が酷いですから、どこかで地すべりか落石でも起きているのでしょうか?」
「さぁ……どうでしょう?」
言葉少なく、少女は彼のことを肯定も否定もせずに顔を下げた。コンパスを懐へと戻し、両膝の上に手を置く。目を閉じ、ほっと短く息を漏らすと、小さな肩をかくんと落とした。
なにか思うところがあるのか、その表情からは読み取れない。もっともあれこれ想像したところで、音の正体が分かるわけでもないし、それは詮無いことなのかもしれなかった。
数分の沈黙の後――
彼女は静かに立ち上がると、エリオの様子を確認するように覗き込む。
「どうです? そろそろ行けますか?」
少々足腰が重いが、なんとか頑張るしかない。彼女だって全く疲れていないわけがないのだ、自分がここでダレているわけにはいかない。
立ち上がり、エリオは虚勢でも胸を張って、クレネストを心配させないように振舞う。
「はい、行けます……問題ありません」
クレネストはそんなエリオをじっと見上げていたが、やがて頷くと、
「ここからは根の上を伝って、確実に術式分解できる距離まで接近します」
そう言って行く先を指で示す。
青い光りを放っていなければ、単なる岩山のようにも見えてしまうかもしれない巨木の根。
それを見て、一瞬変な疑問が湧く。
「あの先っちょじゃダメなんですか?」
エリオはそう口にした。
クレネストのきょとんとした眼差しが、そんな彼を見返す。
(……って、アホか俺は!)
よく考えると、今のはかなりマヌケな質問だ。
彼女がそう言うからには、ダメに決まっているだろう。
「はい。広域の術式分解はそれなりに条件も必要ですし、範囲も限られます。だから十分な範囲を巻き込むようにしなければなりません」
一瞬、呆れられるかな? と彼は思ったが、彼女は意外と真剣に答えてくれた。
「これには連鎖作用を利用するのですが、私独自の方法がありまして……術式分解時に発生する力場というのは……」
それはいいのだが、これはこれで、なんだか難しい上に長くなりそうだった。
「クレネスト様、とりあえず移動しながらでよいのでお聞かせ願えますか?」
エリオがそう言うと、クレネストは言葉を止め、半開きの口を微かに広げる。
「はぁ……つい、です」
彼女は自分の両頬に触れながら、ちょっと反省するかのように小さくそう漏らした。
「そうですねエリオ君……先を急ぎましょう」
言って、口元の布を戻す。
遠方の幹を見やり、再び二人は移動を開始した。
木の皮には、複雑なおう凸がある。
改めて言うまでもない常識であるが、マーティルの大樹も当然その常識に洩れない。
ただ一つ、その大きさだけが非常識であるという点が、普通の木とは異なっていた。そこはまさに、崖が連続しているといった感じの地形。
「これは想像以上でした……エイダーさんに感謝ですね」
「まったくです」
エリオは段差をよじ登りつつ、後ろにいるクレネストの言葉に同意した。
辺りを見回せば、背丈の数倍はあろうかという崖も見える。エイダーに教わっていなければ、何度も崖登りをするハメになっていたことだろう。
この経路では今の所、背丈ほどの段差はあるものの、大きな崖にはぶつかっていない。
二人は、ちょうど溝の部分をぬうような感じで移動していた。
「上……見ないでくださいね?」
「え? あー……はい」
クレネストを肩の上に乗せたエリオは、クギを刺す彼女の意図を察し、そう返事を返しつつ視線を下ろした。
肩の上に彼女が立って、ようやく彼女の胸元という高さ、これまでで一番高い段差だ。
こういう場所に来るのだから、スカートではなくズボンにすればよいのにと思いつつ、おそらくは著しく似合わないだろうな、とも思う。
口元を硬くして、エリオが気恥ずかしそうにうつむいていると、
「ぅんっ!」
と言う、可愛らしい悲鳴が上から聞こえた。
「クレネスト様っ!」
何かあったのかと、反射的にエリオは上を向いてしまう。
瞬間、時間が固まった……ような気がした――
彼女の、すらりとした曲線を描く滑らかな脚。その美しい流れを辿りながら、半ば本能的に奥へと視線が向かってしまう。
だが、見えたのはそこまでで、そんな彼の顔面に、彼女の足底がめり込む。
おそらく手を滑らしたか何かしたのだろう。
くぐもった声を上げる彼の顔面を踏み台にして、クレネストがようやく段差の上へとよじ登る。
と、ひょっこりと上から顔を覗かせ、少女は不満そうに頬を膨らませた。
「だめですよ? エリオ君」
「い……いえ……誤解ですクレネスト様」
鼻を押さえ、蹲りながらエリオ。
彼女は靴を脱いでいたからよかったものの、それでもかなり痛い。じんじんとする鼻をさすり、目をしばたたかせる。とりあえず、鼻血は出ていないようであったが。
その様子を見下ろすクレネストの、長い溜息が聞こえた。
しばらくして、痛みが和らいでくる。彼は頭を振って立ち上がり、少し段差から距離を取った。
(強化法術使えば楽勝なんだろうけど、何かあった時のために温存しておかないとな)
法術がなくてもできることは、なるべく自力でしたほうが良い。
エリオは段差の上を見据え、その場で軽く飛び跳ねながらタイミングを計る。
意を決すると、鋭い呼気と共に地面を蹴り、段差へ向かって歩幅を調節しながら駆けだした。その手前で上方へ跳躍し、僅かな出っ張りを蹴り上がりながら、上体を更にぐいっと伸ばす。
段差の際に彼の右手がかかり、次に左手も伸ばすが、段差にかかったその手がずるりと滑る。
「やばっ!」
一瞬ひやっとするエリオ。
が、その手首を握りしめる感触。
間一髪、クレネストが彼の左手首を捕まえていた。小さな体に精一杯の力をこめて、彼女はエリオを引っ張る。
おかげで、エリオはなんとかよじ登ることに成功した。
「あの……鼻は大丈夫ですか?」
よじ登ってきたエリオに、やや視線を逸らしながら、クレネストが言う。
それほど怒ってはいない様子で、彼は内心胸を撫で下ろした。
「はい、少し痛みますが大丈夫です。クレネスト様の方は、お怪我等されませんでしたか?」
「はい、大丈夫です……でも……ええとですね」
クレネストは困ったように、上目遣いでエリオを見つめて言う。
「その……やはり、見えたのです?」
「あ――いえ、その前に踏まれましたので」
「そ、そうですか……」
クレネストはいつも以上に掠れた声でそう言った。
肩を縮こませ、くるりと背を向けると、すたすたともの凄いスピードで歩き出す。
急激に遠ざかるその姿に、「うわわっ」と声を上げ、エリオも慌てて後を追った。
その後も二人は、大小様々な段差を乗り超えていく――次第にそれにも慣れてきた。ひたすら黙々と進む。
何度目の段差を乗り越えただろうか?
いよいよ巨大な幹が、視野を埋めるほどの距離に到達した。
(よくまぁ、こんなに育ったもんだな。この木が消えて柱になったら島中大パニック……だろうなぁ)
それを思うと、少々憂鬱であるが仕方がない。
二人は木の根をひたすら登った。斜面は急だが、目的地はもうすぐ目の前だ。
坂が途中で終わっていて、それより先が見えないが、おそらく、そこが終着点となるだろう。
と――
この場所にそぐわない妙な音が聞こえてきた。
「?」
クレネストが首をかしげて、足を止める。
例えるなら、ドリルが回転するような音――それが、向かう先の方から、はっきりと聞こえてくる。
まさか本当にドリルというわけもないであろうし、なんの音なのか全く想像がつかない。
「なんでしょう? 確かめた方がよろしいでしょうか?」
「どちらにしましても、あそこまで行かなければなりませんから……」
クレネストはそう言って腰を落とすと、音がする方へ静かに移動していった。
二人は溝の中に身を沈めつつ、坂になっているそこを慎重に登っていく。
やがて、そろそろ登りきろうかという地点で、先ほどまで鳴っていた音がピタリと止んだ。
クレネストとエリオは一端そこで停止し、互いに顔を見合わせる。小さく頷くクレネスト。エリオも頷くと、溝より顔だけ出して、辺りの様子をうかがった。ちょっと遅れてクレネストがひょこりと顔を覗かせる。
そこはちょっとした広場になっており、なるほど都合が良さそうな場所である……
が、しかし――
(誰かいる!)
エリオは反射的に頭を引っ込めた。クレネストの方は、ゆっくりと静かに顔を引っ込める。
チラリとだが、黒装束姿の二人組みが見えた。片方はクレネストよりも小さく、片方はエリオよりも大きい。
人がいるとは考えもしなかった。エリオは戸惑い、クレネストに伺いを立てようと彼女の方を向く。
その彼女の表情が強張っていた。声を潜めながらも鋭く警告する。
「エリオ君、耳を塞いでください。音の正体が分かりました」
「えっ?」
「とにかく塞いでください」
困惑しながらも、とりあえず言われたとおりに耳を塞いだ。
その瞬間――
空気がひずむ嫌な感触と共に視界がブレる。重く堅い激震が、身を丸めている二人を襲った。エリオは体の内部から湧き上がる悪寒に、歯を食いしばって耐える。
(なんなんだ? なんなんだよもう!)
今の音。おそらくは目の前の二人組みの仕業だろう。
なんだってこんな時に、こんなところで、こんな奴等が、こんなことをしているのか?
全くもって訳が分からない。
(そもそもあいつ等、何をしてるんだ?)
頭を片手で抑えながら、軽く左右に振り、しっくりこない意識の回復をはかる。クレネストも頭をゆらゆらと揺らしていた。彼女の場合、転寝しているようにしか見えないのが、こんな時に妙だが。
「さて、これで終わりじゃが……」
声が聞こえてくる。
口調こそご老人風であるが、小さな女の子のような声色……いや、実際にそうなのかもしれないが、それがさらにエリオの困惑を深めた。
「ふむ、じゃが……これほどまでに接近されるまで気がつかなんだとはな、音のせいで鈍ったかのう?」
続けて聞こえてきた言葉に、エリオは体の底から衝撃が突き抜けるのを感じた。
まさか――
「おい! そこにおるのは誰じゃ!」
なんということか!
こうもあっさり気がつかれるとは――
できればやり過ごしたいところだったのだろうが、そうもいきそうにない。
「ああ言ってますけど、どうしますか?」
焦りの表情を浮かべてエリオはクレネストに問う。
クレネストは嘆息し、印を切った。強化法術のようだが、以前見たものと若干違う。おそらく複数の法術を使っているのかもしれないが、エリオにはよく分からない。
術をかけてから彼女は立ち上がり、
「いいですか? こうなったら仕方がありませんが、名前を呼ばないように注意してください」
そう言うと、隠れていた溝をよじ登り、クレネストが広場に立った。エリオも同じように這い出て、彼女を守るように、やや前へと立つ。
二人組みは、こちらと同じく頭と口元を布で覆っている。表情はよく分からないが、あちらからも困惑の気配だけは感じ取れた。
「な、なんだぁ、お前等?」
大柄な方がそう口にする。ずっしりと来る、芯のある渋い男の声。
「ふむ、まーてぃなんちゃらの見回り……にしては格好が怪しすぎるのう」
小さい方が腕を組み、興味深げに一歩前へ出て、こちらの様子をうかがっている。やはり女の子のようだ。
場にそぐわない、ちぐはぐな二人組み。
男の方はともかくとして、こんな幼そうな女の子がいる理由がわからない。
男は保護者だろうか? 我侭な娘のおねだりに負け、保護者同伴で無断進入して社会見学といったところか? いやバカな。
自分達のような特殊な用事でもないかぎり、こんな場所に人が来るはずがない。と、思うのだが、世の中にはそのバカというのもいそうである。
エリオが色々と憶測を重ねていると、
「あなた達の方こそ、何者ですか?」
後ろから声がした。後ろにいる少女の声……ではない。
少年のような声が、彼の背後からかかった。驚いて後ろを確認するが、やはりクレネストがいるだけである。彼女は特になんの反応もしていない。
「このような場所で何をなさっているのでしょう?」
続けて聞こえた声に、エリオはさらに驚いた。思わず目が点になる。
少年のような声を出しているのは、クレネストだった。
口調こそ同じだが、声質は全く違う。正体をできるだけ隠したいのだろうが、こんな芸を持っているとは知らなかった。
「見ての通りの怪しい人達じゃ!」
それに対して、女の子が堂々と胸を張って答える。
そうはっきり言われると、どう反応してよいものやら困りものだ。もっとも、この場はクレネストの裁量に任せるしかないのではあるが……
「では、怪しい人達さん。私達も見ての通り怪しい人達です。怪しい者同士、この場は不干渉ということで如何ですか?」
「そうもいかねぇよ」
低い声で言う男。装束の中から、大きな二本の戦棍を取り出す。
「お前等が何をしてるのか、するのか、それは知らねぇ。だがな、それが俺たちの計画の障害にならないとも限らないからな」
傍らの女の子も、いつの間にか二本の刃物を手にしていた。普通の剣にしては短めのそれは、銃剣のようである。
これはもう、明らかに保護者同伴の社会見学ではない。怪しい上に危ない奴等だ。
エリオも身構えたが、こちらは素手である。星痕杭は使えない。使えば星導教会の者とばれてしまうだろう。それは避けたかった。
かと言って、あの男は相当に強そうだ。星痕杭なしで勝てるだろうか?
ここはいっそのこと、原始の星槍を使って一瞬で方をつけるべきかと思いを巡らせていると、クレネストがエリオに囁く。
「あの子は、私が相手をします。あの子は相当に危険です」
その言葉にエリオは疑問符を浮かべた。まるで、いかにもな大男より、小さな女の子の方が、遥かに強いみたいな口ぶりである。
通常なら信じ難いことだが、ほかでもない彼女の言うことだ。
何かの気配を見抜いているのだろうか?
どのみち、小さな女の子と戦うのは気が引ける。
エリオは頷いて、その言葉に同意した。