●世界観B創世記・星の終わりの神様少女2

★☆2★☆

「お前が俺の相手か? 素手たぁ舐めすぎだろコラ」

「試してみるか?」

 挑発するようにそう言って、エリオは右足を後ろへ回し、左足を相手に対して真っ直ぐに構え、軽く重心を乗せる。両腕は前方に下げて構えた。

 武器の差を埋めるとすれば、クレネストの強力な強化法術だろう。

 大男が両手にもった双戦棍を、振り子のようにぶらぶらとさせながら大胆に接近してくる。

 一見いい加減なようだが、実に嫌な速度を保っていた。

 エリオは右足を前に滑らせる形で、間合いを調節する。

 黒装束が膝の動きを隠してくれればよいのだが……

 流れる緊張の空気すら意に介さず、大男の歩みは変らない。

 両者の間合いがつまり――

 大男は振り子の流れを利用して、右手の戦棍を無造作に振るってきた。

 顔面を狙ってくるそれは、一見手を抜いたような一撃だが、十分な加速に加えて攻撃の出所が分かり難い。なんとも独特な打撃法だ。

 エリオはその動きに合わせ、左足を大きく右前方へと滑らせる。くるりと右回転しつつ、間合いの内側に潜り込む形で一撃をかわした。

「なぬっ!」

 彼の体捌きに驚いて、大男が目を見開く。

 いつの間に捕まえたのか、戦棍にエリオの左手が触れ、右手は大男の手首を掴んでいた。その勢いを殺さず、今度は体を左周りに捻りながら、引き倒しにかかった。

 これで上手く行けば苦労はないのだが、エリオのそれはいささか雑である。十分なタイミングがとれておらず、大男を引き倒すには不十分であった。

「あぶねぇあぶねぇ……が、いまいち下手糞だったな」

 男は左腕をエリオの顔に巻きつけ、しがみつくようにして耐える。

 いかに強化法術を受けていようと、これでは引き倒せない。もう少し素早ければ、こんな暇は与えなかったのだが……まだまだ修業不足と言うことか。

 反省すると共に、エリオは唐突に腰を右へと回転させた。

「ちっ!」

 踏ん張っていた方向へ逆に力を返され、たまらず大男は腕を解いた。

 それでも勢いを完全に殺しきれず、バタバタと足を踏みならしながら、かなりの距離を後退していく。

 大男は十数歩ほど離れた辺りで、ようやく停止した。

 だらりと腕を前方にぶら下げ、エリオをねめつける。その瞳には、はっきりと警戒の色が灯っていた。

「素手と思って侮っていたが……その力は異常だな。何かやってやがるのか?」

 それに答えず、エリオは呼吸を整えると、再び先ほどと同じ構えをとって対峙した。

★☆

 クレネストの前には黒装束姿の小さな女の子。

 フードから覗かせているその瞳は悪戯っぽく、興味深げにクレネストを見つめている。

 クレネストも、それを眠そうに見返していた。

 マーティルの大樹の青い光りが邪魔をして、彼女の瞳の色まではよく分からない。

(はぁそれなら私の瞳も、黒っぽく見えるとよいのですが)

 逆に自分の瞳の色が分かってしまわないか、それを懸念する。

「ぬしは何者じゃ? その佇まい……只者ではないな」

「それは、お互い様です」

 その子は「ふむ」と漏らすと、足元……つまりは巨木の木の皮をつま先で突いた。

 いとも簡単に皮が弾け飛び、クレネストへ向かって凶悪な棘と化した木片が迫る。

 が――

「まぁ、そうじゃろうなぁ……なにやら違和感がするとは思うたが」

 特に驚くでもなく、納得の声を上げる黒装束の女の子。

 クレネストの手前でそれらは急激に勢いを失い、彼女の足元に転がってしまっていた。

「奇妙な術を使いよる。――まさかおぬし、星導教会かえ?」

「さて、どうでしょう? ですが、彼らにこんな真似ができるのでしょうかね?」

 とぼけたように彼女はそう言って、腰に下げた袋の中から、青い豆粒のような何かを取り出す。

 どうやら、それは宝石のようであった。

 前方に掲げながら、クレネストは歌のようなものを口ずさむ。と、同時に印を切り始めた。

 白銀の光りで描かれた術式が円陣を作り、彼女の周囲に展開されていく。

 宝石は一瞬で術式に分解され、その円陣の中へ組み込まれていった。

 まさしくそれは、禁術特有の現象―― 

 この間寸秒。尋常ならざる速度で術を完成させたクレネストの背後に、無数の小さな光りが出現する。

 一つ一つが少女のような姿をしており、見た目はまるで光りの妖精。

 幻想的な光景だったが、辺りに酷い熱波が広がる。

 それを生み出した当の本人は、少し憂鬱そうな表情を見せながら、その腕を振るった。

 同時に光りの妖精達が、一斉に複雑な曲線を描きながら飛翔を開始する。

「こりゃー! 危ないではないか!」

 目を剥いて苦情を言う女の子。

 慣性すら無視して、機敏に襲いくるそれらをかわしつつ、手にもった銃剣で光りの妖精を次々と斬り捨てていく。

 口で言うだけなら簡単だが、物凄い数である。取り付かれれば大火傷は必至だ。

 その中において、一切の淀みも迷いもない体捌き。全くそれらをかすらせない様は、圧倒の美技である。

 反応、力、素早さたるや、思ったとおり通常の人間の域ではない。

 最初は強化法術でもかかっているのだろうか? と、クレネストは思った。

 でも、これはどう見ても違う。自分の強化法術でも、ただの子供をここまで強化することはできないし、法術で反応速度までは上げられない。

 彼女の凄みは身体能力と技量であると、まずはそう分析する。

 体格的にはまるきりの幼女だが、それが何故こうまで強いのか? 同時にそんな疑問も湧いた。

(法術ではないとしたら、薬物……なのですかね?)

 これで倒せれば楽なのだが、この様子ではそう簡単にはいかなそうだ。

「いきなりなんて事をするのじゃ少年よ! 女の子には優しくせんかい!」

「あなた達の正体も、目的も、それは知りません。ですが、私としては素直に退いて頂ければ、特に何もしないのですが?」

 言いながら、クレネストは先ほど見た物を思い浮かべる。

 轟音の正体が分かったのは、あの大男が見慣れた物を手にしていたからだ。

 それは赤色の杭、禁術の産物『原始の星槍』――

 光りの関係で黒っぽく見えたとはいえ、あの形状は見間違えるはずがない。

 どうやって入手したのかはともかく、問題はその使用目的の方だ。

 ふと、大男がへばりついていたあたりの幹を見やると、穴が開いていた。ようするに、あの中へと打ち込んだのだろう。

 なんのために?

 考えつつ視線を戻すと、さっきまでそこにいた女の子の姿が消えていた。

 そして眼前には今、十に近い銃剣が、クレネストの防御術に阻まれて止まっている。

 クレネストが目を離した一瞬の隙に移動し、攻撃を放ったのだろう。

 止められて尚、力が死んでいないそれらが、ぐりぐりと防御術に食い込んでいた。

(なるほど、見抜かれてしまいましたか) 

 とすれば――

 彼女は顔を上に向けた。

「ぬしの術、このテスが見抜けなんだと思うか?」

 テス――と口を滑らせ気味に名乗った女の子。

 その姿が大きく写る。

 そこは銃剣による攻撃の影響で、防御術の効力が及ばなくなった箇所。

 刹那――

 首筋に打ち下ろされてくる冷たい斬撃の光りを、クレネストは眠そうな瞳で見つめていた。

★☆

「ちょこまかとうぜぇ奴だなお前は!」

 青年と思わしき、精悍な目つきをした黒装束の男に向かって、怒声を上げるローデス。

 力強く特殊な歩法で踏み込んで、逃げられる前に無理矢理間合いをつめる。軽い腰の回転と、大振りな肩の回転を連動させ、双戦棍を左右から交互に打ち振るった。

 それは鈍器による打撃でありながら、見た目はまるでムチのようにしなやかな動きであり、独特の軌道を描く。

 猛烈な勢いで繰り出される双戦棍の乱舞に、目の前の獲物は防戦一方であった。

 とは言ったものの――

(ち、反応はいいじゃねぇか……それに、クソっ! なんなんだこいつの筋力は)

 テス――程ではないにしても、あまりの剛力に、先ほどから手を焼かされていた。

 体重差のある相手だ。本来なら腰を入れてぶつかり、まずは体勢を崩させたいところだが、それができない。筋力差で逆に弾き飛ばされかねなかった。

 仕方なく中距離からの打ち合いをするも、双戦棍は逐一受け流され、こちらの動きが鈍るような位置へと運ばれる。

 ただ、この青年の技量自体は並であり、実戦経験も浅そうだ。そこそこの護身術ができる程度の実力と見た。

 こちらの動きを完全には見切れてはいないし、受け流すことが精一杯といった印象である。

 だからと言って素人ではない。ちょっとでも油断をすれば、地面に這うのは自分の方だ。

(奴はテスのような薬でもやってるのか?)

 と、ローデスは考えた。だとしたら、相当ろくでもない集団かもしれない。

 実際はクレネストの法術なのだが、強力すぎるあまり、彼の想像の範囲を狭めてしまっていた。

「まったくこんな時に面倒くせぇなぁ! お前等、こんなところにくんなよ! ボケ!」

「それはこっちのセリフだ! おとなしく諦めて退け!」

 凛とした青年の声。その目は強い意志の光りを宿している。

「くっそ生意気なガキが」

 ローデスがそう毒づいて、一端間合いをとったその時、視界の端に白銀の光りが灯るのを感じた。

 青年を警戒しながら、光りの方へ目を動かすと、

「うっ……禁術か!」

 黒装束の少年の周りに展開された、白銀の術式を見て彼は呻いた。

 禁術を使える相手だったとは……これは思った以上に厄介かもしれない。

 また、問題なのはその術式――

 幾重に重なる円陣に、芸術品でも見ているかのような精巧で繊細、かつ複雑な術式だ。

 法術が使えないテスは気がつかないだろうが、あんな高度な術式は見たことがない。

 しかしながら、あのような術式を組むには相当な時間も必要だと思うのだが、その間テスは、一体何をしていたのだろうか? 並みの相手など、術を使う前に一瞬でしとめることができるはずだ。

 少年の方を屠った後で、目の前のこの男を二人で潰せばいい。そう考えていたのだが……

(あいつ、まさか遊んでやがるのか?)

 光りの妖精相手に立ち回っているテス。嬉しそうに瞳を輝かせているのが見えて、軽く眩暈がする。

 まったくもって面倒だ――

 目の前の青年は、決して自分から仕掛けるようなことをせず、防御を優先している。技量で未熟とはいえ、こう守りに徹されては簡単に打ち破ることができない。

 ならば、と――ローデスは一端双戦棍をしまう。

 怪訝な様子で身構える青年を見据えて、ローデスは印を切り始めた。

 青年の瞳に逡巡の色が浮かぶ。

 このまま黙って見ているようならそれでもよい。こちらは組み上げている強化法術をそのまま施行するだけである。

 だがやはり、そうはさせじと青年が動きを見せた。

 火薬が破裂するような音を立て、地面すれすれを跳躍し、瞬時に距離をつめてくる。

 やや遠目の間合いで、勢いをつけるように左足を後ろに、腰を右へ回す形で体をねじり込んだ。

 左足が上がったと思った次の瞬間、十分なひきの入った蹴りが放たれる。

 一見、前蹴りの軌道だが、それは途中で横から薙ぐような軌道に変化し、右わき腹の辺りを狙ってきた。

 鈍く風が破裂する音――

 防御不能と見て、ローデスは合わせるように右足を引き、最小限の動きでこれをかわす。軽く脇腹を掠める青年のつま先を感じながら、左の戦棍を抜き打った。

 ガツンとした手ごたえを感じ、

「うらぁ!」

 ローデスは咆哮を上げ、そのまま戦棍を薙ぐ。

 宙を舞う青年の姿を目にして、彼は勝利を確信した。

★☆

 クレネストは眼前で、眼を回してひっくり返っているテスを、しげしげと観察していた。

 フードが外れて、おそらくは黒髪だろう、ポニーテールが見えている。口元は隠れたままだが、かなり可愛らしい子だとクレネストは思った。

「なんなんじゃ~? 今のは?」

「はぁ、まぁ……そういう術です」

 クレネストの防御術は、範囲に触れたものの移動力を阻害するものだ。

 だからといって、完璧な防御術というわけではない。強い移動力を受けると、その範囲が歪み、ほころびが生じてしまう欠点があった。

 テスと言ったこの子は、さきほど蹴っとばした木片でそれを察したに違いない。恐ろしい勘の良さである。

 放たれた銃剣によって効果範囲が歪み、ほころびの生じた箇所から、接近を許してしまったのだった。 

 それでもテスは、クレネストに届かなかった。

 クレネストは後ろ手に組み、緊張感のない口調で続ける。

「テスちゃんと言いましたか? お強いですね……驚きましたですよ。ですが、私が怪我をすると、あの方が凹みますので、ごめんなさいです」

 ぺこりと頭を下げるクレネスト。

 それを聞いたテスの顔が強張る。

「おぬし! なぜテスの名を知っておるのじゃ!」

「いえ……さっきあなた自身が名乗っていたではありませんか?」

 その女の子は一瞬考え、

「うわあああああ~! やってしまったのじゃ~! 怒られる~!」

 叫び、頭を抱えながら、弾かれたように上半身を起こす。

 盛大に地面に落ちたのにも関わらず、なかなかに元気だ。

「そ、そうじゃ! ぬしよ、さっきのは一体どうやったのじゃ?」

 こちらをびしっと指差し、納得いかなそうにテスが質問をしてきた。

「禁術に紛れてもう一つ術を仕込んだのですよ。でも、どうやったのかは秘密です」

 実際は、上から襲ってくる彼女の重力を、いきなり倍化してやっただけである。空中にいたこの子には、それが分からなかったのだろう。

 通常、動いている相手を捕らえるのは難しいが、攻めて来る場所が分かってさえいれば、いくらでもやりようがある。

 空中で間合いを突然狂わされたテスは狙いを外し、そのまま下に激突してしまったのだ。

 普通なら死んでいてもおかしくないが、この元気。異常なのは身体能力だけではなさそうだ。

「テスの負け……かのう? 足を挫いてしもうた。これではもう、どうあがいてもぬしには敵うまい」

「はぁ、大丈夫ですか?」

「何の心配をしておる。さっさとやらんか」

 潔くその場にへたり込んだまま、静かに目を閉じるテス。

 クレネストはそんな子の姿をしばらく見つめ、嘆息した。

「おとなしく退いてくれれば、何もしないと言ったではありませんか」

「テスは、ぬしを殺そうとしたのじゃぞ?」

 そう言ったテスの前にクレネストは屈んで、その顔をジト目でまじまじと見つめる。

「な、なんじゃい?」

 怪訝な顔をするテス。

 クレネストはそんな女の子の、口元を覆い隠している布をそっとはずし、頬を優しく両手で包んだ。

「やっぱり……あなた、とても可愛いですね。私はそんな子を殺したくありません」

 そう彼女が口にした瞬間、テスの頬が熱を帯びた。

「な、ななななにを、突然!……ふにょけたことを」

 逃げるように後ずさると、頬を両手で押さえ、恥ずかしげに顔をふるふるとしだす。

 何をこの子はうろたえているのかと、その様子にクレネストは小首をかしげた。

 自分が今、少年設定であるということが、どのような影響を与えているのかを全く理解していない。

「さて……」

 立ち上がり、大男と戦っているエリオを心配してそちらの方向をみる。

 ちょうど、エリオが強化法術の印を切る大男へ向かって、跳躍したところだった。

(それはまずいです)

 案の定、咄嗟に腕を交差して防御はしているものの、左からの戦棍を食らって吹っ飛ぶエリオ。

 彼が転んだ所へ大男が追いすがり、止めの一撃を放つ体勢に入る。

 クレネストが、彼を助けようと印を切ったその時――

 大男の動きがピタリと止まった。

(?)

 なんだろうと思っていると、

「て、てめぇ! なんでそれを持っていやがる!」

 大男の狼狽する声。

 あぁ、なるほどと、クレネストは印を切っていた手を下ろした。

 最初からそうした方が早かったかもしれない。もっとも彼は、大男が原始の星槍を持っているのを見ていなかったので、仕方がないが。

 エリオは大男の反応を見て射出は不要と見たのか、なにもせず黙って狙いを定めるだけに留めていた。

「そこの人! これがどのようなものであるか、分かっていますね?」

 クレネストも原始の星槍を取り出し、狙いをつける。

 男は呻きつつ、テスの方を見やる。

 へたり込み、フードを剥がされ、顔がばれているテスを見て、

「……お、おい、まさか」

「すまぬ、負けた」

 愕然とする大男。戦棍が手からこぼれ落ち、硬い音を立てて転がる。

 これだけの実力をもった子だ。まさか負けるとは考えていなかったのだろう。

「はぁ、まあ私達には関係のないことかもしれませんが、あなた達がここで何をしていたのか……この際、話してもらえますか?」

「……」

 テスはむぐぐっと口をつぐんでいる。

「おめぇはバカか? 言うわけねーだろ」

 そう口走った大男にエリオが近づき、戦棍を足で払って遠ざけると、原始の星槍で殴りつけた。

「あのお方を侮辱することは許さない」

 感情を押し殺すような声音でエリオ。

 あごを押さえながら睨んでくる大男を、それ以上に凄みのある表情で睨み返している。

「待て! その者に手を出さないでくれ!」 

 湧き立つエリオの殺気を敏感に感じてか、テスが慌てた様子で動こうとして、前のめりに倒れた。

 足を挫いたと言っていたが、これは折れているかもしれない。

「わ、わしらはこのマーティルの大樹を破壊しにきたのじゃ!」

「お、おい! バカっ!」

「このままではぬしが殺されてしまう! そんなのは嫌じゃ!」

 いまにも泣き出しそうに、表情を歪めているテス。

 それを見た大男は完全に脱力し、その場にどっかりと座り込んだ。

「あーあ、もうしゃーねぇ……そんな目で見るなよ」

 我侭なわが子を見る父親のような目で、テスに向かって大男がそう漏らした。

「それ以上はおやめなさい。この子が悲しみます」

 そうクレネストがエリオに声をかけると、今にも原始の星槍を射出しそうだった彼の殺気が霧散した。

(さて……)

 嫌がらせ大好きな滅亡主義者あたりなら、マーティルの大樹を破壊し、星導教会に責任転嫁をする。これは十分考えられた。

 とはいえこの二人からは、奴等特有のいじけた感じがしない。

 正体が気になるところではあったが、わざわざ詮索する必要も、関わる必要もないだろう。

「原始の星槍に破壊の術式を組み込んで、マーティルの大樹へ打ち込み、内部から破壊する。といったところですか……先ほどから随分と音がしていましたが、なるほど、そういうことですね」

「原始の星槍? ああ、あの遺物のことか? そんな名前があるのか……なんだか俺達より詳しそうだなお前等。ひょっとしてノースランド政府お抱えの裏組織か何かか?」

「どうぞご自由に想像してください」

 クレネストの言葉に舌打ちを返す大男。

 どうやらこの者達は、自分で原始の星槍を作ったわけではなさそうだ。

 遺物――どこかで古い時代に作られた物が、使われずに残っていたのであろうか?

 クレネストは続けて口にする。

「ところで……です。大変言い難いのですが、それはたぶん無駄足だと思います」

「あぁ?」

 大男が首をかしげた。

「このマーティルの大樹は、ステラを吸って成長する特異な巨木です」

「それがどうした?」

「原始の星槍に破壊の術式を組みこんでも、発動するだけのステラ、もしくはステラに属する、例えば星動力のような力がなければ式は発動できません」

「だからそれがなんなんだ? それくらいは知っている」と、大男は苛立たしげだ。

 テスの方も、腕を組んで首をかしげている。

「はぁ……わかりませんか?」

 クレネストはぴっと人差し指を立て――

「原始の星槍を内部に打ち込んでしまったら、発動のためのステラを吸い尽くされてしまいます」

 さすがに理解して、大男とテスの顔面が崩壊した。

「なんじゃ~! わし等は文字通り、骨折り損のくたびれ儲けってことかえ?」

 クレネストは気の毒そうな表情で頷く。

 その場にテスは仰向けになって大の字になり、大男の方は地面に頭をついて、背中を丸めていた。

 しばし――そんな二人を見つめ、

――で、どうします?」

「あぁ? 決まってんだろ……ばかばかしくなった、帰って寝る」

 クレネストの言葉に、大男は呻くようにそう答えて立ち上がると、戦棍を拾って装束の裏にしまう。クレネストの眼前で転がっているテスのところへ歩いていき、その体をひょいと持ち上げた。

「おい! 何やってるんだ!」

 エリオが見咎めて叫ぶが、クレネストは「よいのです」と言ってそれを制する。

「ああ、それとよ……」

「はい、お互いこのことは他言無用ということでしょう? 私達もその方が都合がよいのです」

「分かってるなら話がはぇえや、じゃあな」

 テスを肩に担ぎながら、大男がゆっくりと、その場を立ち去っていった。

「本当によろしいのですか?」

 エリオがクレネストの方に歩み寄り、大男の背中と、テスの涙目顔を見送りながら言う。

「ええ、これ以上は無意味です。それよりもエリオ君、腕は大丈夫ですか?」

「はい……ええまぁ痛みますけど、骨は大丈夫そうです」

 左右の腕を交互にさすってエリオが言う。

「よかった……です」

 と、元の声に戻して、クレネストは胸を撫で下ろした。

 一陣の風が吹き抜けていくと、辺りは恐ろしいくらいの静寂に包まれていく。

 マーティルの大樹の、巨大な壁にしか見えないその幹を見据えながら、彼女はフードを後ろへ下ろし、口元の布を外す。

(どうかまた……上手くいきますように)

 自分が信仰するもの……この星へとそう祈り、そして――

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