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「あの育ちすぎの大木を、超育ちすぎの大木にするのがあいつ等の役目だったのか? としたらあいつ等はマーティル教? いやそれだったら顔隠す意味がないし、違うよなぁ」
今日で何度目のぼやきだろう? ローデスは今朝からずっとこの調子である。
テスはいささかうんざり半分、呆れ半分に口を開く。
「ローデスよ……同じ話題を繰り返すクセはのう、老化現象の第一歩じゃぞ」
痛いところを突かれたのか、ローデスは思わず数回わざとらしく咳払いをした。
二人は今、マルネリオ町より外れにある人気のない海の岩場を、小型の二輪車を押しながら移動していた。
やはり、両足共に骨が折れていたテスは、二本の杖を脇に挟み、足代わりにしてぶら下がりながら移動している。彼女のバランス感覚と筋力であれば、移動するだけなら特にそれで困らない。
「それにどっちにしても作戦は失敗じゃ、あの少年の言うとおりだったようだしのう」
ローデスはあの場を立ち去ったあと、十分に離れた距離から念のため術式を起動しようとしてみた。が、やはりあの少年が指摘したとおり、術は全く起動しなかった。
「くっそー、やってらんねっ! 作戦の立案はコルネッタの奴だし、帰ったら愚痴りまくってやる!」
「そうじゃのう、帰ったら何か美味いものでもおごらせようぞ」
意気投合していると、岩場の向こう側に停泊している小型船が見えた。
仲間の船である。
ローデスとテスは、船から海岸を照らしている明かりの中へと移動した。すると、船の上に三名、黒装束に身を包んだ者達がこちらへ向かって手を振っているのが見えた。
手信号で合言葉をかけてきたのでそれを返すと、三人のうち一人が、船に横付けされた小型ボートに乗って、こちらへと近づいてくる。
「出迎えご苦労さん、とりあえずコイツを運ぶの手伝ってくれ」
ローデスはそう言ってポンポンと二輪車を叩いた。
数分後――
甲板にどっかりと腰をおとして、だらしなく船べりに背を預けるローデス。二人とも暑苦しい黒装束は脱いでいた。
「あー疲れたー死ぬー」
「親父じゃのう」
テスが苦笑しながらそう一言浴びせる。
杖を膝の上に乗せ、そんな彼の横に座って足を伸ばした。
「それでは船を出します」
黒装束の一人が暗い声でそう言って、操舵室の方へ入っていく。残りの二人は、自分達の向かい側に腰を下ろし、息をついていた。
間もなく、船の原動機が音を立てて動き始める。船はゆっくりと進み、徐々にその速度を加速させていった。
海岸を離れ、遠くに見えているマルネリオ町の明かりを眺めつつ、ローデスが長い溜息をついて、テスの頭をひと撫で……
テスはそんな彼をチラリと見、次に自分の折れた足に視線を移すと、そこにそっと触れた。
(あやつ、勝負は紙一重のようでそうではない。このテスでもまったく手の届かぬ相手じゃ……世の中というのは広いのう)
凄まじい量の星が埋める夜空を見上げ、あの少年のことを思い出す。
布の裏に隠された素顔は分からないが、あの時――じっと自分を見つめてくる瞳がとても印象的だった。あの時は敵対してしまったが、せめて名前だけでも知りたい。
そう考えているうちに、彼の手が触れた時の心地よい感触を思い出し、徐々に頬が熱くなってくるのを感じた。心臓の鼓動の音が、なぜか大きく聞こえ始める。
(な、な、なんじゃこりゃ……なにゆえこんなにドキドキとするのじゃ)
沸きあがる変な気分に、自分の体を抱きながら戸惑うテス。
身悶えし、変に恥ずかしくなって呻き声を漏らす。
「テスよ。まだ足が痛むのか?」
こちらの様子がおかしいことに気がついてか、ローデスが心配そうに声を掛けてくる。
「あ……ああ、いやまぁ、そんなところじゃな。でも、もうだいじょ……」
――急に辺りが静かになった。
テスは言葉を切り、訝しげに辺りを見回す。
先ほどまで、やかましいほどに唸りを上げていた原動機の音が途絶えていた。
「おい! どうした? 故障か?」
そう言ってローデスが腰を浮かせ、操舵室の方へ向かって声を張り上げたその時である。
空気が凍りつくような違和感――
これは……
「ローデス!」
鋭く警告の声を上げ、テスは銃剣を抜いた。同時に手で甲板を突いて宙を舞う。
目の前の二人が、立ち上がりざまに腰から何かを抜くのが見えた。
次の一瞬。
夜の船上に、青い光りが激しく散る。
合わせて夜空に余韻を残す甲高い金属音――
その残響も終わらぬ中、テスは目を見開き歯を剥いて、黒装束二人を睨みつけた。
「なんのつもりじゃ……」
斬られて転がった星動銃と、ローデスの前で膝をついているテスを交互に見比べ、黒装束が愕然とした表情で後ずさる。
「てめぇら」
低く、怒気の篭った声で、ゆっくりと双戦棍を抜くローデス。
噴火寸前の火山のような殺気があたりに立ち込めた。
と――
「そんな怒ることあるかねぇ……お前達も何を怯えることがある? 死ねば楽になるだけだろ?」
覇気の無い声が横手から聞こえた。
さっき操舵室に入っていった奴だろう。
「あぁ? てめぇら何もんだ?」
「一々そんな疲れること聞かないでくれよ。頭悪いのか?」
そう言って黒装束を脱ぎ捨てる。
赤色のコート、男にしては長めの銀髪。レネイドのような長身痩躯の青年だが、眼鏡はかけていない。ニヒルに口元を笑わせ、疲弊したように濁りきった黒い瞳が、眼前の二人を見つめていた。
その手にはなんなのだろうか? 丸っこい物が入っているかのような布袋をぶら下げている。
「クソが、なら潰した後でたっぷり聞いてやる!」
吠えてローデスが甲板を蹴り、その青年へ襲いかかった。
それを見た青年は疲れたように溜息をもらし、袋を甲板に下ろすと、妙な歌を口ずさむ。同時に印も切り始めた。その周囲に次々と、紫色の光りを発する術式が展開されていく。
「はっ! 禁術か? だがおせぇ!」
余裕の表情を浮かべるローデス。
しかし――
「ローデス! いかん!」
テスはそれに気がついて、制止の声を上げた。
青年の周囲に感じる違和感、これは……
「くっ!……なん……だってんだ! 動けねぇ!」
ローデスは青年を間合いに入れておきながら、そこでその動きが止まってしまう。
これはまぎれもなく、あの少年が使っていたのと同じ防御術だ。
テスは急ぎ、再び手を突いて高く飛び上がると、上方から腕の力を全開にして銃剣を撃ち放つ!
空気を引き裂く音を立て、凄まじい威力をもったそれが防御術に突き刺さった。
瞬間――衝撃が波紋のように伝わり、ローデスが後ろへと弾かれる。
空間に生じている違和感が衝撃によって大きく歪み、安定することなくあっさりと霧散した。
青年の片眉がぴくりと動く。
(む……あの少年の防御術ほどには強力ではない)
着地し、足に走る痛みに顔をしかめつつ、テスはそう見る。
あの少年の防御術は、十本もの銃剣を浴びせてすら、歪むだけでこんなあっさりと壊れたりはしなかった。
「へぇ、この防御術が破られるなんて少し驚いたよ……久しぶりに驚いた。でも、これで完成だ」
青年が先ほどの袋を持ち上げて、その中身をとりだす。
ローデスとテスが思わず息を呑んだ。
それは人間の、それも女性の生首だった――
青年がそれを軽く撫でると、生首は術式となって霧散し、彼の描いた式の中へと加わる。
「ば、ばかな!……有機物を術式分解しやがった!」
驚愕の声を上げるローデス。
対する青年は、突然いかれたように笑い声を張り上げた。
唖然としてその様子を見ていると、彼は目を血走らせて裂けそうなほどに口を開く。
「あばばばーあー、できないノォ? 君達のはサァ、のきんじゅツ、ちゅうとで、れべルひくい、ダー」
まるで人間が喋っている感じではない、気持ち悪い音声を発しながら、その青年の体に異変が起き始める。
ボコボコという不気味な音を立てて筋肉が盛り上がり、その体がどんどん肥大化していくではないか。
やがて皮膚が赤黒く変色し、口元には牙が生え、所々に体毛も生え始めていた。
ものの数秒で青年は、ローデスの巨体ですら小さく見えてしまう程の、巨大な化け物へと変貌を遂げる。
それが操舵室に片膝をついて、こちらを見下ろしていた。
「なんてこったい」
大きく揺れ動く船の上で、ローデスが掠れた声でそう呟く。
化け物がそんな彼めがけて無造作に腕を伸ばしてきた。
「ローデス!」
放心して、それを避けようともしない彼。
テスは慌てて、その腕めがけて銃剣を放つ。
甲高い衝撃音が鳴り響き、粉々になった銃剣が暗い海へと落ちていくのが見えた。化け物の腕はローデスの目の前で大きく弾かれ、それを見届けた彼は、後ろの方へよろける。
「ばかもの! なにをしておるのじゃ!」
そんな彼を大声上げて叱咤すると、今度はそのテスへ向かって、化け物が腕を振るった。
テスはそれを前方へ転がって避けたが、後ろにいた黒装束二人が巻き込まれ、変な方向へ体を捻じ曲げたまま海へと落ちていく。
(くぅ、足さえ、足さえ怪我しておらなんだら)
片膝をついて、化け物を悲壮な表情で見上げるテス。
巨大に膨れ上がって尚、どこか虚ろなその瞳が、彼女をつまらなそうに見返している。
その足が一瞬浮き上がり、空き缶でも蹴るかのようにテスを蹴り飛ばした。
咄嗟に斜め後ろへ跳躍したが、この足ではそこまでが限界。一撃を食らった小さな体が、甲板を滑り転がっていく。船べりに激突したテスは口から大量に吐血し、服と甲板を赤く染めた。左の袖が破れ、あらわになったその腕が、半ばから有り得ない方向へ折れ曲がっている。
「この化け物が!」
ローデスが青い顔で吠える。
化け物が足を下げる前に、その膝関節の内側を狙って戦棍を振るい。
船べりでぐったりとしながら、それをテスが祈る思いで眺めていた。
(ローデスいかんのじゃ、早く……早く逃げろ)
上げた足を取られる形で戦棍の一撃を食らった化け物は、バランスを崩し、転倒しそうになる。
化け物は咄嗟に転倒を防ごうと、身をよじり、甲板に強く手を突いた。
大きく揺らされる船。
ローデスは立っていられずその場にしゃがんで耐える。が、テスは体が宙に浮き上がり、そのまま海の中へと転落してしまった。
「テ、テス!」
ローデスの悲痛な叫び声がこだまする。
テスは波間に顔を出し、まだ動く方の手をローデスへ向かって伸ばした。
(なんて、なんて遠いいのじゃ……)
体制をいち早く立て直した化け物の手が、テスに気を取られていたローデスの体を捉えた。
一瞬で彼の腕を折り曲げ、ねじ切り――
それを見た瞬間テスは、目を大きく見開き、あらん限り口を広げて滅茶苦茶に叫んだ。
叫んで、自分が叫び声を上げていることにすら気がつかなかった。
顔が傷つき、皮膚がめくれるのも厭わずかきむしり、ただひたすら心が暴走して叫びを繰り返す。
(やめてくれ!やめてくれ!やめてくれ!やめてくれ!)
頭の中で沸きあがる怒涛の祈り、しかしそれは何処にも届かない。
目の前で四肢をバラバラにされ、彼が頭から食われていく光景を最後に、テスの意識は途絶えた。