●世界観B創世記・星の終わりの神様少女2

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 船の一室。憮然とした表情のテス、相変わらずのクレネスト、困った顔のエリオがいた。

 ポッカ島を出たのはあれから二日後。

 巡礼中ゆえに、いつまでもポッカ島にはいられないことをテスに告げると、彼女はついて行くと言い出した。

 これには少々困ったが、ポッカ島に置いて行くことに、クレネストとしても不安があった。

 結局、適当な口実を作って、彼女を連れ出したのだが、

「せ、星動機は嫌いなのじゃ!」

 車に船にとこの調子。随分とテスは駄々をこねた。

 クレネストがなんとか説得し、乗せたのだが、やはり不機嫌そうである。

「前にも言うたが、星動力は星を破壊しておるのじゃぞ? クレネスト殿も星動力を避けて新動力を率先して使うべきなのじゃ」

 そう主張するテスは、ベットの上にちょこんと体育座りしている。

 クレネストの視線は一点にそそがれ、まず気になることを言う――

「パンツ見えてますよー、殿方もいるんですよー」

 ジト目、平坦な声で、呪詛のように何度も繰り返すクレネスト。

 テスは、むぅと呻く。腕で抱え込むように、スカートの下を持ち上げて隠した。

 新動力――

 テスは随分と、そのことについてクレネストに、熱く語ってくれた。なぜ自分達がステラ採取変換施設を襲ったのかも。

 この子達にとっては、そうそう他人に明かしてもよい情報ではないだろう。

 テスには随分と信頼されたようである。とはいえ、クレネストの方は悩みどころだ。

「エリオ君――どうしたものでしょうかね?」

「そうですね、普通なら軍警察につきだして、組織を一網打尽ですよね」

 エリオがそう言うと、なにやら物凄い殺気が彼に向けられ、彼は顔を青くしながらあさっての方向を見る。

 クレネストはそんなテスの横に座り、頭をなでて宥めた。

「この子になら、話しておいてもよいかもしれません」

「クレネスト様それは……少々危険では?」

 テスは不思議そうに首をかしげている。

 クレネストはしばし目を閉じて考え――

「この子を信じましょう――

 覚悟を決め、そう口にすると、薄っすらと目を開けた。

 エリオは一瞬何かを言おうとしたようだが、結局言葉を飲み込んで頷く。

 どこか緊張した様子の二人に、テスは生唾を飲み込み。

 クレネストがゆっくりと語り出す。

「星動力は一度使ってしまえば消滅し、ステラには戻りません。このことはテスちゃんに言われるまでもなく、私達は知っています」

 テスは驚いた表情を見せたが、すぐに困惑のそれに変る。こうもはっきりと、星導教会の者から言われるとは思わなかったのだろう。

「つまりはじゃ、星導教会はそれを知っておきながら、星動力を広めたのかえ?」

「いいえ、教会でこの事実を知っているのは、おそらく私とエリオ君だけです」

 ますます困惑を深めたのか、テスが眉根を寄せた難しい顔になる。

「私達が、どうしてそのことを知っているのかはともかくとしまして、あなた達が指摘しているとおり、このままでは星は、ステラによる結合力を失い、やがてはその自重で潰れてしまいます」

「単に星が壊れる……とは聞いておったが理屈までは知らなんだ」

「なるほどです……」

 と言ってクレネストは立ち上がり、テスと向き合って膝を折り曲げる。

 きょとんとするテス。

 その頬に両手を添えて、

「実はですね、私が初めてテスちゃんと会ったのは、マーティルの大樹のあの場所です」

 あの時の、少年風の声音に変えてクレネストが喋る。

 途端にテスがあんぐりと口を開き、目がまんまるくなった。

「なななななななななっ!」

 頭の左右を両手で挟み、仰け反ってひたすら、「な」を繰り返す。

 とりあえず混乱が収まるまで、クレネストは待つことにした。

 息が切れたのか、テスの発声が止まる。

 しばし見つめ合う二人――

「ま、まぁ、それはそれで……そういうのも悪くは、ないのじゃ」

「……え?」

「いやいやいや、なんでもないのじゃ!」

 なんだか顔を赤らめて、もじもじとしているテス。

 両手の人さし指をつんつんとつつき合わせながら、上目づかいでクレネストを見た。

「なるほど、今になって思い出したのじゃ……ぬしの匂い、確かにあの時の匂いじゃのう」

「臭い……ですか? エリオ君、私、そんなに臭いますかね?」

 クレネストは自分の袖口を嗅いでみるが、良く分からない。

 エリオは頬を掻きつつ、

「えーと、匂いというか……良い香りですね。花のような?」

 と、ちょっと照れくさそうに言った。

 変な臭いでなくて良かったと、クレネストは内心ほっとする。

「それよりもじゃ、あのような場所でエリオ殿とデートと言うわけでもあるまい。ぬし等は何をしておったのじゃ? マーティルの大樹が巨大化したことと関係があるのかえ?」

「はい……あれは見た目こそマーティルの大樹を模していますが、本当のマーティルの大樹はもはや存在しません」

「どういうことなんじゃ?」

 探るようなテスの視線。

 クレネストは、どこからどう説明したものかと、顎に手を添えつつ視線を彷徨わせる。

「テスちゃんは、ペルネチブ半島に出現したという巨大な柱の話をご存知ですか?」

「うむ、それならレネイドの奴が話しておったのう……にわかには信じられんことじゃが」

「では、あれを作ったのが私だと言ったら信じますか?」

 その瞬間、テスが激しくむせた。

 クレネストが慌ててテスの横に座り、その背中をトントンする。

「いやはや、いくらクレネスト殿といえど、それはあまりに突拍子もなさすぎではないかえ?」

 さすがに疑いの眼差しを向けてくるテス。

 そんなテスに、エリオが横から口を挟む。

「テスちゃん僕もね、実際の所、あれを見るまではクレネスト様を多少疑ってはいたんだよ。でも実際に見せられたらもうさ……」

 なるほど、エリオはその時までは疑っていたのか、とクレネストは残念に思う。反面、当然であると納得もしていた。

(……はぁ、無理もない話です――

 テスには言葉だけでは信じてもらえないかもしれない。それでも信じてもらわなければ困る。

 こうなったら、世界の柱という禁術そのものについて説明しなければならないだろう。

「あなた達が思っているほど不可能な話ではないのです。あの赤い杭、名を『原始の星槍』と言いますが、あれに蓄えられる膨大なステラと式の増幅力、私自身のステラ、及び代償にした瞬間に生物から発せられるステラ。ここに術式化エネルギー相互干渉作用を利用して論理連鎖式術法を用い、術式発生の原点たる……」

 かくてクレネストの全力解説が始まり――

 ――――

 数分後――

「ということで、『世界の柱』は作り出されるのです。分かりましたか?」

 と、満足気にクレネストが締めくくる。

「エ、エリオどの……いまのわかったかえ?」

「まぁなんというかその、クレネスト様は天才であらせられるので、常人の理解を遥かにおこえになられてあそばされるということなのだ」

 テスは目を回し、エリオは頭がうにったのか、言語がおかしくなっている。

 撃沈した二人を交互に見て、クレネストは理由が分からずに首をひねった。説明の仕方がまずかったのだろうか?

「あーまぁなんじゃ? あの巨木が巨大化するところはテスも見ておるし、違うとも言い切れんのう」

 言いながら、よろよろと半身を起こすテス。

「じゃがなんの為に、そんなことをしておるのじゃ?」

「新しい世界を創るためです」

「新しい世界じゃと?」

 疑問符を浮かべるテス。

 クレネストは立ち上がり、窓の方へと歩いていった。

 海と空と雲、それ以外は特になにも見えない風景。揺らめく波も風もずっと変らず、このまま恒久に続くと錯覚してしまいそうな――

 それでも星を蝕む病は進行している。

「この星は、もはや後戻りできないほど病んでいます。テスちゃんには申し訳ないのですが、あなた達の計画も意味を成しません。この星は、星動力の使用を絶ったところで、運命は何も変らないのです。だから私は、この星に残されたステラを使って、新しい世界を創ろうと決めた――

 世界観B計画のことをテスに語っていくクレネスト。

 話しながら彼女は思う。

 おそらくテスは素直に聞き入れてはくれないだろう。

 結果的には沢山の人を殺し、大事な人も失ったのに、その計画が無駄と言われては受け入れ難いのも無理からぬ話である。

 が、テスはすぐには何も言わず、目を閉じ、口を閉ざした。

 見れば腕を組んでうつむき、意外に冷静な様子で、それについて深く考えているようだった。

 やがてテスは目を開き、口を開く。

「テスとしては、もう少し慎重に考えたいのじゃ――だからしばらくの間、ぬし等の旅に同行してもかまわんじゃろか? なに秘密は守ろうぞ、ぬしには二度も命を助けられとるしの。仲間達には手紙で連絡しておけばよかろう」

 クレネストは驚いた。

 単に驚いただけではない……なんだかこう、胸の奥底から熱いものが沸いてきた。

 抑えきれない思いにクレネストは、すいっとテスに近づいて飛びつき、ベッドに押し倒す。

「はぁ……テスちゃん!」

「うわぁなんじゃー!」

「テスちゃん、テスちゃん」

「ぬ、ぬしよ! 落ち着くのじゃ! あ、あぁ、あっー!」

 寝ぼけ顔ですりすりするクレネストに、耳まで真っ赤にしているテス。

 ベッドでじゃれあってる二人から、エリオは気まずそうに目を逸らした。

 咳払いをして一言――

「クレネスト様……そのー、見えてます」

「あ……」

 ローデスが死んだ。

 テスからの手紙を読み終えたゼクター、レネイド、コルネッタの三人は、暗く沈んだ空気に包まれる。

 皆、長年の付き合いだし、何度も危険を潜り抜けた仲間だ。よもや、このような形で失うことになるとは予想もしなかった。

「なんということか……」

 そう漏らし、ゼクターは椅子に重く腰を下ろす。顔を覆い隠しながら頭を左右に振った。

 レネイドは落ち着き無く、無意味に眼鏡を拭きつづける。

「でも、あの子が無事だっただけでも幸いね」

 と言って、複雑な心境を顔に浮かべるコルネッタ。物憂げに夜景を見つめている。

「リーベルちゃんは、やっぱり生きていたのか……テスちゃんがお世話になるなんて、なんの因果なんだかな」

 テスからは、クレネストのやってることを見極めるとの連絡だった。なにか重大なことをしているらしいのだが、今は混乱の元となるので、全ては語れない。待っていてほしいとのことだ。

「クレネスト・リーベルを信用できるの?」

「ふむ……テスは危ないところを助けられたと書いている。星導教会の司祭とはいえ、恩人には敬意を示さねばなるまい」

 ゼクターはテーブルの上で手を組み、淡々とした口調で言った。

 他の二人も異論は無いようである。

「テスちゃんいないとちょっと寂しいけどさ――それよりもだ」

 言葉の後半で、レネイドの目に物騒な光りが宿る。

 ゼクターもコルネッタも険しい表情で頷く。

「ローデスを殺した奴のことだな――銀髪、赤コートの青年……化け物へ変身する禁術を使う」

 ゼクターはもう一度、テスからの報告をまとめる。

 マーティルの大樹破壊に失敗した二人は、帰還するために仲間との合流地点へ行く。

 仲間の船で沖に出たところ、仲間だと思っていた三人組に突然襲われた。

 うち一人が化け物へ変身する禁術を使い、襲われたテスは海に転落、ローデスは船上で死亡。

 瀕死の重傷を負って病院に運び込まれたテスを、クレネスト・リーベルが助けた。

 記憶が混乱していたテスは、ローデスが生きているものと思い込み、探すために合流地点へ向かう。

 そこで再び銀髪赤コートの青年に襲われ、危ないところにクレネスト・リーベルが現れた。

 クレネスト・リーベルとの戦闘中、禁術の効果が切れてしまった青年は、仲間と思われる飛空挺で逃走。

「ローデスを待っていた下っ端連中も帰還していない。多分、合言葉を聞きだした後、殺してすり替わったんだろうな……」

 レネイドが拭く手を止め、眼鏡をかける。

「私達を狙っているのは間違いなしよね……こちらの計画が気に入らない様子だったらしいし、やっぱりノースランド政府や星導教会?」

 と、コルネッタ。

「なんとも言えないね――僕達の計画が気に入らなくて潰しに入った。だけど、軍警察を動かすほどの証拠をつかめていないから、秘密裏に抹殺というのもなくはない。禁術まで使えるとしたなら、ノースランド国の組織に対する考え方を改める必要性があるな」

「なんにせよ、我々を狙う者がいる。しかも、あの子ですら敵わなかった相手だ……」

 ゼクターがそう言って立ち上がる。

 内心は何者が相手であれ、自分の手でローデスの仇を討ちたい。

 ここにいる全員がおそらく同じ気持ちだろう。

 とはいえ、あのテスを打ち倒した相手ともなれば、逆に返り討ちにあう可能性の方が高い。銀髪赤コートの青年にも仲間がいるようだし、戦力が不明である。迂闊には仕掛けられない。

 こちらの戦力で頼みの綱は――

「ふー、グラディオルの奴はどうした?」

「彼なら営業に狩りだされてるよ。ほら、彼が営業したら女性とかに人気でるでしょ?」

 レネイドの言葉に、ゼクターはスーツ姿のあの男を思い浮かべる。

 あまりに嘆かわしい姿に、ゼクターは眩暈をおこしてしまった。

 金色の光りの帯を引いて繰り出される華麗な蹴りが、無数の光弾をことごとく打ち砕く。

 営業スーツには焦げ目一つつかず、その見事さに仕掛けた方が目を奪われた。

「酷いじゃないですか? ただの営業マンにいきなり夜襲だなんて」

 ポケットに手を入れ苦笑しつつ、居並ぶ黒装束達に苦情を言う。

 金髪の長い髪を後ろで結び、開いているのかどうか分からないほどの細目。

 一見細身に見えるのは、彼の背が非常に高いせいだろう。

 実際は筋骨たくましく、かなりの質量である。

「新動力を普及するのは止めてもらおうか」

 そう言って、黒装束達の後ろから陰気臭い面構えの小男が現れた。

 手には女性の生首をひきづり、まるで何かの怖い話に出てくる殺人鬼といった風貌。

「ちょっと、結構な美人さんじゃないですか? なんともったいない……酷いことをしますねぇあなた」

 言いつつ、金髪の男は眉をひそめ、口元を歪めた。

 彼の批難を無視し、小男が印を切り始める。

 その周囲に展開される紫光の術式。生首も術式となって分解され、小男の禁術が完成した。

 と、その身が不気味な音を立てて膨れ上がっていく。

「あー、こうなっちゃいますか? 困りましたねぇ~」

 気持ち悪さに顔をしかめ、心底困ったように金髪の男が肩を竦めた。

 青くてデコボコの肌。

 牙を剥き、異常に長い爪をガチガチと打ち鳴らしているそれは、まさしく怪物だった。

 いまや長身の男よりも更に巨大になった小男。

 獲物を引き裂かんと飛び掛る。

 それを見て男は――

「うわぁ、すごいすごい、死んじゃいますよー」

 これ見よがしに棒読みで叫ぶ。

 それでありながら、すいすいと気持ちよく、愉快なポーズをつけながら怪物の攻撃を避け続ける。

 青い怪物も頭にきたのか、咆哮を一つ上げると、更に速度を上げて無茶苦茶に暴れ出す。

 さすがに巻き込まれてはかなわないと、黒装束達は一目散に逃げ出していった。

――さて、あまり遊んでる時間もないんですよ……ねっ!」

 空気にまでヒビが入りそうな、甲高い金属音が耳をつんざく。

 青い怪物が、愕然と目を見開いた。

 堅牢な鎧をも引き裂くであろうその爪が、彼の片腕に、いとも容易く受け止められていたのだ。

 よくよく見ると男の輪郭が、金の粒子をまとって輝いている。

 細く鋭く睨みつけるその瞳――

 万物を平伏させんと威厳に満ちた強烈な光背を放つ。

 それに当てられてしまった青い怪物は、だらだらと冷たい汗を流しうろたえた。

「愚かな下賎の者よ……頭が高い」

 男が厳かにそう告げた瞬間。

 剣閃にも似た黄金の光りが走る。

 攻撃というにはあまりに美しく、夜を彩る装飾の如く。

 逆巻く光りの怒涛。

 青い怪物は成す術なく断ち切られ続け――

 やがて火の粉を撒き散らすように、夜空へと消えていった。

 しばらくの間、辺りを静寂が支配する。

「さて、今日は結構契約取れたな~っと……」

 再び柔和な表情に戻り、そう口にしつつ髪を整えると、彼は道の向う側へ去っていった。

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