●世界観B創世記・星の終わりの神様少女3

星の終わりの神様少女3巻表紙絵、クレネストとミイファとゴラム市の風景

■目次

第一章……クレネストの憂鬱

第二章……黄昏のゴラム市

第三章……一人の子のために

第四章……因果の行方

一章・クレネストの憂鬱

 ゴラム城塞都市――

 北大陸南端に位置するこの都市は、その名の通り、一部の区域において周囲を城壁に囲まれている特殊な都市だ。

 もともとは、南大陸からの侵攻を防ぐための拠点として建造されたものであったが、今ではすっかり文化遺産の観光名所である。

 ポッカ島を出たクレネストとエリオ、テスの三人は、次の巡礼地であるこの都市へ訪れていた。

 門をくぐり、複雑に入り組んだ石畳の道路を抜け、星動教会ゴラム市本部へと足を運んだのだが……

 そこは猛烈に暑かった。

 全てが暑い。どこへ行っても暑い。

 クレネストは宿舎の一室にて、眠そうな顔を微妙に引きつらせつつ、薄着に着替えていた。

「い、いやぁ……なんかすまんのぉ」

 そんな彼女の様子を見て、テスが申し訳無さそうに後ろ頭をかいている。

 クレネストは帽子を被りつつ、仕方なさげに短く息を吐いた。

 まるきり幼女といった容姿のこの娘。彼女が元凶である。

 現在ゴラム市では、一部の重要施設を除いて星動力供給が停止していた。

 それというのも、ゴラム市に星動力を供給している星動力変換装置が破壊されたからなのだが、それをやったのが他でもない、テスらしい。

 よって、空調も動かないのでこの有様だ。

「はぁ、しょうがないですね」

 そうクレネストは口にして、テスの方に歩みよると、その両肩にポンと手を置いた。

「ほえっ?」

「それよりどうです? その服」

「ああ、うむ……いい感じじゃが、こんなものまで買ってもらっていいのかのう?」

 言ってテスは、自分の着ているそれをしげしげと見回す。

 黒く、退廃的な雰囲気は変わらず。ただ、大きく肩から胸元までを露出し、薄手で涼しげな感じのドレス。首に掛けていたペンダントは、今は服の内側についているポケットの中に入れていた。

「はい……可愛いからよいのです」

 真顔でそう呟くクレネスト。その手には妙な力がこもっていた。

「う? うーむ」

 テスはなんだか気恥ずかしそうに、両手のひとさし指を、小さな胸の前でくるくるとさせた。

 悪戯っぽい大きな瞳の上にあるその眉が、なんだか困ったようになっている。

「さて、これから私はエリオ君と礼拝をしなければならないのですが、一緒にきますか?」

「ほぅじゃのう~……星導教会の礼拝など見てもしょうがないのじゃが、ここにいても気が滅入りそうじゃしな」

 クレネストはそれを聞いて頷くと、その手に日傘を取り、テスを連れて宿舎の玄関へ向かった。

 エリオと部屋が離れてしまったため、彼とはそこで待ち合わせだ。

「おまたせしました」

 玄関広間の壁に寄りかかっている彼の姿を見つけ、クレネストとテスが歩み寄る。

「いやぁ暑いですねぇ」

 襟元をばたばたとさせながらエリオが言った。その額には、目に見えて汗が浮かび、渋面である。上は黒いシャツのみ。

「はぁ、まぁ……頑張りましょう」

 嘆息するようにクレネストが言って、三人は宿舎を出た。

 本堂へは、宿舎から少々歩く。

 城塞都市らしく、石畳で作られた無骨な道、建物が続いた。あたりには往来する人も多く、クレネストの姿に逐一好奇の視線が注がれる。

 彼女は帽子を脱ぎ、日傘を頭にくっつくほど下げて、できるだけ顔が見えないようにした。

「凄いところですよね、キープの中には入れないんですか? 壁の上とか歩けないのでしょうか?」

 歩きながらエリオが言う。クレネストにはよく分からないが、彼は妙に楽しそうだ。

「エリオ君は、城塞に興味があるのですか? 見学したいのなら構いませんが」

 こんなときに呑気な話ではあるが、星動車を走らせるために、残りの星動力では次の目的地まで足りない。融通してもらえるよう交渉はするが、しばらくは足止めをされてしまうだろう。

 なので、そのくらいの暇なら十分ある。歩いていけない距離でもない。

「よろしいのですか?」

「折角ですし……ね」

 実のところ、あまり興味はなかったので、前回の巡礼でも見学はしていない。けれども、なにか面白い知識でも手に入れば、それはそれで楽しそうである。

 そう考えていると、

「おおぉ! つまりはエリオ殿とデートかぇ?」

 唐突なテスの言葉に、エリオとクレネストが足元を滑らせた。

「い、いいえ、テスちゃんも一緒にいきましょう」

「と、突然なにを言いだすかな君は、僕はクレネスト様の助祭だからねー」

 そんな二人の様子に、きょぽんとした表情で、テスが首を傾げた。

 しばらくして――

 無骨な風景に似つかわしくない、アーチ型を基調とした芸術的造形の建物、教会本堂が見えてきた。

 狭い城壁の内側とはいえ、教会権力を誇示するがごとく大きい。

 青空を突き刺さんばかりに教会塔がそびえ立ち、澄んだ鐘の音が鳴り響いている。

 古き時代には、さぞかし南大陸側の国々から、脅威の象徴となっていたことであろう。

「アセドニアン・カルネ・フォシアのような臭いだの」

 教会本堂に入るなり、鼻をくんかくんかとさせながら、テスがそう口にした。

 クレネストは、何かを思い出そうとして思い出せず、口元に手を当てながら首を傾げる。

 聞き覚えがありそうで、無いような響きだ。

 興味深げにきょろきょろするテスを見下ろして、

「あ、アセドニン? カネル……えっとなんですか、それは?」

 変にかみながらクレネスト。

「アセドニアン・カルネ・フォシアじゃ。このペンダントの蛇の名前じゃよ」

 ポケットの中のペンダントを、上からつつきながらテスがそう答えた。

――そ、それを嗅いだことがあるわけですか)

 得意そうな表情のテスに、クレネストは思わず口元を引きつらせた。

 テスいわく、アセドなんたらという蛇の臭いがするらしい礼拝堂。実際は、壁や椅子に塗られたペンキの臭いであろうが――

 あたりには、多数の一般客も見られ、助祭達や、数名の司祭が応対しているようである。

「では、私とエリオ君は礼拝をしてきます。三〇分ほどかかりますので、テスちゃんは適当な場所で休んでいてください」

「うぇ~、長いのう~」

 テスは不満気に呻くが、仕方なさそうにうつむき、沢山空いている長椅子の一つに、ちょこんと座った。

 頬を膨らませたり縮めたり、暇そうに足をぷらぷらとさせている黒い女の子――

(ごめんなさいね、なるべく早く終わらせますから)

 星導教会の礼拝は、決められた日や早朝等、通常は日課的に行うものである。ただし、巡礼者の礼拝については、礼拝堂が自由開放されている時間内であれば、いつでも執り行うことができた。

 その理由は、教会員だけではなく、一般信徒も巡礼をしているからである。

 決められた手順どおりにするだけの簡単な礼拝作法であり、誰でもできるように配慮もされていた。

 が、しかし――

(や、やりづらいです……)

 礼拝の締めくくりとなる『星導聖歌』。

 いつの間にかクレネストの歌に誘われて、沢山の人が集まり大合唱となっていた。

 彼女の美声が、どうやら周りの人々の心に火をつけてしまったようである。

 テスタリオテ市やマルネリオ町では、そのようなこともなかったのだが、ここの人達はとてもノリがよく陽気だ。

 エリオは誇らしげに歌っているが、クレネストとしては、あまり過大に注目を集めてしまうのは苦手だった。

 その大合唱が人を呼び、さらに膨れ上がっていく。

(やめてください~、ふえないでください~)

 表面上は、あくまで冷静につとめようとするものの、頬が熱を帯びてきて、顔が赤くなっているかと思うと気が気ではない。

 テスはテスで、そんな礼拝堂の様子を楽しそうに見回している。

 こうなったら、終わるまでとにかく歌に集中するしかないと、周りの状況を頭の中から締め出すクレネスト。

 それが余計に歌に力を与え、周りを煽ってしまっているのだが、本人は必死すぎるあまり気がつかない。

 やがて最後の一節の終わりに、クレネストの神々しい声が高らかに響き渡った。

 真夏の暑さも吹き飛ぶ、最高潮の涼やかな音の波。そしてそれはゆっくりと、儚げに消えていった。

「はぁ……」

 クレネストが、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。

 吹き荒れる口笛と歓声、満面の笑顔を見せる人々。彼女を中心に、手加減なしの拍手が沸き起こった。

 びくりと身を縮め、慌ててエリオの後ろに隠れる。

「あらら、隠れてしまわれたぞ」

「まぁ~、恥ずかしがりやさんですのね」

 ご年配の方々から、口々にそんな声が聞こえてきて、クレネストの羞恥心をさらに煽った。

「エ、エリオ君、早くいきましょう」

 お顔が真っ赤。彼女のそんな様子にエリオも察したのか、「はいはい、ちょっとすいませんね」と言いながら、人垣を分けていく。その彼の背中に、少女はぴったりとくっついていた。

「さすがじゃのう~大人気ではないか、クレネスト殿」

 出迎えたテスは、なんだか楽しそうにそう言って、ケラケラと笑う。

「ええと、なんというか……お疲れ様です」

 目を細め、ぐったりとしているクレネストを見て、苦笑いを浮かべるエリオ。

 そんな彼に、憂鬱そうな視線を一瞬向けて、額に重い影をおとしながら、クレネストが口を開く。

「昔から、お遊戯会とか、学芸会とか、運動会とか苦手でして……」

「わからんのぅ~? それだけ歌が上手いのじゃから、なにも恥じることはなかろうて。皆も喜んでおったしの」

 頭の後ろで手を組み、テスが不思議そうに口にする。

「ありがとうございます。でももう、ゆっくりと部屋で本を読んでいたい気分です」

 珍しくグチる司祭様を、「まぁまぁ」となだめる二人。

 微笑ましく見送られながら、教会から外へ出たその時、

「ちょっとそこの青っぽいアンタ!」

 突然の女性の声に振り返れば、そこには司祭服を着ている女性が立っていた。

 金の長髪で、年齢は二十代前半くらいだろうか? 背が高く、大きな胸をこれみよがしに張り、蔑むような上から目線で、小さなクレネストを見下ろしている。

 口元に不適な笑みを浮かべつつも、その青い瞳から発せられる眼光は、いかにも性格がきつそうだった。

 やる気なく、クレネストが向き直る。

「はぁ、なにか御用ですか?」

「私の名はシャーレ・ニアス、星導名アステナよ」

「アステナ司祭ですか、私はリーベル、星導名はクレネストと申します」

 丁寧にクレネストが名乗るが、アステナはフンっと鼻をならして腕組みをする。

 同格とはいえ、あまりの無礼な態度にエリオがムっとした表情をみせた。

「ちょっと歌がお上手で、みんなの気をひいたつもりになってるかもしれないけど、調子にのらないでよね! それになぁに? その青い髪! 髪染めるのは禁止されてるの知ってるでしょ? 見たところ、巡礼中のようだけど、ハメをはずしてるんじゃないわよ」

 傲然と非難しだす女性司祭。どうだといわんばかりに調子づいた表情である。

「はぁ、それはすみませんでした。でも、これは染めているのではなく地毛ですので……それで、ご用件はそれだけでしょうか?」

 今にも何か言い返しそうなエリオを制して、クレネストが淡々と言う。

 アステナはこれ見よがしに舌打ちし、それでもこちらを馬鹿にするかのような姿勢は崩さず口を開く。

「ああん、地毛ですって? 嘘つくならもっとまともな嘘つきなさいよ! こんな子供を司祭にするなんて、上もどうかしているわ。本当に司祭たる実力がおありなのかしらねぇ? どうせコネかなんかでしょ」

 いささか嫌味がすぎるものの、彼女にどう思われようと、そんなことはどうでもよかったし、言い争う気もなかった。

 これはもう、なにかしょうがない人のようなので、適当に合わせてやりすごそうと、クレネストは心に決めた。

 が――

「はっはー! おぬしなんぞクレネスト殿の相手になるか! 乳のでかさだけが戦力ではないぞ! この駄肉ババア!」

 先んじて、テスが反撃した。

 ムっとしていたエリオですら、さすがに表情が凍りつく。

「はぁ!? なによこのガキ! 私がこんなちんちくりんの、ちっぱい~なお子様に負けるとでも?」

「おぬしなんぞ、クレネスト殿の法術にかかれば一瞬でぺちゃんこじゃい駄肉ババア! テスの知り合いにもデカ乳がおるが、ぬしみたいな駄肉ではないぞ! あれを本物の乳と言うのじゃ! クレネスト殿だって、まぁ確かに小ぶりじゃが、おぬしなんぞよりよっぽど……美、そう美があるのじゃ! だからちっぱいでも乳は乳! むしろこの大きさでこれは脅威のレアものじゃ!」

「あの……それは……いえ、なんというか……表現にしても、そのーです」

 どうにもテスは、クレネストのことを悪く言われたことが、相当気に障ったらしい。

 自分のために怒ってくれるのは悪い気分ではないが、いかんせん天下の往来で、乳だの駄肉だのちっぱいだのを連呼されるのはたまったものではない。

「こぉ~のクソガキぃ……ならクレネスト司祭! こうなりゃどっちが優秀なのか勝負よ!」

 眉を吊り上げ、腰に手を当て、ビシっと指を刺すアステナ。

 クレネストはそんな女司祭を見て、露骨に迷惑そうな顔で固まった。

 そのまま、なにかの人形のような動作で、ゆっくりと背を向ける――と、

「エリオ君、ご飯まで戦闘訓練でもしていてください。それと、テスちゃんを頼みます」

 ボソボソっとクレネスト。

 その言葉にエリオとテスが、互いに顔を見合わせて、

 次の瞬間。

 二人が言葉を返すよりも早く、一瞬で彼女の姿が遠ざかっていった。

「なっ!?」

 虚をつかれ、アステナの顔が引きつる。

 しばしの沈黙――

「な、な、なななな……」

「さすがにお逃げになられたな」

「クレネスト殿はつつましいのぅ」

 ひそひそ声で交互に言い合うエリオとテス。わななくアステナ。

 だんっ! と、石畳をわらんばかりに踏み込む音が、あたりの人々をびくりとさせた。

「にーがーすーかぁっ!」

 地の底まで響きそうなアステナの怒声。

 彼女は足に力をためると、星導教会の司祭とは思えないはしたなさで、逃げるクレネストを追いかけはじめた。

「くっおらぁ! クレネストぉ! 私と勝負しろーぉ!」

 巨大な物をばいんばいんと揺らしながら、猛然と追いかけてくるアステナ。

 道行く人々が、呆気にとられてその様子を眺め……

(はぁ……もういやです~) 

 後ろから追跡してくる物体を尻目に、クレネストは心の中で深いため息をつくのであった。

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