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「これはひょっとして、クレネスト殿が使っておった武器かえぇ?」
「その、練習用の杭だよ。本物の星痕杭はちょっと危ないからね」
テスにそう答えつつ、的の周りに転がっている十二本の模造杭を見つめるエリオ。
以前にくらべれば格段に安定してきている。よい感じだ。
「あの赤い杭に似ておるな」
ポツリともらすテス。エリオは口元に人差し指を立てて、
「しー、テスちゃん、今はその話はだめだよー」
「ぬ……ああ、これはすまぬ」
すぐに察して、彼女は慌てて口を両手でふさぐ。
エリオは軽く笑い声をもらすと、模造杭を回収しにいった。テスもちょこちょこと、後からついてくる。拾うのを手伝ってくれていた。
「しかしのぉエリオ殿、あの時はその武器を使わなかったようじゃが?」
「あの時は正体を隠したかったからねぇ~、これは星導教会の武器だから」
「ふむ」
テスは拾った模造杭を、興味深げにしげしげと眺めた。
エリオはエリオで、手早く杭を拾い集めている。
自分の傍に転がっている杭すべてを回収し、テスの方へ向き直ろうとした。
だが、そのエリオに、
「ごはっ!」
いきなり側頭部に衝撃が走った。目の中に火花が飛び散る。
何が起きたのかわからないが、とりあえず頭を押さえてエリオはうずくまった。
硬いものがぶつかってきたようなのだが。
「ふーむ、多少殺気をこめて投げたのじゃが、やはり避けられぬか」
そんなテスの声と、足元に転がっている模造杭を見て、ようやく状況を察する。
何を思ったのか、テスが模造杭をこちらに投げつけたようだ。
「テスちゃん! いきなりなんてことするんだよ!」
当然、怒って語気を荒げるエリオ。
テスの方は、人さし指をつんつんとつつきあわせ、上目遣いで口にする。
「お、怒らないでほしいのじゃ! おぬしはどうにも実戦慣れをしていないように見えてのう。今のだって、テスの仲間なら普通に避けられるのじゃぞ? ぬしはそんなことでよいのか?」
その言葉に、エリオは少々ムっとしながらも、理性はそれを肯定していた。
確かにそのとおりである。良いわけがない。
感情的には不意を打たれて、正論を返され、少々悔しい思いだった。星導教会に仇なす癖に、お節介でもある。学生時代の自分だったら、思わず言い訳に走っていたかもしれない。
そんな言い訳が許されない今の状況が、彼の熱くなりかけた頭を冷やしていく。何が今後を有利にするのか? 彼は合理的に考えた。それはたぶん、この娘と手合わせすることが、一番なのではないだろうか?
あの時のように、武器が使えない状況というのも想定しなければならない。星痕杭の練習だけでは物足りないと感じていたところだ。体術の鍛錬には相手が必要である。
(とはいえ、テスちゃん……かぁ)
おそらくは簡単にひねられることだろう。
小さな女の子に……
それはあまりに情けない構図だった。
プライドが胸のうちで不快にざわめくが、目先のこと、後先のこと、それらを天秤にかけて――
脳裏に血を流すクレネストの姿や、マーティルの大樹でのことがよぎる。
やはり結局のところ、どんなに情けない構図だろうが、ここはやるしかないと彼は長いため息をついた。
「テスちゃん、手合わせお願いできるかな?」
その言葉をまってましたといわんばかりに、テスが笑顔をみせた。
「よしよし、力はぬしに合わせてみるから安心せい。それ以外は覚悟されよ」
そう言って早速、前かがみの獣を思わせる姿勢をとるテス。
エリオの方も、右足を後ろに回し、両腕を前方に下げて、いつもの半身の構えをとった。
こちらを幻惑するための動きなのだろう、前後左右に細かく複雑な軌道を描いて移動するテス。
力を合わせているからといって、これはまったく侮れない。
彼の武術は、どちらかといえば当身よりも、相手を制圧することを目的とした投げや関節中心のものである。攻撃してくる相手の動きに合わせ、崩してとる。
基本は待ちの形になるのであるが――
テスの足が、一瞬ためたように見えた。
次の瞬間!
「くっ!」
テスの足元から黒い物体が飛んできた。
反射的に顔をそらして、それをかわす。
通り過ぎていったそれは、
(靴?)
避けた一瞬の隙に、テスが急激に間合いをつめてくる。
直前で背を向けたかと思うと、強烈な回し蹴りを放ってきた。
それを捕らえる余裕もなく、両腕でガードをするエリオ。少し後退して、威力を殺しておく。
「何をやっておる!」
テスの叱咤の声が聞こえた。
後退した瞬間に、揃ってしまったエリオの両足をテスは見逃さない。
(しっ、しまっ!)
思った時にはもう遅い。
テスに高速のタックルを仕掛けられ、エリオはあえなく転倒する。
「いたたたたたっ! テスちゃん、まいったまいった!」
あっさりと足関節を極められ、たまらず地面を叩く。
テスは頷くと、すぐにエリオを解放した。離れたところに転がっている靴を拾って履きなおす。
その間にエリオは起き上がり、軽く飛んで体の調子を確かめた。
「どんどんいくのじゃ」
何か言われるかと思ったが、テスはすでに構えている。
(習うより慣れろか……)
当身に組み技、それにテスは武器も使えたはず。
彼女が身を置いている組織の訓練によるものとすれば、たいしたものである。
(これは……すごくありがたいな)
エリオもまた、構えを取って対峙した。
数時間後――
すっかり日も傾き、辺りは薄暗くなり始めた。
ボロボロになりつつも、充実したような顔で、エリオは夕日を眺めていた。
結局一本も取れはしなかったが、そんなことはどうでもよいほどに、得るものが大きかった。
隣を一緒に歩いているテスは、特にそれについては何も言わない。どちらかといえば、クレネストの話題ばかりをしている。
そのクレネストなのだが、あの後どうなったのだろう? アステナから上手く逃げ切れたのだろうか?
宿舎に戻った二人は、ひとまずクレネストの姿を探すことにした。
(クレネスト様のことだから、部屋にこもっているだろうか?)
風もなく、暑い部屋に篭りきりというのは、いささか心配だ。
だが、部屋をノックしても返事がなく、鍵もかかったままだった。
「あっれ?」
首を傾げるエリオ。
念のためもう一度、今度は声もかけてみるが、やはり反応がない。
「いないのかな?」
「うむ、なんの気配もせぬのぉ?」
テスがそう言うのなら、間違いなさそうである。
(先に食べてるのかな?)
そう考え、とりあえず自室で新しいシャツに着替えてから、宿舎の食堂の方へ行ってみた。
すると――
「おお、美味い」
「どっちも美味いな、これも引き分けだ」
そんな声が聞こえてきた。
同時に鼻腔をくすぐる良い香り……
テスとエリオの腹の虫が鳴いた。
食堂に入って見渡せば、沢山の助祭たちがテーブルを囲んでいる。その上には、豪華な料理が並べられていた。
色とりどりの野菜サラダ。黄金色のスープ料理。香りたつパン。
これはまだ序の口で、さらに奥にはメインを飾る料理が見えた。
野菜とソースで繊細に飾り付けられた多種多様な肉料理。エリオが大好きな白身魚のソテーもある。
どれをとってもプロ顔負けの、複雑玄妙な盛り付けであった。
広間に集まっている助祭達も、思い思いに料理を楽しんでいる様子。
「エリオ君、テスちゃん、ちょうど良いところに来ました」
横手から少女の声。
そちらを振り向いたエリオとテスは、思わず、「おっ?」っと声を漏らした。
胸元にリボン、ふわりと広がる裾にはフリル。清楚で清涼感のある薄水色のエプロンを身につけ、頭には司祭帽子ではなく、三角巾をまいている。そんな可愛らしい姿のクレネストが立っていた。
「いま始まったところなのです。どうぞご自由にお召し上がりください」
彼女がそう言うと、テスはすっかりおおはしゃぎである。よほどお腹が空いていたのか、料理へ向かって一直線に走っていく。
エリオの方は、クレネストと並んで一緒にテーブルの方へ向かった。
「これは……なにかのパーティですか?」
エリオがそう聞くと、クレネストは息を漏らしてうなだれる。無言で、助祭達の向こう側を指をさした。
それを辿っていくと……
「はぁ? 私のほうが美味しいにきまってるじゃない! えこひいきするんじゃないわよ!」
怒鳴り散らしている巨乳がいた。
エリオが吹いて、呆れた表情のテスが戻ってくる。
「……あの駄肉ババア、まだいたのかぇ?」
「勝負を受けてあげないと、部屋の前でうるさくてですね。だから仕方なくお受けしたのですが……」
具体的には、十種類の種目で勝負ということになったらしい。
「それで、結果の方は?」
「この料理対決が最後ですので、この様子では、一勝〇敗、九引き分けで終わりそうですね」
「それはまた……ずいぶんと極端ですね。その一勝はどのような勝負を?」
「法術での玉ころがしレースです」
エリオの額に一筋の汗が流れる。
「……はぁ、何故そのような勝負を?」
「私に聞かないでください」
なにやらとてもつらそうに、片手で額を押さえながらクレネスト。
確かに聞くだけ野暮だったかもしれない。
エリオは苦笑いを浮かべつつ、クレネストが作ったという料理を一口。
「おぉ、これは美味しいですね。クレネスト様は料理が得意なので?」
「いえ、まったくというわけでもありませんが、あまり料理はしません。なので、前に料理本で読んだことを実践してみたのですが、上手くいったようですね」
記憶しているというのも凄いが、それを実行に移せるのも凄い。
彼女は基本的に器用なのだろう。
念のため、アステナの方の料理も手をつけて比べてみる。
あの性格からは信じられないが、こちらの方も負けず劣らず美味しい。
引き分けは妥当だと、彼も思った。
(これであの性格じゃなかったらなぁ~)
テスはテスで、すっかり料理に夢中である。
「本当は、部屋で今後のことを話したかったのですが――」
エリオの傍らで、ぽそりとクレネスト。
そういえば、ポッカ島からゴラム市までの移動の間、次の柱について、何故か彼女は全く話しをしていなかった。
星動車で移動中の方が、都合がよかったと思うのだが――
エリオは広間の窓から外を眺めた。
陽は落ちて、外はもう暗い。
場所を移して話そうにも、テスタリオテ市と違って、この宿舎には手ごろな場所がなかった。
くわえて星動力も供給されていないのだ。夜が深まれば、すっかり闇夜となる。この部屋も、ランプの灯かりがともっているだけで薄暗い。
携帯用の星動灯はあるが、あまりウロチョロするわけにもいかないだろう。
(それは、明日……かな)
バターと、なにかの琥珀色ソースが香る白身魚を頂きながら、エリオがそんなことを考えていると、
「クレネスト司祭!」
アステナが、どすどすとこちらへ歩み寄ってきた。
またもや胸をこれ見よがしに張って、ひと揺らし――
小さなクレネストの前に仁王立ちし、その鼻先に指を突きつける。
「なかなかやるじゃないの! 今日のところは引き分けってことで勘弁してあげるわ!」
「一つ負け越してますよね」
「けど、これで終わりとおもったら大間違いよ! アンタと私では器が違うってことを、いずれ思い知らせてあげる! 首洗ってまってなさい! お~っほっほっほっほー!」
エリオのツッコミを華麗にスルーして、アステナが馬鹿笑いをしながら去っていった。
「あの方……まだやるつもりなのですか?」
眉間にしわを寄せるクレネスト。ここまで渋面な彼女も珍しい。
「なんというか、ご愁傷様です」
「冗談ではありませんよ……もぅ」