●世界観B創世記・星の終わりの神様少女3

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「これはひょっとして、クレネスト殿が使っておった武器かえぇ?」

「その、練習用の杭だよ。本物の星痕杭はちょっと危ないからね」

 テスにそう答えつつ、的の周りに転がっている十二本の模造杭を見つめるエリオ。

 以前にくらべれば格段に安定してきている。よい感じだ。

「あの赤い杭に似ておるな」

 ポツリともらすテス。エリオは口元に人差し指を立てて、

「しー、テスちゃん、今はその話はだめだよー」

「ぬ……ああ、これはすまぬ」

 すぐに察して、彼女は慌てて口を両手でふさぐ。

 エリオは軽く笑い声をもらすと、模造杭を回収しにいった。テスもちょこちょこと、後からついてくる。拾うのを手伝ってくれていた。

「しかしのぉエリオ殿、あの時はその武器を使わなかったようじゃが?」

「あの時は正体を隠したかったからねぇ~、これは星導教会の武器だから」

「ふむ」

 テスは拾った模造杭を、興味深げにしげしげと眺めた。

 エリオはエリオで、手早く杭を拾い集めている。

 自分の傍に転がっている杭すべてを回収し、テスの方へ向き直ろうとした。

 だが、そのエリオに、

「ごはっ!」

 いきなり側頭部に衝撃が走った。目の中に火花が飛び散る。

 何が起きたのかわからないが、とりあえず頭を押さえてエリオはうずくまった。

 硬いものがぶつかってきたようなのだが。

「ふーむ、多少殺気をこめて投げたのじゃが、やはり避けられぬか」

 そんなテスの声と、足元に転がっている模造杭を見て、ようやく状況を察する。

 何を思ったのか、テスが模造杭をこちらに投げつけたようだ。

「テスちゃん! いきなりなんてことするんだよ!」

 当然、怒って語気を荒げるエリオ。

 テスの方は、人さし指をつんつんとつつきあわせ、上目遣いで口にする。

「お、怒らないでほしいのじゃ! おぬしはどうにも実戦慣れをしていないように見えてのう。今のだって、テスの仲間なら普通に避けられるのじゃぞ? ぬしはそんなことでよいのか?」

 その言葉に、エリオは少々ムっとしながらも、理性はそれを肯定していた。

 確かにそのとおりである。良いわけがない。

 感情的には不意を打たれて、正論を返され、少々悔しい思いだった。星導教会に仇なす癖に、お節介でもある。学生時代の自分だったら、思わず言い訳に走っていたかもしれない。

 そんな言い訳が許されない今の状況が、彼の熱くなりかけた頭を冷やしていく。何が今後を有利にするのか? 彼は合理的に考えた。それはたぶん、この娘と手合わせすることが、一番なのではないだろうか?

 あの時のように、武器が使えない状況というのも想定しなければならない。星痕杭の練習だけでは物足りないと感じていたところだ。体術の鍛錬には相手が必要である。

(とはいえ、テスちゃん……かぁ)

 おそらくは簡単にひねられることだろう。

 小さな女の子に……

 それはあまりに情けない構図だった。

 プライドが胸のうちで不快にざわめくが、目先のこと、後先のこと、それらを天秤にかけて――

 脳裏に血を流すクレネストの姿や、マーティルの大樹でのことがよぎる。

 やはり結局のところ、どんなに情けない構図だろうが、ここはやるしかないと彼は長いため息をついた。

「テスちゃん、手合わせお願いできるかな?」

 その言葉をまってましたといわんばかりに、テスが笑顔をみせた。

「よしよし、力はぬしに合わせてみるから安心せい。それ以外は覚悟されよ」

 そう言って早速、前かがみの獣を思わせる姿勢をとるテス。

 エリオの方も、右足を後ろに回し、両腕を前方に下げて、いつもの半身の構えをとった。

 こちらを幻惑するための動きなのだろう、前後左右に細かく複雑な軌道を描いて移動するテス。

 力を合わせているからといって、これはまったく侮れない。

 彼の武術は、どちらかといえば当身よりも、相手を制圧することを目的とした投げや関節中心のものである。攻撃してくる相手の動きに合わせ、崩してとる。

 基本は待ちの形になるのであるが――

 テスの足が、一瞬ためたように見えた。

 次の瞬間!

「くっ!」

 テスの足元から黒い物体が飛んできた。

 反射的に顔をそらして、それをかわす。

 通り過ぎていったそれは、

(靴?)

 避けた一瞬の隙に、テスが急激に間合いをつめてくる。

 直前で背を向けたかと思うと、強烈な回し蹴りを放ってきた。

 それを捕らえる余裕もなく、両腕でガードをするエリオ。少し後退して、威力を殺しておく。

「何をやっておる!」

 テスの叱咤の声が聞こえた。

 後退した瞬間に、揃ってしまったエリオの両足をテスは見逃さない。

(しっ、しまっ!)

 思った時にはもう遅い。

 テスに高速のタックルを仕掛けられ、エリオはあえなく転倒する。

「いたたたたたっ! テスちゃん、まいったまいった!」

 あっさりと足関節を極められ、たまらず地面を叩く。

 テスは頷くと、すぐにエリオを解放した。離れたところに転がっている靴を拾って履きなおす。

 その間にエリオは起き上がり、軽く飛んで体の調子を確かめた。

「どんどんいくのじゃ」

 何か言われるかと思ったが、テスはすでに構えている。

(習うより慣れろか……)

 当身に組み技、それにテスは武器も使えたはず。

 彼女が身を置いている組織の訓練によるものとすれば、たいしたものである。

(これは……すごくありがたいな)

 エリオもまた、構えを取って対峙した。

 数時間後――

 すっかり日も傾き、辺りは薄暗くなり始めた。

 ボロボロになりつつも、充実したような顔で、エリオは夕日を眺めていた。

 結局一本も取れはしなかったが、そんなことはどうでもよいほどに、得るものが大きかった。

 隣を一緒に歩いているテスは、特にそれについては何も言わない。どちらかといえば、クレネストの話題ばかりをしている。

 そのクレネストなのだが、あの後どうなったのだろう? アステナから上手く逃げ切れたのだろうか?

 宿舎に戻った二人は、ひとまずクレネストの姿を探すことにした。

(クレネスト様のことだから、部屋にこもっているだろうか?)

 風もなく、暑い部屋に篭りきりというのは、いささか心配だ。

 だが、部屋をノックしても返事がなく、鍵もかかったままだった。

「あっれ?」

 首を傾げるエリオ。

 念のためもう一度、今度は声もかけてみるが、やはり反応がない。

「いないのかな?」

「うむ、なんの気配もせぬのぉ?」

 テスがそう言うのなら、間違いなさそうである。

(先に食べてるのかな?)

 そう考え、とりあえず自室で新しいシャツに着替えてから、宿舎の食堂の方へ行ってみた。

 すると――

「おお、美味い」

「どっちも美味いな、これも引き分けだ」

 そんな声が聞こえてきた。

 同時に鼻腔をくすぐる良い香り……

 テスとエリオの腹の虫が鳴いた。 

 食堂に入って見渡せば、沢山の助祭たちがテーブルを囲んでいる。その上には、豪華な料理が並べられていた。

 色とりどりの野菜サラダ。黄金色のスープ料理。香りたつパン。

 これはまだ序の口で、さらに奥にはメインを飾る料理が見えた。

 野菜とソースで繊細に飾り付けられた多種多様な肉料理。エリオが大好きな白身魚のソテーもある。

 どれをとってもプロ顔負けの、複雑玄妙な盛り付けであった。

 広間に集まっている助祭達も、思い思いに料理を楽しんでいる様子。

「エリオ君、テスちゃん、ちょうど良いところに来ました」

 横手から少女の声。

 そちらを振り向いたエリオとテスは、思わず、「おっ?」っと声を漏らした。

 胸元にリボン、ふわりと広がる裾にはフリル。清楚で清涼感のある薄水色のエプロンを身につけ、頭には司祭帽子ではなく、三角巾をまいている。そんな可愛らしい姿のクレネストが立っていた。

「いま始まったところなのです。どうぞご自由にお召し上がりください」

 彼女がそう言うと、テスはすっかりおおはしゃぎである。よほどお腹が空いていたのか、料理へ向かって一直線に走っていく。

 エリオの方は、クレネストと並んで一緒にテーブルの方へ向かった。

「これは……なにかのパーティですか?」

 エリオがそう聞くと、クレネストは息を漏らしてうなだれる。無言で、助祭達の向こう側を指をさした。

 それを辿っていくと……

「はぁ? 私のほうが美味しいにきまってるじゃない! えこひいきするんじゃないわよ!」

 怒鳴り散らしている巨乳がいた。

 エリオが吹いて、呆れた表情のテスが戻ってくる。

「……あの駄肉ババア、まだいたのかぇ?」

「勝負を受けてあげないと、部屋の前でうるさくてですね。だから仕方なくお受けしたのですが……」

 具体的には、十種類の種目で勝負ということになったらしい。

「それで、結果の方は?」

「この料理対決が最後ですので、この様子では、一勝〇敗、九引き分けで終わりそうですね」

「それはまた……ずいぶんと極端ですね。その一勝はどのような勝負を?」

「法術での玉ころがしレースです」

 エリオの額に一筋の汗が流れる。

「……はぁ、何故そのような勝負を?」

「私に聞かないでください」

 なにやらとてもつらそうに、片手で額を押さえながらクレネスト。

 確かに聞くだけ野暮だったかもしれない。

 エリオは苦笑いを浮かべつつ、クレネストが作ったという料理を一口。

「おぉ、これは美味しいですね。クレネスト様は料理が得意なので?」

「いえ、まったくというわけでもありませんが、あまり料理はしません。なので、前に料理本で読んだことを実践してみたのですが、上手くいったようですね」

 記憶しているというのも凄いが、それを実行に移せるのも凄い。

 彼女は基本的に器用なのだろう。

 念のため、アステナの方の料理も手をつけて比べてみる。

 あの性格からは信じられないが、こちらの方も負けず劣らず美味しい。

 引き分けは妥当だと、彼も思った。

(これであの性格じゃなかったらなぁ~)

 テスはテスで、すっかり料理に夢中である。

「本当は、部屋で今後のことを話したかったのですが――

 エリオの傍らで、ぽそりとクレネスト。

 そういえば、ポッカ島からゴラム市までの移動の間、次の柱について、何故か彼女は全く話しをしていなかった。

 星動車で移動中の方が、都合がよかったと思うのだが――

 エリオは広間の窓から外を眺めた。

 陽は落ちて、外はもう暗い。

 場所を移して話そうにも、テスタリオテ市と違って、この宿舎には手ごろな場所がなかった。

 くわえて星動力も供給されていないのだ。夜が深まれば、すっかり闇夜となる。この部屋も、ランプの灯かりがともっているだけで薄暗い。

 携帯用の星動灯はあるが、あまりウロチョロするわけにもいかないだろう。

(それは、明日……かな)

 バターと、なにかの琥珀色ソースが香る白身魚を頂きながら、エリオがそんなことを考えていると、

「クレネスト司祭!」

 アステナが、どすどすとこちらへ歩み寄ってきた。

 またもや胸をこれ見よがしに張って、ひと揺らし――

 小さなクレネストの前に仁王立ちし、その鼻先に指を突きつける。

「なかなかやるじゃないの! 今日のところは引き分けってことで勘弁してあげるわ!」

「一つ負け越してますよね」

「けど、これで終わりとおもったら大間違いよ! アンタと私では器が違うってことを、いずれ思い知らせてあげる! 首洗ってまってなさい! お~っほっほっほっほー!」

 エリオのツッコミを華麗にスルーして、アステナが馬鹿笑いをしながら去っていった。

「あの方……まだやるつもりなのですか?」

 眉間にしわを寄せるクレネスト。ここまで渋面な彼女も珍しい。

「なんというか、ご愁傷様です」

「冗談ではありませんよ……もぅ」

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