●世界観B創世記・星の終わりの神様少女3

★☆4★☆

 暑くて鬱陶しい。明るくなりかけた空が憂鬱。

 ぽたぽたという音が流れている薄暗い部屋で、青年は目を覚ました。

 壁によりかかったまま眠っていたようだ。

「ジル、完成した」

 ジルと呼ばれた青年は、腐れた陰鬱な瞳で、その男を一瞥する。

 男はそんな目で見られ、一瞬不快そうに顔をしかめたが、ジルにとってはどうでもよかった

 立ち上がり、銀の髪に手串を入れ――

「リギル、見事な仕事だな……でも意味あるのか?」

 ボソボソと言いつつ、大きなテーブルの上に置かれた五つのそれを確認した。

 眠るように目が閉じられている女性の顔、顔、顔――

 髪型は一つ一つ個性があり、最も美しく見えるように工夫されている。

 髪の色艶も良く。肌の色も生気が宿り、今にも目が開きそうだった。

 しかし、それらは見てくれだけであり、死んでいた。生首だけでは、生きているわけもない。

 数日前までは生きていた女性達。それらの変わり果てた姿がここにあった。

「どうにも前々から気に入らなかったんだ。恐怖でひきつっている女性の顔など美しくない。処理をしなければ臭いも酷い。腐ればみっともない。そんなものは女性ではない。とても耐えられない」

 淡々と渋い声音でリギルという男。背は低く小太り、白いひげと白髪が老齢を思わせるが、肌つやは老齢のそれではなかった。鋭い眼光が威圧するようにジルを見ている。

「しかし、あと一体、血抜きが残っているから、もう少し待て」

 彼は続けてそう言った。面倒くさくて、とても効率の悪いことのように思える。

 ジルとしては、禁術の代償に使えれば別になんでもよいが、この男はそれを絶対に許さない。

 仕事に対する異常なまでの情熱。拘り。いや、もはや狂気か。

 それでもあえて、この男には好きなようにやらせていた。

 こんなことに限らず、リギルは様々な『作品』を作り上げる。毎度効率の悪いことだとは思っても、いざ使うと非常に使いやすく美しい。

 高い観察力と努力による技術。

 これだけ優れていながら、なぜ世間では理解されなかったのか?

「良い香りがするな、香水つけたのか?」

「ああその香水な、人糞を使っているからという理由で貶されたやつだが」

「良い香りだと思うが、人糞だと、どうして貶されるんだ?」

「今更どうでもいい……理解できない者に、理解してもらおうとは思わない」

 言ってリギルは、懐から煙草とライターを取り出した。煙草に火をつけ、満足げに吸い出す。

 煙草の臭いがついてしまわないかと思ったが、「そうか」とだけ言って、あえてジルは追求しなかった。

 わかりもしないのに余計なことを言うと、この男は面倒であるからだ。

 眠気にふらつきつつ、テーブルの前まで歩み寄り、彼の『作品』を細部まで確認してみる。

 まったく呆れた技巧の極致だ――

 全ての事象に価値を感じなくなったジルですら、変な価値感を無理やり捻じ込まれるような、そんな気分にさせられた。

「ところでだ、ジル」

「あぁ?」

 返事をするなり、いきなり新聞が飛んでくる。顔にぶつかった。

 気にせず、足元に落ちたそれを拾い上げるジル。

 地方紙のようだが、真っ先に目に入ったのは、

「婦女連続失踪事件か……なんかのエロ本みたいなタイトルだな」

「そこではない、文化面をみてみろ」

 事件になってるから警戒しろということではないらしい。それで、なんだろうと首を傾げるジル。

 言われるままに文化面を開くと、『星導教会礼拝堂に美しき歌姫現る。信徒ら大合唱』とあった。

「これが?」

「クレネスト・リーベル司祭……お前が戦った小娘ではないか?」

 言われてジルは、自分の顎をなでながら、記事を詳しく読んでいく。

 確かにその名が記されていた。挿絵の顔にも見覚えがある。

 彼は目をつぶり、あの夜、対峙した少女の姿を思い浮かべてみた。

 眠そうな翠緑の瞳に、青銀の髪。

 高速法術とはいえ、禁術ではない法術だけで圧倒されてしまった。

「あぁそうだ、あの娘だなぁ。おかげで南大陸のウザイのを一匹片付け損ねたよ」

「……ほう」

「あぁ俺、顔を見られているからなぁ、気をつけないと面倒だ……気をつけるのも面倒だ……」

 そう言って新聞をたたむと、ゴミ箱に向かって投げ捨てた。

 だが、入らなかった――

 律儀に彼は入れなおす。面倒くさいが口癖のわりに、変なところで几帳面だ。

「始末しないのか?」

 リギルが聞くと、ジルは少し考えて、首を横に振った。

「星導教会のことは無視してもいい。意味ないし面倒臭いしパス」

 心底やる気なく、腐った声音でボソボソとジル。

 リギルは、口元を曲げて後ろ頭をかいた。

「では標的は、例の南大陸からきたあの集団に絞るのか?……先日、その一人にテオルがやられたらしいぞ」

「え? あぁ、そうなのかぁ……アイツ、先にいってしまったのかぁ~」

 そう言って、ジルは天を仰いだ。

 テオルは、世間でも取るに足らない小男だった。

 自分が正しいと思うことよりも、世間に好かれようと必死だった寂しがり屋である。

 彼の不幸は、醜い容姿に生まれたが故に、それが叶わなかったことだ。

 どこへいっても嫌われ、苛められていたらしい。

 社会へ入っていけず、虚しさの病を患い、鬱屈しているところをジルが仲間に引き入れた。

 その時の、彼の笑顔が思い浮かぶ――

 使命を果たせば、喜んでもらえると思ったのだろう。ここなら必要とされると思ったのだろう。

 が、結局最後まで報われず、どこまでも空っぽの人生のまま終わってしまったなと、ジルは思った。

「やったのは細目、金髪長身の男だそうだ」

「ふぅん、テオルが負けたということは、俺が戦ったあの幼女よりも強いのかな?」

「幼女とな?」

 リギルが訝しげな表情で、煙をぶはーっと吐いた。

「あれには、ほぼ勝ったけど、幼女なのに結構強かったなぁ――っていうか、そういえば……なんだあれ?」

 面倒なので考えるのを忘れていたが、今考えてみるとそれは不自然であった。

 なんであのような幼女が、禁術で変化した自分とわたり合えた? 普通、幼女は強くない。

 その思考で硬直しているジルに、リギルはやれやれという表情で長い息をついた。

「まぁ、俺はとにかく、頼まれ物を好きなように作るだけだ……とはいえ、お前らが負けたらそれはそれで困る」

 言って、煙草をひと吸い。すっかり縮んだそれを、床に捨てて踏み潰した。

 ジルの濁った瞳を見据えて続ける。

「少しは術の強化くらい勉強しとけよ? 武器も作ってやる。化け物用のとびきり美しい武器をな」

 リギルはそう言って、にやりと笑った。呆れる製作意欲。

 反対に、ジルは嫌そうな溜息をついた。露骨に――

「もっと簡単に進まないものかなぁ、まったくもって面倒臭い」

 あの化け物の禁術さえ使えば、容易に事が運ぶものとばかり思っていた。

 全員で総攻撃をかけ、新動力を普及させようとしている組織の本拠を潰してやろうという作戦だった。

 その折――

 たまたま監視より、ポッカ島へ向かう者達と、幹部らしき人物がうろついているとの報告が入る。そこで、まずはそれらを襲って禁術による実戦を試してみようということになった。

 その結果は先日のとおり、

 はっきりしているのは、あの幼女の他に強力な敵が一人。

 もし他に、あれらと同じクラスの戦力がいるのであれば、容易に潰せるものではないだろう。

 予想以上の戦力がいたことで、計画は中止されることになった。

 いっそ直接的な手段ではなく、新動力の配線を破壊してしまう――

 そんな意見もでたが、新動力の配線は星動線と一緒の柱を使っている。

 一緒に破壊して、星動力の復旧が遅れることは望ましくなかった。また、その程度ではチャチな嫌がらせにしかならない。すぐに対処されるだけだろう。

 それに、星動力変換施設が破壊された事件以後、それらの監視も厳しいのだ。

「さて、そろそろ血抜きが完了する頃だな……俺は作業に入る」

 リギルが言った。

 思わずジルは生返事を返すが、リギルはさっさと奥の部屋へ消えていった。

 生首五つ置かれた部屋で、ジルはしばし呆然とする。

 何もやらなくていいなら特別なにかしようとは思わない。彼のような欲求は持っていない。

(さて、なら、あいつらが来るまで何もないな……もうひと眠りしようか――

 床に座り、壁にもたれかかり、彼は目をつぶった。

←小説TOPへ / ←戻る / 進む→