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「人が食べられてまーす、人が食べられてまーす、破いて肝をひきづりだされて、美味しそうに食べられてまーす。あっ、いま可愛い女の子が食べられましたー」
やせ細った身体。頭は円形の禿だらけ。白目に近い目つきで瞳を上向きに、素っ裸で大通りをねり歩く男がいた。
人狼が人々を追い回し、次々と餌食にしていく中で、その男だけは悠然と構えている。
異様なことを口走る、異様な男だが、何故か彼だけは襲われていないのだ。
「うわぁ! 撤退ー! 撤退ー!」
軍警察が集まり、星動銃で応戦するが、人狼の群れにはたいした痛ようも与えられない。
もっとも人数だけは多いので、化け物の進行はある程度鈍っていた。避難の手助け程度にはなっている。
発砲しながら後退していく軍警察。それを執念深く追い回す人狼達。
「ああ、あれ? しずかになっちゃった」
変態としか言いようのない男が、キョロキョロと辺りを見回して言う。
いつの間にか、周りには誰もいなくなっていた。
大通りに取り残された男は、頭の横をトントンと叩く。指で輪を作り、それを口へ運んだ。
甲高い音が響き渡る。
すると、指笛に反応して人狼が四匹ほど戻ってきた。
「おーかわいいかわいいよーしーよしよし」
ひととおり、戻ってきた人狼の頭をなでる。
ふと――彼は気配を感じ、顔を上げた。
いつの間にか、一人の青年が立っていた。
この暑いというのに、赤いコートをはおり、風呂敷をかつぎ、腐れた目つきで見ている銀髪の人物。
「おーぅ! ジール! ジル・オールじゃないか!」
「ジャナンダ・エステゴビナ、やはり情報通りか――相変わらずキモいな」
ボソボソと面倒くさそうに喋るジル。
ジャナンダと呼ばれた男は不快に笑った。
「なーんだい? なんの用だい? 星の終わりを見守る会の人間兵器さん」
「こんなことされると迷惑なんだよな……これで星動力の復旧が遅れたら、星の終わりが遅くなるじゃないか」
「ぷーくくくくく、相変わらず消極的だなぁ! 勝手に壊れる星なんて見ててもつまんねーでしょー?」
「別に……意味ないし、勝手に壊れるほうが面倒くさくない……でもお前は面倒くさい」
「自分達の手で壊すのが王道! 自作自演こそアートの極致! 我々、破星会は最高にハイでデンジャラスな滅亡主義者集団! その方が、おもしれーだろ! ああぁ?」
「楽しくもないし、うざいだけ……だいたいお前等程度じゃ、軍が出てきたら潰されるだけだろ。ほんの数人、そのキモオオカミに人間食わせた程度で星が滅ぶかよ……頭悪いのか?」
ジャナンダの笑いが止まった。
「その術式回路を作れたのも、リギルの技術あってなんだけどな。ちょっとそんな技法が手にはいったからって、こんなことしてさ、パクりしかできない奴って無意味で無価値で無能だよな」
「ヤクの技術はこっちのもんだろうが! 南の貧しいガキさらっていろいろ実験して、いらねー奴もこうやって再利用してんだろ!」
ジャナンダが、自分のほそい腕を振り下ろした。
それに呼応して、四匹の人狼がジルに襲いかかる。
「訂正――俺ひとり倒せないくせに、軍とか大げさだったな」
人狼達は、ジルに触れる目前で動きを止めていた。
やわらかいが、進めば進むほど反発する――高度な防御法術。
彼は足元に風呂敷を広げ、中の物を取り出した。
リギルの作った美しくも悲惨な女性の生首。
ジルの精神構造ですら、少々もったいないという感覚にさせられる不思議な魅力のそれ。
彼は禁術の印を切り、術式へと分解する。
紫色の光が乱舞する中、ジルは変貌を遂げた。
赤黒い肌に、人間と同じ場所に生えている銀色の体毛。
しかしその姿は、テスと戦った時のものと同じではない。
醜悪なことには変わらないが、顔の造形がしっかりとしていた。
獣よりも人型に近く。角と牙が生えたその姿は、魔人とでも言うべきか。
中でも圧倒的な違いは、服まで変化しているということである。
赤コートが、その魔人専用にあつらえたが如く、大きくひるがえり――
その裏側で、凶悪な筋肉がもりあがった。
腰を沈ませた次の瞬間――巨大なその体躯を、軽々と跳躍させる。
防御術が消失し、自由になった人狼達だったが、ジルの姿に恐れおののき、身を引いた。
そんな一匹目の脳天へ、かかとを落とす。頭蓋が陥没し、そのまま息絶えた。
二匹目の顔をひっつかみ、三匹目ごと巻き込んで投げ飛ばす。
もげてしまったオオカミづらを、道端に捨てた。
逃げようとした四匹目はすぐに追いつかれ、首の骨をへし折られた。
ジャナンダの愉快そうな、不愉快な笑い声が夜空に響く。
「おいジール! おまえ! 今のその姿の方が最高だぜ!? ヒキコモリやめてそれで暴れろよ」
その言葉に、ジルは無言で石畳を剥ぎ取った。
大きくふりかぶり、手に持ったそれを投げつける。
狂ったように笑い続けるジャナンダへ向けて――
★☆
「なんで一緒についてくるのですか?」
「いやほら、顔見知りがいないでしょ? 私がいたほうが話がスムーズにいくわ!」
アステナは頬を赤く染めながら、言い訳をする。
教会に残るのが怖いからだとは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。
左手に星動灯、右手に地図をもち、クレネストを先導するという役割で、彼女は存在価値をアピールしていた。
ここはゴラム市の地下道――
教会同士の連絡がとれないので、どうしたものかと考えていたところ、彼女はこの地下道のことを思い出した。
本部の資料室を調べると、地図も見つかった。
そこで、教会からは離れられない司祭達に代わり、クレネストが連絡役を買って出てくれたのだ。
旧時代の連絡路かなにかだと思う。
城塞の要所や、他の星導教会に繋がっているらしい。
そこは、白塗りの淡白な壁が続いていた。
「はぁ……まぁいいですけど――」
やる気なさそうな、ふわふわとした声音のクレネスト。
よくまあこんな時に、呑気な態度で眠たそうにしていられる。度胸があるのか、たんに抜けているのか。
むごたらしい死体を見せられた後だというのに、表情一つ変えない。この不感症め。
胸中毒づくが、そんな少女の姿が――なんというか今は頼もしい。情けないことに。
「ここはちょうど、壁外に出たあたりよ。大通り支部まではもうそろそろね」
「全滅してなければよいのですが……」
クレネストの呟きに、アステナの顔がこわばった。
思わず、凄惨な死体で埋め尽くされている礼拝堂を想像してしまい、嫌なものがこみ上げてきて、咄嗟に口を手でふさぐ。
ひょっとしたら、こっちに来たのは間違いだったかもしれない。
「そ、そうね……」
いまさら後の祭りである。ここで悲鳴を上げて、彼女だけを残し、逃げ出す。
そうしたい衝動にかられるが、そんなことでは格好がつかない。
無理やり恐怖を押し殺す。顔が引きつるのだけは、どうしようもなかったが。
「そろそろでしょうか?」
「え? ああええ、このあたりに右へ曲がる通路があるはず」
壁沿いに光をあててみると、それらしき横道が見つかった。
アステナとクレネストは顔を見合わせて、小さくうなずく。
その道へ入ると、すぐに上りの階段を発見した。
ここを上がれば、星導教会大通り支部のはず。
二人は慎重に階段を上がっていく。と――、出口と思われる鉄製の扉があった。
(どうか大丈夫でありますように! どうか大丈夫でありますように!)
激しく星に祈りて、アステナは無骨な扉の鍵を外す。
全身の毛が逆立ちそうな甲高い音をたてて、扉がゆっくりと開いていった。二人はプルプルと小刻みに震える。
「間違いないわね」
出たのは大通り星導教会支部の中庭だった。
「こっちよ」
クレネストを連れて、とにもかくにも礼拝堂の方へ向かわなければ――
中庭から教会の中へ――途中の扉は鍵が閉まっていたが、クレネストがあっさりと開錠してしまった。
法術ではない。靴を脱いでノブを一撃しただけである。
これは酷い鍵だった。アステナは呆れる。後で言っておかなければ……。
礼拝堂の方へ足を運ぶと、人の気配を感じた。
どうやら無事のようである。
声を潜めたざわめきが聞こえ、アステナは大きく安堵の息をついた。
「みんな大丈夫?」
そう呼びかけると、周りの視線がこちらへ集中した。
礼拝堂前のホールには、司教が二人。一人は本部のカシア司教、もう一人はこの支部のエリシア司教だ。
他に顔見知りの司祭が三人、助祭が十人いるかいないかというところだろうか。
「えっ、アステナなの? どうやってここまで」
エリシア司教が目を真ん丸くして、大きく開けた口に手のひらを当てて驚いた。
彼女は結構な年のはずだが、妙に若作りで背が低い。
肩ほどの黒髪を左右にふって、こちらへ走りよってきた。
「あぁ、エリシア様……よかったぁ――」
その身体を抱いて喜ぶアステナ。
後ろからカシア司教も歩いてきた。こちらは老齢の男性。
ゴラム市における星導教会を束ねる身であり、それらしく、威厳に満ちた顔で背が高い。
しばらく考えるようにアゴに手を当てていたが、ピンときたのか、低い声で言う。
「そうか、地下道があったな」
「はいっ、それでその――本部の方にも化け物が襲ってきました。なんとか撃退はしましたが、何人か犠牲が……」
アステナの言葉に、苦渋の表情の司教。
「あぁ、こちらも似たようなものなのよね」
「軍警察は、一応連携して応戦しているようだが、小型星動銃であの化け物共を相手にはできん」
「もっと大きな銃とかないのですか? あの化け物の脳天をぶっ飛ばせるような!」
難しい顔で黙り込む司教二人。やはり対抗できる武器は星痕杭しかないのか。
助祭達の方へアステナは目を向ける。
皆怯え、うつむき、ホールにただただ転がるばかりだ。
実戦なんて経験したこともない。
慣習的な戦闘訓練なら行っているだろうが、それはあくまで人間相手を想定したものだ。
真剣に取り組んでる者も少なく、あんな化け物達に抗う覚悟などあろうはずもない。
「今は他と、連絡がとりあえない状況であるということが問題です。非常事態を理由に、一時的に星動力をまわしてはもらえないのでしょうか?」
と、クレネストが進み出て言った。
司教二人の視線がそちらへ動き――しばしの妙な間――
カシアがポンと手を打ち、エリシアがあっと声を漏らした。
「おぉ、うちで星導聖歌を歌っていた娘じゃないか!」
「あらまぁ、新聞で私も見たわ! 可愛らしい子だと思ってたけど、本物はもっと可愛いわ!」
「あ……いえ――恐縮……です」
少女は縮こまり、口のあたりを微妙にひきつらせながら言った。
「巡礼中のクレネスト司祭です」
アステナが紹介し、彼女が小さく頭を下げる。
「それで……です。どうですか?」
「うーん、できなくもないとは思うが――直接管理局までいくか、警察署までいかないと連絡がとれん」
「誰か空気読んで、連絡してくれないのかしら?」
困った顔で司教達。
連絡さえとれれば、各支部から地下道を使って人を集められる。助祭はあまり使えないにしても、司教と司祭であれば、なんとか討伐対を組めなくはない。
警察署は重要施設だけあって、一応星動力は供給されている。管理局は遠いので、そこから連絡してもらうのが現実的ではあった。
しかし、そのためには外を歩いていかなければならない。
「はぁ……それでしたら、私が署までいってまいります」
クレネストの耳を疑う発言。
司教二人が眉根を寄せ、かくんと口を開けた。
それはそうだ。突然なにを言っているのかこの娘はと、二人の顔は雄弁にそう語っている。
「なにを考えてるんだクレネスト司祭! 外にでたら奴等の餌食だぞ!」
「だ、ダメっ! それはダメ! こんな可愛い子が食べられちゃうなんて絶対ダメ!」
「あんたの法術は見せてもらったけど、だからといって、あんなのが群れで襲ってきたらどうするのよ!」
三人は、彼女の軽率さを口々に叱咤する。
クレネストは目を閉じてうつむいた。鼻で息を吸う音が聞こえ――吐き出す。
これは嘆息? 呆れ? 反省? それとも怒られてスネちゃった? いやそれはないか。
上げた顔の眠そうな感じは変わらず。少女の感情はよくわからない。
静かにその口が開いた。
「そんなにご心配なさらずとも、あの程度の敵であれば問題ありません」
「おいおい……」
呆れた調子で声を漏らすカシア。クレネストは遮るように露骨に咳払いをした。
「失礼ながら申し上げさせて頂きます。あの化け物はそれほど強くありません。勝てないのは、ここにいる方々の単なる訓練不足です。星痕杭の扱い方さえしっかりしていれば対処できました。私の見る限り、司祭の方ですら、ろくに練習なさっていないご様子……」
親切丁寧な声音でありながら、言動はトゲトゲしい。司教に対していささか失礼ではあった。とはいえ、痛いところを突かれたのか、カシアが苦い表情で押し黙った。
「でも、警察署の人が気がつくかもしれないし、それを待ったほうが安全なんじゃ」
「不確かなものを待つのは、安全とは言いません。こうしている間にも市民に犠牲者がでます」
エリシア司教にぴしゃりとクレネストは言い放つ。
意外と、言い出したら聞かないタイプなのだろうか?
それとも、本当に確実な自信があるというのか?
「星痕杭を分けていただけますか? それと、星動力が戻り次第、署から連絡しますので、よろしくです」
行く気満々のクレネスト――止められそうもない。
カシア司教が大きく息をついて頭をかいた。