●世界観B創世記・星の終わりの神様少女3

★☆4★☆

「人が食べられてまーす、人が食べられてまーす、破いて肝をひきづりだされて、美味しそうに食べられてまーす。あっ、いま可愛い女の子が食べられましたー」

 やせ細った身体。頭は円形の禿だらけ。白目に近い目つきで瞳を上向きに、素っ裸で大通りをねり歩く男がいた。

 人狼が人々を追い回し、次々と餌食にしていく中で、その男だけは悠然と構えている。

 異様なことを口走る、異様な男だが、何故か彼だけは襲われていないのだ。

「うわぁ! 撤退ー! 撤退ー!」

 軍警察が集まり、星動銃で応戦するが、人狼の群れにはたいした痛ようも与えられない。

 もっとも人数だけは多いので、化け物の進行はある程度鈍っていた。避難の手助け程度にはなっている。

 発砲しながら後退していく軍警察。それを執念深く追い回す人狼達。

「ああ、あれ? しずかになっちゃった」

 変態としか言いようのない男が、キョロキョロと辺りを見回して言う。

 いつの間にか、周りには誰もいなくなっていた。

 大通りに取り残された男は、頭の横をトントンと叩く。指で輪を作り、それを口へ運んだ。

 甲高い音が響き渡る。

 すると、指笛に反応して人狼が四匹ほど戻ってきた。

「おーかわいいかわいいよーしーよしよし」

 ひととおり、戻ってきた人狼の頭をなでる。

 ふと――彼は気配を感じ、顔を上げた。

 いつの間にか、一人の青年が立っていた。

 この暑いというのに、赤いコートをはおり、風呂敷をかつぎ、腐れた目つきで見ている銀髪の人物。

「おーぅ! ジール! ジル・オールじゃないか!」

「ジャナンダ・エステゴビナ、やはり情報通りか――相変わらずキモいな」 

 ボソボソと面倒くさそうに喋るジル。

 ジャナンダと呼ばれた男は不快に笑った。

「なーんだい? なんの用だい? 星の終わりを見守る会の人間兵器さん」

「こんなことされると迷惑なんだよな……これで星動力の復旧が遅れたら、星の終わりが遅くなるじゃないか」

「ぷーくくくくく、相変わらず消極的だなぁ! 勝手に壊れる星なんて見ててもつまんねーでしょー?」

「別に……意味ないし、勝手に壊れるほうが面倒くさくない……でもお前は面倒くさい」

「自分達の手で壊すのが王道! 自作自演こそアートの極致! 我々、破星会は最高にハイでデンジャラスな滅亡主義者集団! その方が、おもしれーだろ! ああぁ?」

「楽しくもないし、うざいだけ……だいたいお前等程度じゃ、軍が出てきたら潰されるだけだろ。ほんの数人、そのキモオオカミに人間食わせた程度で星が滅ぶかよ……頭悪いのか?」

 ジャナンダの笑いが止まった。

「その術式回路を作れたのも、リギルの技術あってなんだけどな。ちょっとそんな技法が手にはいったからって、こんなことしてさ、パクりしかできない奴って無意味で無価値で無能だよな」

「ヤクの技術はこっちのもんだろうが! 南の貧しいガキさらっていろいろ実験して、いらねー奴もこうやって再利用してんだろ!」

 ジャナンダが、自分のほそい腕を振り下ろした。

 それに呼応して、四匹の人狼がジルに襲いかかる。

「訂正――俺ひとり倒せないくせに、軍とか大げさだったな」

 人狼達は、ジルに触れる目前で動きを止めていた。

 やわらかいが、進めば進むほど反発する――高度な防御法術。

 彼は足元に風呂敷を広げ、中の物を取り出した。

 リギルの作った美しくも悲惨な女性の生首。

 ジルの精神構造ですら、少々もったいないという感覚にさせられる不思議な魅力のそれ。

 彼は禁術の印を切り、術式へと分解する。

 紫色の光が乱舞する中、ジルは変貌を遂げた。

 赤黒い肌に、人間と同じ場所に生えている銀色の体毛。

 しかしその姿は、テスと戦った時のものと同じではない。

 醜悪なことには変わらないが、顔の造形がしっかりとしていた。

 獣よりも人型に近く。角と牙が生えたその姿は、魔人とでも言うべきか。

 中でも圧倒的な違いは、服まで変化しているということである。

 赤コートが、その魔人専用にあつらえたが如く、大きくひるがえり――

 その裏側で、凶悪な筋肉がもりあがった。

 腰を沈ませた次の瞬間――巨大なその体躯を、軽々と跳躍させる。

 防御術が消失し、自由になった人狼達だったが、ジルの姿に恐れおののき、身を引いた。

 そんな一匹目の脳天へ、かかとを落とす。頭蓋が陥没し、そのまま息絶えた。

 二匹目の顔をひっつかみ、三匹目ごと巻き込んで投げ飛ばす。

 もげてしまったオオカミづらを、道端に捨てた。

 逃げようとした四匹目はすぐに追いつかれ、首の骨をへし折られた。

 ジャナンダの愉快そうな、不愉快な笑い声が夜空に響く。

「おいジール! おまえ! 今のその姿の方が最高だぜ!? ヒキコモリやめてそれで暴れろよ」

 その言葉に、ジルは無言で石畳を剥ぎ取った。

 大きくふりかぶり、手に持ったそれを投げつける。

 狂ったように笑い続けるジャナンダへ向けて――

★☆

「なんで一緒についてくるのですか?」

「いやほら、顔見知りがいないでしょ? 私がいたほうが話がスムーズにいくわ!」

 アステナは頬を赤く染めながら、言い訳をする。

 教会に残るのが怖いからだとは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。

 左手に星動灯、右手に地図をもち、クレネストを先導するという役割で、彼女は存在価値をアピールしていた。

 ここはゴラム市の地下道――

 教会同士の連絡がとれないので、どうしたものかと考えていたところ、彼女はこの地下道のことを思い出した。

 本部の資料室を調べると、地図も見つかった。

 そこで、教会からは離れられない司祭達に代わり、クレネストが連絡役を買って出てくれたのだ。 

 旧時代の連絡路かなにかだと思う。

 城塞の要所や、他の星導教会に繋がっているらしい。

 そこは、白塗りの淡白な壁が続いていた。

「はぁ……まぁいいですけど――

 やる気なさそうな、ふわふわとした声音のクレネスト。

 よくまあこんな時に、呑気な態度で眠たそうにしていられる。度胸があるのか、たんに抜けているのか。

 むごたらしい死体を見せられた後だというのに、表情一つ変えない。この不感症め。

 胸中毒づくが、そんな少女の姿が――なんというか今は頼もしい。情けないことに。

「ここはちょうど、壁外に出たあたりよ。大通り支部まではもうそろそろね」

「全滅してなければよいのですが……」

 クレネストの呟きに、アステナの顔がこわばった。

 思わず、凄惨な死体で埋め尽くされている礼拝堂を想像してしまい、嫌なものがこみ上げてきて、咄嗟に口を手でふさぐ。

 ひょっとしたら、こっちに来たのは間違いだったかもしれない。

「そ、そうね……」

 いまさら後の祭りである。ここで悲鳴を上げて、彼女だけを残し、逃げ出す。

 そうしたい衝動にかられるが、そんなことでは格好がつかない。

 無理やり恐怖を押し殺す。顔が引きつるのだけは、どうしようもなかったが。

「そろそろでしょうか?」

「え? ああええ、このあたりに右へ曲がる通路があるはず」

 壁沿いに光をあててみると、それらしき横道が見つかった。

 アステナとクレネストは顔を見合わせて、小さくうなずく。

 その道へ入ると、すぐに上りの階段を発見した。

 ここを上がれば、星導教会大通り支部のはず。

 二人は慎重に階段を上がっていく。と――、出口と思われる鉄製の扉があった。

(どうか大丈夫でありますように! どうか大丈夫でありますように!)

 激しく星に祈りて、アステナは無骨な扉の鍵を外す。

 全身の毛が逆立ちそうな甲高い音をたてて、扉がゆっくりと開いていった。二人はプルプルと小刻みに震える。

「間違いないわね」

 出たのは大通り星導教会支部の中庭だった。

「こっちよ」

 クレネストを連れて、とにもかくにも礼拝堂の方へ向かわなければ――

 中庭から教会の中へ――途中の扉は鍵が閉まっていたが、クレネストがあっさりと開錠してしまった。

 法術ではない。靴を脱いでノブを一撃しただけである。

 これは酷い鍵だった。アステナは呆れる。後で言っておかなければ……。

 礼拝堂の方へ足を運ぶと、人の気配を感じた。

 どうやら無事のようである。

 声を潜めたざわめきが聞こえ、アステナは大きく安堵の息をついた。

「みんな大丈夫?」

 そう呼びかけると、周りの視線がこちらへ集中した。

 礼拝堂前のホールには、司教が二人。一人は本部のカシア司教、もう一人はこの支部のエリシア司教だ。

 他に顔見知りの司祭が三人、助祭が十人いるかいないかというところだろうか。

「えっ、アステナなの? どうやってここまで」

 エリシア司教が目を真ん丸くして、大きく開けた口に手のひらを当てて驚いた。

 彼女は結構な年のはずだが、妙に若作りで背が低い。

 肩ほどの黒髪を左右にふって、こちらへ走りよってきた。

「あぁ、エリシア様……よかったぁ――

 その身体を抱いて喜ぶアステナ。

 後ろからカシア司教も歩いてきた。こちらは老齢の男性。

 ゴラム市における星導教会を束ねる身であり、それらしく、威厳に満ちた顔で背が高い。

 しばらく考えるようにアゴに手を当てていたが、ピンときたのか、低い声で言う。

「そうか、地下道があったな」

「はいっ、それでその――本部の方にも化け物が襲ってきました。なんとか撃退はしましたが、何人か犠牲が……」

 アステナの言葉に、苦渋の表情の司教。

「あぁ、こちらも似たようなものなのよね」

「軍警察は、一応連携して応戦しているようだが、小型星動銃であの化け物共を相手にはできん」

「もっと大きな銃とかないのですか? あの化け物の脳天をぶっ飛ばせるような!」

 難しい顔で黙り込む司教二人。やはり対抗できる武器は星痕杭しかないのか。

 助祭達の方へアステナは目を向ける。

 皆怯え、うつむき、ホールにただただ転がるばかりだ。

 実戦なんて経験したこともない。

 慣習的な戦闘訓練なら行っているだろうが、それはあくまで人間相手を想定したものだ。

 真剣に取り組んでる者も少なく、あんな化け物達に抗う覚悟などあろうはずもない。

「今は他と、連絡がとりあえない状況であるということが問題です。非常事態を理由に、一時的に星動力をまわしてはもらえないのでしょうか?」

 と、クレネストが進み出て言った。

 司教二人の視線がそちらへ動き――しばしの妙な間――

 カシアがポンと手を打ち、エリシアがあっと声を漏らした。

「おぉ、うちで星導聖歌を歌っていた娘じゃないか!」

「あらまぁ、新聞で私も見たわ! 可愛らしい子だと思ってたけど、本物はもっと可愛いわ!」

「あ……いえ――恐縮……です」

 少女は縮こまり、口のあたりを微妙にひきつらせながら言った。

「巡礼中のクレネスト司祭です」

 アステナが紹介し、彼女が小さく頭を下げる。

「それで……です。どうですか?」

「うーん、できなくもないとは思うが――直接管理局までいくか、警察署までいかないと連絡がとれん」

「誰か空気読んで、連絡してくれないのかしら?」

 困った顔で司教達。

 連絡さえとれれば、各支部から地下道を使って人を集められる。助祭はあまり使えないにしても、司教と司祭であれば、なんとか討伐対を組めなくはない。

 警察署は重要施設だけあって、一応星動力は供給されている。管理局は遠いので、そこから連絡してもらうのが現実的ではあった。

 しかし、そのためには外を歩いていかなければならない。

「はぁ……それでしたら、私が署までいってまいります」

 クレネストの耳を疑う発言。

 司教二人が眉根を寄せ、かくんと口を開けた。

 それはそうだ。突然なにを言っているのかこの娘はと、二人の顔は雄弁にそう語っている。

「なにを考えてるんだクレネスト司祭! 外にでたら奴等の餌食だぞ!」

「だ、ダメっ! それはダメ! こんな可愛い子が食べられちゃうなんて絶対ダメ!」

「あんたの法術は見せてもらったけど、だからといって、あんなのが群れで襲ってきたらどうするのよ!」

 三人は、彼女の軽率さを口々に叱咤する。

 クレネストは目を閉じてうつむいた。鼻で息を吸う音が聞こえ――吐き出す。

 これは嘆息? 呆れ? 反省? それとも怒られてスネちゃった? いやそれはないか。

 上げた顔の眠そうな感じは変わらず。少女の感情はよくわからない。

 静かにその口が開いた。

「そんなにご心配なさらずとも、あの程度の敵であれば問題ありません」

「おいおい……」

 呆れた調子で声を漏らすカシア。クレネストは遮るように露骨に咳払いをした。

「失礼ながら申し上げさせて頂きます。あの化け物はそれほど強くありません。勝てないのは、ここにいる方々の単なる訓練不足です。星痕杭の扱い方さえしっかりしていれば対処できました。私の見る限り、司祭の方ですら、ろくに練習なさっていないご様子……」

 親切丁寧な声音でありながら、言動はトゲトゲしい。司教に対していささか失礼ではあった。とはいえ、痛いところを突かれたのか、カシアが苦い表情で押し黙った。

「でも、警察署の人が気がつくかもしれないし、それを待ったほうが安全なんじゃ」

「不確かなものを待つのは、安全とは言いません。こうしている間にも市民に犠牲者がでます」

 エリシア司教にぴしゃりとクレネストは言い放つ。

 意外と、言い出したら聞かないタイプなのだろうか?

 それとも、本当に確実な自信があるというのか?

「星痕杭を分けていただけますか? それと、星動力が戻り次第、署から連絡しますので、よろしくです」

 行く気満々のクレネスト――止められそうもない。

 カシア司教が大きく息をついて頭をかいた。

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