●世界観B創世記・星の終わりの神様少女3

★☆5★☆

 石畳は、ジャナンダに直撃する寸前で、あらぬ方向へ弾かれた。

 大方なにかの防御術くらいは張っていたのだろうが……。

 ならば、術ごと破壊してやろうと、ジルは走り出そうとした。

 その時――

「はいはいそこまで」

 わき道から、パンパンと手を叩きながら、黒コートのメガネをかけた青年が現れた。

 黒い長髪、黒い瞳、黒い手袋、黒い靴。何もかもが真っ黒である。

「ジル・オール……お前も少し落ちつけい」

 巨大なジルのその背後から、スーツ姿の妙齢の女性が現れる。こちらも大体黒いが、髪の毛はそれほど長くはなく、後ろで結んでいた。

 言われたジルは、しばらくその女性を見下ろして――ノドの奥でひとつ唸ると、しぶしぶ下がって禁術を解いた。

 巨体が黒い霧に覆われて、徐々にそれが小さくなっていく。霧が晴れ、元の姿に戻った彼が現れた。着ている服まで元通りになっていた。

「ふーん、いちいちヌードを見せなくてよくなったのか……面倒臭くないのはいいな」

 しげしげと、元に戻った自分の姿を眺める。

 その一方で、黒い男に向かって、不満の声を上げるジャナンダ。

「おいおい、これから面白くなるところなのによぉ!」

「そんなに戦いたいなら個人的に果し合いでもしとけ――それよりもだ」

 言いながら、黒い男が道の中央へ進みでて、女性の姿を見つめる。

「久しぶりだな、ティルダ」

「……マルコ」

 両者の静かな声。というよりも、喉の奥を通る息だけで話しているかのような、やる気を感じない声。

 大通りの真ん中で、ティルダという女に、マルコという男が対峙した。

「この醜い化け物共が、お前たちが作っていたという軍隊か?」

 これはティルダの言葉。

 マルコは肩を竦めて、笑い声を漏らした。

「ほんの一端だな……単なる様子見ってやつだ――まだまだ改良点がある」

「積極的なんだか、回りくどいんだか……わけがわからんな、お前たち破星会は」

 まったく、彼女の言うとおりだ。

 ノースランド国が星動力にあぐらをかいている以上、黙っていても星は壊れ、人類は滅亡する。

 わざわざ自分達の手で世界を壊す必要性など無い。

(破壊神きどりが……自意識過剰なんだよな)

 ジルは思った。

 彼等の志向はあくまで、「人類は、自分達の手で滅ぼすべし」なのだろう――そのプロセスを楽しんでいる。

 ステラの枯渇による星の崩壊など、まったく眼中にないのだ。

 面倒くさそうなジルを他所に、ティルダが続けて口を開いた。

「まぁ一応言っとくが、星動線や柱を破壊したり、ステラ採取場を襲ったりするなよ? その場合は、お前たちも攻撃対象に加えるからな?」

「ああ、善処はしよう――

「へいへい、わかりましたよーわかりましたよー」

 マルコが言って、ジャナンダも投げやりに言う。

 ティルダは満足げに頷いた。

「では我々『滅亡真理教』は、お前たちがすることを、高みの見物でもさせてもらうとするか」

 そう言って、彼女は印を切りはじめる。

 やがて術が完成すると、ジルとティルダの身体が宙に浮かび上がっていった。

 ジルは空を見上げた。そこには一隻の飛空挺が静かに浮かんでいる。

 リギルの最高傑作――トライ・ストラトス号

 黒く灯かりのない船体は、夜の闇に溶け消えて、その姿が殆ど見えない。

(興味はないけど、ま、見ててやるか)

 マルコとジャナンダを見下ろしつつ、そんなことを考え――

 ふと、彼等の背後から近づく小さな影が見えた。

 が、見えたのはそこまでで、彼は船体の中へと消えていった。

★☆

「あなた達、ここで何をしていらっしゃるのですか?」

 クレネストは嫌々ながらに話しかけた。

 大通りのど真ん中で話している二人組みの男。黒い方はともかく、もう一人はあからさまに全裸の変態だ。見た目もおおよそ、一般的な美とは正反対である。

 彼女でなくとも、係わり合いにはなりたくないだろう。

「あーん?」

 変態としかみえない男が、クレネストの姿をねめつけるように見つめる。

(やれやれ……酔っ払いでしょうかね?)

 クレネストは苦々しくそう思いつつ、全裸男からは目を逸らした。

「うっほ、かわいいねぇ! ほらほら、嫌なら見なくていいんだよ~?」

 言って腰を突き出し、激しく左右に振るその男。

 彼の態度にさすがのクレネストも、僅かに眉根を寄せて、不快そうな顔をした。

 このような時に、余計な問題をおこさないでもらいたいものだ。

「危険な化け物達が市を徘徊しています。あなた達も危険ですから早急に避難してください」

 クレネストがそう警告すると、全裸男は下品な笑いを噴出した。

「ぶっはっ! 危険だってさ~、そりゃあ大変だ! マルコさんよ~どーする?」

「うーん、まぁ私は滅亡真理教の人達を説得しにきただけだから……後のことはジャナンダ、お前にまかせるよ」

 マルコと呼ばれた男がそう告げると、ゆっくりとクレネストの方へ歩いてきた。

 一応警戒するが、特に妙な挙動は見せずに、黒い男は通り過ぎていく。

 その姿を横目で眺めつつ――

「さてさて、こんなケダモノだらけの夜に、女の子一人で出歩いちゃ、そっちの方が危険だとおもわないかーい?」

 芝居がかった口調で声を発し、両腕を広げ、少しづつこちらへと近寄ってくるジャナンダ。

 クレネストは、腰に下げた収納ベルトから、星痕杭を一つ取り出した。

「止まりなさい」

 言って、杭を突きつける。

 ジャナンダの表情が変わり、その足が止まった。

「ほう、星痕杭だと? お嬢ちゃん――星導教会だったのか」

 そういえば帽子をかぶっていなかった。

 これでは普通の……いや、少々風変わりではあるが、街娘と誤解されても仕方がない。服も薄手の私服である。

「こりゃあいい、ジルの代わりにお前に楽しませてもらうとするか! 俺様がたっぷり味見した後で、可愛い可愛い人狼ちゃん達のエサにしてあげるよ」

 ジャナンダは下卑た声でそう宣言した。右手の平を前に突き出し、左手は腰だめに引いて構える。

 それを見てクレネストは、無言で星痕杭を射出した。

 豪風と共に、凄まじい破裂音が鳴り響く。

 星痕杭は青い光すら見せず――

 だが、男は平然と立っていた。直撃した様子はない。

(これは……)

 見失った星痕杭を探すと、男のはるか後方――右横に並ぶ商店の壁に、大きな穴が空いていた。

 クレネストは念のため、もう一本星痕杭を取り出し、内部の術式を消去する。

 今度は通常の速度で星痕杭を射出してみた。

 青い光が男へ向かって走り――

「だ~から、そんなもん俺にはきかねえぇよ~お嬢ちゃん?」

 にやにや顔でジャナンダが大げさに両手を広げた。

(やはり……)

 青い光のすじは、彼に直撃する寸前で、その場を避けるように湾曲していた。

 どうやら、周囲に特殊な防御術を張っているようだ。

「あなたが、あの化け物達を放ったのですか?」

「さぁてなぁ?」

「……では、あなたは滅亡主義者で銀髪の青年の仲間ですか?」 

「銀髪? あぁジルのことかぁ? あんなヒキコモリの仲間じゃねぇよ!」

「そうですか」

 言ってクレネストは目をつぶり、呼吸を整えた。

 細い息に歌声のようなものを交えつつ、淀みなき流水を思わせる動きで印を切り始める。

「なんだそりゃぁ? タコ踊りか? ま、そろそろヤらせてもらうとしますかっ!」

 ジャナンダが駆け出した。おおよそ人間の走る速さではない。

 これは法術によるものなのか、それはわからない。が、ともかく――数十歩分の距離を瞬時に詰められてしまった。

 いつもの防御術は張っていない。法術も完成していない。

 男の手が、あっさりとクレネストの両肩を捕まえ、彼女を石畳の地面へ押し倒す。

 そのままの勢いで、ジャナンダの身体が覆いかぶさってきた。

 が――

「うどわぁ!」

 いささか間抜けな悲鳴と同時に、その身体が一八〇度回転して、石畳の上へ仰向けに叩きつけられた。

 クレネストの足が、おおっぴらにかぶさってきた彼の腹を蹴り上げて、後方へ投げ飛ばしたのだ。

 めくれてしまったスカートを戻しつつ、彼女は素早く立ち上がり、法術の続きを組み上げる。

「アタタタタ、何だ? 何がおきやがったんだ?」

 半身を起こし、頭を振るジャナンダ。

 まさかこんな少女に、軽々と投げ飛ばされるとは思っていなかったのだろう。全く気がついていない様子だった。

 その後ろから星痕杭を突きつけ、クレネストが言う。

「あなたの負けです。おとなしく投降していただけませんか?」

 地面に腰を下ろしたまま、ジャナンダが後ろを振り返る。

 同時にクレネストへ向かって右手のひらをかざした。

「まだわかんねーのかぁ? そんなものきかえねぇって」

「その防御術……手のひらをかざしている間だけ、物体の移動方向を反らす類の法術ですね」

「へぇ~気がついたか! でも、だからどうする?」

「足元から突風がきたら、防げますか?」

 ジャナンダが呻いて頬を引きつらせた。どうやら、思ったとおりのようである。

 その効力は、手のひらをかざした方向へしか効果がない。

「それはだ……」

 右手のひらをかざしたまま、ボソリと彼は声を漏らし、周囲に視線を走らせた。

 まだ何か策があるのか、その口元がにやりとする。

「突風じゃなかなか死なないよな? だがよ……お嬢ちゃんの方は、狼ちゃんの群れに襲われるとどうなるよ?」

 男はそう言いながら立ち上がった。

 同時に、脇道から続々と人狼達が姿を現す。

(やはり、この男が操っているというわけですか)

 すぐには襲ってこない。逃げ道をふさぐように、少女の左右、背後に展開した。

 クレネストはしばらくその様子を眺め――

 嘆息すると、星痕杭をベルトに戻し、観念したように目をつぶった。

「へっへっへっ、それでいいんだよ。大人しくしてれば痛くは……するんだろうがよ~、すぐに気持ちよくなるぜ~」

 性的な嫌がらせの言葉を吐き、ジャナンダの足音が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 クレネストは、すぅっと薄く目を開けた。

 この者は、どうやら救いようのない人間のようである。ならば容赦はいるまい。

 最大級に侮蔑をこめた目つきで、断罪の言葉を叩きつけた。

「愚かで浅薄な罪深き者よ――悔い改める時すら与えない……深淵なる星の御許へ還りなさい」

 クレネストが、足を軽く踏み鳴らした。

 途端――、ジャナンダの足元が爆裂する。

 石畳がめくれ上がり、男の身体ごと宙へと打ち上げられた。

 甲高い耳障りな悲鳴が反響し、高く打ち上げられた石畳と共に、彼の身体も地面へと落ちてくる。

 骨が砕け、肉が潰れる生々しい衝突音――

 立ち込める砂煙の向こうで、ヨロヨロとうごめく痩せた身体が見えた。

「ぐぎっ……なにが……おこった」

 地面に這いつくばり、怨嗟の声を上げるジャナンダ。血だらけの顔から覗く、二つの眼をぎらつかせ、その姿はまるで地獄の亡者であった。

 彼は気がついていないようだが、特に仕掛けはなく、石畳の下から突風を起こしてやっただけだ。

 道に穴が開いてしまったが、すでに一つ穴があいているようだし、問題はないだろう。多分。

「くそっ! このイカレ女が!」

 毒づいて身を起こそうとするが、足がありえない方向へ折れ曲がっており、立ち上がれない様子。

 蔑んだ目で見下ろすクレネストを、憎悪の目つきで睨み返していた。

「やれ! やっちまえ! このクソガキをひん剥いて食っちまえ!」

 ヒステリックに裏返った声のジャナンダ。反応して一斉に飛び掛ってくる人狼達。

 だが、その一匹たりとて、彼女に近づくことはできなかった。

 突風の術と同時に、防御術も組んでいたのだ。

 ジャナンダが目を見開いて絶句する。

「いち、にぃ、さーん、しぃ……」

 動けなくなっている人狼の数を、クレネストは呑気に数えはじめた。

 数えられた人狼は、一呼吸置いてから、急に悶え苦しみだす。

 術式回路に供給している星動力を阻害したのだ。それによって証拠隠滅用の術式が作動し、化け物達はまもなく勝手に灰になるだろう。

「じゅういち、じゅうに……ですね」

「て、てめぇ! なにしやがったんだ!」

「あなたに教えてさしあげる必要性はないと思います。悪用されても困りますので」

 いつもの寝ぼけ顔に戻ったクレネストは、ジャナンダに星痕杭を向けた。

 彼の表情がみるみるうちに青ざめる。

「お、おい、ちょっとまてよ! なぁ、話し合おうや! そうだ! なんなら俺達の秘密を教えてやるからよ!」

「はぁ……今さらですか?」

 とことん見下げた男のようだが、期待もしていない。ただ、とりあえず知りたい情報があった。

「ではそうですね――街に放った化け物の数は?」

「……な、七十匹ほどだ」

「本当ですか?」

「うそじゃねぇよぉ!」

 ジト目でにじり寄ってくるクレネストに、必死に懇願するジャナンダ。

 よく見れば、どうやら右肩を脱臼している。こうなっては、さっきの防御術はもう使えまい。

「もう一度聞きますが、あなた達は滅亡主義者……ですよね?」

「あ、ああぁそうだ、いわゆる過激派組織ってヤツだぜ?」

「銀髪の青年とは仲間ではない、とおっしゃっていましたが、彼等は滅亡主義者ではないのですか?」

「いやいや、あいつらも滅亡主義者だ……ただ俺達も一枚岩じゃねぇんだよ。色々と趣旨があってだな」

 そんなものに興味はないが、なるほど――

 クレネストは納得して頷いた。

「ほ、他に知りたいことはねぇのか? 命を助けてくれるならいくらでも話すぜ?」

「いえいえ、特にありません――

 冷めた口調で言って、首を横に振るクレネスト。印を切って、法術を組み上げた。

 左手を、地面に転がっている彼に向かってゆっくりとかざす。

「えっ? おいまて……まってくれ! そりゃねぇだろがっ!」

 焦り、恐怖に歪むジャナンダの顔。

 感情の見えない司祭様の顔が、彼にとっては悪魔かなにかに見えただろうか?

「何がないのですか? これだけのことをしでかしておいて、それが許されるとでも?」

 容赦のない言葉の棘が、彼に突き刺さる。

 そして―― 

 ゴラム市の夜空に、一人の男の絶叫がとどろいた。

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