●世界観B創世記・星の終わりの神様少女3

★☆3★☆

 リギルがジルの目を覗き込んで言う。

「ジルよ、どうだった?」

「どうでもよかった」

「まぁ、お前はそうだろうな……」

「……その質問に、なにか意味があったのか?」

「それこそお前は、どうでもいいとか言うんじゃないのか?」

「ああ、まぁ――ああ……」

 ティルダはこっそりとため息をついた。この二人の会話は、変に疲れる。仲がいいのか悪いのかわからない。

 変人と狂人など、そんなものなのかもしれない。

 さて――かくいう自分はまともだろうか? 少し間を置き、咳払いをしてからきりだす。

「あー、そのだな……ジャナンダだがね~、一応生きとるらしいな」

 そう言った途端、二人の露骨に嫌そうな視線がティルダの方へ向いた。

「蹴っ飛ばしたら折れそうなクセに、まだ生きているのか? とことん面倒くさい奴だな」

「あーまぁね、捕まったみたいだし、あの様子じゃ再起不能だろうけどね」 

 ジルに言葉を返しつつ、ティルダは真っ黒なスーツを脱いだ。熱いのに涼しいという、わけのわからない売り文句のそれ。

 中は白のワイシャツ。それなりに女性らしい曲線が見える。

「ところでだ、表向きの方の話だが……やつらの化け物テロをダシに、デモをするそうだな」

「星導教会を糾弾しても意味がないのに、あいつらもよくやるな、この暑い中」

 ティルダの言葉にジルが覇気なくぼやいた。

「我々の結束をかためる為の中心核ではあるしな……そういう社会からはじきだされた、哀れな者達の居場所としても機能している。お前達も好きにやってるんだ、好きにさせておけ」

「滅亡の予言が、逆に人の心を支えている――か……」

 言って、リギルは窓から空を見上げた。天気はそろそろ下り坂。

 その横にならんでティルダも空を見上げる。

「しかしな、本気でこの星が壊れると考えている同志は何人いるのやら――

★☆

 エリオはびっくりして声をあげた。あやうく椅子ごとひっくり返るところだった。

 星導教会――休憩場にいる人々が、こちらをしばし注目する。

「なんなのよ。その反応は……」

「凄い――じゃなくて……いえ、なんでもないです」

 額に汗しつつ、彼はぎこちなく言葉をこぼす。

 それはそれは、圧倒的な質量。そんな女性の胸がいきなり目の前に現れれば、男でなくとも驚く。

 アステナの方はというと、まるで無自覚の様子。エリオは、こっそりと椅子を下げて距離を取った。

「まあいいわ――ちょっと君に聞きたいことがあってさ」

「はぁ」

「彼女の好きなものはなに?」

「はぁ?」

 何を言ってるのかよくわからなくて、思わず生返事をしてしまった。

 アステナは、少々ムッとした表情を見せるが、すぐに言い直した。

「クレネスト司祭にね、なんだかんだで昨夜は色々と助けられたし、その……つまりは……」

 決まりが悪そうに目線をそらして、もじもじとしだす。

 エリオはなんとなく察しがついた。

「ああはい、お礼の品か何かを送りたいのですね?」

「借りを返したいだけよ! 別に彼女のことが気に入ったわけじゃないんだからね!」

 顔を赤くして、アステナがいい訳じみたことを言う。

 意外と義理がたい人だな――と思いつつ、エリオは難しそうに口元を曲げて、後ろ頭をかいた。

 プレゼントなんて貰うだけで嬉しい人もいるだろうが、クレネストが喜ぶような物となるとこれは難しい。

(そういえばフェリス様から服をもらったとか言っていたな)

 今も暑いので、彼女は薄手のそれらをよく着ている。彼女自身が喜んでいるかどうかはわからない。でも、最近はまんざらでもなさそうだった。かといって、服という既にもらっている物を贈るのもどうかだ。

「で、どうなのよ?」

 考えを巡らせているエリオに、アステナが問う。

「好きな物というのは、ちょっと良くわからないのですが、一応巡礼中の身ですので、旅の邪魔にならない物がよろしいかと」

「はっきりしないのねぇ、うーん……寝不足みたいだから、よく眠れる薬とか――

「いえ、あの……彼女はそういう風に見えますけど、寝不足というわけではないらしいです」

「はぁ? 眠くないのに眠そうにしてるわけ? なんでよ!」

「いや、わからないですけど、ともかく眠いというわけではないのは確かです」

「紛らわしい娘ねぇ、じゃあ何がいいのよっ!」

 身を乗り出して言うアステナに、これまた逃げるように椅子を下げるエリオ。

 どうにも気性が荒い司祭様に、ほとほと手を焼いていると――

「お二人とも、どうされたのですか?」

「なんじゃなんじゃー、おっぱいオバケがエリオ殿を誘惑しておるのかー」

 彼の背後から、クレネストの静かな声と、テスの陽気な声がかかった。

 アステナが渋い表情で、誤魔化すようにあさっての方を向く。

「あなたの助祭と、ちょっと世間話をしてただけよ」

「はぁ、それはそれは」

 口元に手のひらを当てて、クレネストは小首をかしげながら言った。

 昨夜のこともあり、彼女のことが気がかりであったものの、どうやら調子はよさそうだ。いつもどおりの眠そうな顔でおっとりとしている。

 エリオは席を立ち、引きすぎた椅子をテーブルの下へと押し込めてから口を開いた。

「ええと、ミイファちゃんのご様子はどうでしたか?」

「ミイファちゃんはもう大丈夫でしょう。あの子は見かけよりも芯は強そうですよ」

 そう言ってクレネストは笑みをこぼす。それを聞いて、エリオも安堵の息をついた。

「こちらは、お言いつけどおり手続きの方を進めておきました」

「ありがとうございます。ご苦労様でした」

 と、クレネストのねぎらいの言葉。

「ねぇちょっと、さっきからなんの話をしているのよ?」

 それを聞いていたアステナが、興味深げに割り込んできた。

 ぼーっと、そんな彼女の顔をクレネストが凝視し――

「そうですね、アステナ司祭にもお願いできますでしょうかね?」

「え、えぇ、ああ……えっと、なんなの?」

「昨夜の件で、母親をなくしてしまった知り合いの子がおりまして……」

 アステナの眉がピクリと動いた。

 昨夜の件と母親をなくした子ということで、おおよそのことを察したに違いない。彼女は居住いを正し、神妙な面持ちで眠そうな少女を見返した。

 クレネストは声の調子を落とし、淡々と昨夜の出来事を説明していく。

 アステナは両腕を組み、繰り返しうなづきながら聞いていた。

「それはまた……気の毒な話ね」

「私は巡礼中の身ですので、いつまでもあの子を傍で見守ってあげることができません。それでどうか、アステナ司祭にも気にかけて頂ければと思いまして」

 クレネストがそう言うと、アステナは少々迷う素振りを見せた。おそらく「借り」とやらと、心のうちで天秤にでもかけているのだろう。

 エリオはポンっと手を打ち、そんな彼女へ一言追い討ちをかけた。

「ちょうどよかったんじゃないですか?」 

「うるっさいわね! 余計なこと言うんじゃないわよ!」

 アステナが頬を染め、照れまじりに抗議の声を上げる。

 エリオは肩を竦めてとぼけてみせた。

 そんな二人を不思議そうに見比べてから、クレネストがおずおずと口を開いた。

「ええとです。お願い……できますでしょうか?」

「ふぅ……ま、あなたには昨夜の借りがあるからね、これでチャラよ」

「はぁ、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げるクレネストに、アステナはどこか気恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。 

 と――

「アステナ司祭!」

 横手からかかった声にそちらを向けば、休憩場の入り口に、助祭の少年が立っているのが見えた。なにやら息をきらせて慌てた様子。

「なに? あんまり大声だすと回りに迷惑でしょ!」

 いや、あなたの方が声でかいだろうと、エリオは心の内でつっこむ。

 助祭はそれでも謝りつつ、こちらへと小走りに寄ってきた。

 なにかまた、面倒なことでも起きたのだろうか?

「それが……滅亡主義者達が昨夜のことを理由に教会前で騒ぎを――

 それを聞くやいなや、アステナは低い唸り声をあげ、鬼の形相で助祭の襟首に掴みかかった。

「ああぁんだってぇ!?」

「ひっ! いぎいっ!」

 昨夜のこともあって、彼女もけっして暇ではないだろう。そこへきてこれでは、キレるのも仕方がない。

 やつあたりされている助祭は気の毒である。みるみるうちに顔が青くなっていく。

 彼の責任であろうはずもないのだが、アステナはおかまいなしに、ぐいぐいと絞り上げる。

 助祭の両腕がだらりとさがった。

「まぁまぁアステナ司祭、落ち着いてください」

 そんなアステナの肩に手を伸ばし、クレネストが口を挟む。

 ギロリとした光を放つ視線が、今度は少女の方へ向けられた。

「これが落ち着いていられるわけ……」

「いいですから、ちょっと私がいって黙らせてきますので、落ち着いてください」

 アステナの言葉を遮り、いつもより低い声でクレネスト。 

 途端、奇怪なモノでも見てしまったかのように、アステナが唖然とした。手の中から、ぐったりとした助祭が床に落ちる。

 眠そうな瞳は蔑むように細く、口元には冷笑を浮かべ、不穏な気配を全身から発しているクレネスト。

 どこか寒々しい感触に、エリオとテスも全身を強張らせ、額に大粒の汗を浮かべた。

「では、行ってきますね」

 あくまで声音だけは静かに――そんな三人を特に気にするでもなく、少女はくるりと背をむけた。

 遠ざかる小さな後ろ姿に声をかけることもできず、彼らはただ黙って見送ってしまった。

「のぅ、エリオ殿……あれはつまり、奴らはクレネスト殿を本気で怒らせた……ってことなのかの?」

「いやぁ、あれは相当ヤバいと思うよ?」

 テスの、いささかぎこちない感じの問いに、エリオもまた喉をひきつらせたような声で答える。

 昨夜の痛ましい事件を、このようなことに利用されては、彼女が立腹するのも無理はない。以前、『世界の柱』を破滅の使者呼ばわりされた時以上の剣幕に思えた。

 ひやりとした感触が、まだ身体の中に残っている。

 静まりかえった休憩場――

「……って! 私もいかなきゃ」

 唐突に我に返ったアステナが、そう声を上げると、慌てて走りだす。

 彼女が去った後、エリオは気の毒そうに、地面に転がっている助祭に視線を落とした。 

 あの少女の、強制退去を目の当たりにしたら、アステナは一体どんな顔をすることやら。と――そんなどうでもよいことを考えつつ、ひとまず、助祭の身体を横に寝かせた。

 息はしているので、たぶん大丈夫だろう。

「エリオ殿はいかなくてよいのかえ?」

 テスがこちらの顔を覗きこんで言う。

 確かに、彼女が来るのを待っていたのだから、行ってもいい。行ってもいいが、それで何か役に立てるわけでもない。

 エリオは少々考えてから口にした。

「そうだな……この暑い中で暴れると、それなりにお疲れになるだろう。なにか冷たいものでも用意しておいたほうがいいかな?」

「ほう、なかなか気が利くではないか、当然テスの分も用意してくれるのだろうな? 甘いものがよいと思うぞ!」

 両こぶしを構え、なんだかキラキラと輝いた目で、アピールしてくるテス。

 そんな子供の顔を見返して、エリオはわざとらしく嘆息するように息をついてから口を開いた。

「あーでも、星動力が止まってるしなぁー、そんなものあるんだろうかー?」

「ぐっ……」

 がっくりとうなだれるテス。自業自得という言葉が重そうだ。なにせ星動力が止まった原因は彼女である故、我侭も言えない。

 だが実際のところ、エリオにはあてがなかったわけでもなかった。

 あまりこの娘に意地悪するとクレネストに怒られそうなので、がっかりしているテスの頭に手を乗せてから、謝罪まじりに言う。

「ごめん、冗談だよ。いやさ、新動力だっけ? ゴラムパレスの中も冷房効いてたでしょ。冷たい物も売ってたんだけど気がつかなかったかな?」

「そ、そういえば涼しかったのう」

 テスが上目づかいでこちらを見上げる。

「昨夜はあの騒動で殆どの店がしまっちゃってたけどさ、飲食店とか灯かりがついてたんだよね」

「うぇっ? そうだったのかの?」

「グラディオルって人の営業が上手くいってるんだろうな。店側も、星動力がないと何日も営業できない――なんてことになったら大変だろうしな。わらにもすがるってやつか」

「ということはじゃ」

「ああ、教会前の通りの店にもそういうのあったし、多分やってるだろ」

 あんぐりと口を丸くしていたテスの顔が、じわじわと歓喜のそれへと変化していく。

「おおお、ならば早速まいろうぞ!」

 満面の笑顔でそう言って、テスはエリオの腕に抱きついた。

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