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リギルがジルの目を覗き込んで言う。
「ジルよ、どうだった?」
「どうでもよかった」
「まぁ、お前はそうだろうな……」
「……その質問に、なにか意味があったのか?」
「それこそお前は、どうでもいいとか言うんじゃないのか?」
「ああ、まぁ――ああ……」
ティルダはこっそりとため息をついた。この二人の会話は、変に疲れる。仲がいいのか悪いのかわからない。
変人と狂人など、そんなものなのかもしれない。
さて――かくいう自分はまともだろうか? 少し間を置き、咳払いをしてからきりだす。
「あー、そのだな……ジャナンダだがね~、一応生きとるらしいな」
そう言った途端、二人の露骨に嫌そうな視線がティルダの方へ向いた。
「蹴っ飛ばしたら折れそうなクセに、まだ生きているのか? とことん面倒くさい奴だな」
「あーまぁね、捕まったみたいだし、あの様子じゃ再起不能だろうけどね」
ジルに言葉を返しつつ、ティルダは真っ黒なスーツを脱いだ。熱いのに涼しいという、わけのわからない売り文句のそれ。
中は白のワイシャツ。それなりに女性らしい曲線が見える。
「ところでだ、表向きの方の話だが……やつらの化け物テロをダシに、デモをするそうだな」
「星導教会を糾弾しても意味がないのに、あいつらもよくやるな、この暑い中」
ティルダの言葉にジルが覇気なくぼやいた。
「我々の結束をかためる為の中心核ではあるしな……そういう社会からはじきだされた、哀れな者達の居場所としても機能している。お前達も好きにやってるんだ、好きにさせておけ」
「滅亡の予言が、逆に人の心を支えている――か……」
言って、リギルは窓から空を見上げた。天気はそろそろ下り坂。
その横にならんでティルダも空を見上げる。
「しかしな、本気でこの星が壊れると考えている同志は何人いるのやら――」
★☆
エリオはびっくりして声をあげた。あやうく椅子ごとひっくり返るところだった。
星導教会――休憩場にいる人々が、こちらをしばし注目する。
「なんなのよ。その反応は……」
「凄い――じゃなくて……いえ、なんでもないです」
額に汗しつつ、彼はぎこちなく言葉をこぼす。
それはそれは、圧倒的な質量。そんな女性の胸がいきなり目の前に現れれば、男でなくとも驚く。
アステナの方はというと、まるで無自覚の様子。エリオは、こっそりと椅子を下げて距離を取った。
「まあいいわ――ちょっと君に聞きたいことがあってさ」
「はぁ」
「彼女の好きなものはなに?」
「はぁ?」
何を言ってるのかよくわからなくて、思わず生返事をしてしまった。
アステナは、少々ムッとした表情を見せるが、すぐに言い直した。
「クレネスト司祭にね、なんだかんだで昨夜は色々と助けられたし、その……つまりは……」
決まりが悪そうに目線をそらして、もじもじとしだす。
エリオはなんとなく察しがついた。
「ああはい、お礼の品か何かを送りたいのですね?」
「借りを返したいだけよ! 別に彼女のことが気に入ったわけじゃないんだからね!」
顔を赤くして、アステナがいい訳じみたことを言う。
意外と義理がたい人だな――と思いつつ、エリオは難しそうに口元を曲げて、後ろ頭をかいた。
プレゼントなんて貰うだけで嬉しい人もいるだろうが、クレネストが喜ぶような物となるとこれは難しい。
(そういえばフェリス様から服をもらったとか言っていたな)
今も暑いので、彼女は薄手のそれらをよく着ている。彼女自身が喜んでいるかどうかはわからない。でも、最近はまんざらでもなさそうだった。かといって、服という既にもらっている物を贈るのもどうかだ。
「で、どうなのよ?」
考えを巡らせているエリオに、アステナが問う。
「好きな物というのは、ちょっと良くわからないのですが、一応巡礼中の身ですので、旅の邪魔にならない物がよろしいかと」
「はっきりしないのねぇ、うーん……寝不足みたいだから、よく眠れる薬とか――」
「いえ、あの……彼女はそういう風に見えますけど、寝不足というわけではないらしいです」
「はぁ? 眠くないのに眠そうにしてるわけ? なんでよ!」
「いや、わからないですけど、ともかく眠いというわけではないのは確かです」
「紛らわしい娘ねぇ、じゃあ何がいいのよっ!」
身を乗り出して言うアステナに、これまた逃げるように椅子を下げるエリオ。
どうにも気性が荒い司祭様に、ほとほと手を焼いていると――
「お二人とも、どうされたのですか?」
「なんじゃなんじゃー、おっぱいオバケがエリオ殿を誘惑しておるのかー」
彼の背後から、クレネストの静かな声と、テスの陽気な声がかかった。
アステナが渋い表情で、誤魔化すようにあさっての方を向く。
「あなたの助祭と、ちょっと世間話をしてただけよ」
「はぁ、それはそれは」
口元に手のひらを当てて、クレネストは小首をかしげながら言った。
昨夜のこともあり、彼女のことが気がかりであったものの、どうやら調子はよさそうだ。いつもどおりの眠そうな顔でおっとりとしている。
エリオは席を立ち、引きすぎた椅子をテーブルの下へと押し込めてから口を開いた。
「ええと、ミイファちゃんのご様子はどうでしたか?」
「ミイファちゃんはもう大丈夫でしょう。あの子は見かけよりも芯は強そうですよ」
そう言ってクレネストは笑みをこぼす。それを聞いて、エリオも安堵の息をついた。
「こちらは、お言いつけどおり手続きの方を進めておきました」
「ありがとうございます。ご苦労様でした」
と、クレネストのねぎらいの言葉。
「ねぇちょっと、さっきからなんの話をしているのよ?」
それを聞いていたアステナが、興味深げに割り込んできた。
ぼーっと、そんな彼女の顔をクレネストが凝視し――
「そうですね、アステナ司祭にもお願いできますでしょうかね?」
「え、えぇ、ああ……えっと、なんなの?」
「昨夜の件で、母親をなくしてしまった知り合いの子がおりまして……」
アステナの眉がピクリと動いた。
昨夜の件と母親をなくした子ということで、おおよそのことを察したに違いない。彼女は居住いを正し、神妙な面持ちで眠そうな少女を見返した。
クレネストは声の調子を落とし、淡々と昨夜の出来事を説明していく。
アステナは両腕を組み、繰り返しうなづきながら聞いていた。
「それはまた……気の毒な話ね」
「私は巡礼中の身ですので、いつまでもあの子を傍で見守ってあげることができません。それでどうか、アステナ司祭にも気にかけて頂ければと思いまして」
クレネストがそう言うと、アステナは少々迷う素振りを見せた。おそらく「借り」とやらと、心のうちで天秤にでもかけているのだろう。
エリオはポンっと手を打ち、そんな彼女へ一言追い討ちをかけた。
「ちょうどよかったんじゃないですか?」
「うるっさいわね! 余計なこと言うんじゃないわよ!」
アステナが頬を染め、照れまじりに抗議の声を上げる。
エリオは肩を竦めてとぼけてみせた。
そんな二人を不思議そうに見比べてから、クレネストがおずおずと口を開いた。
「ええとです。お願い……できますでしょうか?」
「ふぅ……ま、あなたには昨夜の借りがあるからね、これでチャラよ」
「はぁ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるクレネストに、アステナはどこか気恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
と――
「アステナ司祭!」
横手からかかった声にそちらを向けば、休憩場の入り口に、助祭の少年が立っているのが見えた。なにやら息をきらせて慌てた様子。
「なに? あんまり大声だすと回りに迷惑でしょ!」
いや、あなたの方が声でかいだろうと、エリオは心の内でつっこむ。
助祭はそれでも謝りつつ、こちらへと小走りに寄ってきた。
なにかまた、面倒なことでも起きたのだろうか?
「それが……滅亡主義者達が昨夜のことを理由に教会前で騒ぎを――」
それを聞くやいなや、アステナは低い唸り声をあげ、鬼の形相で助祭の襟首に掴みかかった。
「ああぁんだってぇ!?」
「ひっ! いぎいっ!」
昨夜のこともあって、彼女もけっして暇ではないだろう。そこへきてこれでは、キレるのも仕方がない。
やつあたりされている助祭は気の毒である。みるみるうちに顔が青くなっていく。
彼の責任であろうはずもないのだが、アステナはおかまいなしに、ぐいぐいと絞り上げる。
助祭の両腕がだらりとさがった。
「まぁまぁアステナ司祭、落ち着いてください」
そんなアステナの肩に手を伸ばし、クレネストが口を挟む。
ギロリとした光を放つ視線が、今度は少女の方へ向けられた。
「これが落ち着いていられるわけ……」
「いいですから、ちょっと私がいって黙らせてきますので、落ち着いてください」
アステナの言葉を遮り、いつもより低い声でクレネスト。
途端、奇怪なモノでも見てしまったかのように、アステナが唖然とした。手の中から、ぐったりとした助祭が床に落ちる。
眠そうな瞳は蔑むように細く、口元には冷笑を浮かべ、不穏な気配を全身から発しているクレネスト。
どこか寒々しい感触に、エリオとテスも全身を強張らせ、額に大粒の汗を浮かべた。
「では、行ってきますね」
あくまで声音だけは静かに――そんな三人を特に気にするでもなく、少女はくるりと背をむけた。
遠ざかる小さな後ろ姿に声をかけることもできず、彼らはただ黙って見送ってしまった。
「のぅ、エリオ殿……あれはつまり、奴らはクレネスト殿を本気で怒らせた……ってことなのかの?」
「いやぁ、あれは相当ヤバいと思うよ?」
テスの、いささかぎこちない感じの問いに、エリオもまた喉をひきつらせたような声で答える。
昨夜の痛ましい事件を、このようなことに利用されては、彼女が立腹するのも無理はない。以前、『世界の柱』を破滅の使者呼ばわりされた時以上の剣幕に思えた。
ひやりとした感触が、まだ身体の中に残っている。
静まりかえった休憩場――
「……って! 私もいかなきゃ」
唐突に我に返ったアステナが、そう声を上げると、慌てて走りだす。
彼女が去った後、エリオは気の毒そうに、地面に転がっている助祭に視線を落とした。
あの少女の、強制退去を目の当たりにしたら、アステナは一体どんな顔をすることやら。と――そんなどうでもよいことを考えつつ、ひとまず、助祭の身体を横に寝かせた。
息はしているので、たぶん大丈夫だろう。
「エリオ殿はいかなくてよいのかえ?」
テスがこちらの顔を覗きこんで言う。
確かに、彼女が来るのを待っていたのだから、行ってもいい。行ってもいいが、それで何か役に立てるわけでもない。
エリオは少々考えてから口にした。
「そうだな……この暑い中で暴れると、それなりにお疲れになるだろう。なにか冷たいものでも用意しておいたほうがいいかな?」
「ほう、なかなか気が利くではないか、当然テスの分も用意してくれるのだろうな? 甘いものがよいと思うぞ!」
両こぶしを構え、なんだかキラキラと輝いた目で、アピールしてくるテス。
そんな子供の顔を見返して、エリオはわざとらしく嘆息するように息をついてから口を開いた。
「あーでも、星動力が止まってるしなぁー、そんなものあるんだろうかー?」
「ぐっ……」
がっくりとうなだれるテス。自業自得という言葉が重そうだ。なにせ星動力が止まった原因は彼女である故、我侭も言えない。
だが実際のところ、エリオにはあてがなかったわけでもなかった。
あまりこの娘に意地悪するとクレネストに怒られそうなので、がっかりしているテスの頭に手を乗せてから、謝罪まじりに言う。
「ごめん、冗談だよ。いやさ、新動力だっけ? ゴラムパレスの中も冷房効いてたでしょ。冷たい物も売ってたんだけど気がつかなかったかな?」
「そ、そういえば涼しかったのう」
テスが上目づかいでこちらを見上げる。
「昨夜はあの騒動で殆どの店がしまっちゃってたけどさ、飲食店とか灯かりがついてたんだよね」
「うぇっ? そうだったのかの?」
「グラディオルって人の営業が上手くいってるんだろうな。店側も、星動力がないと何日も営業できない――なんてことになったら大変だろうしな。わらにもすがるってやつか」
「ということはじゃ」
「ああ、教会前の通りの店にもそういうのあったし、多分やってるだろ」
あんぐりと口を丸くしていたテスの顔が、じわじわと歓喜のそれへと変化していく。
「おおお、ならば早速まいろうぞ!」
満面の笑顔でそう言って、テスはエリオの腕に抱きついた。