●世界観B創世記・星の終わりの神様少女3

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「おやおやリーベル嬢、お美しいあなたにこのような場所はちと似合わぬかと」

 グラディオルの意味不明な賛美に、クレネストはぼぅっとしたまま小首をかしげた。

「そうですか」

 と、素っ気無く答えて辺りを見回す。

 コルネッタから知らせをうけて来て見ればこの有様である。

 無残に転がる砕星会の者達。誰も彼もが血まみれで、殆ど虫の息であるかのように思えた。

 軍警察が手早く拘束し、状態を確認しているようだが――

 その中からひとり、黒い服を着た男がタンカで運ばれていく。

 どこかで会ったような気もするのだが、特に怪我の状態が酷く、顔面がはれ上がっていてよくわからない。

 多分気のせいであろう――と、クレネストは荷台から下ろされていく子供達の方を見やる。

「あぁ……よかったです」

 その中に見知った顔をみつけて、クレネストは安堵の声を漏らした。

 眠そうな瞳でうつむき、突っ立ったままのその子は、まぎれもなくミイファだ。

「意外と落ち着いてるみたいですね」

 エリオが言った。

 わんわんと泣いてる子供や、地面にへたり込んでめそめそ泣いてる子供がいる中、ミイファだけがいつもと変わらない。

「あなた達は?」

 クレネストとエリオの二人がそちらへ近づくと、子供達を宥めていた婦警の一人が聞いてきた。

「星導教会司祭のクレネストともうします。そちらの子と知り合いでして」

「あ、先生」

 と、ミイファがこちらに気がついたようだ。

 それを見た婦警は、納得した様子で身を引いた。

 クレネストは婦警に一礼し、ミイファの傍に歩み寄る。小さな背丈に合わせて屈み、その顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか? 何か変なことはされませんでしたか?」

「はい、その……あそこの金髪のお兄さんが助けてくれましたので」

 ミイファが指をさした先では、軍警察と話をしているグラディオルの姿。

 いったいどういう風の吹き回しかは知らないが、彼が子供達を助けたということで間違いはなさそうだ。

 彼の実力であれば造作も無いことだろう。とはいえ、こうも派手に壊滅させてしまっては、少々面倒なことにもなりかねない。わざわざそうした理由が気になるところではあった。

 が、今はとにかく、この子のことである。

「とても怖かったでしょう。気分が悪いとか、そういうことはありませんか?」

「……怖かったです。でも、今は落ち着いています。先生がきてくれたから」

 心配するクレネストに、ミイファはそう答えて微笑んで見せた。

 気を使ってるつもりが、逆に気を使わせてしまっただろうか?

 それでも無理をしているような不自然さはなかった。身体の方は怪我もなく、多少服が汚れている程度。

 ひとまず安堵の息をつき、クレネストは屈めた膝をもとに戻した。

「今日は折角、お父様が戻られたのに遅れてしまいましたね」

「えっと、お父さんに会ったんですか?」

「はい、とても心配なさってましたよ」

「……よかった。ちゃんと出てこられたんですね」

 胸の前で両手を握り締め、ミイファが嬉しそうに言葉を漏らす。

「とりあえず今は、自宅で待って頂いてますが」

「自分も連れて行けって、なかなか引き下がらずに大変でしたよね」

 苦笑まじりにいったエリオの腹を、クレネストは肘でひと突きする。

 いい角度に入ったのか、彼はうめき声を上げてよろけた。

(余計なことを言うんじゃありません)

 そう批難の言葉を思いうかべつつ、表情は変えない。

「す、すいません」

 一応は伝わったのだろう、小声でエリオが謝罪した。

「さて、お家まで送りますよ」

「えっとえっと、その……先生、ありがとうございます」

 もたもたとした調子で頭を下げるミイファ。

 クレネストは静かに微笑んで、その小さな手を握った。

「ところでミイファちゃん、テスちゃんとは会いませんでしたか?」

「え、いえ、見てませんけど?」

「そうですか」

 首を捻り、困り顔でクレネストは呟く。

 公園を出た後、宿舎に戻ってはみたが、テスの姿はなかった。

 どうしたものか――と、迷ってるうちにコルネッタが尋ねてきて、この一件を知ることとなったのだが。

「テスちゃんになにか? まさか私みたいに」

 ミイファが心配そうに言う。

「あ、いえいえ、テスちゃんならたぶん大丈夫でしょう」

「……はい、凄く強いのは知っていますけど」

 それを聞いてクレネストは、何か言いたそうな顔でエリオを見上げた。

 気がついた彼は、少し気まずそうに口を開く。

「先日の化け物騒ぎの時にちょっと」

「はぁ、そうでしたね」

 視線を戻し、ため息をつく。

 問題になると困るので、なるべくあの子の力は伏せておきたいのだ。それはテス自身も同じだろう。

 非常時だったので、仕方がないかと考えつつ、クレネストは口を開く。

「ミイファちゃん、テスちゃんは少々特殊な子ですので、そのことは口外しないでください。本人が困りますので」

「はい、やっぱりそうなんですね……先生と一緒にいるから普通の子じゃないんだなぁって思ってました」

(……それで納得するのですか)

 ミイファの答えに安堵する一方で、なんだか複雑な気分のクレネスト。

 この子の中で、自分がいったいどのような存在になっているのかが気になるところであった。

 宿舎の部屋へ戻るとテスがいた。

 クレネストの眠そう顔が、いきなり笑顔にきり変わる。不穏な気配が立ちのぼった。

「て~す~ちゃ~ん~」

 いまいち声が低くなりきれていないが、ともかくテスには伝わったのだろう――びくりと小さな体を震わせた。額には大粒の汗が浮かびだし、口元を引きつらせている。

 クレネストは無駄のない足捌きで間合いを詰めると、いきなりテスのほっぺたを両手で掴んだ。

「ど~こへ行ってたのですか~?」

 問いただしながら、ぐりぐりと容赦なく捻くり回した。

 柔らかなほっぺたが、クレネストの手の動きに合わせて激しく変形する。

「ふにゃぁ~! こるねっにゃにひいておらにゃんだのにゃ~!?」

 悲鳴混じりにテスが答えた。が、いまいち聞き取り難いので、とりあえずクレネストは両手を離す。

「なんですって?」

「コルネッタさんに聞いていなかったのか? だそうです」

 と、答えたのはエリオ。今のが聞き取れたらしい。

 妙な特技があるものだと、変な感心をしつつ一呼吸。表情を元に戻してから口を開いた。

「コルネッタさんからは場所を教えて頂いただけでして、テスちゃんのことは何も聞いてません」

「あやつめ、絶対わざとやっておるな」

 涙目で頬をさすりつつ、テスが不満を滲ませた声で言った。

「では、いままで何処で何をしていたのですか?」

「いやはや、それがのぅ~……全くの偶然なのじゃ――

 と、テスは上目遣いでこちらを見上げながら、何があったのかを説明し始めた。

 午後三時過ぎ――そろそろミイファが帰ってくる頃だろうと、テスは彼女の家へ向かったらしい。

 いまいち道がよくわからないので、持ち前の方向感覚を頼りに路地を抜けている最中に、その場面に出くわしたと言う。

 見知らぬ男達に担ぎ上げられる女の子。すぐにミイファと気がついたそうだ。

――で、これは誘拐だろうと思うてな、その男達の後を追ったのじゃ」

「はぁ……その時に助けることはできなかったのですか?」

「うーむ、ミイファ殿が箱詰めされてるところだったからのう。突然のことじゃし距離もあった。どうしようか迷っておるうちに、奴等は表通りへ出てしまったのじゃよ」

 テスはそう言って、ベッドの上にちょこんと座る。跳ね上がった彼女の髪の毛が、一瞬遅れて落ちた。

「そんな場所でやらかすわけにもいかんのでのう~、できればクレネスト殿に伝えたかったのじゃが、見失っても困るじゃろ」

「そうですか。では、グラディオルさん達とはその途中で?」

「いやいや、そう都合のよいものでもなくてじゃな。ただ、わし等にはわし等なりの連絡手段があるとだけ言っておこうかの。そうしてる間にやつらのアジトについてしもうてな、とりあえず隠れて監視しておったのじゃよ」

「はぁ、なるほど……それでその、アジトには他にもさらわれた子供達がいた。だからテスちゃんは手をだせなかった。ということですね?」

「その通りじゃ」

 ミイファだけならともかく、沢山の子供に見られては後々面倒であるということだ。

「だとしましても、グラディオルさんなら、ただの強いお兄さんですみますよね? アジト内ではなく、わざわざあのような街外れで彼等を襲った理由はなんでしょう? そもそもあなた達が何故ここまで関与したのかも疑問です」

「……ん、んむ」

 テスが口ごもる。困った表情で、うつむいたり天を仰いだりしだした。

「やはり、ミイファ殿のことだけでは納得してもらえぬよのう」

「それだけにしては、あまりにも回りくどいのです」

 クレネストがそう指摘すると、テスは大きなため息をついた。

 諦めたように口を開く。

「ちと因縁があったのじゃよ。これも全くの偶然なのじゃが、奴等のアジトで見覚えのある顔を見かけてのう」

「因縁ですか」

「この手でやらねば気がすまなかったのじゃよ……奴等の動きは筒抜けじゃったからな。移動中なら他の子達にテスの姿を見られることもなかろう」

「はぁ……ええと、あれはグラディオルさんがお一人でなさったわけではないのですか?」

「トラックを止めたのと後ろの星動車、荷台の中の見張りを倒したのは奴じゃ。それ以外はテスがやった」

「……なるほどです」

 おそらくテスは、ことが終わったらすぐにその場を立ち去ったに違いない。彼女のような子供があの場にいては不自然だし、なにより誘拐された子供と間違われても面倒臭いからであろう。

「まぁ殺したりまではせなんだし、後のことはグラディオルとコルネッタが上手くやるじゃろうて」

(子供達を助けたのは、ちょうどよい口実になるということですか)

 口に出しては嫌味になるので、これは飲み込む。

 少なくともテスはミイファのことを心配していたようだし、そこまで深くは考えていなさそうだ。

 クレネストは目を瞑り、頭の中を整理しながら何度か頷いて、

「……はい、よくわかりました」

 テスの頭の上に、そっと手を置いて言った。「ふにゅ」という声が聞こえた。

「さて、エリオ君も今日はお疲れでしょう。私はこれから司教様にご報告しなければなりませんが、あなたはもう休んでいて結構ですよ」

「いえいえ、僕も最後までお付き合いしますよ」

「はぁ……そうですか?」

「クレネスト様だってお疲れで……」

 と、エリオの言葉半ばで、ぐきゅるるるるぅというなんとも形容しがたい締め付けるような音が鳴った。

 二人は反射的に音源の方を注目する。テスの方へ。

 すると、テスが何かを訴えるような表情で、お腹のあたりを両手で押さえていた。

 そして情けない声で一言――

「うぅ、ご飯……」

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