●世界観B創世記・星の終わりの神様少女4

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(これはどうしたことなのでしょうかね?)

 星動力を補給している店員を見て、クレネストは小首を傾げた。

 昨晩停まった宿も、少ないながら星動灯を点けていたし、今朝は往来する星動車もやけに多かった。こうして星動力補給所も、普通に営業している。

 ゴラム市とだいぶ距離があるとはいえ、この町にも同じ星動力変換施設が使われていたはず。それはテスが壊してしまったので、星動力の供給が停止しているものとばかり考えていた。 

「せどーくまんたん! はいりゃっしたー!」

 店員が独特のニュアンスでよく通る声を上げた。「星動力満タン入りました」と、言ったのだろう。

 このとおり、完全に星動力の供給が復旧しているようだった。

 エリオがお金を支払い――テスはというと、相当に憮然とした表情で、道行く星動車を眺めている。

 誘導する店員に従い、エリオが車を動かして公道に出た。

「ぬぅ、おのれ~愚か者共が~!」

 犬歯をむき出しにして、悔しそうにテス。納得いかない気持ちはわかる。クレネストとしてもこれは想定外だった。

「復旧――しているようなのですが、早すぎますね」

 と、これはエリオ。

 それに頷いて、クレネストはグローブボックスから黒のファイルを取り出した。パラパラっとページをめくり、西岸地方中部の地図を探しながら口を開く。

「レーン町に数日滞在するつもりでしたが、予定を繰り上げて明朝すぐにトリスタン市へ向かいます」

 現在地であるレーン町は、北に広がる湾に面している。北東へ、同じ湾沿いに七時間ほど車を走らせれば、トリスタン市に到着するだろう。途中に旅の駅も点在しているので、休憩には困らない。

 その道を地図で確認する。クレネストは指で湾岸の道を辿っていった。

「次の柱なのですが……あふっ」

「あふっ?」

「失礼、少々寝不足なのであくびが」

 エリオにそう答え、目の端から滲む涙を拭ってから、クレネストは続ける。

「トリスタン市のすぐ東には、南北に広がる大きな山脈があります」

「ローグ山脈ですね」

「はい、エリオ君正解です――山脈とは言われていますが、実際は複数の山地からなる山系ですね」

「ということは、次の目的地も山の中ですか?」

「はい――山は山でも、ボルベイト火山へ行きます。」

「うっ! へっ!?」

 クレネストがそう告げた途端、エリオが素っ頓狂な声を上げた。ジト目でクレネストは彼を睨む。

「疑問に思うのはわかりますが、とりあえず最後まで聞いてください」

「……す、すみません」

「代償に使うのは火山……正確には溶岩の成分です」

「溶岩といいますと、赤くてどろどろの?」

「はい、その溶岩です。見たことあるのですか?」

「あーえっと、噴火したものを直接見たことはありませんが、絵で」

「はぁ、そうですか」

 言ってクレネストは、黒いファイルを畳んだ。それをグローブボックスに戻してから、腰にぶら下げている袋の中へ手を入れる。取り出したのは、青く透き通った丸みのある宝石のような物。

 太陽の光を受けると、白く輝く粒子が浮かび上がり、中で複雑に渦巻いているのが見えた。

「綺麗な石じゃのう。なんとなく見覚えがあるような気がするのじゃが~はて?」

 助手席の背もたれに顎を乗せ、身を乗り出して言ったのはテス。目を大きくして見入っている。

「これが何か分かりますか?」

 その石を目の高さに掲げ、クレネストが問う。エリオが横目で確認した。

「青色の宝石? に、見えますが……宝石の名前に関してはちょっと」

「宝石、といえば宝石なのでしょうけど、これはローステラムです」

「えっ? それってローステラムなんですか?」

 まるで違う物でも見たかのようなエリオの反応に、クレネストは小首を傾げた。

「見たことはある……のですか?」

「はい、一度だけ授業で見せてもらったことはありますが、そんな宝石みたいに綺麗なものでは……」

 それを聞いて納得する。石というのは化けるものなのだ。

「それはたぶん原石ですね、しっかり磨くとこのように綺麗になるのです」

「え? ええー! あの石がそんな風になるんですかー! すごいなぁ!」

 エリオが感嘆の声を上げた。思っていたよりも大きな反応。それが面白くて、クレネストはこっそりと微笑んだ。

「ろ、ろーてすむらってなんなのじゃ~!」

 一方、なんだか不満そうに口を挟んでくるテス。話に中々入れないせいだろうか。

 クレネストは振り返り。

「ローステラムです――ええと……テスちゃんは術式回路というのはご存知ですか?」

「ん、んむ、そのくらいなら知っておるのじゃ」

「その術式回路の製造に欠かせない材料が、このローステラムなのです。主に術式の保持材に使われます」

「ほほぅ、そうなのかえ?」

 くりっと首を傾げて、口元を可愛らしく緩めるテス。話しの内容よりも、構ってもらったのが嬉しいだけかもしれない。

 クレネストは、間を取るようにほっと一息――

「はい……まぁ、それでです。必要なのは溶岩というよりも、その中に含まれる成分の方が目当てなのです」

「あのークレネスト様……溶岩の成分とローステラムになんの関係が?」

「その溶岩の中に、大量のローステラムが混入しているのですよ」

「な! なんじゃと!」

 それを聞いたテスが驚愕の声を上げた――いや、これもたぶん構ってほしいだけであろう。エリオが何かを言いかけたようだったが、出鼻を挫かれて固まっている。

 クレネストはしょうがないので、適当にテスのほっぺたを突っつきながら続けた。

「ローステラムが生成される条件は習いましたか?」

「すみません、理科はちょっと苦手でしたんで……ええと確か~、なにかの成分と密度が関係していて、地中で生成されるんですよね?」

「はぁ、本当に苦手のようですね。だめだめです」

 嘆息まじりの辛辣な評価に、エリオの肩がしおれた。

 少々言い方に棘があったかな、と思いつつ――じゃれつき始めたテスを弄りながら、クレネストは講じる。

「地中深くになるほどステラの濃度が増していきます。ただし同じ深さであれば、何処でも濃度が同じわけではありません。絶えずステラは流動していますので、濃度も変化しています。それでです……通常は常に濃度が変化してしまうのですが、稀に一定の濃度が長時間保たれ続けることがあります。この時、マグマに含まれている成分と、ステラの濃度が、ある特定の値で一致した場合に、天然の術的現象を引き起こし、ローステラムが生成されます」

「なるほど――ですけど、ローステラムは鉱山で採掘されているのですよね。ひょっとして固まった溶岩からも採掘されているのですか?」

 エリオの質問に対し、クレネストは首を横に振った。

「確かに、溶岩の成分として溶け込んでいる状態が殆どです。ですが、微細かつ不純物が多すぎて抽出することができません。噴火などにより、ローステラムを含むマグマが地殻まで運ばれていくにつれて、少しづつローステラム同士が集積して塊になる場合があります。我々はそれを、古い死火山等で採掘しているのです。もし、その過程がわかれば、人工的に作り出すこともできるかもしれませんね」

 そこまで説明して、一端区切る。と――エリオが呻り、顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。

 話が長すぎたのかもしれない。クレネストは彼が言葉を発するのを待った。

 やがて考えがまとまったのか、エリオは顎から手を離して口を開く。

「つまり、溶岩の中に含まれているローステラムを代償にするということでしょうけど、ボルベイト火山というのはローステラムの鉱山なのでしょうか?」

「いいえ、普通の活火山です。ローステラムは主な代償というだけでして、他にも必要な条件が色々とあります。今回の柱の機能は『推進力』ですので――

 クレネストがそう告げると、エリオはほっとした様子で息をついた。

「今回は人を巻き込まなくてすみそうですね。でも、どうしてあの火山に、ローステラムが埋蔵されているなんて分かるんです? 生成過程が偶然である以上、どこの火山でもよいというものでもないでしょうし」

 疑うという感じではなく、きっと種があるに違いないという口調で疑問符を浮かべるエリオ――信頼されるのは嬉しいが、その理由を話すと気味悪がられそうなので、いままで躊躇していた。でも、いい機会だ。クレネストは全て話してしまうことにした。

「私の瞳は代償によってこのような色になっていることを、以前お話しましたよね。これもお父さんにかけられた禁術で、『星渡ほしわたり義眼ぎがん』と言います。実はですね、私の本当の目は……とっくの昔に無くなってしまっているのです」

 途端、エリオがびくりと身体を震わせた。と、思えば、じわじわと彼の顔が歪んでいく。それがあまりにも心配そうに顔を歪めるもので、大丈夫だからとクレネストは念を押した。

「普通に物は見えてますので、生活に不自由はしていません。そして義眼の能力は、意識を切り替えることで対象物に含まれている術式を見抜くことができるのです」

「それはその……すごい能力ですね」

「……ですから、あの火山も見るだけで、大体のことを把握できてしまうわけです」

 クレネストは語りながら、テスと指を絡め合う――エリオの方へは視線を移さず、気配だけをうかがった。

 この翠緑の瞳は、彼のことも術式として見ることができてしまうのだ。そのくらいは簡単に気がついてしまうだろう。

 やはり気味悪がられてしまうだろうか? 曖昧な呻きが聞こえてくる。

「そうでしたか――でも、なんと言いますか……」

 遠慮がちなエリオの声に、クレネストは身を硬くした。なんだか今更なことなのに、つい緊張してしまう。できるだけ息を潜めて、そのことを悟られないよう次の言葉を待った。

 エリオの口が開く。

「以前クレネスト様は、まるでお父上を滅亡主義者であったかのようにおっしゃっていましたが、本当にそこまで陥っていたのでしょうか?」

 クレネストは目蓋をかすかに起こした。完全に予想外な方向へ疑問を呈するエリオに、胸の内がざわめく。

「どうしてそのように思うのです?」

 動揺を悟られぬよう、平静を装って尋ねた。

「今思えば色々と不自然だったなぁと思いまして……」

「……え?」

「お父上は、こうなることを予測していたのではないでしょうか。あなた様の才能を見抜いて、あなた様が今していることのために、その義眼を与えたのでは?」

 クレネストもそう思う――でも、希望的観測と言われればそれまでだ。

(私のお父さんは、滅亡主義者なんかじゃないです)

 それを否定されることを恐れ、誰かに分かってもらおうとはしなかった。分かってもらえるわけがない、とも感じていた。悲しいことに、それは確かめるまでもなく正しいだろう。

 だから苗字を捨てた――

 死刑囚の娘と知られれば、星導教会にはいられなかったからだ。

「姿隠しの件も、いったい誰からあなた様を隠そうとしたのでしょうか? 軍警察から隠すというのは意味がわかりません。もしかしたら、滅亡主義者に命を狙われていたのかもしれませんし――

 エリオのそれは、父が錯乱していたのだと言ってしまえば簡単に否定できる。

(でも……)

 あの時は、まどろみの中ではっきりしていなかった。後日、父が捕まったと教えられて、あれは軍警察がきたのだと思っていたのだが――

 クレネストは静かに目を伏せてエリオに言う。

「もう、過ぎたことです。でも……ありがとうございます」

 彼は義眼のことなんかよりも、純粋に心配してくれているようだった。それを思うと、なんだか気持ちが軽くなった。

「うーむ、なんだかよくわからぬが、クレネスト殿もなかなか過酷な人生を送っておるようじゃのぅ」

 後部座席にどっかりと座り、腕を組んでしみじみと言うテス。

 クレネストは微かな苦笑いを浮かべ、前へ向いて座りなおした。

 すると――

「何かあったんでしょうか?」

 エリオが言って、眉をひそめた。

 狭くもなく広くもない道の先には、目的地の教会が見える。そこで行き止まりだった。

 問題はその周囲。人垣が出来ている。

 ゆっくりと、ぎりぎり入れる位置までエリオが車を近づけていった。皆一様に教会の上の方を眺め、指を向けていたりする。クレネストとエリオはその視線の先を見やった。

 教会の屋根の上に何かが立っている。

 海風にはためく赤い色のワンピース。その両腕には子供を抱き、どこか遠くを見つめる女性の姿があった。

 その体が妙にゆっくりと、前のめりに倒れていく。

 悲鳴が上がった。

「なっ!」

 目を見張るエリオとテス。クレネストは急いでベルトを外し、車外へと飛び出した。

 人垣が邪魔だったが、退いてもらう時間も、考えている猶予もない。

 急いで重力制御の印を切ろうとするが、物がぶつかる鈍い音の方が先だった。

 クレネストの眠そうな瞳にも、焦りの色が浮ぶ。

(ち、治癒法術を!)

 車を降りてきたエリオが素早く察し、人垣を分けてクレネストが通る道を空けていく。

 抜けたその先には、助祭と司祭が数人――地面に倒れている女性と子供をのぞき込んでいた。

 辿りついて印を切ろうとしたが――

「だめ……です……」

 女性の方は、首があらぬ方向へ曲がっている。割れた頭からは血液が流出し、地面に血だまりを作っていた。もう手の施しようがない。

「こっちはまだ息があります!」

 子供の傍らでしゃがんでいた助祭が叫んだ。

 見れば手足に多少の擦り傷が見られる程度で、外傷は殆ど見当たらない。

 クレネストは急いでそちらへ駆け寄った。

「ちょっと! 君はなんなんだ?」

 遅れて駆け寄ってきた司祭の男が、不審者を見る目つきで声をかけてくる。

「私は巡礼中の司祭です。応急処置をしますので、早く医師の方を呼んでください」

 言葉を返し、地面にぐったりと倒れている五歳くらいの――多分、服装からして男の子。服に繋がっているフードが頭を覆っていた。はみ出している髪の毛は栗色。顔立ちは、女の子と言っても納得しそうなほど可愛らしい。

 見据えて、クレネストは体の損傷を調べるために、星渡ノ義眼を使った。

 その時、ふとあることに気がつく。

(耳が……長い?)

 フードに覆われていて分からなかったが、術式の視界で確認すると、その耳は奇妙に長く先端が尖っていた。

(何故? ……いえ、今は疑問よりも処置の方が先です)

 外傷は無くても骨は折れ、内臓も損傷している。

 クレネストは、対応する術式を頭の中で構築し、印を切った。やがて法術が完成する。

 まだこの幼い命が、星に還らぬことを願い――

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