●世界観B創世記・星の終わりの神様少女4

★☆4★☆

「クレネスト殿と大きなお風呂にはいったのじゃ! そこでミイファというテスの二つ下のオナゴにあってのぅ、ぺったんこなのじゃが触るとぷにぷになのじゃ。あの腐れ外道共が放った化け物に母親を殺されてしまったのじゃが、ついでに仇は討ってやったのじゃ。ゴラムというところを出たあとは、しばらくどこも山だらけで退屈じゃったのう。村の宿で停まったら、また巨大な柱が現れたという話題でもちきりじゃった。テスも見たのじゃ」

 ゼクターは額に青筋を浮かべながら、目の前の変態外道メガネを凝視した。

 黙っていれば真面目そうな青年――レネイドが手に持つそれは、テスからの手紙。

 たどたどしい文章を、テスの声を真似て読み上げているので、ひたすら気持ち悪い。

「クレネスト殿は想像以上に凄いことをやっておる。ただ、これをどう伝えればよいのかテスにはまだ判断ができぬ。それとじゃ、新動力が広まることについては拘っておらぬようじゃった」

「…………」

「おらぬようじゃった」

「終わりか?」

「終わりのようじゃった」

 ゼクターは無造作にレネイドの足を払った。これをレネイドはジャンプして避ける。

 が――

「ひぎっ!」

 引きつった悲鳴を上げ、股間を押さえてうずくまるレネイド――足払いはフェイクで、彼が落ちてきた地点に、膝を差し込んでおいたのだった。

「そそそそ、そこまですることないでしょー!」

「ふん、素直に転ばないから余計痛い目をみるのだ――で……グラディオルの奴とも接触したようだが」

 涙目で抗議するレネイドから手紙を引ったくり、広げてみた。

 その殆どが業務報告である。その中から、クレネストについて書かれていないか探した。

 程なくして見つかった。 

(一陣の風が吹き抜けると、野花にも似た、さりげないリーベル嬢のかぐわしき香りが私の鼻腔をくすぐった。ああ、これからあの美しき青の天使を、私のリビドーで汚さなくてはならない。彼女は果たして、私の高鳴る胸の期待に応え、焼かれることはなく、かくも美しくあり続けてくれるだろうか?)

 アホか、アホか、アホか――

 呆れの言葉が脳内で輪唱し、ハーモニーを重ねていく。

 よくもまぁ、このような小っ恥ずかしい文章を書けるものだと、ゼクターは顔面を覆った。そもそも、何故クレネストに関する報告だけ、このようなポエム調になっているのか。

(しかしだ……やはりクレネスト・リーベルは只者ではなかったか)

 アホな文章はともかく、彼がクレネストを試すために、攻撃を加えてみたということだけは分かった。それをクレネストは防ぎきったということ。

「我々のしていることを察していながら、全くあかるみにしようとはしない。あの娘はいったい何を考えとるのやらさっぱりだな」

「で、そのリーベルちゃんの履歴について報告が上がってきたんだけどさ」

 回復したレネイドがそう言って、胸ポケットからメモ帳を取り出す。パラパラとめくり、半ばあたりで止めた。

「ヴェルヴァンジー村出身。八歳でセレストの孤児院に入り、十歳という若さで助祭試験に合格する。その後、パトリック司教の助祭として配属された――ええと、リーベルちゃんが助祭になった時は、この人はまだ司祭だったようだね」

「そんなことはどうでもよいが、それで?」

「それから半年後にその現司教の人に連れられて巡礼に出たらしい」

「巡礼か……」

「星導教会の修行らしいね。それで、ノースランドの各地を回っているそうなんだが、随分と沢山の事件を解決してるんだなぁこれが……」

「ふむ、それで出世が早まったのか」

 司祭にしては若すぎるとは感じていた。ゼクターは納得の呻きを漏らす。レネイドは次のページをめくった。

「十一歳になるちょっと前に、巡礼の旅を終えてセレストに帰還。功績を見込まれて、翌年リーベルちゃんは十二歳にして司祭へと昇格。パトリックとかいう人も仲良く司教へ昇格というわけで、運がいいよな~このオッサン。その後は今の十五歳になるまで、司祭としての仕事を無難にこなしたと……」

「孤児院に入ったと言っていたが、クレネスト・リーベルは孤児なのか?」

「孤児であることは確かだけれど、そもそも両親が不明ということらしい。だから彼女は苗字をもっていない」

 中指でメガネの位置をなおしつつ、レネイドが答える。ゼクターは首を傾げた。

「それはどういうことだ? リーベルが苗字でクレネストが名前ではなかったのか」

「星導教会には星導名という慣習があるらしいな。助祭以上になると新しい名前を与えられて、それで呼び合うらしい。つまり、クレネストは星導名とやらで、リーベルが名前ということになる」

「なんだ……そういうことなのか」

 今の今まで勘違いをしていたようだ。納得して、ゼクターは別の疑問を口にする。

「しかし、両親が不明とはどういうことなのだ? 南大陸では珍しくもないことだが、ノースランド国家はそうではあるまい。出身地がはっきりしているのに、それはおかしいではないか」

「だよな~、でも孤児院に入るより以前の彼女のことは、突然ぷっつりなんよね。ヴェルヴァンジー村へ問い合わせても、青銀の髪で、深い緑色の瞳をもった少女なんて聞いたことがないそうだ」

 言ってレネイドは肩を竦めた。

 ゼクターは首を捻る。彼女の容姿であれば、村全体で噂になってもおかしくはないはず。それこそ調べればすぐに分かりそうなものだ。

「出身地の情報が間違っているか、嘘である可能性は?」

「その可能性は否定できないな」

 両手を左右に広げ、お手上げという態度のレネイド。

 呻り――考え込みそうになる。それ以上の情報がないのであれば、考えても仕方が無いのだが。

「ま、テスの奴が張り付いているのだ。そのうち考えがまとまったら、なにかしらの報告をしてくれるだろう。我々としては順調なのだから、慌てる必要もあるまい」

 と、ゼクターが言うと、レネイドの表情が一転して厳しいものになった。暗い声でボソりと言う。

「いやそれがね……星動力が復旧したそうなんだよ」

「なにっ!?」

 ゼクターはレネイドを睨み――彼がふざけていないということを察して言葉を失う。

「建屋ごと破壊しているからなぁ。予備の星動力変換装置は、各地からかき集めてきたものだろうし、一般供給がすぐに再開できるほどの数もないという話だったろ。大都市部の変換装置と比べ、性能的にも劣るものだろうしな……それが急にどうしたことか」

 レネイドの言うように、完全な復旧には、二、三ヶ月程度かかるだろうと考えていた。

 ノースランド国民は、星動力による便利な生活に慣れすぎていて、数ヶ月にも及ぶ急激な生活水準の低下には耐えられない。そこにつけこんで、都市部を中心に新動力を売り込んでしまえば、星動力の消費を抑制できる。ゆくゆくは、完全に駆逐することを目標としていた。それが、半月程度で復旧してしまうとは誤算である。

「まずは原因を調べ、状況次第では変換施設の再破壊も検討せねばならん……のか」

 ゼクターが呻くように呟く。組織としては非常に頭の痛い話。それでも必要とあらば、いつでもそれを行う準備と覚悟はあった。全ては星を救うための使命。

「そうなんだけど……いまのところ新動力の評判は上々。専用機器の制御回路技術も日々進歩しているのが大きいね。ランニングコストも安いことから、企業中心に乗り替えるところも出てきている。星動力の供給が止まっていない地域の工場からも問い合わせがきてるんだ。一般の方は星動機乗り換えキャンペーンで対応しているし、こちらに分がないとまでは言えない。焦りは禁物だよゼクター。まぁ、上の方々がどうでるかだけど……」

 それはレネイドの言うとおりだった。

 何年も前から、この国へ送り込んだ工作員の手によって、綿密な準備が進められてきたのだ。彼らとて無能ではない。多少の障害があった程度で簡単に計画が揺らぐものではないはず。

「あーさて、僕は僕で薬剤を研究して、もっとより円滑な営業を行えるよう努力しなくちゃね」

「相変わらずの外道っぷりだな……お前のような奴が我等の組織にいることは嘆かわしいぞ」

「まぁまぁ僕だってね、どうせなら病気に効く薬とか、もっと人の役に立つ研究をしたいんだからさ~」

「白々しい奴だな……お前は薬剤の研究が好きなだけだろう。マッドサイエンティストめ」

 呆れ半分に悪態をぶつけるゼクター。レネイドは肯定も否定もせず、へらへらと笑っている。

 こんな男であるが、レネイドの言葉半分は、本気であることをゼクターは理解していた。テスがあそこまで回復できたのも、彼のおかげという部分が大きい。本当に単なる外道であれば、とっくの昔に叩き斬っている。

「あーところでさ、レメサイド剤を作ってる最中に、ちょっと思いつきで色々やってたら、面白い副産物ができたんだけど」

「あ~、また何か変なものでも作ったのか?」

 どうせろくでも無い物だろう。ぱたぱたと手を振って、期待していないという態度で聞いてみる。

 それを気にするでもなく、なんの自信があるのかレネイドは胸を張り、咳払いを一つしてから口を開いた。

「それがさ~、ナニが超元気になる薬ができちゃってさ~、萎えたおじいちゃんでも効果があれば、これってバカ売れ間違いなしでしょう? 量産も簡単なんだなぁ! でも、とりあえず実験しなきゃならないから、ゼクター頼む」

 部屋の隅に置いてあった机――それをゼクターは軽々と持ち上げた。

 眼光を放ち、地鳴りが聞こえてきそうな形相で、目の前の変態メガネを睨む。

 それを見たレネイドの顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。

「いや~、それはちょっとどうかな~」

 両手の平を胸の前にかざし、なにやら弁解を考えている様子だが。

「遺言は?」

 ゼクターがそう聞くと、レネイドの顔面から汗が大量に噴出す。

 そして――

 なにやら平和な街中に、青年の悲鳴が響き渡った。

←小説TOPへ / ←戻る / 進む→