●世界観B創世記・星の終わりの神様少女4

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「ご苦労、下がっていいぞ」

 マシアスを連れてきたことを告げると、ダイエルは素っ気なく言った。

 朝の礼拝堂掃除をしている助祭達の視線が、こちらを注目している。

 もっと他に言うことはないものか――むず痒い感覚を覚えつつ、エリオはクレネストの様子をうかがう。

 彼女はいつも眠そうなので、見分けることは難しいものの、目が据わっているように思えた。

「何分、突然のことでして、なんと申し上げればよろしいのか言葉もありません」

 そう儀礼的に会話を切り出す彼女。

「む……いや、君の責任ではないのだから気に病まないでもらいたい。息子のことも、嫌な役回りを押し付けることになってすまなかったな」

「嫌な役回り? ですか」

「このような気味の悪い子を押し付けられて、さぞかし気分を害しただろ?」

 ダイエルが苦笑を浮かべて言った。冗談を言っているようには思えない。クレネストと手を繋いでいるマシアスがうなだれている。

(これが司教ともあろうお方の言い草か!)

 ふつふつと怒りが沸いてくる。それを言葉にすることもできず、エリオは奥歯を噛み締めて堪えた。

 テスには外で待ってもらって正解だ。こんなことを聞かされたなら、何を言い出すか分かったものではない。

「いえ、とんでもないです。大変賢い子ですし、とても可愛らしいですよ」 

「そこまで無理はしなくても良いのだぞ? 星の御使いのような君を汚すのは申し訳ないしな」

 勘違い司教――と、エリオは胸中で毒づく。クレネストは世辞を言ったわけではないのだ。

「もったいないお言葉ですが、特に危険があるわけでもございません。たとえ奇形だとしても、それだけで恐れるのは、星導教会の戒律に反しますので」

「病気かもしれないと思わなかったのか?」

 すこし驚くような表情でダイエルが声を上げた。

「危険がないと申し上げたとおりです。天然の術的現象が、遺伝子に作用して、部分的に体の形状が変異するという事例は過去にも報告されているのです。そのような事例以外でも、奇形というのは存在します。それらの不幸な境遇に生まれた星の子達にも、理解の手を差し伸べることが、星に仕える者の使命と考えています」

 クレネストが言い終えると、ダイエルは咳払いをして頷いた。彼は呆れたように、薄ら笑いを浮かべて口を開く。

「なるほど、君は博識の上に、立派な精神を持っているようだ」

「いえ、私などまだまだです……これはアルトネシア大司教様のお言葉でもありますので」

 クレネストがそう漏らした途端、一気に空気が変わる。ダイエルが鼻白んで呻いた。

 突然出てきたあまりに大きな名前――うろたえる彼を見据えながら、口調だけはペースを乱さず、彼女は淡々と告げていく。

「どうかマシアス君のことにつきましても、同様にご理解願えれば幸いです。この件に関しまして、私はセレストへ報告をしなければなりません。できれば良い報告をしたいので」

 半分脅しが入っているようなものだった。しかし、こう言われてしまっては無下にするわけにもいかないのだろう。

 ダイエルは渋々といった面持ちで頷いた。

「わかった。君の顔をたてるとしよう」

 その言葉に、クレネストは恭しく両手を揃えてお辞儀した。

「うーん、ちょっと冒険してこれなんかどう?」

「それ、おへそ丸出しじゃないですか」

 フェリスが掲げている水着は、ごく普通の白っぽいセパレーツなのだが、それでも遠慮がちなクレネスト。

 それはともかく……

 水着コーナーへ付き合わされたエリオは、目のやり場に困っていた。隣にいるレイオルは、わりと慣れた様子だったが。

「えー、これでも結構控えめよ? 私のなんか、これと同じ感じだし」

「それでは下着よりも隠してる部分が少ないですよ」

「いやいや~、下着と水着は別物でしょ~」

「これは……紐で結ぶのですか? 泳いでる最中に解けそうですが」

「あるねーそういうアクシデントも。そしたら顔真っ赤にしながら水着を押さえるの。そこへ彼が駆けつけて――じっとしてろ、俺が直してやるから……なんてー!」

 はしゃいでいるフェリスの姿は、とても司祭様には見えない。ただクレネストは、とくに困惑するような様子も見せず、興味津々に水着を眺めている。

「駆けつけるんですか?」

「駆けつけなければならないね」

 エリオがレイオルに尋ねると、そういう冷静な返事が返ってきた。なるほど、この人は大人だ。

「エリオ殿~これはどうかのう」

 と、愉快そうなテスの声。

 目を向けると、自分の体にあわせるように、水着を掲げている。

 黒で統一されたワンピースで、胸の中央にはリボン、スカート状のフリルがついていた。

「あはは、似合うと思うよ」

「そう言われると、なんだか照れるのう」

 テスは得意げな顔で、頬を紅潮させつつ後ろ頭をかく。

「これでいいのでは?」

「いやぁ、そんなダサダサで色気ないのダメだよー、それ素潜り用だし」

「そうなのですか?」

 クレネストはフェリスに教わりながら、めまぐるしく移動し、紆余曲折、かくかくしかじかと――

 やがて遠慮がちなクレネストも決心がついたのか、試着室の方へと向かった。テスも後からついていく。

 途中からよく見ていなかったので、何を選んだのか分からなかったが。

「エリオ君。俺達は外で待ってようか」

「あ、はい」

 レイオルに同意して、二人は店の外で待つことにした。

 光瞬く砂浜に、エリオは足を踏み入れた。サンダル越しでも、その熱気が伝わってくる。

 眼前に広がる海を眺めてみれば、青は透き通り、波は静かだ。 

 空には小さい雲がひとつ、ぽつんと寂しく浮いている。

 壮快な浜辺で、エリオは腕を広げて体を伸ばした。上は脱ぎ、下は丈の長い海水パンツという姿。

 かなり鍛えていたせいか、以前よりもまして、筋肉の量が増えているのを実感する。たくましくなった上半身に、自信がみなぎってきた。

 隣で準備体操をしているレイオルも、大体同じ格好だ。

「やっほーおまたっ」

 後ろから聞こえたフェリスの声に、エリオとレイオルが同時に振り向く。

 圧倒的――というのはまさにこのことだろう。太鼓の轟音が聞こえてきそうだ。

 上下左右に揺れ動く、スペクタクルな乳房。それを支える腰は、余計な太さなど皆無。しなやかで強靭に、ダイナミックに身体をくねらせながら、スラリと伸びた長い足を、なまめかしく運ばせている。

 胸を支える花柄の布は、十分に広い面積のはず。それすらも不十分なほど小さく見え、今にもこぼれ落ちそうだ。

 レイオルは頬を紅潮させて見とれていた。かといって大げさに声を上げるようなこともない。

「フェリス……綺麗だよ」

 一度キリっと表情を引き締めてから、言葉と共に暖かい微笑みを漏らす。それを浴びせられたフェリスが、いきなり身悶えし始めた。

「テスもどうかのぅ?」

 とろけているフェリスの後ろから、ひょっこりと現れたテスが、ダンスを踊るように片足軸でくるりと回る。

 ふわりと浮いた黒髪が、円の軌道を描いてから元の位置へ収まった。

(へぇ、テスちゃんってこんな綺麗だったんだ)

 確かに、体形そのものは年齢以上に幼児っぽい。とはいえ、大胸筋と三角筋、大殿筋の肉づきが非常に良い。かといってムキムキというわけではなく、女の子特有の柔らかさが失われていない――プリっとした感じである。やはり、あれほどの膂力を生み出す肉体のバランスというのは侮れない。

 一応胸のことを言えば、少しは膨らんできてはいる? のだろうか。

「うん、テスちゃんすっごく可愛いよ」

 エリオは膝に手をついて、微笑んだ。

「あれあれ~エリオ君は子供好きだったの? ひょっとして」

「ロリコンではありませんから」

 からかおうとするフェリスに、先手を打って否定する。

 エリオは姿勢を戻し、

「ところで、クレネスト様は?」

 先ほどから見当たらない彼女の姿を探す。

 と、

「……こ……ここです」

 かなり掠れ気味な声が聞こえた。

 ひょっこりと、フェリスの陰から顔を覗かせているクレネスト。頬はピンクに染まり、口元でこぶしを握っている。

 チラチラっとエリオを見て、相当恥ずかしそうな面持ち。

 しかし――

「えいっ!」

 フェリスは容赦なく体を退けた。

「ぁ……あぁ……」

 呻いて、少女はすがるようにフェリスへ手を伸ばしたが、もう遅い。

 白く眩しい少女の姿態が、エリオの眼前に晒された。

 涼風を感じた。聖歌が聞こえてきそうな気分だ。星にありがとうと、キスをするべきか。

 エリオは内なる衝動を我慢できず、クレネストの美体に視線を這わせてしまった。

 控えめな胸の膨らみに、さりげなく、それでいてピッタリと張り付く白布。中央に大きなリボンをしつらえて、少女の清楚感を引き立てている。ボトムは、スカート状のフリルがついているが、股上を中途半端に隠している程度の長さだった。

 恥ずかしがっていたわりに、ツーピースを選んだらしい。彼女にしては大胆なことで、可愛らしいおへそを露出している。思っていたよりも、お尻とももの肉づきは良く、足も長いのだと実感できた。それらが全て、透き通るような白肌で構成されている。

 子供と大人の中間にある、少女特有の美体――眠そうな半目は儚げに、恥らう姿が、フェリスとは違う意味で色っぽい。

 見とれていると、こちらの視線に気づいたのだろう、クレネストは両手で股の間を隠す。その代わり、小ぶりな胸がよせられて、浅い谷間ができあがった。

 それを見ることはけしからん――と理性は警告していても、目は正直に動いてしまった。

「……ほら、エリオ君! なにか感想言わないと」

 いささかマヌケに固まっているエリオに対して、フェリスが耳打ちした。

「えっ? えっ?」

 咄嗟のことなので、頭が混乱しだす。

 失礼にならないよう、彼女の尊厳を守りつつ、それでいて魅力があるのだということを、いやらしくならないように伝える。

(いや、それ難易度高すぎだって!)

 胸中焦る。自分はそこまで器用な方ではない。いや、むしろそれに関してはかなり不器用だ。この状況で女の子を褒めるというのは、まるで口説いているみたいで恥ずかしい。

 答えに窮していると、

「はぁ……やはりおかしいですよね? 似合いませんよね?」

 クレネストが視線を落として、自信なさげにそう漏らす。

 彼女にこんな表情をさせてしまうのは、エリオにとって反則的にたまらない。思わず口が滑る。

「く、クレネスト様……とととても、ううううつくしくてきれいでいいです!」

 つい、声を張り上げてしまった。言葉も相当にどもった。フェリスは吹いてるし、レイオルも口元を押さえて笑っている。やたらと恥ずかしい――

 それでもクレネストは、今のを聞き取れていたのか、頬を両手で挟んでちぢこまった。

「そんなこと……私……」

「いやぁ~ほんとエリオ君の言うとおりよ~、むしろあざといくらいにたまらんわ」

 クレネストの両肩を背後から揉みながら、しみじみとフェリスが感想を漏らす。

「……でも私、フェリス司祭みたいに大きくないですよ?」

 言い訳するようにクレネスト。

「わかってないね~、胸は大小よりも形が重要なのだよ! ね~エリオ君」

 いやいや、なぜフェリスはこちらへ同意を求めるのかと、エリオは呻いて後ずさった。

「もう勘弁してくださいよフェリス様」

「だったら、さっさと彼女の手を繋いでやんなさい」

 どうしてそうなるのかわからない。

 ただ有無を言わさず、フェリスはエリオの目の前まで、クレネストの背中を押してきた。

 もちろん彼としては、女の子と接するのが嬉しくないわけでもない。できればそうしたい。しかし、相手は自分が仕えるべき人であって、どこまでが許されるのか? その距離感が難しい。

「エリオ君」

 こちらを見上げるクレネストは、のぼせたようにぽーっとしている。いつも司祭然として、小さいながらも威厳を保っている彼女が、今は普通の初々しい少女に見えた。

 エリオは唾を飲み込み――

「お、恐れながら……失礼してもよろしいですか?」

「……はい……お願いします」

 消え入りそうな声で、クレネストが左手を差し出した。一瞬戸惑うが、そういえば左利きだったな――と、今更ながらに思い出す。

 強く握れば壊れてしまいそうな手のひらを、エリオは優しく包んだ。

「あぁん、いいな~こういうの! エリオ君、今日は好きなだけ彼女とキャッキャッウフフしてもよし! 多少の接触はお姉さんが許すよ!」

 フェリスは言いながら、レイオルに抱きついた。多少の接触どころか、あからさまに胸を押し当てている。レイオルが渋い大人の態度でなければ、完全にバカップルになっているところだろう。

「いやぁ~あんまりハメを外しすぎるのもどうかと~」

 エリオが苦笑していると、

「テスも手をつないで欲しいのじゃ」

 クレネストに手の平をかざして、テスが催促してきた。

「はいテスちゃん」

「んむ!」

 その手をクレネストが握ると、テスは満足気に頷いて、横に並んだ。

「んじゃ、レッツゴーだよ」

 フェリスが掛け声と共に、レイオルを引っぱりながら走りだす。

 クレネストとエリオは顔を見合わせて、もうなんだか仕方なく、照れ隠しの笑顔を交わした。

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