●世界観B創世記・星の終わりの神様少女4

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 夜の儀は、ダイエル自らが、執り行っているそうだった。

 普通、司教の家族が亡くなった場合、別の司教に夜の儀や葬儀を頼むのが、星導教会の通例である。自身が任されている教会で、家族を弔うのは珍しいことだ。

 もっともそのおかげで、マシアスの幼い足でも、宿舎へ知らせに来ることができたのだろう。

 ただ、”星の妖精さん”で伝わったことは、クレネストにとってかなり複雑な気分であったが――

 教会本堂の方にも、放送が流れていたのだろう。

 参列客と見られる人々は、既に礼拝堂から外へ、移動を開始しているようだった。助祭達が誘導を行っている。

 クレネストはマシアスの手を引いて、その脇から礼拝堂の中に入り込んだ。エリオとテスも後から続く。

 中央奥の壇上を見やれば、業者風の男達が、台から棺を降ろしている最中だった。その傍らには、司祭達に指示を出すダイエルの姿。

「……ダイエル司教様」

 クレネストが足早に近づいて声をかけると、ダイエルはこちらへ顔を向けた。こちらの顔ぶれに、マシアスを見つけたせいか、不機嫌そのもので、彼は眉間にしわを寄せる。

「君か……それにマシアス! お前、どこでなにをしてたんだ!」

 開口するなりマシアスを叱り付けた。周囲の人たちが手を止めて、一斉に顔を向ける。

「勝手にウロチョロするなと言っただろう!」

 父親の怒声に怯えて、マシアスは肩をちぢ込ませ、

「この忙しい時にお前はどこまで……」

 さらに勢い込んで叱咤しようとするダイエルに、クレネストはさすがにムっとくる。露骨な咳払いで遮った。

 彼は眉をひそめるが、周囲の視線に気がついたようで、気まずそうに呻いて黙る。

 頃合を見計らって、クレネストは口を開いた。

「マシアス君を宿舎で見かけたので連れて参りましたが……」

 周囲の人々が、何事もなかったかのように作業を再開する。

 クレネストはそれらを見回して、

「どうやら、司教様は大変お忙しい様子――この子の事は、ひとまず私にお任せください。責任をもって保護いたしますので」

 淡々と告げる。

 父親なのだから、たとえどんなに忙しくても、子供の面倒くらいは見てほしいところだ。とはいえ、今の状況で問答をしている暇もなく、この男に任せていては、マシアスの身が危うい。

 クレネストの申し出に、ダイエルは少々考える素振りは見せたが――やがて、これ幸いと言わんばかりに笑みをこぼした。

「そうか、それは助かる。ならここはいいから、君達は早めに避難しなさい」

 無責任さに内心呆れつつも、クレネストは頭を下げて引き下がった。

(一時間と十五分……)

 それは、地震が発生してから経過した時間。

 トリスタン市を一望できる高台の公道は、避難してきた人達で一杯だった。他の高台の方にも、星動車の光が連なり並ぶ。

 クレネストは沖合いを眺め、それからトリスタン市の夜景の方へ目を移した。

 未だに市内を、星動車らしき光が動いている。何を考えているのか分からないが、海の方へ向かっていく光も見受けられた。こんな遠くまで警報音も聞こえているというのに。

 心の底からの嘆息が漏れる。

「あー、耳が……」

 エリオが隣でボヤいた。頭の横を、こんこんと叩いている。クレネストも憂鬱な気分で耳をさすった。

 陰鬱に響く鐘の音が、先ほどから繰り返し聞こえてくるのだ。こんなに長く続くのは初めてだった。

「クレネスト殿、マシアスが酷く怯えておるのじゃ」

 後ろから聞こえたのはテスの声。クレネストとエリオは振り向いた。

 いつの間に上ったのか、星動車の屋根に腰をかけ、膝の上にマシアスを乗せている。

 高いところへ上らされたので、怯えているのかと思ったが、どうやら違う。マシアスは額に汗を浮かべ、青い顔でじっと沖の方を見つめていた。時折、体を小刻みに震わせて、歯をカチカチと鳴らしている。

 彼の怯え方は普通ではない。

「マシアス君?」

「よ……妖精……さん」

 クレネストの呼びかけに、とりあえず反応はあるようだ。マシアスはぎこちなく、こちらへ顔を向けた。 

「大丈夫ですか? 一緒に車の中で休みますか?」

 心配して聞いてみると、

「……ぼ、ぼくは平気です」

 か細い声ながら、マシアスはそう答えを返してきた。

 おそらくは、精一杯の強がりなのだろう。口元をきつく結び、眉を吊り上げて頑張っている。

 クレネストは少し驚いたが、そっと笑みをこぼした。

 小さくてもやはり男の子――ということか。

「では、どうしても具合が悪くなりましたら、声をかけてくださいね」

 そう言い残し、クレネストは再び沖の方へ視線を移した。

 空には飛空挺と思わしき光の点が浮いている。海面へ向けて星動灯を照射しているようではあった。海はあまりに広大かつ闇が色濃くて、波の様子までは確認できない。

 湾沿いに連なる街灯には、いまだ異常は見られず――時が刻々と過ぎていく。

「こんなに時間が経っても何も起こらないじゃないか!」

 聞き覚えのある声が、道の向こうから聞こえてきた。

 反射的にそちらを見やれば、軍警察に食ってかかるダイエルの姿。

 道路脇には霊柩車。その手前には、ドアに星導十字が描かれた車が停まっている。

 どうやら彼も、同じ高台へ避難していたようだ。

「本当に津波など来るのだろうな! こうしている間に、我が教会に賊が忍び込んだらどう責任を取るつもりだ!」

 彼の剣幕に、軍警察の方も困った様子で説得しているようだった。

 とはいえ、周囲のざわめきの中にも、少なからずダイエルを支持するかのような声も聞こえてくる。

 これだけ時間が経っても何もおこらない――だから、もう大丈夫なのではないか? と。

「もういい私は戻るぞ! お前達!」

 しびれを切らしたのか、ダイエルは居並ぶ司祭達に、教会へ戻るよう指示を出し始めた。

「し、しかし……警報はまだ解除されては」

「もしものことがあっては大変です」

 数人の司祭が、不安げな表情で口にするが、

「ならお前達は歩いて帰れ!」

 と、彼は全く聞く耳を持たず。霊柩車に乗っている業者の方へ動いた。

 しばらく何かを話しているようだったが、やがて霊柩車が動きを見せる。狭い道路を何度か切り替えすと、坂を下る方へ車を向けた。

 ダイエル自身も、手前の星動車へ乗り込む。司祭達がついてこないので、自ら運転席に座り、車を動かし始めた。

「困ったお方ですね、でも大丈夫なのでしょうか?」

 エリオが声を落として聞いてくる。

「はぁ……それは分かりません。司教様の言われるとおり、これだけ時間が経てば大丈夫なものなのかどうか、それとも……」

 クレネストにも、津波がくるという確証性はなかった。鐘の音も、今は止んでいる。

 ここに留まるにしても、どの程度留まっていればよいのか、見当がつかない。

「行ったらだめだ」

 ふと、マシアスがぽつりと言った。

「行ったらだめだよ。もう、そこまで来てるよ……お父さん」

「マシアス君?」

 うわ言のように言葉を漏らしつつ、マシアスは自分の耳をきつく塞いでいる。

 もう一度クレネストは、目を凝らして沖の方を眺めた。やはり何も見えない。

「エリオ君、双眼鏡を」

「はい」

 エリオから双眼鏡を受け取る。もちろんそれだけでは、暗い海が見えるはずもない。

 ふぅっと息をつき、クレネストは意識を集中した。

 術式を暴く瞳――星渡ノ義眼――その力を発動させる。

 一瞬で、夜景の全てが、青い術式の光によって埋まった。

 式の光で明るくなったのは良いが、今度は眩しすぎてよく見えない。双眼鏡も術式となって見えているため、この視界のままでは役に立たなかった。

 意識を制御し、余計な術式は見えないように間引いていく。その調整を終えてから、クレネストは双眼鏡に目をとおした。

 沖の中ほどから、水平線の方へゆっくりと移して――

「うぅっ……」

 クレネストは思わず息を飲んだ。

 腹の中に冷たく重い感触――戦慄を覚え、言葉も無く後ずさりする。

 視界の端から端までの水平線が、巨大に上昇しているのが見えた。海水に術式が漂っているおかげで、はっきりとそれが分かる。

「……クレネスト様?」

「なんてことでしょう。津波とはあれほどのものなのですか」

 目下の街にふりかかる、理不尽極まりない破滅の予感に、クレネストは心底震えた。

 視界を元に戻し、双眼鏡をエリオに返す。

 沖を飛んでいた飛空挺が、ちかちかと光を瞬かせていた。光によって情報を伝達する信号だ。おそらく気がついたのだろう。

 クレネストは声を上げる。

「エリオ君! 急げばダイエル司教様に追いつけるかもしれません。呼び戻さなくては!」

「えっ? あのような身勝手な人を助けるのですか?」

「……はい、それでも助けにいかないわけにはいきません」

 クレネストはそう述べると、テスの方を見上げた。

「テスちゃん、マシアス君を頼みます。ここで待っていてください」

「ぬ、テスは行かなくてもよいのかえ?」

「危険になるかもしれない場所へ、マシアス君を連れて行くわけにはいきませんので」

「……んむ」

 頷き、マシアスを抱きかかえたままテスは、車の屋根から飛び降りる。音も立てずに着地した。

「マシアス君、このお姉さんから離れないように、ですよ」

「でも妖精さん……」

 クレネストが念を押すと、マシアスは不安げに顔を歪めた。幼いながら、身を案じてくれているのだろう。

「大丈夫です。いい子にしているのです」

 そんなマシアスの頭をなでてから、クレネストは星動車に乗り込んだ。

 運転席ではエリオが既に、原動機を始動している。

「クレネスト様、無理だと判断したらすぐに引き返しますからね」

「……分かりました。ではエリオ君、お願いします」

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