★☆3★☆
「ひゃー、俺が闇精霊の守護を受けた身でなかったら即死だったぜ!」
「……アホか」
鉄塔の上から壊滅したトリスタン市を眺めつつ、リギルは呟いた。
津波の連絡を受けて、工場の様子を確認しにきたのだったが、これが全くの無傷である。
「えっ? 今なんか言いました?」
「別に!」
強い海風の吹く中、妙にはしゃいでいる軽薄そうな男。彼に向かってリギルはそう叫ぶ。
この高い所好きな、目立ちたがりの馬鹿のおかげで、絶妙に津波を回避できてしまった。
なにせこの工場は、トリスタン市から堂々と丸見えの高台に建てられているからだ。
本来なら、こんな目立つ場所に工場を建てるというのは、個人的に気が引ける。この男に工場建設を任せていたら、結果的にこうなっていただけだ。
とはいえ、被害を受けずにすんだことで、文句を言うこともできやしない。
「あ~そうっすかぁ~」
この惨状の中、何が楽しいのか、へらへらとしながら言ってくる。
脳にお花畑が沸いているとしか思えないこの男は、リギルの弟子ではあっても、滅亡主義者ではなかった。
面白そうだという理由だけで、我々にへばりついているただの変わり者。
「クルツ! いつまでも見てないで、お前はさっさと作業場に戻れ!」
「へいへ~い!」
やる気の無い返事をして、クルツと呼ばれた男が、素早く滑るように梯子を降りていった。
(ふぅ、それにしても……)
リギルは息をついて、改めて街だった場所を眺める。
殆ど全域が、土砂と水溜りに覆われていた。ところどころ、家の土台らしき物が見え隠れしている。人造石作りの大きな建物だけは、原型を留めているものもあった。鉄骨だけを残している建物もある。あちこちで瓦礫が絡まり、とにかくズタボロだ。
(これだけの物が一夜にして壊滅か……)
リギルは思った。
星の崩壊に関係なく、こうして儚く滅ぶものは沢山ある。悲しいことかもしれないが、これが現実だ。
地上をよく見れば、人間らしきものがうごめいている。ノースランド軍だろう。先ほどから飛空挺も飛び回っていた。
死傷者のみならず、行方不明者も相当数出ているだろう。この状況を見ても、政府は必死に復興計画を立てているだろうか?
(ま、仮に復興できたとしても、近い将来星は滅ぶのだがな)
ふと、まるでジルみたいな考えが頭に浮かんできて自己嫌悪する。
仕事に生きがいを感じているのであれば、滅ぼうがどうであろうが、その時まで職務を全うするべき。彼はそう考え直した。
パンっと頬を叩いて気合を入れなおす。リギルは鉄塔を降りていった。
工事も無事、九割がたは完了。資材も十分だった。
「あとは……」
呟き、地上に近くなったところで梯子から飛び降りる。
膝のバネを使って衝撃を吸収しつつ、ゆっくりと姿勢を戻して顔を上げた。
非常に横長い建物が目に映る。半円状の丸い屋根。正面には、巨大なシャッター扉が設けられていた。真っ白な壁が眩しい。
実に立派な工場だ。
人員もいるし、いつでも稼動できる――はずだったのだが。
「星動力か」
津波のせいで、肝心の星動線が切断されてしまっている。おかげで製造開始ができない。リギルとしては非常に歯がゆいものがあった。
(まったく、どこでもいいから無理やり引っ張ってはこれんもんか)
この丘の周囲など、もはや泥と水と瓦礫ばかりしか残されていない。
あの隠れ家とは違って、ステラも星動力も、ここでは自前で採掘変換することはできなかった。
と――
「師匠ー!!」
クルツのデカい声。
見ればなにやら、大きな巻紙を抱えながら、こっちへ走ってきている。
「クルツ、なんだそれは?」
「まぁ見てください」
リギルが尋ねると、クルツがそう言って巻紙を差し出してきた。
広げてみれば、
「……おい」
闇の盟約だの、意味不明な魔方陣だの、属性と書かれた武器の詳細設定が――
「そっちじゃねーです」
リギルは額に青筋を浮かべつつ、用紙を裏がえす。
「ふむ」
それは、この辺りの地形図だった。
赤いペンと青いペンで、所々に印しが書かれている。
「その通りに星動線を引いていけば、短期間で星動力を引っ張ってこれると思うんすけどぉ~?」
クルツが横から覗き込みながら言った。
リギルはその彼を、鋭く睨んで口を開く。
「ここまで引けばいいのか? その根拠はなんだ?」
「高台沿いの道の一部に、街路灯がついてるところがあったんでさぁ、そこまでなら切断されていないってことじゃないかな? と……愚考した次第でございまして……調べたらぁ、やっぱそうだったのでございますよ……どですか師匠?」
話を聴きながら、リギルは眉間にシワを寄せた。
変な喋り方にイラっとくるものの、図の方は完璧に仕上がっている。ボク馬鹿ですと言わんばかりの男だが、仕事はまっとうで抜け目が無い。誰に言われるでもなく、迅速に対策を打っていたということだ。
「ふむ、しかし重機の星動力は十分にあるのか?」
「いやぁ、それがぁですねぇ~へへへ~」
リギルは嘆息する。
「わかったわかった、日が落ちたらトライ・ストラトスで星動缶を運んできてやるから準備をしておけ!」
「うわーマジっすか! あの機体のデザインにはくすぐられるものがあるんすよねぇ!」
大げさに騒いでいるクルツの頭を、丸めた用紙でひっぱたいた。
「はしゃいどらんで、さっさと手足を動かせ」
「よっしゃーみなぎってきたぞー!」
用紙をひったくるように受け取ると、彼は急ぎ足で工場の方へ向かっていった。
むやみやたらと元気な彼に、やれやれと息をつく。
(さて、工場の中を見てくるか……)
と、歩き出そうとしたその時――
「あ、すいませ~ん!」
後ろから呼び止める声が聞こえた。リギルは振り向いた。
少々離れている位置――敷地に入らないギリギリのところに、黒髪眼鏡の真面目そうな青年が立っていた。
スーツ姿にビジネスバッグ。ひと目でセールス関係であることが知れる。
「そちらへ行ってもよろしいですか?」
大きな声で尋ねてくる青年に、少し考えてから、無言で頷く。
彼は小さく頭を下げると、足早に近づいてきた。
「お忙しいところ申し訳ありません。私はこういう者でして」
営業スマイルを浮かべつつ名刺を差し出してくる。
それを受け取り、目を通すと、
「レグニオル社……だと?」
名刺に書かれている社名を見て、リギルは方眉を持ち上げた。
「はい、この度は災害のため、星動力が途絶している状態です。ここの工場は無事のようですが、動力が供給されないことでお困りなのではないか? と思い参上いたしました」
「ふん……新動力の売り込みにきたか」
話を始める青年に、剣呑な声音でリギルは先制する。
「あっ! あー、いやはや、これはこれは……ご存知でしたか、恐れ入ります」
ねめつけるこちらの眼光にひるむこともなく、青年は軽やかな笑顔で言葉を発した。
ご存知もなにも、その会社の幹部の一人を、つい最近ジルが始末したのだ。
(こいつ、嗅ぎ付けてきたのか? それとも、災害にかこつけて普通に売り込みに来ただけなのか)
ここの工場は、別にやましいことなど何もしていない普通の工場である。滅亡真理教の所有であることすら隠しているし、そうそう嗅ぎ付けられるとは思えない。
おそらくは、後者だろう。
「それで、とりあえず話だけでも……」
「論外だ」
リギルは、青年の話を切って捨てる。
「え? と、言いますと?」
「ここを何の工場だと思っている。それを調べないで来たのか? それとも分かっていて来たのか? アホか貴様は」
険悪な空気を隠そうともせずに、リギルが言いつのる。
青年は困ったように苦笑を浮かべ、ポケットからハンカチを取り出した。頬を伝ってる汗を拭きながら、答える。
「はぁ、何かの製造工場だと思われますが?」
「ここは、高効率星動力変換装置の工場だ。つまり新動力など商売敵ということだ」
ぴしゃりと、リギルは叩きつける。
流石に青年は、口と目を丸くして驚いた様子――しかし、すぐ気まずそうに視線を落として後ろ頭をかいた。
「あ~あ、なるほど~、そういうことでしたら無理ですよねぇ」
「……ふん、わかったらとっとと帰れ」
しっしっと、リギルは邪険に手を振る。
「えーあー、失礼しました……それにしても高効率の星動力変換装置ですか。ゴラム市方面で、星動力が随分早くに復旧しましたが、ひょっとしてそれのおかげですかぁ?」
「帰れと言ってるだろ!」
世間話でもするかのように聞いてくる青年に、リギルは怒鳴って腕を振り上げた。
すると青年は、たちまち情けない悲鳴を上げながら退散していく。
「ちっ……」
舌打ちして、リギルはそれを見送った。
一応の警戒はしていたが、どうやら心配するだけ無駄だったようである。
「新動力……か」
星動力の代替となるエネルギーらしいが、滅亡主義者達の間――と言っても、星が滅亡する理由を知っている上層部のみにだが――悲願から遠のく憎むべき要因となっている。星動力を消費することによって星が崩壊するのだから、新動力の普及によってその消費量が減ってしまえば、星が崩壊しないかもしれない。
だからこそ、奴等を野放しにするわけにはいかなかった。
もっとも、この高効率星動力変換装置が国中に広まれば、ますます星の寿命を縮めることになるだろう。
心配せずとも、新動力に負ける要因はない。と、リギル自身は自惚れている。
(俺は……星が壊れる前に、あれを完成することさえできればそれでもいい――それには)
リギルには、昔から頭の中に思い描いている理想の星動機があった。
それはいまだ完成に至らず、まだ足りないものがある。
(あの精巧にして巨大な術式。あれだけの精細さがあればきっと間に合うはずだ。絶対正体をつきとめてやる)
リギルは湧き上がる欲望に目を光らせながら、工場の中へと消えていった。
華やかな街灯かりも、活気のある営みも、全ては波の中に消えさった。
トリスタン市――といってもよいのだろうか? その場所は、不気味なほど静まりかえっている。夜空に広がる絢爛な星達も、今は地上の惨劇を悲しみ、レクイエムを奏でているかのようだった。
そんな幻聴めいた演奏の中、トライ・ストラトス号は静粛に夜空を翔けていく。
「周囲の海岸も確認してきた。完膚なきまでに全滅だな……どこまで広範囲に及んだのか」
疲れたようにぼわぼわとした声音で、ティルダが目を細めながら言葉にした。
「星動力の消費量もかなり減ってしまうな……あぁ、なんて面倒なんだ」
操縦室の壁に寄りかかり、ジルがボソボソと愚痴っている。
「かもなぁ」
双眼鏡を片手に、リギルも苦々しく、そう漏らすしかなかった。
トライ・ストラトス号の操縦室は、前方が半球状のガラス張りである。灯かりがあれば、地上の様子も良く見えるのだが――遠方を念入りに確認してみるものの、海岸線沿いの街灯はどこまでも見当たらない。
かろうじて見えているのは、点滅を繰り返す工場の灯かりと、一部の高台における街灯だけ。
「これはこれで、滅亡っぽい足音が聞こえてくるが。星動力がどんどん使われないと、色々と復活しそうで困るぞ」
「自然の驚異は抗いようがない……」
双眼鏡を下ろして、リギルはティルダに言葉を返す。
星が壊れてくれば、災害も多くなってくるのは必然だった。
「それはそうだが、昨日は鐘の音もうるさくてな」
「……耳栓でも作っておくか?」
「頼む」
それには本気で参っている様子で、ティルダがだらーんと肩を落として言った。
(……ま、とりあえず星動缶を運んだあとでだな)
十分高度が上がった飛空艇は、内陸側へと進路を取りはじめる。
二名の操縦士が、確認の声を上げた。
向かっているのは、山岳地帯の隠れ家。秘密裏にステラを採取し、星動力を変換している施設もある。
星動車で行けばかなり遠いが、トライ・ストラトス号の速度であれば三十分もかからない。
(さて、部屋で一服でもしてくるか)
と、リギルはそう考えたのだったが、
「なんだあれは!?」
直後に操縦士が声を上げた。
リギルは向き直り、その場の全員が目を凝らす。操縦士の指差す方向を。
遥か遠方に、地上から空へ向かって伸びている白煙が見えた。
「……か、火山の煙では?」
副操縦士がマヌケなことを言う。
あの方向には確かに火山もあるし、煙も絶えず上がっている。そんな分かりきった問題ではない。
闇夜の中で、その煙がなんらかの強い発光によって、浮かび上がって見えているということだ。明滅していないので、明らかに雷ではない。白っぽいので噴火というわけでもなさそうだ。光源はどうやら地上からのようである。
リギルは双眼鏡で、煙の根元を覗いてみた。
白銀の光の中に、なんとなく粒状の物が動いているかのように見える。
(ま、まさか)
リギルは一度双眼鏡を外し、再び双眼鏡を覗いた。この光には見覚えがあった。
(間違いない、あの術式の光だ!)
そう――彼の直感が告げた。
ゴラム監獄を航行中に発見した、超絶に精巧で、膨大かつ巨大な禁術。
「おい! あそこへ艇をまわせ!」
全くなんという巡り合せだろう。
湧き上がる興奮を抑えることもせず、リギルは声を張り上げた。操縦士が目を丸くする。
「いや、ええと……姫様、それでよろしいので?」
操縦士が一応、ティルダにうかがいをたてるものの、
「いいからさっさとやれ! ただし目標まで十五セルの位置をキープして周囲を飛行、近づきすぎるなよ」
「は、はい……」
目を血走らせたリギルに迫られて、あっさり引き下がる。
ティルダはその様子を、ただ人差し指をくわえながら、ぽか~んと見ていた。