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(なぜクレネストは、ジルがしとめ損ねたチビを連れ、こんな夜更けに星動車を走らせているのか。星導教会の巡礼? 津波の影響? そういえばクレネストは、高速法術を使えるとか言っていたな。あの時見せた奇妙な手の動きが印か? 印の内容が全くわからんかったが、なにか関係が? 高速法術で禁術はできるのか? いや、星導教会ごときが高度な禁術? だが偶然あの場にいたというのもやはり納得できんし)
あれからどうにも、気になってしょうがないリギルである。次々湧いてくる疑念に、思考の順序もおかしくなりはじめた。そもそも、論理だてて推測することは苦手だった。
星動缶をトライ・ストラトス号に積み込んで、工場へ向かってからしばらく――ようやくそのことに気が付いた彼は、後ろ頭をかいて、考えるのを中断した。
そして、
ふと、顔を上げる。
「むっ? なんか工場の方が赤くなっていないか?」
ティルダが、いつもの脱力気味ながら、不思議そうな声で言った。
彼女の視線は、操縦席より向こう側――ようするに、フロントガラス越しの遠景へと向けられている。
特に探すことに苦労することもなく、リギルの目にも、それははっきりと見えた。
赤いというか、赤色の光だ。星動灯のような静止した光ではなく、なにやら揺らめいている。しかも広範囲に。
「どぁ~!! ありゃ火事だぁ!」
リギルはたまらず悲鳴を上げた。
あろうことか工場が、めらめらと炎に包まれているではないか。
「火事か、それはよくないと思うぞ、うん」
「呑気に言っている場合ではない! 急げー!!」
まるで人ごとのように言うティルダに向かって声を上げ、リギルは操縦席にかぶりついた。
顔を真っ赤にして、彼が操縦士を急かす中――数分でトライ・ストラトス号は現場に到着する。
大火事だというのに、消防車ひとつ見当たらない。おそらくは、連絡も到着も、著しく遅れているのだろう。周囲の街は、津波によって破壊しつくされているのだから、無理もない。
今は人目が無いので、ひとまずトライ・ストラトス号を着陸させることはできた。
リギルはひとり、飛空艇を降りる。ティルダには、上空の離れた場所から様子を見ているように言っておいた。
駐車場を抜け、工場前の広場に入って、見やれば――十数人の同志達が立ち尽くしている。消火器を手にしている者もいたが、さすがに途方に暮れている様子だった。地面にも、数人が仰向けに並べられている。
「クルツー! クルツは無事かぁ!」
リギルが声を張り上げると、皆が一斉に、こちらへ振り向いた。
「し、師匠~!」
と、すぐに返事が上がる。
目を向ければ、居並ぶ同志達の中からクルツが姿を見せた。全身すすまみれで、満身創痍といった様子。情けない表情を浮かべながら、よろよろと歩きだした。
リギルは駆け寄り、憔悴している彼の肩を支える。
「無事だったか……しかし、これは何があったんだ?」
「突然工場が爆発したんすよ。火を消し止めようとしたけど、たぶん薬品に引火して一気に……」
「なに? ……爆発しただと?」
「僕は裏手で準備してたから見てねっすけど、生き残った奴らの話じゃ、怪しい人影を見たとか……死んだ奴の中にも、斬られたような傷痕があったり、色々とちょん切れている奴もいたし……ありゃどう見ても事故死じゃねぇですわ」
「つまり、外部から何者かが……むっ?」
リギルには、思い当たるフシがあった。
昼間、新動力の売り込みにきたレグニオル社の青年。
表向きは、南大陸から進出してきた一企業だが、裏では相当な後ろ盾を持っていると思われる組織である。ステラ採取変換場を襲ったのも、奴等の仕業であろうことは想像に難くない。
「あいつか! ちくしょうめ! 高効率星動力変換装置の製造工場と知って、潰しにきやがったのか!」
憤慨して、リギルは足を踏み鳴らす。
彼らは単なる利潤目的なのか、大義があるのか、それはわからない。
ただ言えることは、新動力普及に邪魔となるものを排除しにきた。そんなところであろうと、リギルは考えた。
「師匠~どうしましょう~?」
「口惜しいがどうにもならん……ここはもうダメだ。消防隊が来たら俺の方から事情を説明しておく。お前は北方工場へ行け」
クルツに告げて、リギルは懐から奇妙な形の星動銃をとりだす。口径が、女性の手首ほどあった。
銃口を空へむけて、引き金を引く。
閃光と共に、青白い光球が打ち出された。
眩い光を放つそれは、空高く舞い上がっていき――やがて力を失ったのか、よろよろと起動がブレはじめた。数回の点滅の後、夜空に粒子となって散り消える。
「トライ・ストラトス号を呼んだ。お前はそれに乗れ」
「うっほ! まじっすか?」
さっきまでの暗い表情はどこへやら、一転して顔を輝かせるクルツ。リギルは思わず嘆息した。
「お調子にのるんじゃない。姫様にこのことをきっちり伝えろ。俺はしばらくここから動けんしな……」
「あい、わっかりますた~」
「……それと、ひでえ汚ねぇから顔くらい拭いておけ」
そうこうしているうちに、駐車場の方にトライ・ストラトス号が降りてくる。
リギルとクルツは広場を離れて、そちらの方へ歩いていった。
駐車場の広い空間に、寝ている赤子も起きないであろう静かさで、トライ・ストラトス号がゆっくりと着陸する。
「お~い、こいつを北方工場まで連れて行ってやってくれ!」
リギルがそう叫ぶと、
ぷしゅ~っという排気音がして、ぱかりと船腹が開く。人ひとりが、余裕をもって通れるくらいの大きさだ。
「では師匠、なんだかヤバそうなんで、ほんとお気をつけて! そうだ、師匠にも闇精霊の守護を付与する儀式で死亡回避を」
「いらんからさっさと行け!」
リギルはクルツのケツを、豪快な前蹴りでふっ飛ばして、船内へ押し込む。
「リギルよ、お前はこないのか?」
飛空艇から聞こえたのはティルダの声。
「俺はやることがある。詳しい話はクルツから聞いてくれ。それよりもさっさと離れたほうがいい、艇を誰かに見られでもしたら面倒だからな」
「わかった」
扉が閉まる。
軽く唸る音と共に、トライ・ストラトス号が上昇を開始した。ゆっくりと船首を北の方へ向けながら、高度を取る。やがて急加速を開始したかと思えば、少々の時間で、もう視認できなくなってしまった。
それを見送って、一息つき、
「……ん?」
何気なくポケットに手を突っ込むと、硬い感触がした。
つまんで取り出してみると、それは……
「…………」
思わず呻く。
なにやら黒くて、妙に禍々しい感じの紋章が入ったペンダントだった。ちょいワル少年が喜びそうな感じの。
「あいつめ」
クルツがこっそり入れたのだろう。いつ入れたのか、全くわからなかった。
額に青筋が浮かんでくるが、捨てるに捨てられない。
内容の幼稚さとは裏腹に、高い技術の練度を感じられた。とてつもなく精巧であり、仕上がりも非常に美しい。
「ぬぅぅ、これほどの技術を……こんなことに使いやがって……ああぁくっそ」
嬉しいやら悲しいやら――それでも気に入ったところが一点でもあれば、どうしても認めてしまう自分がいる。なんか悔しい。
これを身に着けるのはとてつもなく恥ずかしいが、彼なりにこちらの身を案じてくれているのだろう。
リギルは渋い顔ながら、それを首からぶら下げると、胸の内に隠した。