●世界観B創世記・星の終わりの神様少女4

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 教会本部は、片側が大きく崩れてしまっていた。元は左右対称の三角屋根だったのだろう。周りに瓦礫が堆積し、中へ入ることもできない。それでもクレネストは、教会の前を清掃して場所を作ると、そこで礼拝の儀を執り行った。

 ポロネッサ町を出てから二日目の昼――次の巡礼地であったこの町も、西海岸沿いに位置していた。トリスタン市からは北へ、最短でも半日ほどの距離がある。それでも津波は猛威をふるったらしい。瓦礫と残骸で埋めつくされた、陰惨な大地が遠方まで広がっていた。

 瓦礫の撤去と捜索を進める人々から話を聞き、地図を睨みながら、地道に探すこと数時間――なんとか教会本部を見つけることができたのだが――

 クレネストはその時、ただ静かに肩を落とすだけであった。

 もちろん不測の事態であるし、なにもここまでしなくてもよいだろうとエリオは思う。けれど、無表情で淡々と教会を探そうとするクレネストを見ていると、何も言えなくなってしまった。

 目的のために、ただ巡礼制度を利用しているだけだと思っていたけれど、それはどうやら勘違いだったようだ。

(星導教会の司祭として、しっかりしていたいんだな)

 滅んだ町の壊れた教会の前で、星導聖歌を歌っているクレネスト――その横顔を盗み見て、エリオは思った。

(でも、この旅が終わったあとはどうなされるのだろう?)

 今更ながらに気がかりでしょうがない。仮に新世界の創造が成ったとしても、彼女の将来像が見えてこなかった。もちろん、彼女なりに考えているとは思うのだが。

(……不憫なことにならなければいいんだけど)

 やがて、歌が終わった――うっすらと目を開けるクレネスト。うっすらとしたまま、こちらを向いた。目が合う。

「こんなことになってしまったのは残念です。でも……この場所を見つけられましたので」

 視線を横に反らし、どこか切なそうにこぼした。

 助祭として、なにか気の利いた言葉をかけられないものか――エリオが迷っていると、

「終わったのかぇ~、ここは風が強いのぅ」

 横手からテスの声。退屈だったので、その辺を散歩していたのだろう。風に煽られる黒いドレスを、うっとうしそうに押さえながら、こちらへと歩いてくる。

 周囲にさえぎる物がないせいか、先ほどから海風がきつい。鋭い風切り音によるノイズで、辺りは騒々しくもあった。

「そうですね、髪の毛が少々……ですので、早く星動車にもどりましょう」

 クレネストは、顔にからみつく横髪を払いながら、むず痒そうに言った。後ろ髪をリボンでまとめてはいたが、これも風で大きくなびいている。はためくスカートにも手を添えて、彼女は歩きずらそうに足を動かした。

 星動車はすぐそこに停めてある。道は確保されていたので、近場まで乗ってこれたのだ。

 三人は小走りに――車内へと逃げ込むように乗り込んだ。

「ふぇ~はげしいのぅ……クレネスト殿なら風なんぞ、ちょちょいと法術で防げるのではないのかえ?」

「はい、そうですね……でも、安易に法術に頼るものではありませんので」

 テスにそう答えつつクレネストは、寝起きの人みたいになってしまった髪の毛を、もさもさと手ぐしで整えた。

 何かのネズミ系の小動物が、ちょうど今の彼女みたいな仕草をするのを思いだしつつ、とりあえず車内が暑い――

 風が入り込みすぎない程度に窓を開けておく。それからエリオは星動車を発進させた。土で薄汚れた道路を、ひとまず引き返すとして、

「一体、どこまで広範囲に被害がでたんでしょうかね?」

「……西海岸……全域……なのかもしれません」

 エリオの言葉に、少し間を取りながら答えるクレネスト。はっきりと言うには、口につらそうに。

「恐ろしい光景じゃったが……これも星が壊れかけておるからかのぅ?」

 大股を開いて腕を組み、悟ったような口調でテスが呟いた。こっちは全く遠慮がない。

 エリオは呻き、クレネストは吐息をもらす。

「の、残りの巡礼地は内陸側ですから、ひとまずそういう危険性はありません……よね?」

「ん……です」

 静かな調子でクレネストがうなずいた。いや、静かなのはいつものことなのだが、

(さすがにクレネスト様も、少々ナーバスになられているのかな)

 どうにも違和感というか、元気がないように思えた。

 津波といい、先日の一件といい、心配事が増えているせいだろうか? 疲れもでているのかもしれない。

「で、また長い道のりになるのかの?」

「あぁ、次の巡礼地……ケトルカント村だけど、九時間くらいかかるかな」

 だぅ~んっとテスが表情を曇らせた。かくいうエリオ自身も、それを考えるとさすがに億劫である。体力はもとより精神的にも。

「はぁ、四時間ほど走ったら、宿を探しましょう。そのまま行っても、夜遅くになってしまいますから」

 ため息混じりに、クレネストがそう口にした。

 彼女の様子が少々気がかりであったし、エリオとしてはそれに異存はない。

「そうですね。僕もそれがよろしいかと思います」

「では、そういうことで――

「あー時に、主らに聞きたいのじゃが」

 突然、横から割って入るようにテス――バックミラーごしに見やれば、なにやらもじもじと、股の間で両手をすり合わせていた。

「どうしました?」

 うしろを向いてクレネストが尋ねると、テスは上目づかいで、おずおずと口を開く。

「と、トイレのある場所までは……どのくらいかかるのかぇ?」

 テスの言葉に彼女は沈黙した。思考中なのだろう。ただ、それほど長い時間はかけずに口にする。

「ん……それは町を出て、どこか近場のお店を見つけて」

「あの~、町を出るだけで、あと三十分ほどかかりますが?」

 エリオが横からそう伝えると、クレネストが呆然とする。

 彼女はまた、何かを思案しなおしているのかもしれないが――

「ひきゅっ!」

 甲高い、警告的な悲鳴があがった。前席の二人に緊張が走る。

「の、の、の、の、のぉ」

 なんだか、こう――顔色も青ざめてきている。冷や汗というのは、こんなにも流れるものなのか。

「もももも、もれっ! もれっ! ぬぉっ! ぬぐおぉ!」

 テスが目をむいて、激しく身もだえしはじめた。

「て、ててて、テスちゃんこらえて! こらえて!」

「その辺! その辺でいいですからエリオ君!」

「そそそそその辺じゃとぉー!」

 テスが抗議してくるものの、そうも言ってられる状況ではない。

 結局――

 テスはクレネストに連れられて、「その辺」で用をたすのであった。

 北方地方は、その殆どが不毛の土地だ。

 血管状に張り巡っている山脈に、途方もない数の湖が散在する。くぼみだらけの複雑極まりない地形のため、陸路は極端に少なく、大きな街などはない。冬は寒さが厳しく多量の雪も降る。最北端ともなれば、夏でも気温が低く、永久凍土に閉ざされている地域もあるらしい。

「おお、涼しい~」

「ほうじゃな~」

「ん……です」

 エリオは背伸びしながら、テスは欠伸をしながら、クレネストは眠そうにしながら――つまりは平常通りに、それぞれ口にした。

 星動車を降りて辺りを見渡せば、そこは見事に山だらけ。雪がどっさり降る地方らしく、針葉樹の森が続いている。ところどころに、小さな池や水たまりも見え始めていた。まさに、大自然まっただ中のような場所――

 しかし、そんな場所にも宿屋はあった。

 初めに見えたものは、奥へと傾斜のある緑色の屋根。一階建ての、長屋のようである。赤茶色の壁には、白いドアが沢山並んでいた。屋外から部屋の中へ、直接入れるという仕組みなのだろう。部屋の目の前が、すぐ駐車場になっていて、出入りが楽そうである。

(こういう宿に泊まるのは初めてだなぁ)

 エリオは道路脇に立っている、「二十四時間営業」と書かれた看板を見上げながら、今更ながらに思った。

 郊外の幹線道路や、星導教の巡礼路を通っていれば、このような形式の宿を見かけることも珍しくはない。気軽に寝泊りできるため、星動車で旅をする人々に、それなりの需要があるのだ。

(先日は、こんな宿すら見つからなかったけど)

 あの時は、巡礼路から外れていたので、仕方がないといえば仕方がない。

「フロントは……あちらのようですね」

 クレネストがそう言って、宿の左側へと歩いていく。

 彼女の行く先を見やれば、左端に一つだけ両開きの扉が見えた。「営業中」と書かれた木製のプレートが吊るされている。その一画だけ、中も広そうだった。

 とくに感想もなく、エリオとテスも彼女のあとに続き――

 クレネストがその扉を開けると、軽やかな鈴の音が鳴った。

 中に入ると、小さなカウンターが右側に、左側には四つほど丸テーブルが置いてあり、椅子も二つづつ置いてある――それらが余裕をもって置けるほどの広さがあった。

 そして、カウンターには一人の男……たぶん、この宿の主人。

「ごめんください」

「いらっしゃいまっ……ふほっ!?」

 案の定――主人と思われるその男が目を丸くした。彼女の容姿に驚いたのだろうが、

「二部屋、大人二名、子供一名、宿泊でお願いしたいのですが?」

 何事でもないかのように、クレネストが淡々と伝える。

 が、

「……えっ?」

 きょとんとされている。

 しばし、クレネストと主人の視線が交錯し……

「あ……あぁ、失礼……それではお名前と住所、星動車ナンバーをここに」

 ようやく本来の仕事――宿屋としてのそれに気が付いたのか、主人が口にした。戸惑い気味に、宿帳を差し出してくる。

(……子供二名でも、とれそうな)

 名前を書き込んでいるクレネストの後姿を見て、ふとそんな考えが浮かんでくる。もしかすると、宿屋の主人が戸惑っていた理由は、それも含まれているのではないか?

(っと、いかんいかん)

 失礼な上に、まるで思考が貧乏くさい。

 エリオが自己嫌悪気味に、その考えを頭の中から追いやっていると、

「はい、エリオ君」

「どうも」

 受付と支払いを済ませたらしいクレネスト。その彼女から部屋の鍵を手渡された。

 エリオが受け取ると、彼女は何かを探すようにキョロキョロと首を回しはじめ――ちょうど、カウンターと反対方向――つまりは、フロントの奥へ向けたところでとまった。壁上に時計があり、時刻は五時半を示している。

「では、そうですね……六時半になったら私の部屋に来てください。エリオ君も一緒に、お弁当をいただきましょう」

 夕食の弁当は、ここに来るまでの間に買っておいたのである。

 この手の宿でも、食事ができたり食堂が近くにあったりというところは多い。しかし、北方地方はドがつくほどの田舎である。そんな便利な店があるとは限らない。ようするに、念のため用意しておいたのだ。

「あ……はい」

 エリオはクレネストの言葉に頷いて――

「ええっ!?」

 普通に納得しかけて声を上げた。

「……なにか?」

 不思議そうにまぶたを上げ、首を傾げながら聞き返してくるクレネスト。

「あ……あ~いや、ちょっと……よく考えたらなんでもないです……」

 両手をぱたぱたと振りながら、エリオは言葉を濁す。彼女の方から誘ってくるとは思わなかったので、少々驚いてしまったのだ。

 巡礼に出てからは、常に食事を共にしていた。セレスト本部にいた時も、積極的に誘っていたので、慣れたのだろう。そういうものだと感じてくれているのなら、それはそれで嬉しい。

 ただちょっと、変な声を上げてしまったせいで、クレネストが大量の「?」を浮かべてしまった様子。

「さては、いやらしいことでも考えとったんじゃ」

 テスが横からボソリと言う。

 クレネストが無言で後ずさり、

「いやいや考えてませんから!」

 エリオは青ざめつつも、力いっぱいに否定した。

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