●世界観B創世記・星の終わりの神様少女4

★☆4★☆

「おいいいい、いねーどー! だれもいねどー! いないからいねーどー!」

「まぢがいがーへやがーまぢがえだ……じゃーへやー?」

「ああ! なんだか人がいっぱいでできたお!」

 ひどく濁った声質で、誰かが会話をしているのが聞こえてきた。

「な、なんだあれ!」

 先頭に立って、部屋を出たエリオは、早速それを見て狼狽する。

 既に外に出ていた人々も、彼と似たような声を漏らしていた。

 彼が星動灯を向けた先――右手のフロントがあった方向なのだが――五部屋ほど向こう側の辺りに、異様な生き物が二匹いる。熊のように大きいが、熊は会話などしない。

 よく見れば、その形はほぼ人型である。大型猛獣並みの重量はありそうな筋肉に、赤黒い肌。足や指の爪は禍々しく発達し、口にも大牙が生えていた。

「クレネスト殿、あれはもしや」

「いえ、ジルという人ではないと思いますが、あの時の術と同じですね」

(あの時の術?)

 テスとクレネストは、どうやらあれの正体を知っているようだ。

 エリオは全く見たことがないが、なんとなく頭の隅に引っかかっているものがある。

 それが何であったか、解消されるより早く、

「あー!!」

 一体何がどうしたのだろう。いきなり叫びだすエクリア。

「私の部屋がー!」

 と、悲鳴混じりに言って、頭を両手で抱える。

 見やれば、化け物達のすぐ目の前にある宿の壁が、玄関ごと抉りとられていた。

 その穴からもう一匹、同じ化け物が姿を現す。ふと、こちらに目を向けて、

「あれだ、いだ! あいづ! あの! あれ!」

 指さして声を上げた。他の二匹も顔を向ける。

 自分とは目が合わなかった――と、すると、

「どうやら、我々が狙いのようだな……」

「なんだかよくわからないし、混乱風味の喋り方でご苦労さまだけど、中々いい度胸ね」

 ゼクターとエクリアが、そうと察して前に出た。テスも前に出ようとして、クレネストに後ろから抱きつかれる。

「うぬ?」

「人目がありますのでいけません」

「ふにゅう」

 気の抜けた声を発してから、テスは後ろに下がった。

「エクリア様もお下がりください。代わりに小僧、お前が戦え」

「ちっ……あんたが命令すんなよ」

 不満げに、エリオがゼクターへ言葉を返すと、

「エリオ君、頑張ってみますか? それとも私が」

「頑張ります。お任せください」

 クレネストに言われた途端、不満感が一瞬で霧散する。

 どっちにしても、ここで見ているだけというのは、あまりにも情けない。そろそろ良いところも見せたいし――

 星動灯をクレネストに渡す。

「あなた、死んだら指差して笑うからね」

 エクリアの嫌味に少々ムっとしつつ、入れ替わりでエリオは前に出てゼクターと並んだ。

「では」

 と、クレネストが左手を閃かせれば、エリオは全身に力がみなぎってくるのを感じた。

「おお、これがクレネスト・リーベルの強化法術か」

「え? はっや! しかも二人分!」

 ゼクターが感嘆の声を漏らし、エクリアの方は、印を組む途中で固まっていた。おそらく彼女も、強化法術を組もうとしていたのだろう。

「はぁ、それはともかく、きます」

 クレネストの言う通り、化け物達がこちらへ向かってきていた。

 徐々に加速してくるが――

(試してやるか)

 エリオはゼクターの前に躍り出て、腕を交差させる形でローブの中に両手を突っ込んだ。

 ばっ、と引き抜いたその指に、大量の星痕杭が現れる。

「こ、小僧!」

「見てろよ」

 不敵に言い返して、にわかには数えきれない星痕杭を、目の高さで交差して構える。

 最初の頃は、これを構えるだけでもキツかった。

 今では余裕をもって相手を狙える。

「ふっ」

 必要以上の力を入れない、軽い気合いの呼気を鳴らす。

 同時に――じゃっ! と、擦るような音。

 鳥が翼を広げ、一瞬の羽ばたきを見せたかのように腕を振るい。

「星痕十二閃!」

 言葉通り、十二条の青い光が、エリオの両手から放たれた。

 化け物達は足を止め、反射的に回避を試みるが――

「うごぁ!」

 到底、避けきれるものではない。

 容赦なき光の怒涛の中で、悲鳴を上げる化け物達。

 闇夜に火花が激しく舞い散り、金属の衝撃音が鳴り響く。

 荒々しい風が通り過ぎたあと、あえなく穿たれた三匹は、仰向けにふっ飛ばされていた。

 周囲で見ている人々から、どよめく声や称賛が聞こえてくる。

「へー、ただの沸点低いヤサ男だと思ってたけど、案外やるじゃない。ご褒美に私のパンツあげるから、好きなだけ……」

「いや、人を変態みたいに言わないでくれ」

 冗談か本気かわからないが、とりあえずエクリアに苦情を言っておく。

「いでぇ! なんで? いでぇ!」

「ぐらっぢまっだ! あなあいだぁ!」

「もう! ゆるじてあげまっぜん!」

 杭は全部命中したものの――それでも元気に騒々しく、三匹の化け物達は起き上がってきた。

 その体には星痕杭が数本、煙を上げて突き刺さっている。刺さりきらず、潰れてしまった星痕杭は、地面にぽろぽろと落ちて軽い音を立てた。

「か、硬いやつらだな」

 星痕杭ですら貫通できない強靭な肉体に、エリオは驚きと呆れの声を漏らす。

 致命傷をあたえるどころか、戦闘不能という様子ではない。

「だが、効いてはいる。次は私の番だな」

 静かに言って、化け物と対峙するゼクター。

 老人の手には、とくに武器らしきものは見当たらない。いかにも素手で戦う構えを見せている。

 対して化け物の方は、宿の外側に向かって扇状に広がりつつ、ゼクターを取り囲むような形で間合いを詰めてきた。直ぐに飛びかかってこないところを見ると、予想外の攻撃を食らって、かなり警戒しているようだ。

(どうやってあの化け物と戦うつもりだ?)

 かなり大柄であるはずのゼクターも、化け物に比べれば子供のような背丈にしか映らない。全身が筋肉の鎧で覆われていて、体重の方も相当なものだろう。いかにクレネストの強化法術があるとはいっても、素手で痛痒を与えられるとは思えなかった。

(まさか、テスちゃんと同じってことはないだろうな?)

 エリオの疑問に答えるかのように、ゼクターの体が、まるで水面を進むアメンボのような唐突さで前進する。

 真ん中にいた化け物が、肉薄するまで全く反応できずに突っ立っていた。

「なんぞぉ!」

 化け物がようやく声を上げる。

 同時に――

「喝っ!」

 強烈なゼクターの気合い。

 ばくんっと化け物の体が震えた。

 老人の掌底が、化け物のみぞおちに……軽く触れているだけのようにしか見えないが――

「うっ!」

 エリオは目を見張った。

 化け物の背中から、光が波紋となって吹き出したのだ。

 すさまじい衝撃が、体内を通って突き抜けたかのように――

 その色は、眩いばかりの金色。

 広がりきった波紋は、やがて粒子となって夜空に散り消える。

 残心するゼクターの前で、がくっと化け物の膝が落ちた。

 しかし、

「ぐ、ぐぎっ!」

 腹部を押さえつつ、何とかギリギリで堪え、倒れない化け物。

 苦悶の呻きを上げながら、一歩、二歩と、後ろによろめいていく――

 残りの二匹は、呆気にとられた様子で硬直していた。

「倒れないか……ならば」

 ゼクターは、またもや唐突に前進する。一体どのような歩法を使っているのか、まるで予備動作が見えない。

 体が沈んでいる化け物の、鎖骨の辺りに手を触れた。

 瞬間、

「ヅァァァァっ!!」

 ゼクターの爆発的な呼気。

 打った場所が閃光を放ち、金色の粒子が飛び散った。

 岩同士をぶつけたような凄まじい衝突音が鳴り響いて、地面が小刻みに揺れる。

 はじかれたように化け物の体が後ろへ傾いた。

 と――

 今度は完全に意識を断ち切られたのだろう。抵抗する様子もなく、ゆっくりとそのまま倒れていった。

 見れば、鎖骨の下あたりに穴が開いて、血液が流れだしている。

(あれは)

 確か、星痕杭が突き刺さったままになっていた場所だ。

 つまりゼクターは、杭の上から技を打って、化け物の体内へ押し込んだというわけである。

 これでは、いかなる猛獣であってもひとたまりもない。白目をむいて、あれで生きているのかどうか。

「シュゥゥー!」

 息吹を上げ、悠然と構え直すゼクター。

 ガードは無意味と判断してるのだろう。両手は腰の位置まで下げていた。

 一方、あっさりと仲間を倒されたことで、うろたえ気味の化け物達。

「星痕杭ならまだまだ沢山あるぞ、もう一度食らいたいか? それともおとなしく投降するか」

 ジャキっと音を立てて、エリオはこれ見よがしに十二本の杭を構える。

 化け物に話しかけるというのも奇妙な話かもしれないが、人間の言葉をしゃべるのだから、それなりの知性があるのだと思う。

 ゼクターも、全身から強烈な殺気を立ち昇らせていた。

 冷や汗のようなものを浮かべつつ化け物は――エリオ、ゼクター、そして倒れている仲間に目をむけて、

「ひ、ひぐぞ!」

 さすがに不利と悟ったのだろう――さっと身をひるがえす。

(……どうする?)

 周囲には一般人も多いし、深追いせずにこのまま見逃した方がよいだろうか?

 追いかけたとしてもかなりの速度であるし、周囲も暗い。まだ星痕杭の射程内ではあったが、仕留められる可能性は低そうだ。わざわざ無駄な消費をすることもない。

 やはりここは見逃そうかと、エリオは考えた。

 しかし――

「逃がしません」

 ぞくっと冷ややかな、それはクレネストの声だった。

 ズドンっと重たいものが、大地に落ちてきたかのような感覚。

 二匹の化け物が、いきなり地面に倒れ――いや、倒されたのだろう。よくよく見やれば、その周囲も派手に陥没していた。

(これは……クレネスト様の重力操作か)

 化け物は、逃げるどころか動くことすらできていない。

 おそらくは、倍加された重力によって、相当の自重がかかっているのだろう。あの膂力を持ってすら、どうにもならないようだ。

「ステラを大きく消費してしまいますが、このまま待っていれば、いずれあれの術が解けますので」

 法術を維持しながらクレネスト。

 エリオは星痕杭をローブの中にしまい、ゼクターも構えを解いて襟元を正した。

 ここへきて、

「あ、そうか! あのことかぁ!」

 ふいにエリオはそう言って、ポンっと手を打つ。

 さっきから頭の隅でひっかかっていた事――それが今になって、突然するりと出てきたのだ。

 思わず声に出てしまったせいで、他の四人が疑問符を浮かべてしまったようだが。

「今の奴が、ポッカ島で戦ったという例の化け物だったんですね」

「……ええ、はい……中の人は違いますけど、術は同じです」

 そのことか――という感じの表情で、クレネストが答える。

「じゃが、戦いの方はてんで未熟じゃな。バカ力でしぶといだけじゃ」

 テスの方は、なんだかがっかりした様子で感想を漏らした。

「ふーん、その話も後で聞かせてちょうだい――で、どうするの? というかどうなるの?」

 腕組みしながらエクリア。

「術の効果時間が切れれば元の姿に戻りますから、まずは拘束します。軍警察に連絡をとって、身柄を引き渡しましょう」

「狙われたのは私達なんだから、拉致して尋問……と言いたいところだけど、これだけ周囲の目が多いと無理か」

「軍警察が来るまでの間でしたら多少は」

「あなた、違法行為なのにさらりと流すのね……」

「はぁ……まぁ、時間です」

 クレネストがそう言うと、化け物の体から煙が上がりだしていた。なんだか、みるみるうちにしぼんだ感じに皮膚がただれてきている。

「くさッ! なにこれ! くっさー!」

 エクリアは、流れてきた悪臭に鼻をつまんで顔を歪めた。

「ぅっ……そういえばそうでした」

 クレネストも眉根を寄せ、寝間着の袖で鼻を覆う。

 掃除をしていないトイレの中で、生ごみを低火力で焼いたかのような、とにかく最低の臭いである。

「というわけでその……エリオ君とゼクターさん。あれから中の人が出てくると思いますので、捕まえてきてくださいませんか?」

 びくっと、二人の男の背中が揺れた。

 おそるおそる振り返ってみれば、女性陣が期待を込めた瞳で見つめている。

「え、ええと……は、はい……やります」

「あ、あれをか? その、なんだ……い、いや、やらんとは言わんが」

 化け物だった物の、背中の辺りから這い出して来る影。

 それを見やりつつエリオとゼクターは、互いに顔面を引きつらせるのであった。

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