●世界観B創世記・星の終わりの神様少女5

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「それで工場は、どのくらいで稼働できそうだ?」

「その前に姿勢を正してくれ、絵面的に見苦しい」

 せんべいを食べながら、お茶を飲みながら、内容的に腐った絵本を読みながら。ベットの上でうつぶせに、くつろぎすぎているティルダに向かってリギルは――慣れきった口ぶりで苦言を言う。

 それだけ日常的によくあることなのだが、言わずにはいられない。

 トライ・ストラトス号へ戻ってきて早々これである。

 ティルダもティルダで、きょとんとしながらも起き上がり、わりと素直にベットの上で正座する。

 それを待ってから、リギルは口を開いた。

「かなりの機材がイかれちまったよ。ただ、お国の方はどうしても高効率・星動力変換装置が欲しいみたいでな。補修に必要な物資と、資金の提供に協力してくれるそうだ」

「ふむ、わざわざ滅亡に協力してくれるというわけか。なかなか笑える話だな」

 そのくせに、ぜんぜん笑っていないティルダ。結構な付き合いなのに、今もってよくわからない性格である。

 リギルの方は、素直に嘲笑を出しつつ、

「まぁそうだな。奴等も”新動力”の登場で、まさかの競争を強いられているからだろう……で、完全補修までは三カ月ほどだが、稼働というだけなら一ヵ月程度を見込んでくれ」

 相槌を打ってから、そう答えた。

「ふむ、新動力か……それで思いだしたのだが。先日その、レグニオル社の動きを監視させている者たちから、重役らしき者が北方地方へ向かったという報告を受けたのでな、チャンスがあれば殺せと命じたのだが……」

「どうした?」

「どうやら返り討ちにされたみたいだな」

 と、ティルダは苦笑し、指を差す。

 それは笑うのか? と思いながらも、その方向を見やれば、机の上に新聞紙の切れ端が置かれていた。

 リギルはそれを手に取り、読んでみる。

「なるほどな……宿を襲ったら、またクレネストと鉢合わせしたのか」

 しっかりと、その名が記事に掲載されていた。

 ティルダは苦笑を崩さずに、

「ここまで運が悪いと逆に笑える」

「笑いごとじゃないだろ」

「まあそれはいいのだが」

(いいのかよ)

 リギルは心の中で突っ込んで、ガクっと肩を落とした。

「しかし工場の方は、また襲撃されるようなことがあっては困るからな。そこそこできる奴等を選んで用心にあたらせた」

「ああ、おかげで工場に湿気が増えた気分だよ」

 やれやれといった感じでリギルは愚痴を漏らす。

 ティルダの言う、そこそこできる奴というのは、化け物へ変化する禁術を習得している者たちのことだった。

 彼等の姿や態度――それを思いだすとうんざりする。とにかく陰気で覇気がなく不気味。

「まるで幽霊が住み着いたみたいだ」

「まぁそう言われてもな、あの術は……」

 ティルダの言葉を、右手を上げて遮り、

「わかってる。ああいう性格の奴等じゃないと使えないって言うんだろ」

「だゆーんとした精神構造じゃないと、ハイになり過ぎて狂い死ぬからな、あれは」

「だゆーんって……まぁ言いたいことはわかるが」

 彼女の表現センスはともかくとして、そういうことである。

 あの禁術は、もはや邪法と言っても過言ではない。むごい代償の上に、術者の精神まで破壊しかねない術だった。

 あれを扱うには、相当にネガティブで沈んだ心でなければならないのだ。

 滅亡主義者にはそういう者が多そうだが、実際に適正レベルまで沈んでいるものはそこまで多くはない。

「あんな術に頼らんでも、うちには普通に強い奴はいないのか」

「困ったもんだ」

 人ごとみたいに言うティルダに、何かを言い返そうとして、時間の無駄なので止めた。

 代わりに、

「で……北工場の方からなにか連絡あったか?」

「変な男の声で、まかせてくださいやがれ、とだけ」

「ふむ、アイツもそれくらいは察しているか……チルスの方からは何もないか?」

「おぱんつ見られたとだけ」

「…………」

 青筋を浮かべて押し黙るリギル。

 そういうくだらないこと以外は、特に変わったこともなさそうだった。

「あと、お前が気にしていた例の術式の件だけどな」

「ぬ?」

「やはりあの娘……クレネストは何かを知っている気がする」

 なんとなくではなく、ティルダはもう一歩踏み込めたような、そういう信憑性ある目つきで言ってきた。

「それは俺もそういう気はしているが、何か掴めたのか?」

「例の巨大なアレ……塔だかなんだかわからんが、形こそ違えど各地で目撃されているのは知っているよな?」

「ああそれは……」

「その出現していった順序を調べると、ちょうど星導教会の巡礼路と一致するらしい」

「なに! 本当か?」

 こくこくと頷くティルダ。

「それらが出現した近場の巡礼地で、彼女の姿が目撃されている。偶然とは思えないだろ?」

 続けて言ったその言葉に、リギルも唸り声を上げ、これまでのことを思いだす。

 ゴラム盆地を航行中、初めてあの術式を見た。その時ゴラム市には、クレネストも訪れていたはずだ。次に見たのは、宝石のような巨大建造物。どうやら形は様々らしい。そこでもクレネストがいた。

 最初に彼女の名を知ったのは、ポッカ島で戦ったというジルの話からだ。そのポッカ島でも、マーティルの大樹が巨大化したという話を聞いている。もし形状が変わるのだとしたら、それも同質の物ではないのだろうか?

 推測して、

「なる……ほど」

 自然と両手に力がこもってくる。

「あの娘の居場所はわかるか?」

「北方地方の巡礼地の何処かだろうな。まだ東の方へは、それほど進んでいないと思うが、問い合わせればすぐ分かるだろう。なにせ、あの見てくれだからな」

「そうか……」

 ティルダの言う通り、居場所は簡単に掴めるのかもしれない。

 だが問題は、

(あの時は、やはりはぐらかされたのだろうな。簡単に聞き出せるものではなさそうだ。とすれば……星導教会側が、秘密裏に何かをしているということか)

 あれがクレネストの独断とまでは、当然のように考えが及ばない。

 かといって、現実離れしすぎている禁術を、星導教会が保有しているとも考えられるわけもなく。

(何か超越的な文明によって作られた仕掛け……それに類するものが見つかって、起動するとああなるみたいな?)

 さすがにリギルでも、まったく的外れの想像をしてしまう。

 ただ仮にそうだとしても、なんの目的があってそんなことをしているのか?

「リギル」

「…………」

「リギルよ」

「ん? おわぁ!」

 顔を上げると目の前にジルの顔があった。考え事をしていて気がつかなかった。

 驚いて後ずさったリギルを、彼はいつも通りの腐れた目つきで見つめつつ、

「リギルがまた面倒くさくなってる」

「やかましいわ!」

 彼の言い様に、思わずリギルは怒声を上げた。

「そもそもなんでお前は俺の顔をのぞき込んでるんだ!」

「この世の全てに本質的な意味なんて存在しない」

「わけわからんわ!」

 怒ってはみるものの、ジルは不思議そうに小首を傾げた。

 こちらが納得していない理由がわからない――そんな面構えをしたまま小さく口を開く。

「そんなことより飯ができたぞ……というか飯の時間だ」

 結局流された。

 それから飯の後――

 隠れ家へと帰還し、トライ・ストラトス号の点検を済ませ、リギルは自分の工房へと戻った。

 壁や床、広い机の上に、作品制作に使う様々な機材や工具、資材等が、綺麗に整頓されて置かれている。

 星動灯が、既に工房を照らしていて、

「ジルよ……なんでお前がここにいるんだ?」

 据わった目で、眼前の男を睨みつける。

「リギルよ、これはなんだ?」

 こっちが先に聞いているというのに、それを無視してジルは、机の上の物を指さしながら聞いてきた。

 そこにあるのは、ひとかかえほどの箱のような物。木製で、ところどころに金具がついている。真ん中には筒があり、フタをするようにガラスが付いていた。

 ふぅっと、リギルはため息をつく。

「何に見える?」

「……小型星導砲。ここの筒から星動波動砲が発射される」

 まるで的外れだが、これは仕方がない。

 誰に聞いてもおそらく、頓珍漢な答えしか返ってこないだろう。

 その頓珍漢な答えが面白くて、にやけながら答える。

「しねぇよ。これは武器じゃないからな」

「……?」

「まぁこれが何かは後のお楽しみだ」

 おあずけを食らわせてやると、ジルは億劫そうに眉をひそめた。

 普段から虚無感こじらせてる奴に、ちょっとした感情を引き出させてやるのは、なかなか痛快である。

「お楽しみということは、完成していないということか?」

 それでも気になるのか、こいつにしては珍しく質問が多い。

「ああ、まだ動かない。これを完成させるには、術式回路の容量が致命的に足りなくてな」

「ふーん……それであの術式に拘っていたのか」

「そうだ。あのくらい精巧で緻密な術式なら、きっと足りるはずだ。もっと小型化も可能かもしれない」

「そうか」

 淡泊な返事ながら、納得した様子のジル。

 しげしげと謎の物体――彼にとってはだが――それを眺めて、決して触れようとはしない。

「どうした? どうせ星は滅ぶのだから、こんなもん作っても意味がないとか言わないのか?」

 煙草を取り出し、火をつけながら、リギルは冗談めかして聞いてみる。

 ジルは特に表情も変えないし、目も合わせてこないが、

「リギルにとっては食事のようなものらしいからな。最近そういう考えが浮かんできた」

 これもまた、珍しく的を射た答えが返ってきた。

 てっきり、”それを言うのも意味がない”みたいな、つまらんことを言い出すかと思ったのだが。

「そのくらい最初から気が付けよ」

 苦笑しつつも、呆れ半分に言ってやった。

 自身の心に光がない男でも、他人の光明に嫉妬したり、否定することはないらしい。

「で、あそこにあるデカい奴はなんだ?」

「ん?」

 今度は工房の奥の方――星動灯の光があまり届いておらず、暗がりになっている場所を指さして、ジルが聞いてきた。

 緑のカバーがかかっており、中身は見えないが、かなり大きい。幅も長さも、平均的な大人の体格ほどはある。そんな物が置かれていた。

「あれか? あれはお前用に作ってる武器だ。もう殆ど完成しているからな。ちょっと見てみるか?」

「……ああ」

 面倒臭いとは言わず、意外と素直に頷くジル。

 リギルはその物体へと歩み寄り、慣れた手つきでカバーを取り外した。

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