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「それで工場は、どのくらいで稼働できそうだ?」
「その前に姿勢を正してくれ、絵面的に見苦しい」
せんべいを食べながら、お茶を飲みながら、内容的に腐った絵本を読みながら。ベットの上でうつぶせに、くつろぎすぎているティルダに向かってリギルは――慣れきった口ぶりで苦言を言う。
それだけ日常的によくあることなのだが、言わずにはいられない。
トライ・ストラトス号へ戻ってきて早々これである。
ティルダもティルダで、きょとんとしながらも起き上がり、わりと素直にベットの上で正座する。
それを待ってから、リギルは口を開いた。
「かなりの機材がイかれちまったよ。ただ、お国の方はどうしても高効率・星動力変換装置が欲しいみたいでな。補修に必要な物資と、資金の提供に協力してくれるそうだ」
「ふむ、わざわざ滅亡に協力してくれるというわけか。なかなか笑える話だな」
そのくせに、ぜんぜん笑っていないティルダ。結構な付き合いなのに、今もってよくわからない性格である。
リギルの方は、素直に嘲笑を出しつつ、
「まぁそうだな。奴等も”新動力”の登場で、まさかの競争を強いられているからだろう……で、完全補修までは三カ月ほどだが、稼働というだけなら一ヵ月程度を見込んでくれ」
相槌を打ってから、そう答えた。
「ふむ、新動力か……それで思いだしたのだが。先日その、レグニオル社の動きを監視させている者たちから、重役らしき者が北方地方へ向かったという報告を受けたのでな、チャンスがあれば殺せと命じたのだが……」
「どうした?」
「どうやら返り討ちにされたみたいだな」
と、ティルダは苦笑し、指を差す。
それは笑うのか? と思いながらも、その方向を見やれば、机の上に新聞紙の切れ端が置かれていた。
リギルはそれを手に取り、読んでみる。
「なるほどな……宿を襲ったら、またクレネストと鉢合わせしたのか」
しっかりと、その名が記事に掲載されていた。
ティルダは苦笑を崩さずに、
「ここまで運が悪いと逆に笑える」
「笑いごとじゃないだろ」
「まあそれはいいのだが」
(いいのかよ)
リギルは心の中で突っ込んで、ガクっと肩を落とした。
「しかし工場の方は、また襲撃されるようなことがあっては困るからな。そこそこできる奴等を選んで用心にあたらせた」
「ああ、おかげで工場に湿気が増えた気分だよ」
やれやれといった感じでリギルは愚痴を漏らす。
ティルダの言う、そこそこできる奴というのは、化け物へ変化する禁術を習得している者たちのことだった。
彼等の姿や態度――それを思いだすとうんざりする。とにかく陰気で覇気がなく不気味。
「まるで幽霊が住み着いたみたいだ」
「まぁそう言われてもな、あの術は……」
ティルダの言葉を、右手を上げて遮り、
「わかってる。ああいう性格の奴等じゃないと使えないって言うんだろ」
「だゆーんとした精神構造じゃないと、ハイになり過ぎて狂い死ぬからな、あれは」
「だゆーんって……まぁ言いたいことはわかるが」
彼女の表現センスはともかくとして、そういうことである。
あの禁術は、もはや邪法と言っても過言ではない。むごい代償の上に、術者の精神まで破壊しかねない術だった。
あれを扱うには、相当にネガティブで沈んだ心でなければならないのだ。
滅亡主義者にはそういう者が多そうだが、実際に適正レベルまで沈んでいるものはそこまで多くはない。
「あんな術に頼らんでも、うちには普通に強い奴はいないのか」
「困ったもんだ」
人ごとみたいに言うティルダに、何かを言い返そうとして、時間の無駄なので止めた。
代わりに、
「で……北工場の方からなにか連絡あったか?」
「変な男の声で、まかせてくださいやがれ、とだけ」
「ふむ、アイツもそれくらいは察しているか……チルスの方からは何もないか?」
「おぱんつ見られたとだけ」
「…………」
青筋を浮かべて押し黙るリギル。
そういうくだらないこと以外は、特に変わったこともなさそうだった。
「あと、お前が気にしていた例の術式の件だけどな」
「ぬ?」
「やはりあの娘……クレネストは何かを知っている気がする」
なんとなくではなく、ティルダはもう一歩踏み込めたような、そういう信憑性ある目つきで言ってきた。
「それは俺もそういう気はしているが、何か掴めたのか?」
「例の巨大なアレ……塔だかなんだかわからんが、形こそ違えど各地で目撃されているのは知っているよな?」
「ああそれは……」
「その出現していった順序を調べると、ちょうど星導教会の巡礼路と一致するらしい」
「なに! 本当か?」
こくこくと頷くティルダ。
「それらが出現した近場の巡礼地で、彼女の姿が目撃されている。偶然とは思えないだろ?」
続けて言ったその言葉に、リギルも唸り声を上げ、これまでのことを思いだす。
ゴラム盆地を航行中、初めてあの術式を見た。その時ゴラム市には、クレネストも訪れていたはずだ。次に見たのは、宝石のような巨大建造物。どうやら形は様々らしい。そこでもクレネストがいた。
最初に彼女の名を知ったのは、ポッカ島で戦ったというジルの話からだ。そのポッカ島でも、マーティルの大樹が巨大化したという話を聞いている。もし形状が変わるのだとしたら、それも同質の物ではないのだろうか?
推測して、
「なる……ほど」
自然と両手に力がこもってくる。
「あの娘の居場所はわかるか?」
「北方地方の巡礼地の何処かだろうな。まだ東の方へは、それほど進んでいないと思うが、問い合わせればすぐ分かるだろう。なにせ、あの見てくれだからな」
「そうか……」
ティルダの言う通り、居場所は簡単に掴めるのかもしれない。
だが問題は、
(あの時は、やはりはぐらかされたのだろうな。簡単に聞き出せるものではなさそうだ。とすれば……星導教会側が、秘密裏に何かをしているということか)
あれがクレネストの独断とまでは、当然のように考えが及ばない。
かといって、現実離れしすぎている禁術を、星導教会が保有しているとも考えられるわけもなく。
(何か超越的な文明によって作られた仕掛け……それに類するものが見つかって、起動するとああなるみたいな?)
さすがにリギルでも、まったく的外れの想像をしてしまう。
ただ仮にそうだとしても、なんの目的があってそんなことをしているのか?
「リギル」
「…………」
「リギルよ」
「ん? おわぁ!」
顔を上げると目の前にジルの顔があった。考え事をしていて気がつかなかった。
驚いて後ずさったリギルを、彼はいつも通りの腐れた目つきで見つめつつ、
「リギルがまた面倒くさくなってる」
「やかましいわ!」
彼の言い様に、思わずリギルは怒声を上げた。
「そもそもなんでお前は俺の顔をのぞき込んでるんだ!」
「この世の全てに本質的な意味なんて存在しない」
「わけわからんわ!」
怒ってはみるものの、ジルは不思議そうに小首を傾げた。
こちらが納得していない理由がわからない――そんな面構えをしたまま小さく口を開く。
「そんなことより飯ができたぞ……というか飯の時間だ」
結局流された。
それから飯の後――
隠れ家へと帰還し、トライ・ストラトス号の点検を済ませ、リギルは自分の工房へと戻った。
壁や床、広い机の上に、作品制作に使う様々な機材や工具、資材等が、綺麗に整頓されて置かれている。
星動灯が、既に工房を照らしていて、
「ジルよ……なんでお前がここにいるんだ?」
据わった目で、眼前の男を睨みつける。
「リギルよ、これはなんだ?」
こっちが先に聞いているというのに、それを無視してジルは、机の上の物を指さしながら聞いてきた。
そこにあるのは、ひとかかえほどの箱のような物。木製で、ところどころに金具がついている。真ん中には筒があり、フタをするようにガラスが付いていた。
ふぅっと、リギルはため息をつく。
「何に見える?」
「……小型星導砲。ここの筒から星動波動砲が発射される」
まるで的外れだが、これは仕方がない。
誰に聞いてもおそらく、頓珍漢な答えしか返ってこないだろう。
その頓珍漢な答えが面白くて、にやけながら答える。
「しねぇよ。これは武器じゃないからな」
「……?」
「まぁこれが何かは後のお楽しみだ」
おあずけを食らわせてやると、ジルは億劫そうに眉をひそめた。
普段から虚無感こじらせてる奴に、ちょっとした感情を引き出させてやるのは、なかなか痛快である。
「お楽しみということは、完成していないということか?」
それでも気になるのか、こいつにしては珍しく質問が多い。
「ああ、まだ動かない。これを完成させるには、術式回路の容量が致命的に足りなくてな」
「ふーん……それであの術式に拘っていたのか」
「そうだ。あのくらい精巧で緻密な術式なら、きっと足りるはずだ。もっと小型化も可能かもしれない」
「そうか」
淡泊な返事ながら、納得した様子のジル。
しげしげと謎の物体――彼にとってはだが――それを眺めて、決して触れようとはしない。
「どうした? どうせ星は滅ぶのだから、こんなもん作っても意味がないとか言わないのか?」
煙草を取り出し、火をつけながら、リギルは冗談めかして聞いてみる。
ジルは特に表情も変えないし、目も合わせてこないが、
「リギルにとっては食事のようなものらしいからな。最近そういう考えが浮かんできた」
これもまた、珍しく的を射た答えが返ってきた。
てっきり、”それを言うのも意味がない”みたいな、つまらんことを言い出すかと思ったのだが。
「そのくらい最初から気が付けよ」
苦笑しつつも、呆れ半分に言ってやった。
自身の心に光がない男でも、他人の光明に嫉妬したり、否定することはないらしい。
「で、あそこにあるデカい奴はなんだ?」
「ん?」
今度は工房の奥の方――星動灯の光があまり届いておらず、暗がりになっている場所を指さして、ジルが聞いてきた。
緑のカバーがかかっており、中身は見えないが、かなり大きい。幅も長さも、平均的な大人の体格ほどはある。そんな物が置かれていた。
「あれか? あれはお前用に作ってる武器だ。もう殆ど完成しているからな。ちょっと見てみるか?」
「……ああ」
面倒臭いとは言わず、意外と素直に頷くジル。
リギルはその物体へと歩み寄り、慣れた手つきでカバーを取り外した。