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ベッドの上で半身を起こし、トレイに乗せられた夕食を口に運ぶクレネスト。
魚の塩焼きにご飯、野菜スープ、山菜と豆の
セレストでは食習慣が違うが、北方地方出身のクレネストにとって、これらの料理は馴染み深い。
テスとエリオもそれぞれ椅子に座り、膝の上にトレイを乗せて夕食をとっていた。
そのさなか、エリオからジルとの一件を聞いたクレネストは、深く深く安堵のため息をつくのだった。
いささか興奮気味に過剰反応しているテスを制して、
「やはりあの時、姿を見られたのがよくなかったのでしょうね」
迷惑そうに呟いて、クレネストはうつむいた。
あのジルという青年――表情には覇気がなく、進んで行動するようなタイプには見えない。おそらく飛空艇から聞こえたもう一人の男の方。滅亡主義者とは思えないほどの気力に満ちた声音で、疑わしきは追及していく執念深さがありそうだった。クレネストの術式にどういう用途があるのかわからないが、そういった彼なりの目的の為に動いているに違いない――と、
「それで、子供の方はどうなりましたか?」
「はい、たいした怪我もなく、無事保護しました」
「そうですか……あと原始の星槍を使用した理由は?」
これは別に、クレネストも咎めて聞いているわけではない。彼が初手で、星痕杭を使わなかったことに疑問があった。
探るような質問に、エリオは少々考えるそぶりを見せる。
後ろ頭をかきながら、
「それがですね……自分でも不思議なんですよね」
たどたどしく前置きしてから続けた。
「奴との間に、何か違和感がしたんです。それで……防御術か何かだったらまずいなって思ったので」
「はぁ……防御術ですか」
「はい、たとえ防御術だったとしても、原始の星槍なら滅多なことで防がれることはないと考えたわけでして……」
エリオが言い終えると、テスがこちらを見るので、クレネストも顔を見合わせて頷いた。
彼女らの挙動を、彼はどことなく気まずそうに眺めていたが、
「ふむ、これはエリオ殿も腕を上げたということかの」
「私、エリオ君のこと見直しました」
テスは感心したように、クレネストも嬉しそうに手を合わせ、称賛の言葉を上げた。
「え? いやその……どういうことなんです?」
目をぱちくりさせながらエリオ。
当の本人は自覚がないらしい。
「ジルという人の防御術ですが、私が使っている防御術と同じ系統のものですよ? それを察知できるようになったなんて、普通に考えて凄いじゃないですか」
クレネストが当たり前のように言うと、エリオは困り顔で口を開く。
「いや、それが……自分でも、どうしてそれができるようになったのか、よくわからないんです」
「テスちゃんと随分手合わせしているのでしょう? 修行の成果では?」
「……し、知っていらしたのですか」
「ええ、テスちゃんがたまに寝言で喋ってますから」
ショックを受けたようにエリオが頭を抱えた。
どうやら彼は、あまりそのことを知られたくなかったようである。
「なんかすまんのぉ」
目を点にしながらテスが謝罪する。
「いやいや、いいよ……うん」
悪気があるわけでもないので、エリオもそう言って嘆息するしかなかった。
気を使っているのか、単に恥ずかしがり屋なのか――彼の思い――それはさて置いて、クレネストは次の質問へ移る。
「原始の星槍で他に被害は出てませんよね?」
「はい、心持ち上昇するように撃ちましたから」
「それなら大丈夫です。ある程度飛んだら消失するように作ってますので」
「……そうだったんですか」
「はぁ、言ってませんでしたか?」
「ええまぁ」
「それはごめんなさい。あれの飛距離は大体四〇〇ルムほどです」
運動場を一周するよりは、若干長い飛距離である。安全の為に、多少のアレンジを加えておいたのだ。
「それを聞いて安心しました」
と、エリオ。
ちゃんと伝えていなかったことを、クレネストは心の中で猛省する。彼が撃つことを躊躇わなくてよかった。
「そういえば、ぬしらもその……原始の星槍とやらを持っておるが、どこで拾ったのじゃ?」
まるでその辺にでも落ちていたかのように、テスが聞いてきた。
マーティルの大樹で、確かあの大男――ローデスが遺物と言っていたのを思い出す。
「先ほど”作った”と言いましたよね。これは、私が作ったものです」
「かぁ~! 作れるのかぇ!」
テスは大口を開け、仰け反って驚いた。
その大げさな反応を面白く見やりつつ、クレネストは続けて説明する。
「色々と機会に恵まれまして、断片的な情報を補完しながら再現してみたのです。でも、世界の柱から比べればたいした作業ではありませんでしたし」
「ぬぐっ……」
呻いたテスは、納得せざるを得ないという感じで、それ以上の言葉を失った。
「さて、その世界の柱ですが……」
クレネストは、声を潜めて切り出す。
ここからが本題である。
「場所はコントラフルト巨大生体保護区。代償は、そこに住んでいる竜達です」
エリオとテスは、真顔でこちらを見たまま特に驚きもせず、クレネストの言葉を待っているようだった。
一呼吸の間を置いてから、話を続ける。
「そして今回は、少々特殊な方法を取らなければなりません」
「特殊な方法ですか?」
これは予想通りに、エリオが疑問符を浮かべた。
クレネストはゆっくりと頷いて、
「今回の柱は、新世界に昼夜をもたらすための機能を有します。昼の柱と夜の柱、それぞれが対となる柱であり、二本同時に術式を解放しなければなりません」
「な、なるほど……昼と夜で二つの柱ですか」
それだけで納得しかけるエリオ。
「あれ? でもなんで二つなんですか?」
やはり彼は、すぐに気が付いた。
ふつう夜となれば、日の光が当たらなくなるだけである。おそらく”日の光を消せばいいだけではないか?”、と想像しているに違いない。それなら、柱は一つで足りると――
咳ばらいをしてから、クレネストはそこのところを説明する。
「新世界の空は、術的な防壁によって守られています。そのままでは、気色の悪い色で覆われてしまいますので、出来るだけこの星と同じ空を再現したかったのです。正確な表現ではありませんが、天井に星空や青空、月や太陽、星々を投影するようなものと考えてください」
「おお、そういうことですか!」
エリオはポンっと手をうって、今度こそ納得したようだった。
「二つ同時でなければならない理由は、昼と夜の柱を安定して同期させるためです。時間がずれてしまうと困りますから」
「そう……ですよね」
この説明には、ちょっと難しそうな顔を見せるエリオ。かろうじて理解できた感じである。
(本当は、もっと色々とあるのですが……)
完全な説明をしても、おそらく二人が目を回すだけだろう。ポッカ島のことを思いだして、言いたくなるのを自重する。
我慢する代わりに、クレネストは吐息を漏らし――
「コントラフルトの西地区と東地区に、それぞれ立てます。保護区には生態調査用の周遊道がありますので、それを使います」
「かなり長い距離ですね。宿もないのでは?」
「はい、野宿をしなければなりませんね。術を仕込み終えたら、一度巡礼路へ戻ってから東へ向かいます」
「と、トイレは大丈夫なんじゃろうな?」
テスが横から、なにやら鬱な影を額に垂らしながら聞いてくる。
先日やらかしたので、相当ナーバスになっているのだろう。たぶん。
「野宿する際は、簡単なトイレくらい作りますので」
そうクレネストが言うと、テスは息を吐いて脱力した。
「血液はどうなされるのですか? もし、それほど時間を開けられないのであれば、お体にさわりますし」
と、今度は心配性になってしまったエリオが聞いてくる。
もちろん、貧血で倒れるなどという情けない事態にならないように、クレネストもそのことは最初から考えていた。
「今回は、ひと柱分だけ予め用意します。いつもは不測の事態に備えて、現地で採血していますけど」
「でしたら、保護材と箱を用意しておきます。万が一、管を割ってしまっては大変ですので」
エリオがそう申し出ると、
「箱じゃったら、テスの保冷箱を使えばええんじゃないのかぇ? ゼクターが座れるくらい頑丈じゃったぞ」
そう提案してくるテスに、クレネストは少々驚いた。
「あの箱、貰っちゃったんですか?」
「んむ、貰うた。返さなくてもよいとな」
「あらまぁです」
それはとりあえずとして、確かにあの箱なら安全性は高いし、保存もしやすい。
法術と組み合わせれば、まず血液がダメになる心配もないだろう。
「それはいい考えです。使わせてもらいますね」
「うむ」
口元をくりっと曲げながら、心底うれしそうにテスが頷いた。
「あとはエリオ君の方ですが」
言って、クレネストが再びエリオに目を向ける。
彼の方は、結構な自信があるのだろう。堂々とした態度で見返して、口を開いた。
「こちらは順調でして、もう少しで完璧に覚えられそうです」
「覚える。はぁ、治療の手順とか技術のことでしょうか?」
「うーん……そんなところですが、具体的なことは、その時のお楽しみということで」
どういう理由があるのか、もったいぶるエリオ。
気になりはしても、そう言われてしまっては、心理的に詮索しにくい。とりあえず、順調であるならば何でもよいだろう。この状況を打破する方法が、他にはないのだから。
クレネストはスープを一口すすり、
「わかりました。準備ができ次第、お願いします」
「かしこまりました」
エリオが深く頭を下げた。