●世界観B創世記・星の終わりの神様少女5

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 さて、これで何人目のチャレンジャーだろうか?

 チルスはうんざりするでもなく、悲観するでもなく、ただ漠然とそう思った。

 今は深夜。ほぼ自宅状態のほったて小屋で、延々と落書きをしていたところだった。

 一階のアトリエから、誰かがハシゴを登ってくる。ここから姿が見えるわけではないが、気配を探るまでもなく音で十分。当然、呼んだお客様というわけもなく、勝手にドアか窓をこじ開けて入ってきたのだろう。

 描く手を止めて、チルスは椅子から立ち上がる。

 登ってきたのは、無精ひげの男だった。非常におっさん臭いが、見た目より若かったはず。顔は知ってるし、名前も知っている。なにせ、ここの工員だからだ。

 彼はハシゴを上りきると、興奮した様子で荒い息をしながら、チルスを凝視した。

「レグス……なんなの?」

 半眼で睨みつつ、レグスと呼んだ男に、わかりきったことを聞いてみる。

 すると彼は、自分の股間をまさぐりながら、大きく口を開いた。

「お、大人しくしろ……騒がなければ無茶はしねぇから」

 とまぁ、こういうわけである。

 こんな辺境の地に、女一人と大勢の男がいれば、別に珍しいことではない。言いよられることも、痴漢行為をされることもしばしばである。こうして強姦目的で乗り込んでくる輩も当然いるわけだ。

 チルスはもう、嘆息すらでない。やる気のない目つきで淡々と、機械的に言葉を発した。

「いちおう警告。このまま出ていけば不問にする。私に手を出すなら、それなりの措置を取る」

 もちろん、うら若き女性のチルスに、大の男を退かせる迫力などあるわけもなく――レグスは両手をかざしながら、ゆっくりと迫ってきた。

 逆らえないように力で押さえつけてしまえばよい。そんな考えが見え透いている。

「へへへ、脅かしたって無駄だって、こんなところじゃ誰も助けにこねぇよ」

 ささやかな抵抗とみて、余計に興奮したらしい。

 近づいてくる足が速くなった。

 今なら好き放題できる。もはや目先の欲求にしか頭が回っていない。

 そんな勘違い男に、

「いや、助けならここにいるよ」

 ボソっと言って、チルスは右腕を水平に振るった。袖の中から、白い物体が飛び出す。手慣れた動作でそれを握りしめた。

 形は丸い棒状で、チルスの前腕よりは短い。術式文字が大量に彫り込まれていて、まるでどこかの遺跡から出てきた骨董品であるかのようだった。

「おいで、サウラティカ」

 チルスが、何かの名を呼んだ。

 その途端――

 棒に彫り込まれた術式文字が紫に輝き、ふわっとした風が球状に広がっていく。ツインテールが大きく煽られて、優美な曲線を描きながら揺り戻り。

 レグスは足を止めていた。長い呻き声を盛らしている。目をむきながら感じているものは、おそらく恐怖。

 振るえる指先でこちらを――正確には、チルスより上を指さして声を上げた。

「な、なんだそいつは!」

 チルスも、”それが現れた”気配を背後に感じていた。部屋が淡く、ゆらゆらとした白い光に照らされている。

「さぁ? なんだろね?」

 言いつつ、振り返って見上げてみた。

 見た目は人型。その全身が、白い炎で燃え上がっているような感じだった。炎といっても、熱は発していないし、音もしない。大きさは、熊ほどある。頭が天井に届きそうだった。

 これが何なのかは、自分でもよくわからない。親元から離れる以前――小さい頃に住んでいた家の、屋根裏部屋で偶然見つけたのだ。

 サウラティカという名前については、この棒状の物体に書かれているらしい。自分には読めない。

 小さい頃、近所に住んでいた”とある幼女”が、何故かこういうことにやたらと詳しかったので、解読してもらったのだ。扱い方まで書かれているらしいのだが、本当に動いた時は、思わずダッシュで逃げた。

「うわっ!」

 レグスの場合はどうかというと――床に尻もちをついて、ガタガタと全身を震わせていた。逃げるどころではない。完全に腰を抜かしている。

 チルスは、優位にかこつけて侮蔑するわけでもなく、ただ漠然と見下ろして、

(いつものようにやって)

 頭の中で願望を描くと、サウラティカはその通りに動く。しかも、”空気を読んでくれる”上に、動作も正確で器用。

 敏捷性が高く、物凄い速度でレグスに躍りかかった。

「ヒィッ! 化け物!」

 悲鳴が上がる。大体みんな、同じ悲鳴を上げる。月並みな悲鳴でつまらない。

 チルスは、もう少し気の利いた悲鳴でも上げてくれればと思いつつ、サウラティカの行為を眺めていた。

 床に押さえつけられ、ズボンを脱がされて――後はなんというか、ただただ惨い光景が繰り広げられる。

 もっとも死ぬ心配はないのだから、これはただの手術ともいえた。どういう仕組みなのか、死ぬほど痛いというわけでもないらしい。出血も少量で、外傷もすぐに修復されてしまう。

 とはいえ、男としては死んだも同然なのかもしれない。

 一時間後――

「おっおっ……」

 サウラティカに去勢され、小屋の外へと運ばれたレグス。

 ふらふらと歩いて、大きく体が傾くが、倒れそうで倒れない。その表情は、白目をむいて完全にイっていた。

 汚い尻を丸出しで、精根尽き果てたという言葉を背に描きながら、工員宿舎の方向へ帰っていく。

「ありがとう。もういいよ」

 二階の窓から見下ろして、チルスがそう言うと、サウラティカが弾けて消える。炎の残滓が宙に舞い、広がる風に、道端の雑草が揺れた。

 窓を閉じ、カーテンを引き、欠伸もでて――壁上にある時計を見やれば、もう零時を回っている。

(寝るか……)

 一連の騒動の後でも感想はなく、この程度の思考しか沸いてこなかった。

 チルスは、寝間着に着替える。

 クローゼットから取り出したのは、全身真っ黒のパジャマ――下はスカート状。まるで喪服のようだが、アルビノであるチルスの白肌が際立つ。

 柔らかな布の感触を心地よく思いながら、チルスはリボンをほどいて髪の毛を下ろした。

 流麗な白銀糸の髪が、ふわりと空気を受け止めながら落ちていく。

 ツインテール娘から、ただの長髪娘になったチルス。どこか幼さが抜けて、大人の女性という感じになった。それでも年相応かといえば、少々疑わしい童顔っぷり。

(っと、歯磨き)

 チルスは、風呂のある小部屋へ向かう。洗面台もそこにあるからだ。

 いつもどおり、とことこと音を立てて、歩いていく。

 と――

「んー?」

 チルスは眉をひそめ、高いピッチで不満気に喉を鳴らした。

 というのも突然、言葉にするなら「キンコン」という感じの音が鳴ったからだ。

 別におかしな現象ではなく、これはようするに呼び鈴の音。誰かが玄関の呼び鈴を鳴らしたということだ。

(こんな時間に? まさかまたレイパー?)

 しばらく様子を見ようかと思ったが、それはそれで逆に時間がかかる。

 嘆息して――

 仕方なくチルスは、一階へと降りて行った。

 ドアの前に立ち、

「誰?」

 問いかける。

「チルス、俺だよ俺!」

 これはクルツの声とすぐにわかった。

 理由は分からないが、妙に気が抜けてしまう。

「何?」

 チルスがドア越しに尋ねると、

「いや、変な光が見えたんでさ! つーか今そこで、ケツ丸出しでアヘってる変態とすれ違ったぞ?」

 クルツが困惑気味にそう伝えてくる。

 何と言ってよいものやらと、チルスは考え――とりあえず鍵を外し、ドアを開けた。

「お? おお……髪下したパジャマ姿の君は……これまた……」

 こちらの姿を見るや、クルツは口をすぼめ、感嘆の言葉を漏らしてきた。

 そういう反応されると、それはそれでくすぐったいものがある。

 チルスは、一つ咳ばらいをしてから、口を開いた。

「こんな時間に、なんで外ウロウロしてるの?」

「仕事終えて夜風でも浴びようかーってね」

「風なんて吹いてないけど」

 周囲を見回しながら、怪訝そうにチルス。

「う……まぁ、それは言葉のあやというもので、ただの散歩だよ散歩」

 呻いて、クルツは苦笑を浮かべた。

「そんなことより、何かあったんじゃないのか?」

「別に……そのアヘってる男に言い寄られたんで、心を挫いてやっただけだよ」

 素っ気なく答えてやると、彼の苦笑が困惑のそれに変わる。

「け、ケツ丸出しでアヘらせるほど挫いたのか? それともケツ丸出しで言い寄られたのか? いや、ケツ丸出しでアヘりながら言い寄ってきたのか?」

 チルスはジトっとして、

「……その質問は重要なの?」

「い、いやまぁ、チルスに何もないならいいんだけどさ~」

 頬をかきながら、今度は困り顔でクルツ。

 チラチラと、こちらの顔色をうかがい――そこはなんの下心も打算もなく、純粋に心配してくれているのだろう。

 仕方ないな、という感じで、溜息まじりにチルスは口を開いた。

「最初が正解。でも明日になれば、真面目に働いてくれると思うよ」

「その根拠はどこから?」

「こういうことは稀によくあるから」

「稀によくあるのか……」

 納得したのかしていないのか、曖昧な雰囲気で言葉を発する彼。”アヘらせた方法”が気になっているのかもしれない。

 そんなことを聞かれても面倒なので、彼が言葉を続けるより先に、チルスは話題を変えた。

「クルツこそ、朝早かったのにこんな時間まで仕事してて大丈夫なの? 明日だって早いのに」

 尋ねると、クルツは少しの間きょとんとし、

「ん? あーまぁ、確かに疲れたなぁ~、頑張ったからチルスたんに癒してもらいたいわ~」

 髪をかき上げ、あさっての方向へと視線を向けながら、おどけた感じで言ってくる。

 期待もしていない軽口のつもりなのだろうが、疲れているのは本当だと思った。

 チルスは、溜息をついて口を開く。

「癒されるかどうかは知らないけど、お茶くらい飲んでく?」

「え? マジで?」

 髪をかき上げたポーズのまま、目線だけこちらへ向けるクルツ。意外そうな顔というのは、こういうのを言うのだろう。絵に描いたようなマヌケ面。

「うん、まじ」

 ぽそっと言って、こくっと頷くチルス。

「お茶にアヘる薬とか入れたりしない?」

 変な心配をする彼。ちょっとだけ面白くて、チルスは思わず笑いそうになった。

「そんな怪しい薬なんて持ってないよ」

 ほころぶ口元を、手の平で隠しつつ言うと、

「うひょ~、女の子と二人きりでお茶するなんて初めてだよ! こりゃ疲れもぶっとぶわ~!」

 クルツはガッツポーズで歓喜した。感情が筒抜けで非常に分かりやすい。とはいえ、こんな自分とでも嬉しいものなのだろうか? そこまで喜ばれると、少し照れる。

「でも、変な気おこしたら遠慮なくアヘらせるからね」

 照れ隠しついでに、チルスはクギを刺しておくのだった。

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