●世界観B創世記・星の終わりの神様少女5

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 コントラフルト巨大生体保護区を出た後、一つの巡礼地を経て、次はトーザス町――クレネスト達が到達したのは、コントラフルト巨大生体保護区で一夜を過ごした二日後の昼過ぎだった。

 まだ星導教会へは立ち寄らず。旅の駅で休憩し、星動力を補給したあとは、すぐにトーザス町を出て北へ向かい始める。ここに来るまでは四時間ほど、さらに八時間はかかるだろう。

 人里を離れ、万緑に覆われた山間部を通っている最中、

「あ~、飛空艇がとんでますね~」

 間延びした声で、これをエリオが言った。

 長時間の運転で、相当に疲れているはずと思うのだけど、彼には変に余裕がある。ケトルカント村での一件以来、何故かとても元気がよい。

 それはともかく、空を見れば、確かに飛空艇が飛んでいた。

 箱舟型で、色の白い中型旅客艇――船でいうところの、三つのマストの部分に、三重構造のローターがついている。船尾にスクリューではなく、巨大なプロペラが回っていた。

「トーザス空港が近いですから」

 と、答えたクレネストは、長い髪の毛を布で覆って隠していた。

 それだけではない。似合いもしない桃色の口紅を塗り、化粧も濃く、茶色の色付きの眼鏡をかけている。とてつもなく怪しげな人に見えることだろう。鏡で自分の姿を見て、軽く眩暈がしたくらいだ。

 エリオの方は、ブリムのついた黒の丸っこい帽子をかぶっている。服装もローブではなく、平凡きわまりない白シャツに黒いベスト。サングラスをかけているので、チャラついている人のようにも見えた。

 無論二人とも、怪しくなったり、チャラくなりたくてやっているわけではない。

 こんな恰好をしている理由。それは、巡礼路を著しく外れるからだ。

 クレネストの特徴的すぎる容姿は記憶に残りやすい。巡礼地から外れた場所で、特に理由もなく、彼女を見かけたと噂になるのは非常にまずいのである。

 彼の方も、念のためということで、いつもと違う恰好をしてもらっている。

「今、向かっているティグレー村にも、小さいながら空港があります。おそらくそこへ向かう飛空艇でしょう」

 と、クレネスト。

「へぇ~、村に空港ですか」

 エリオが意外そうな声音で言った。田舎の空港など、特に珍しいことでもないと思うのだが……

 すっと息を吸って、静かな声音でクレネストは語る。

「ティグレー村の周辺には、鉱山や工場が多いらしいので、ほとんど労働者村という感じなのです。近辺に、他の村や町はなく、トーザス町からの細い陸路があるだけで、それも冬になれば閉ざされてしまいます」

「ええと、そのような場所でも経営が成り立つものなんですか?」

 彼が意外そうな声を出していたのは、どうやらそこが理由らしい。

 クレネストは、小首を傾げて口を開いた。

「さぁどうでしょう? お仕事に観光と……たぶん、人の出入りは結構あるのではないでしょうか」

「なるほど、そんなところですか」

「ただの赤字経営という可能性もありますけど」 

「ははは……」

 エリオが乾いた笑い声を漏らす。

 その横顔を、何気なく眺めてから、クレネストは再び空の方へ視線を戻した。

 クレネスト達がティグレー村に入ったのは、子供はそろそろ寝る時間だった。

 辺境の大地にぽつんとある村なので、夜ともなれば薄暗く、さぞ閑散としているだろう――そんな勝手な想像をしていたのだが――

「なかなか派手じゃなぁ」

 今の今まで相当暇だったのだろう。後部座席に膝を乗せ、車窓から興味津々に外を眺めているテス。

「そうですね」

 ぽそっと言ったクレネストも、こういう場所を見たことがなかったので、もの珍し気に観察していた。

 星動灯で彩られたド派手な看板。どこからともなく流れてくる軽快な音楽。密集して建ち並ぶ酒場、食堂、遊戯施設、そして怪しげな店。

 道行く人影も多く、ティグレー村の中央通りは、昼間のような陽気さと活気があった。

「ひょっとして、人口だけなら並の町より多いのでは?」

 エリオが冗談交じりに口にする。

 確かに、村とは思えないほど建物が多く、町といわれても不思議ではない。

「はぁ、そんな気がしますね。私もこれほど活気のある村とは思っていませんでした」

 感心の声上げてからクレネストは、例の黒いファイルを、バッグの中から取り出した。

 これだけ周囲が明るいと、小型星動灯で照らす必要性もない。ぱらぱらとページをめくり――程なくしてティグレー村の地図を見つけた。

 やはりこうして地図で見るのと、実際に訪れるのとでは、全くイメージが違う。

 地図に記載されているのは、ほんの一部の主要施設だけで、細かい建物は描かれていなかった。網目のような道路ばかりの、殺風景な地図。この華やかさは、まったく伝わらないだろう。

(道さえわかればよいのですけど)

 クレネストは心の中で呟いて、

「そこ左です」

「あ、はい」

 中央通りを外れて、星動車を村の西側へと向かわせる。

「ここからさらに、一時間少々かかります。今日は移動ばかりでお疲れでしょうけど、いましばらく力をお貸しください」

 申し訳なさそうに言って、クレネストは頭を下げた。

 するとエリオは、ぎょっとしたように目を丸くする。慌てた様子で片手をパタパタと振って、声を上げた。

「いえいえそんな、よしてくださいよ。クレネスト様のお役に立てるのなら、骨惜しみはしませんって……」

「はぁ……」

 クレネストは吐息をもらし、しゅんっと肩を竦め、膝の上で拳を握る。

(私のため……ですか……)

 世界のためとか、生き残るためとか言わないエリオ。純粋なまでの忠誠心で、付き従ってくれているのが分かる。非常に喜ばしく、理想的な状況と言えよう。

 しかし――

(何故でしょう? なにかがひっかかります……)

 胸の中で、もやもやとしたものが渦巻いている。

 物足りない感じというべきか、不満のようなものを感じていた。どうにも理由がわからず、自身の感情に、クレネストは戸惑う。

(いえ……多分、私も疲れているせいでしょうね)

 適当に理由をつけて、クレネストは深呼吸をした。もやもやとした感じは、すぐに引いていった。

「とはいえ、こう車に乗ってばかりでは、いかんせん退屈な上に体がなまるのぅ」

 こちらは遠慮なく不満げに声を上げるテス。億劫な気持ちはよくわかる。

 身をひねり、後ろを覗き込んでクレネストは、

「ごめんなさいねテスちゃん。世界の柱を立て終わったら、村に戻って宿でゆっくりと休みましょう」

「お、今回は野宿じゃないのかえ?」

「世界の柱が出現した近くで野宿はできません。ヤジ馬や軍警察が寄ってくるでしょうし」

「んむ、それもそうじゃな」

 腕を組んで、うんうんと頷いているテス。大股を開いているのが少々はしたない。でも、嬉しそうだった。

 ひねっていた体を元に戻し、クレネストは居住まいを正す。

 そこからしばらくの間――三人は無口になった。

 村はずれまで来れば、さすがに辺りは暗い。街路灯はなく、民家も見かけなくなった。その代わり、銀の砂を散りばめたかのような星空と、中天に浮かぶ三日月が主張をしだす。左手に広がる湖、右手に散在する池――数百の水面には、その星空が投影されていた。荒野の向こうには山も見えているが、まるで影絵である。

 闇夜に沈んだ行く先の大地に、全く発光物がないかと言えばそうでもなかった。見える範囲で四カ所ほど、星動灯の青白い灯りが複数でまとまっている。

(ん、工場ですね)

 ぼんやりと眺めて、クレネストは思った。

 こんな時間でも、灯りがついている工場が結構あるものだ。

(夜間に働いている人も、沢山いるのでしょうか?)

 あごに手を添えて、うつむく。

「どうかしましたか?」

 エリオがこちらの様子に気がついて、声をかけてきた。

 クレネストは顔を上げ、

「いえ、工場に灯りがともってますので、まだ働いている人がいるのかと思いまして」

「うーん、夜勤の人がいるのかもしれませんけど」

「はぁ……ではやはり、射程ぎりぎりの距離で、封印を解除した方がよさそうですね。保護区付近で、誰かに移動しているところを見られたくはないので」 

「それもそうですね。それで、どのくらいの距離になるのですか?」

「半径三〇セル以内です」

「え? 三〇セルですか?」

 質問に答えると、エリオが早速、首をひねった。

「ええと……たぶん何か仕掛けがあるのでしょうけど。もう一つの方は、ここから相当離れていますよね? そちらはどうやって封印を解除するのですか?」

 それは純粋に、好奇心からの質問だろう。不安気にではなく、彼の口調は世間話のような気楽さだった。

 クレネストも、それに合わせて気楽に答える。ただ、普通の理解では難しい話かもしれない。

「はい、もちろん仕掛け……と言うのかどうかは疑問ですが、距離はどれだけ離れていようと関係ありません」

「そ、それはまた不思議な話ですね」

「物理面を詳しく話すと難しすぎると思いますので、抽象的な話をします」

「は、はぁ……」

「対の柱は表裏一体の術式でして、こちらの術式を組んだ段階で完成します。その片方を解除するだけで、もう片方には何もしなくても、解除されたことになります」

 説明しだすと、それでもエリオが難しそうな顔になった。かまわずクレネストは続ける。

「ようするに、表があれば裏があるように、二つで一つの存在ということなのです」

「えーと、にわかには想像しにくいのですけど、何らかの力で繋がっているような状態とは違うのですか?」

「はい。存在そのものが、空間を飛び越えて一つになっているものと考えてください」

 クレネストがそう答えると、エリオが苦笑を漏らし、頭をかいた。

「い、いやはやそれは……もはや超常現象みたいな感じに聞こえますが、今となっては納得してしまいますね」

「それが禁術というものです。エリオ君も実際に使ってみたわけですし、なんとなくでも実感があるのでは?」

 顔を向け、小首を傾げながら聞いてみると、彼は短く呻いた。

「そうですね……何も無かったところから、存在そのものが沸きだしてくるような感じでした」

「はい、そんな感じですよね」

「あの術を使った時、クレネスト様の中で、それを感じまして……」

 コホンっと遮るように咳払いを一つ、クレネストは顔を赤らめてうつむく。

「あの……その言い方は、なんだか恥ずかしいです」

「あっ! いや! 不思議な力といいますか、要素そのものが、患部に直接現れてくるという感じでした」

 慌てて言い直すエリオ。別に言い直さなくても、変な誤解はしていない。

 クレネストは、膝の間で両手の指を絡めた。あごを上げて、腕を伸ばす。背中の筋肉が、それにつられて引っ張られるのを感じながら――すっと力を抜いた。自然と口から、短い息が漏れる。

「ですけどエリオ君。あくまで禁術は、何かの存在と引き換えであるということを忘れないでくださいね」

「……はい、肝に銘じて置きます」

 照れ隠しついでの忠告を、素直に聞き入れるエリオ。

 深く思慮している様子の彼を見て、クレネストも満足げに頷き、

「さて、ようやくですね」

 粛々と呟いて、気を引き締める。

 コントラフルト巨大生体保護区――

 エリオが運転する星動車は、青い光連なる周遊道へ、躊躇うことなく向かっていった。

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