●世界観B創世記・星の終わりの神様少女5

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 工房の作業台に置いてある金色の丸時計は、九時の辺りを示していた。

 茶色いカーテンの隙間から、さわやかな朝の光が射し込んでいる。

 目を覚ましたばかりのリギルは、眠気で重い体に喝をいれるため、一気にカーテンを開いた。

「ぶぉわっ!」

 いきなり吹いて、飛びのくハメになる。

 窓のすぐ外には、こちらを覗き込んでいるジルがいた。

「いいいいいったい何のつもりだお前は!」

 リギルは勢いよく窓を開け、怒鳴りつける。さわやかなはずの朝が、この不気味な変質者のせいで急速に腐っていった。

「今さっき帰ってきたんだ。これ土産だ。渡そうと思ったんだが、鍵が開いてなかったから様子見てた」

 手さげの紙袋をかかげながら、もそもそと説明するジル。袋には『北星菓子ほくせいせいか』と書かれていた。

 変なところでマメな奴である。

 軽く眩暈めまいの起きた頭をコンコンと叩き、リギルは口を開く。

「あーそうかそうか、ありがとうよ。ちょいと寝坊しちまったんでな……で、ここ数日姿も見せずに何やってたんだ?」

「捕まった二人を始末するついでに、クレネスト司祭の居場所がわかったから、ちょっと探ってた」

「ほぅ?」

 リギルは目を光らせた。その名前が出た途端、ボヤけ気味だった頭の中が覚醒する。

「それで?」

「ケトルカント村で倒れたらしい。だから入院しているという病院へ潜入してみたけど、その時にはもう退院していたらしくてな。本調子じゃないなら誘拐するチャンスだと思ったのにな」

 と、ジルは疲れたように言って、一度溜息をついた。そして続ける。

「クレネスト司祭は昨日のうちにトリス村を通過して、そろそろトーザス町へ着いたはず……そう思ってたんだが、どうにもまだ着いていないらしい」

「む、お前はトーザス町までいったのか?」

「いや、トーザス町へは星動通信で現地組織に問い合わせた」

 随分と中途半端なことであるが――それはともかくとして、クレネストが未だに着いていないという部分に、リギルは引っかかりを覚える。

 普通であれば、星導教会の事だ。何かしらの奉仕活動をしていて遅れるというのは不思議でもない。ただ、クレネストに限っては、あの巨大な建造物に関与していて遅れたのではないか? と、勘ぐらずにはいられない。

 リギルが髭をなでつつ首を捻っていると、

「おまへらおふぁよぅ」

 あくびの混じった女性の声が聞こえてきて、がくっと脱力してしまう。

 ジルの後ろから声をかけてきたのは、黒いネグリジェ姿のティルダだった。わざとなのか偶然なのか、右側の肩紐が落ちているのが悩ましい。

「ティルダ、これ土産だ。それと捕まった二人は始末しておいたぞ」

 そう伝えながら、紙袋の中からひとつ、木箱を取り出し彼女へ手渡すジル。

「わー絶対これ美味しいやつだ~後でお茶飲みながら食べようー」

 受け取った箱を天に掲げて、ティルダがふわふわとした声音で言う。それは天然なので、別に深い意味もなく呑気に喜んでいるのだろうけど――

「それはそうとだな、また例のアレが出たらしい」

 急にキリっとして、彼女は体を戻した。箱は大事そうに抱きかかえていた。

「ほう、それは巨大建造物のことか?」

 窓枠の上で腕を組み、リギルが尋ねると、ティルダはゆるっと頷いてみせる。

「北工場にいる変な男からの連絡でな……今回の奴は見るからに闇属性とか。昨夜、なんたら保護区の方に現れたらしいが、工場からでも見えるそうだ」

「……はて?」

 闇属性とか言い出すのはクルツだろう。それはともかくとして、リギルは首を捻る。

「そりゃまた巡礼路から随分と外れているようだが、周辺でクレネストの姿が目撃されている、ということはないのか?」

「聞いてみたが、それはわからないそうだ。でも、レーテ町から帰ってくる途中だったら、そんな奴等を見たとは言っていたな」

 両手を広げながら、ティルダが言った。

「レーテ町だと?」

 リギルが問い返す。

「その時も”破滅の使者”を見たとか」

「は、はめつのししゃ? なんだそりゃ」

「星導教会にしょっちゅう絡んでいる奴等が、あの建造物をそう呼んで発狂……じゃなかった、熱狂しているらしいぞ」

「あー、そういえば騒ぐことしかできないバカ共が、なんかまたギャーギャーやっとるみたいだな」

 リギルは眉間にしわを寄せ、うっとうしいハエでも追っ払うかのように、パタパタと右手を振った。

 あの素晴らしい建造物を、くだらない乱痴気騒ぎのダシにするとは、なんとも不快な事である。

「でも、星導教会が本当に裏で動いているのだとしたら、そいつらが言うような”破滅の使者”ってことはないと思うけどなぁ」

 ジルが、何かひっかかるような物言いで喋りだした。

 首を横に傾けて、だるそうに目を細めながらも、彼はボソボソと続ける。

「星動力の問題点は星導教会側も認識していて、それを解決する切り札が、あの建造物ということはないか?」

 ティルダが口を半開きにして、リギルは苦々しく呻いて、それを言ったジル当人も――全員が嫌気の表情を浮かべてしまった。

 確かにそれは、考えられないことではない。

「なるほど……つまりは、クレネストや星導教会の動向を監視する必要性があるということか」

 あごのあたりで親指と人差し指をブイの字にしながら、ティルダが口にする。

(クレネストの……監視か……)

 星導教会を相手どるというのは、かなり難儀な話ではある。しかしながら、クレネストを組織的に監視するとなれば、リギルにとって好都合ではあった。

「クレネスト司祭は用心深そうだし、一緒にいた赤毛は意外と鋭い。ヘボいのに調べさせても、すぐに勘付かれて面倒臭いことになる」

 珍しくジルが、饒舌に意見をだしてくる。顔つきは相変わらず腐れているようだが、口調は少し早口になった。

 ティルダは、ブイの字にした指を崩さず、首だけ回してジルの顔を見上げる。

「なんだ、あの赤毛のことを、随分と知っている風ではないか」

「ケトルカント村でクレネスト司祭を探してた時にちょっとな。しかも、あんなものまで持っているなんて思わなかったよ」

「あんなもの?」

「原始の星槍だ。間違いない」

「げ、げんしの……せいそう? なんだそれは?」

 ティルダが興味深げに聞き返す。

 リギルも関心の目を向け――念のため記憶を探ってみるが、やはり聞き覚えがなかった。

 ジルは、注目している二人の顔を交互に見返すと、ひとつ溜息をついてから説明していく。

「一般公開はされていないが、昔オーランズピーク博物館で、一度だけ保管されているものを目にしたことがある。形は星痕杭に酷似しているが色は真紅。高度な禁術によって生み出される強力無比な古代兵器だ。一説では星痕杭の原型とも呼ばれ、使い方も似ている。ただし、威力がケタ違いなのと、ステラの固定や術の増幅機能を持っている」

「禁術だと? なんでそんなものを星導教会が?」

 怪訝に思い、リギルがそう口にすると、

「失われた術式だからな、残ってるのは断片的な文献と過去の遺物のみ……それが博物館にあるくらいなんだから、いくつか星導教会が保有していても不思議じゃ……」

 そこまで喋ると、ジルは急に眉をひそめた。

「……あれ? そんな貴重なものを持ち歩ている上に、遠慮なくぶっぱなされたわけだが――どうなってんだ?」

 疑問符を浮かべつつ、ぼそぼそと自問しだす。

 リギルは嘆息して、

「そんなもん、お前はかなりの危険人物としてあいつらに警戒されてるんだろうよ。そういう武器を持たされているってことは、やはり重要な任務ってことなのかもな」

 頭を回しているジルに適当なことを言って、窓枠から腕を離した。胸ポケットの中からタバコの箱とライターを取り出し、残り少ないうちの一本を口にくわえる。それから火をつけて、一服――宙に煙が広がっていった。

「クレネストには聞きたいことがあるからな。監視するのはいいが、それ以上はちょいと控えてくれよ?」

 指に挟んだタバコを、ティルダに向かってかざしつつ、念を押す。

 彼女は、「ふむ」っと漏らし――こちらの顔と、ジルの顔、それぞれを確認するように目をむけて――それから、ぽんっと手を打った。

「それならいっそのこと、クレネストの件は、お前達二人に任せようか?」

 ティルダの提案に軽く驚いて、リギルの眉が八の字になる。ジルの方は、口をへの字にしているようだが、文句は言ってこない。

 男二人で顔を見合わせる。

「……よし、任された」 

 ジルの答えは聞かずに、リギルはその提案を受け入れた。

「もうひとつ生えていたらしい」

「何がだ?」

 主語がないので、リギルは聞き返した。言っているのはジルである。

 トライ・ストラトス号の整備清掃を終えた午後の時間――隠れ家の道端に座り、山を眺めながら一服している最中のことだった。

 彼は、言葉の代わりに新聞紙を渡してきた。一面に、デカデカと乗っている記事を指さす。

「あーあ」

 すぐに納得して、間延びした声をリギルは漏らした。

 記事の題名にはこう書かれている――『またも極大な柱が出現――コントラフルト巨大生体保護区に光と闇の柱!』、と――

 闇の方は、北工場の近くに出現したものだろう。光の方は、西地区に出現したらしい。文章での説明しか書かれていないが、太陽を思わせる黄金色の光を放っているそうだ。

「柱か……そう言われれば確かに柱だな。で、これはどっちの方が先に出現していたのかわからんのか?」

 リギルの問いかけに、ジルは首を横に振った。

「わからない。でも、昨夜のうちの出来事みたいだな」

 その根拠を聞こうとしたが、記事を読み進めるうちに理解した。最初の目撃証言は、近場にある工場や、鉱山で働く者たちである。

「こりゃどうなってるのか……」

 リギルは、顔のしわを深くして唸った。

 今までは、クレネストの行く先々に柱が出現しているように思えたが、今回は二カ所同時――それも距離的に、かなり離れている。そのことが、彼等を困惑させていた。

「もともとが未知の領域だ。何が起こったところで理解の外だろう」

 遠くを眺めながら、もっともらしいことを言うジル。ようするに、さっぱりわからないということである。

「そりゃそうだがな」

 リギルは嘆息しつつ、タバコの灰になった部分を地面に落とした。それから、読み終えた新聞紙をジルに返し、次の質問をする。

「で――クレネストの方はどうなった?」

「星導教会周辺で張り込むように伝えてある。いまのところ連絡はない」

 ジルからの、思った通りの回答。

「ふむ……もしクレネストが、闇の柱とやらに関わっているとしたなら……昨夜のうちに事を行い、ティグレー村で一泊。明朝にトーザス町を目指すとして――ひょっとしたら、夕方頃には現れるかもしれないな」

 そう述べて、リギルはタバコを口に運び、煙を舞わせた。顔を上げ、大空を眺めながら、続けて言う。

「トライ・ストラトス号は今日もご機嫌だ。夜になったらすぐに向こう側のアジトへ移動できるぞ」

「向こう側か……声はかけてあるけど、面倒くさいな」

 面倒というよりは、どこか厄介そうな面持ちでジル。その気持ちは、わからないでもない。

(それなりの人選……となると……な……)

 短くなったタバコを見つめながら、リギルはしみじみと、そう思った。

 そして夜――

 薄いベージュの壁に囲まれて、木目の美しい長テーブルが数台置かれている。抽象絵画をかざり、揺れても倒れないよう固定された花瓶には、紫の花が活けてあった。細かい装飾は殆ど無いが、味わい深くリッチな感じがある室内。

 そんなトライ・ストラトス号の公室で、リギルとジルは、テーブルを挟んで座っていた。

 何をしているのかといえば、なんのことはない、ただの晩飯である。周囲には、同じ目的の乗組員もいた。

「巡礼している教役者は、教会宿舎で寝泊りしてるらしいな、興味なかったから知らなかった」

 鈍い溜息を交えつつ、まるで大損した後みたいな表情でジルが言った。

「そういうもんなのか?」

 と、リギル。

 クレネストの宿泊先は分かっているのか? と尋ねたところの、この反応と答えだった。

 リギルが予想したとおり、クレネストは夕方頃、トーザス町に現れたらしい。そこでジルが、宿泊先をつきとめたら連絡を入れるように言ったところ、”教役者の宿泊先は、本部にある教会宿舎に決まっている”と伝えられたという。

「あぁ、居場所を探るのに赤毛なんて相手にすることもなかったな……おかげで通報されたし……メシマズ……」

 愚痴りつつ、食いかけのチキンレッグを、ジルはホークでザクザクと突き刺した。

「メシに八つ当たりしてもしゃーねぇだろ……」

 呆れた声で言って、リギルは中ジョッキを手に取る。残り少ないが、中には琥珀色の蒸留酒が入っていた。

 それを全て口に含めば、暴力的な刺激と共に、鮮烈な甘い香りが鼻孔をくすぐる。喉を通って胃に落ちると、熱が広がっていくのを感じた。

 酒気帯びの息を吐いてから続ける。

「いい加減さっさと食えよ。あと十分ほどで着陸だぞ」

 ジルは手を止めた。

 とても穴だらけになった、ぼそぼその肉を見つめて、彼は呻き声を漏らす。自業自得である。

 見るからに食感が落ちているであろうそれを、仕方なさげに口の中へ運び始めた。

「メシマズ……」

「バカめと言っておこう」

 ジルのぼやきを軽く煽って、リギルは席をたった。

「さてっと、クレネストは俺の期待どおりのモノを持っているのかな?」

「リギルが先走って面倒なことしなけりゃいいけど」

 ジルのそれは、煽り返しのつもりなのだろうか? と、面白そうに笑みを浮かべる。

「そうさな、欲望を押さえるのは大変だ」

 冗談のように本音を漏らしつつ、リギルは自分の食器を片づけ始めた。

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